虚言から始まるおしどり夫婦17_炭治郎は面倒くさい

自分と錆兎の祝言についても言及された柱合会議二日目、そしてその後の産屋敷家での奥方様との新居の相談、さらにその後、錆兎と一緒に夕飯の買い物をしつつの帰路まで、今日一日は幸せの連続だった。

しかしその幸せな気分も街の中心から少し離れた住宅街にある錆兎の館が遠く見えてきたあたりで陰りを見せる。
そう、錆兎の家の前で待っている炭治郎の姿を目に止めてから…


せっかくの2人きりの時間を減らされて義勇は少し不機嫌な顔をするが、錆兎に

「そんなに邪険にしてやるな。
俺達の唯一の弟弟子だろう?」
と宥められてしかたなしに頷く。


それに錆兎は──良い子だ、と、まるで子どもにするようにぽんぽんと頭を撫でると、

「なんだ、帰宅したら鎹鴉に連絡させようと思っていたのに。
ずいぶんと待たせたか?すまなかった」
と、やや足早に炭治郎に近寄って行った。


そんな錆兎に炭治郎は
「いや、錆兎達が少し遅くなるというのは町中で会った甘露寺さんに聞いたから」
と、にこやかに手を振りながら言う。

「また甘露寺か…」
と、苦笑する錆兎。

彼女は悪気なく裏表がない人物だが、少々見たままを口にし過ぎる。


「まあ、あがれ」
と、鍵を開けて促す錆兎に、お邪魔します、と、頭を下げて中に続く炭治郎。

義勇は錆兎から食材を受け取り、奥の居間に向かう二人と分かれて台所に行くと、湯を沸かして茶をいれた。
それを持って居間に行くと、錆兎と炭治郎がにこやかに世間話をしている。

話題は今、炭治郎が義勇達の同期の村田とよく任務が一緒になるという話で、どう聞いても昨日の話とは結び付かないな…と思っていたら、どうやら帰り道に義勇が自分で対処すると言ったのを錆兎が覚えていて、義勇が来るのを待っていてくれたらしい。



「じゃ、義勇が来たからそろそろ本題だな」

と、錆兎は自分が一歩引くと言う意思表示のように、一人義勇が煎れてきた茶をすすりながら、話せ、というように視線で炭治郎を促した。


すると炭治郎はなぜかくるりと錆兎の方を向き直って正座をすると、いきなり

「錆兎、義勇さんを俺に下さい!!」
と、錆兎に向かって頭を下げた。

は?と思ったのは義勇だけじゃない。
錆兎も驚いたように目を丸くした。


「…なぜそれを俺に言う?」
一瞬の間のあと、錆兎は硬直から解けて、ずずっと茶をすすりながら炭治郎に問う。

「義勇さんが元々は女性で、女性に戻ったことで色々補佐や保護が欲しいということで錆兎と結婚することになったと聞きました。
実は俺、昨日、義勇さんに俺と一緒になって欲しいと言って断られたところなんです。
でも俺は義勇さんが好きです。
補佐が必要だというなら、俺だってできます。
錆兎が引き受けたその役をおれに譲ってください!!」

「…あ~…そういうことな…」
頭を下げたままの炭治郎の言葉に、錆兎は少し考え込んだ。


よもやそこで流されたりはしないよな…と義勇は少し不安になるが、錆兎は

「とりあえず真剣に話をする時は目を見てするものだ。
顔をあげろ」
と、やはりゆったりと茶をすすりながら炭治郎にそう促して、炭治郎が顔をあげると

「結論から言うとな、義勇がお前の方が良いと言うなら俺に止めるすべはない。
まだ正式な夫婦ではないからな。
というわけで、お前が話す相手は俺じゃない。義勇の方だ」
と、今度は視線で義勇に促した。


これはどうとればいいのだろう…と、義勇は少し動揺する。
自分が炭治郎で良いと言えば錆兎は身を引くと言うことなのだろうか…。

確かに元々は義勇の都合で挙げることになった祝言だ。
挙げる必要がなくなるなら挙げなくても良いと錆兎が思っていたとしても不思議ではない。

そんな風に泣きそうな気分になっていると、

「あ~ただしな、俺は譲りたくない。
挙げたくもない祝言ならお館様や柱連中にまで挙げると言わんし、義勇と夫婦になって住む家も現在建築中だ。
挙げないという選択肢を微塵も考えていなかったからすでにここまで話を進めている。
それでも俺は義勇の気持ちは大切にしたいと思っているからこそ、その意志は尊重する。
俺からは以上だ」
と、錆兎は淡々とそう告げて、また茶をすすった。

自分が話をして説得をしたい…そういった義勇の言葉を尊重してくれての最初の言葉なのだろうが、それでもきちんと援護をしてくれるその言葉に、義勇は今度は安堵で泣きそうになる。

やっぱり錆兎は完ぺきな男だ。
理想の恋人、ひいては理想の夫だ。
そんな思いを強くしながら、義勇は炭治郎の目を見据えてきっぱりと言い切った。

「俺は錆兎と祝言を挙げて夫婦になりたいし、錆兎以外と結婚したいという気持ちは微塵もない。
正直…狭霧山で初めて錆兎と会った時から秘かにそう思っていて、一時は諦めていたが、今それが叶うとなったら諦める理由はまったくない」

「で、でも、俺だって今に強くもなりますし、義勇さんが望むなら柱だって目指します!
義勇さんを補佐しながら守れるように頑張りますからっ!!」

「…ないな。
俺は便宜上鬼狩りになってその頂点の柱などやっているが、楽しいと思ったことも向いていると思ったことも一度もない。
出来ればその座につける人材が見つかり次第辞めたいと思っているくらいだ。
俺は末っ子なんだ。
仕事で向いていない柱を頑張ってやっているんだから、私生活くらい思いきり頼れる相手に甘えたい。
もちろんその相手は俺より年下で俺より弱く他人の言うことを聞かずに自分の我を通し、俺が人間関係に気をまわして頭をさげまくらなければならないような人間にということは決してない。
全てにおいて俺より出来て、周りからの信用も厚い人格者で、俺の話をよく聞くどころか俺を完全に理解してくれていて、かゆいところに手が届くくらいに俺を気遣って色々やってくれる錆兎がいるのにそれを差し置いてとかありえないだろう」

「俺もそういう人間になりますっ!!」

「そんな簡単になれるわけないだろうっ!!
その言葉自体が錆兎に対する大いなる侮辱だっ!!」

「死ぬ気で努力しますっ!!」

笑・止・千・万っ!!
死ぬ気でやったくらいでなれると思うなっ!!
神から全てを完璧にこなせる才能を与えられた錆兎が死ぬ気で努力して今の錆兎になっているんだっ!!
普通の人間がなれるはずがないっ!!」


………
………
………

義勇に説得を任せたのは失敗だったんじゃないだろうか…と、このあたりで錆兎は思い始めた。
もう会話が宇宙だ、別次元のおとぎ話になってきている。
錆兎は所在なくずず~っと茶をすすりながら、兄弟弟子達の怒鳴り合いを聞いていた。

が、なんだか錆兎が神から生まれながらに与えられているというのなら、自分は授けてもらいにインドまで行ってくると炭治郎が言い始めた時点で、これはもう自分が間に入らなければとんでもない超展開になって鬼殺隊にも迷惑をかけまくることになるんじゃないだろうか…と、錆兎は諦めて口をはさむことにした。

まず、飲みやすいくらいにほどよく冷めた茶の入った湯のみを、ドン!、ドン!とわざと音を立てて義勇と炭治郎の前に置き、

「お前達、少し茶を飲んで落ち着け」
と声をかける。

その言葉に双方怒鳴り合いをやめて一息ついて一瞬シン…となったところで、

「結論は俺が伝えていいか?」
と、錆兎は静かに義勇に聞いた。


義勇は常に錆兎の言うことに異を唱えることをしない…というのもあるが、このままでは埒があかないということを自分でも悟ったのだろう。
義勇がこくりと頷いたので、錆兎は炭治郎を向き直った。

「もうわかっただろう?
俺と祝言を挙げると言うのは義勇自身の希望でもある。
環境的にも先ほど言った通り職場でも了承、祝福されていて、一緒になって暮らすのに適した諸々が用意されている。
それでも義勇と一緒になりたいというのは、お前の側の希望でしかない。
相手が明らかに望んでいて幸せになれる環境を捨てて自分が一緒になりたいからというだけで相手に縋りつくのは我儘だよな?
相手の幸せよりもそんな自分の我儘を通そうとする子どもと一緒になることが相手のためだと本当に思えるか?
相手が好きなら相手の幸せのために身を引くのもまた愛情だ」

そう静かに話しかける錆兎に炭治郎はぎゅっと握り締めたこぶしを正座した膝に置いて言う。

「…錆兎はずるいっ!」
「…そうか?」
「…義勇さんと同い年で、俺より早く義勇さんに出会って、俺より早く修業を始めて、俺より早く力をつけて、義勇さんに当たり前に頼られてっ……俺は頼ってもらえる力をつけるまで待ってももらえなければ、努力すらさせてもらえない…」

ずるい…という発言のあたりで義勇がまた不満を述べようと口をひらきかけたが、それは錆兎が黙っておけと目配せをしてやめさせる。

結局さんざん泣いて、夕飯を食っていくか?という誘いも断って、炭治郎はその日は大人しく帰って行った。


が、そこからは義勇のターンで、

「錆兎がずるいとはなんだっ!!
そもそもあいつは俺達より年下に生れて弟弟子でなければ錆兎に稽古をつけてもらえずに、岩を斬れないままで最終選別にもいけなかったじゃないかっ!!」
と、ぽこぽこ怒る義勇を苦笑交じりに宥めることになる。

なんというか…一緒に育った兄弟弟子であるにもかかわらず、義勇は一方的に錆兎を上だと思っていて本気で怒ったり喧嘩をしたりすることがなかったし、同僚の柱連中とも言い争うをしたりすることはないのだが、炭治郎には本当にああやって本気で怒ったりするのを見ると、それはそれで炭治郎が望む形のものではないにしても、炭治郎も義勇にとって唯一無二の特別な人間なんじゃないかと思ったりもした。

まあ、それを告げると義勇にしろ炭治郎にしろ面倒なことになりそうなので口に出したりしはしないが…

ともあれ、これで義勇を悩ませていた二大問題は解決したわけだが、それに気づいた時にそれでも女になったまま戻れないことを義勇は後悔したりしないのだろうか…

と、それも言っても義勇が今更ながらに気づいて慌てたり落ち込んだりするだけになるだろうから、錆兎は空気を読んで黙っておくことにした。


Before <<<  >>> Next (1月4日公開予定)


0 件のコメント :

コメントを投稿