虚言から始まるおしどり夫婦18_巻き込まれ善逸の話

鬼殺隊に入ったら当然給金が出る。
しかし柱やそれに準ずる上の方の身分でなければ、生活には困らないにしてもものすごく贅沢を出来るほどの収入を得ているとは言い難い。

そんな状況で、善逸の好物であるウナギはめったに食べられないくらいの贅沢品である。
それを誕生日や祝い事でもないのに奢ると言われた時点で、疑ってみるべきだった。


我妻善逸in鰻屋。
彼は今ものすごい危機に見舞われている。

なにしろ仲のよい同僚でこれまで色々助けてもらった炭治郎の頼みと言うのは、柱の女子会を探って内容を報告してくれというものなのだから。


「頼む!一生のお願いだっ!!」
と、テーブルに額を押し付けんばかりに頭を下げて頼んでくる炭治郎。

「むりむりむりむり!!バレたら俺死んじゃうじゃん!!」
と善逸が思いきり首を横に振るも、


「俺の一生がかかってるんだっ!
もしこれで上手く行ったら本当に一生感謝するし、善逸の頼み事はなんでもきくからっ!」
と、食い下がられた。

「善逸が同じ甘味屋にいても別に気にされないけど、俺だと絶対にバレるからっ!」
パン!と顔の前で両手を合わされて困惑するが、善逸は自分に好意を向けてくれている相手に弱いのだ。
結局断り切れずに女子会をこっそり探る約束をさせられた。

…はずなのだが、その決行日より前、任務帰りにふらりと街中を歩いている時に、非常に目立つ宍色の髪の男が前を歩いているのに気付いた。
隣に居るのは善逸もよく任務で一緒になる先輩隊士の村田だ。

これは…と思ってこっそり後をつけると、彼ら宝飾店の前で足を止めた。


…なんだか入りにくいな……
と、耳の良い善逸には遠くにいても聞こえる低いが耳心地の良い声。

…あのねぇ、お前が付き合ってくれっていうから俺ついてきてんだけど?
店に入る前に挫折すんなよ!

と、それに村田が呆れたように言う。

…それともここまで来て帰る?

と、柱と同等かそれ以上に偉い錆兎に対して全く遠慮のない言葉を吐く村田に、善逸はただただ『同期ってすごいな』と、感心した。
階級の差、実力の差を超えて立場は同等らしい。

その後、そんなやり取りを経て店に入る二人を追って、善逸は店の片隅で様子を伺う。


「しかし…お前と一緒に宝飾店に来る日が来るとは思わなかったよ」
と、笑う村田に
「俺も自分がこんなところに足を踏み入れる日が来るとは思わなかった」
と、少し困惑した顔で眉尻をさげる錆兎。

あのいつでも堂々とした全隊士の模範ともいえる青年がそんな顔をするなんて、善逸は想像だにしていなかった。

そんな風に善逸が覗いているとは思いもせずに

「でも…今度義勇が初の女子会だと言うからな…。
これまで男としてやってきたから洒落っけのある物なんて何も持っていないし、おそらく着飾ってくる胡蝶や甘露寺に混じって気まずい思いをさせたら可哀そうだろう?」
と、居心地悪そうにしながらもどうやらアクセサリーを選んでいる錆兎からはとても優しい音がする。


なるほど。

水柱のことがある前までは、彼、渡辺錆兎は炭治郎から厳しいがとても思いやりがある頼れる兄弟子だと聞いていたが、確かにそうらしい。

その水柱の冨岡義勇が実は血鬼術にかかって少年にされてしまった元女で、その鬼が討伐されて性別が戻ったということで、彼と祝言をあげることになった…と悲壮な顔をした炭治郎から聞いていたのだが、冨岡の幸せを考えるならそれは良い事なんじゃないかと、善逸は思ってしまった。

だって彼は口に出る言葉と内面から出る音に全く差異がない優しい人物で、心から相手を思っているのだろうとわかってしまうと、それを結果的に引き裂く手伝いをするのもなぁ…と、少し心が痛んでしまう。


そんな善逸の心のうちなど当然知る由もなく、錆兎は村田と共にああでもない、こうでもないと悩み中だ。


「で…結局どういう物が良いんだ?村田」

「いやいや、それ俺に聞いちゃ意味ないでしょ?
錆兎が選ぶことに意義があるんだから…」

「そうは言われても全くわからん…」
などと言う言葉につい
「贈る相手に似合うものと思って選べばいいんですよ」
と、口を出してしまって、しまった!と思う。


驚いて振り向く二人。
錆兎は善逸のことを知らないだろうが、村田は確実に知っているので怪訝そうな顔で見てくる。

そりゃあそうだ。
こんな店に男一人で入る奴など早々いない。

「村田、知り合いか?」
「うん。任務でよく一緒になる後輩で…」
と、言う村田の返しに、錆兎は
「なんか村田に用があって追って来たんじゃないのか?」
とよもや自分の方が目的とは思ってもいないのだろうし、そう言ってくる。


そこで善逸は思いついて、

「ああ、そうなんです。
用ってわけじゃないんだけど…村田さんが宝飾店なんかに入っていくから、どうしたんだろう、彼女さんでも出来て贈り物かなとか、つい好奇心で…」

と、へらりと笑うと、村田ははぁ、と息を吐き出して、

「贈り物を見に来たのはこのお館様の腹心様の方だよ。
今度祝言あげる婚約者ちゃんにね」
と少しからかうような視線を向けた。


そこで根っからの正直者なのか、善逸よりもはるかに偉いはずのこの青年は

「今度女子会というものをするらしいから、それに身に着けていく服と宝飾品を買ってやりたいと思っているんだが、正直女性に贈り物をしたことがないのでどういう物を買ってやったらいいのかわからない。
お前はなんだか詳しそうだし、良ければ相談に乗ってもらえないだろうか」
と、頭を下げてくる。


そんな話をしている間も、なんだか優しい音の大合奏と言った感じで、もうこれを断るなんてことは、善逸にはできなかった。

「村田さんも言ってたけどやっぱり錆兎さんが選ぶことに意義があると思うので、俺は選び方だけご相談に乗りますね。
当日の服装にも寄りますけど、冨岡さんだとあまり派手じゃない清楚な感じの物が似合うと思います。
あとは…そうですね。
瞳の色に合わせたものとかどうでしょう?」

「なるほど!瞳の色かっ!ありがとう」
と、善逸は基本的な無難なことを言っただけなのだが、錆兎はすごいことを聞いたと言わんばかりの満面の笑顔を浮かべる。


そうして彼の視線は善逸達の給与の何年分?と思うほどとんでもない値のついているサファイアの方へ。

そこで善逸は
「ストップ!!普通に街のカフェや甘味屋に行くくらいのものなら、あまり高級なものはかえって浮くし、おかしな輩に絡まれる原因にもなるからっ!!
あんまり大きな宝石とかついているものは無しだよっ!!ダメだよっ!!」
と、慌てて止めに入った。

「…そうなのか。なんでもデカいものが良いのかと思ったんだが違うんだな」


口に出してから自分が雲の上の人くらいの相手にタメ口をきいたことに青くなった善逸だが、当の錆兎は全く気にしていないどころか気づいてさえいないらしい。

お前の後輩、すごく物知りだな、すごいな、と、感心したように村田に笑みを向けながら言って、彼にため息をつかれている。


結局ああでもないこうでもないと悩んだ末に本当に小さなサファイアのついた繊細な細工の揃いの飾り櫛とブローチを購入したあと、これから着物も見たいのだが相談に乗って欲しいと引っ張って行かれて呉服屋にまで付き合うことになってしまった。


こんなこと…炭治郎に知られたら拗ねられるな…と思うのだが、渡辺錆兎と言う人物、顔も体格も良くて腕っぷしも強く地位もある…と、妬まれるような要素は満載なのに、なんだか憎めない。
気持ちのいい脳筋と言った感じだ。

善逸のような遥か目下の者にでも、今回のように自分が知らないことを教えたり手伝ったりした場合は素直に敬意と感謝の意を示してくれる。


時間を取らせた礼にと食事をご馳走になり、土産にカステラまで持たせてもらって、

「なにぶん俺は山育ちで鬼殺隊に入ってからも時間に追われて仕事以外のことをしてこなかったからこの手のことに無知でな。
我妻のように都会育ちで物知りな奴がいてくれたおかげで今日は本当に助かった。
また何かあったらぜひ相談に乗ってくれ」
と言うと、友人のように手を振って別れた。


本当に気のいい好人物だったなぁ…このカステラは一人で食べるのはもったいないから爺ちゃんのとこに寄って一緒に食べようか…と、機嫌よく帰路につく善逸。

その途中でハッとする。

え?これってもしかして炭治郎にバレたらまずいやつ?
炭治郎のライバルに協力しちゃったよ、俺っ!

そう気づいた瞬間、焦って焦って焦って………

…でも頼まれたのは女子会を探るってことだしな…ぎりぎり大丈夫…なはず。
うん、大丈夫なはずだ!!

と、そう思いなおして、善逸は夕暮れの道を急ぎ走った。


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