虚言から始まるおしどり夫婦16_会議後…

不死川と分かれたあと、二人はいったん産屋敷家の一室へ向かう。
そこにはいそいそと設計図やらカタログやらを広げた奥方様。

「なんだか長男が嫁をもらって敷地内別居をするような気持ちになりますね」
と、機嫌よく諸々を説明してくださる。

…が、正直そのあたりは一人で居ればほとんど料理もせず定食屋で飯を済ませるような生活になっていた錆兎は、最低限寝る場所と布団だけあればもうなんの希望もない。
しいて言えば広めの風呂があれば嬉しいくらいだろうか。


だからそういう類のことについては義勇に任せて、錆兎はチラリチラリと部屋の外からこちらを覗いている輝利哉様に向かって手招きをすると、駆け寄ってきた彼を連れて中庭に出る。

そうして羽織を縁側に投げ出して、二人でボール遊びをしたり、独楽を回したり、輝利哉様の乗る竹馬を支えてやったりして遊んでいると、あっという間に時間が経ち、気づけば話の終わった奥方様がお茶とお菓子を出して下さった。


「これを頂いたらお暇するか…」
という錆兎の言葉に輝利哉様は心底残念そうな顔をなさるが、

「家が建ったら義勇はお嬢様達と化粧や髪結いに時間を費やすのでしょうし、そうしたら一人で暇になってしまう俺とまた遊んで頂けますか?」
と、言ってやると、ぱあぁぁ~っと満面の笑みを浮かべてこっくりと頷かれる。


こういう言い方が錆兎は上手い、優しいなぁ…と、義勇はそのやりとりをほんわりと温かな気持ちでみていた。


5つ子と言えど立場の違いのせいだろうか…お嬢様方は昨日から家の中ではわりあいと義勇にも打ち解けて子どもらしい顔も見せるが、輝利哉様は一人義勇に一線を引いて、大人のような顔、大人のような言動をなさる。

それどころか実父であるお館様の前でも常に小利口な様子で羽目を外したりなさらないのに、錆兎にだけは普通の8歳の子どものように甘えて少し、ほんの少しではあるが、我儘を言ってみたりねだったりするように見えた。


奥方様が錆兎を長男のような者とおっしゃるのは、特に輝利哉様が錆兎の前だと兄に甘える弟のような態度をなさるからだろう。

同い年の義勇ですら頼もしいと思うのだから、13歳も年下の輝利哉様からみたらそりゃあ優しく頼れる兄だ。

少しでも甘えたいのだろう。

縁側に腰を掛けて茶をすする錆兎の隣にちょこんと座ってあれこれと話しかける輝利哉様は本当に嬉しそうな顔をしている。

そうして茶を飲み終わってしまうと、本当に名残惜しそうな顔で屋敷から出る錆兎を玄関口まで見送った。


そんな産屋敷家の和やかな時間が終わって外に出ると、

「さて…急がねば炭治郎が来てるかもしれん」
と、当たり前に手を繋いで歩きながら錆兎が口にした言葉に、義勇は首をかしげる。

「…昨日な、帰り際に炭治郎とあった話はしただろう?」
「ああ、聞いたけど…」

「その時俺は極限に眠かった。
もう話すのが無理なくらい眠かったんでな、それを言って、話を聞きたければ明日に来いと言っておいたんだ」
「なるほど、そうだったのか…」

確かに昨日の錆兎の疲労困憊っぷりはすごかった。
本当に行き倒れるように眠っていたな…と、その時の錆兎の様子をそう思い出す。

そんな中でいきなり色々巻き込んでさすがに悪かった…と反省しつつ、しかしまたこれから迷惑をかけるのだろう。

まあ不死川よりは炭治郎の方が考えていることはわかる。

その分炭治郎の方が人の話を聞かずあきらめが悪いわけだが…

しかしデリケートなところもないので、必要なのはとにかく振り払って振り払って投げ捨てる勢いで振り払う鱗滝流力技対応なのでそこは錆兎の手を借りずとも大丈夫な気がする。


だから義勇は
「炭治郎の説得は俺がやるから。
錆兎は話を合わせてくれるだけでいい」
と、そう申し出る。

そもそも錆兎は不死川や炭治郎の求婚を振り切るために義勇が女になって錆兎と祝言を挙げようとしていると思っているのだろうが、事実は逆だ。

幼い頃からずっと錆兎が好きだから不死川や炭治郎と祝言を挙げると言う選択肢がなくて、少しでも錆兎に不快な思いをさせないように、そしてあわよくばその血を残せたらということで女になったのだ。

そんな義勇の錆兎に対する想いは、匂いで人の感情を察する炭治郎だからこそ強く感じとるだろう。
なまじ便宜上協力してくれている錆兎の方に注目が行くと、そういう感情から祝言を挙げるわけではないということがバレてしまう。

ということで今回は自分で説得をすることにして、産屋敷邸の敷地内に建設予定の家が建つまではどちらの家に住もうかなどと相談しつつ、二人は錆兎の家に向かった。


今日は時間的に錆兎の家に泊まると言うことで、途中で食材も少し買い足していく。

今日こそは鮭大根を作ろうと、鮭と大根を買うと当たり前に錆兎の手が伸びてきて荷物を取り上げた。

「今日はどうしたんだ?そのくらい大丈夫だぞ?」
と、いつもは当たり前に自分で持つそれを持ってくれることに不思議な視線を送ると、錆兎は
「お前、女になったならこういうのにも慣れておけ。
女に重い荷物を持たせて男が手ぶらというのはありえんからな」
と言いつつ、荷物を持つ手と反対側の手で義勇の肩をつかんで通路側に誘導して、また手をつなぐ。

それがあまりに自然な動作で、どこでこんなことを覚えてきたんだ?と、義勇は思った。


「…もし俺が本当に狭霧山に連れてこられた時点で女だったとしたらどうしてたんだ?
重い物をもったりとか危険を自分で避けるなんて修業中の身としては当たり前のことだろう?」

テチテチと夕暮れの道を錆兎と並んで歩いていると狭霧山の日々が思い出されて、義勇がそんな質問を投げかけると、錆兎は

──そうさなぁ……
と、少し考え込んだ。


「その時はもう鬼狩りになること自体を勧めないんじゃないか?
鱗滝先生の弟子には確かに女もいたが、彼女たちは鬼狩りになろうと思ってなっていた。
だが狭霧山に来た頃のお前は違うだろう?
男であっても鬼狩りに向かない…俺は当時そう思っていた。

だが、先生から聞いたお前の事情だと、保護者は亡くなり親戚に追われているということだったから、街で奉公するにしても親族に見つかったら連れ戻される可能性が高いしな。
不本意な状態にならぬように生きていくには、諸々を跳ねのける強さがないとだめだと思った。

だが女なら話は別だ。
ひとたび嫁に行ってしまえば法的に夫から引き離すことはできんしな。
無理に鬼狩りにならずとも山で料理洗濯をしつつ亭主を探せばいい」

「そうしたら…それこそ錆兎は自分の嫁にしてくれたか?」

「あ~…お前がそうしたいなら?
ただし俺がきちんと仕事を持って自分とお前の身を養えるようになってからな」
という錆兎のその言葉は嬉しくもあり物足りなくもある。

今の本当は男であった義勇の便宜上からの嫁取りという立場だと仕方ないが、元々少女だったとしても錆兎の方から嫁に…とはならないのか…と、少し肩を落とすと、錆兎は笑って

「お前は器量良しだし、狭霧山に来た当初からなんだか育ちの良さにあふれてたからな。
本当に初めから女だったら年頃になったら引く手あまただっただろうし、わざわざこんな顔に大きな傷痕がある孤児の嫁になりたいなどと思わなかっただろう」
と、驚くべきことを口にした。


「ありえない!
傷があっても錆兎はカッコいいし、強いし、優しいし、錆兎の嫁になりたくないなんて女はこの世のどこを探してもいるはずがないだろう!!」

と、義勇は力説する。

「お前…もう刷り込みなのか、ほんっとうに俺のこと好きだな」
と、それに錆兎が苦笑した。


「当たり前だろう!
俺が最初から女だったら、絶対に錆兎の嫁を目指していたっ!
そもそも錆兎の家の方がすごい家だと先生に聞いていたが?」

「あ~…武道家としては…だな。
でも金持ちとかそういうんじゃなくて、実家はボロイ神社だったし、狭霧山に来る前にそれも燃えたしな。
先生のところで修業していた俺は間違いなくただの孤児だ」

「それを言ったら俺だって姉さんが殺された時点でただの孤児だ。
財産も全て親戚に取られたしな。
でも…絶望しなかったのは錆兎がいたからだ。
錆兎と巡り合えたから俺の人生は幸せになった」
そう言って義勇はすりっと頭を錆兎の肩に摺り寄せる。

錆兎がこの世で一番男前でカッコイイ男であるということは義勇的には疑いようのない事実だし、なんなら鬼殺隊の女性隊士の中に錆兎に憧れている隊士が多数いるのも知っているが、それに気づかない人間がいるというなら、それもよし。

錆兎が自分の伴侶になってくれるなら、むしろ競争相手が減っていいことだ…と、人通りの多い昼の街を歩きながら、義勇は上機嫌でそう思った。


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