虚言から始まるおしどり夫婦15_不死川実弥の挫折

デカい…怖い…と、とっさに思ったのは、胡蝶ほどではないにしろ162cmの伊黒より若干小さいくらいに縮まった自分の身長のせいもあるだろう。

が、それ以上にそう言ってきた不死川はなんだかひどく気を張りつめている感じで、また殴られるのか…と思ったら思わず体がこわばった。

175cmで筋力もそこそこあった頃ならとにかく、おそらく155~9くらいであろう今の自分が179もある不死川に殴られたら吹っ飛んでしまうのではないだろうか。



「不死川さん、冨岡さんは以前と違って女性なのですからね。
暴力に訴えるというならば、私にも覚悟というものがありますよ?」
と、委縮してしまっている義勇に即気づいてくれたらしい。
胡蝶が割って入ってくれる。

自分よりも小さい彼女にかばわれるなんて情けなくも申し訳ない…と、そう思うのだが、なにしろ急にこの小ささになった身としては落差が激しい。

女になったからだろうか…それとも慣れぬ環境に気持ちが不安定になっているのだろうか。
なんだか緩くなった涙腺が決壊してしまって、ジワリとあふれてきた涙で視界が潤んだ。

それにも
「大丈夫、冨岡さん、大丈夫よ。
いざとなったら私が不死川さんを殴り飛ばしてあげるからね?
私、力だけは目いっぱいあるんだからっ」
と、今度は甘露寺が気づかわし気に少し身をかがめるとそう言っていい匂いのするハンカチーフで涙をふいてくれる。

「不死川、貴様、自分よりも二回りも小さい女に暴力など柱として情けないと思わないのか?」
と、甘露寺は全てにおいて正しい伊黒が、それにネチネチととどめを刺してきた。


こうして3人に詰め寄られた不死川は

「ち、ちげえっ!!話があるだけだっ!
暴力なんてふるっちゃいねえだろぉっ!!」

と、タジタジになって言うが、はなっから警戒心マックスの3人に収拾がつかなくなりつつあるのを見て、とうとう館内で同僚達に混じる義勇の様子を見守っていた錆兎が庭に飛び降りて間に入ってきた。


「不死川、すまんが義勇が怯えている。
話があるなら俺が聞いて伝えよう」

185と不死川よりさらに大きい錆兎だが、かばうようにすぐ前に立たれたことに頼もしさは感じても威圧感は感じない。
すり…っとその背に頬を擦り付ければ、後ろ手にポンポンと優しく背中を叩かれた。


「いや…冨岡と二人になって直接言いてえんだけどよぉ」
「…無理だな」
「…なんで……」
「それを聞くか?
まあいい。わからなければ説明しよう」

言葉は穏やかだが、ガンとしてその場から動くことなく、義勇を背にかばったまま錆兎が言う。


「お前は今までさんざん義勇を怒鳴ったり殴ったりしてきたからな。
男の時なら義勇もお前と大して体格が変わらなかったから、それでも痛みを感じぬわけではないが大怪我をするほどではなかった。
だが女に戻った義勇から見るとお前は自分よりはるかに力が強い大男だ。
今までの調子で暴力を振るわれたら大怪我をする」

「だから、別に手ぇあげたりしねえって言ってんだろぉ」

「お前は…鬼が絶対にお前に危害を加えないと言ったなら、その鬼の前で無防備に眠ることができるか?」

「あぁ??出来るわけねえだろうがぁ!!てか、鬼と比べんなっ!!」

「相手から危害を加え続けられたことによって、その相手を自分に危害を加えるものと認識してしまうと言う点においては同じことだ。
義勇にとってお前は常に自分に危害を加え続けてきたことによって、近づけば危害を加えられる者として認識するようになった相手だ。
それが急に危害を加えないと口で言ったとしても、これまでの行動を考えると信用しろというのが無理だろう?
2人きりで話したいということなら、今すぐということではなく、まずは大勢と居る中で危害を加えないという実績を作れ」

声を荒げることもなく、静かに穏やかに諭すように…不死川を説得する錆兎の背中がとても頼もしく感じる。

そしてその言葉は正しくて反論しようがないのだろう。

不死川は
「それはそうだけどよぉ…」
と言いつつも、
「でもそれじゃあ間に合わねえから…」
と、口を尖らせた。


「間に合わない?何にだ?」
と、その言葉にいまだその場にとどまり続けている同僚達の中で伊黒が聞き返すと、不死川は気まずそうにガシガシと頭を掻いて

「あ~、わかったっ!錆兎は居ていい!!
みんな集まっている中で話すのはさすがに勘弁してくれっ!」
と、そう言った。


「錆兎さんに時間を取らせるのに、居ていいという言い方は失礼ですよ、不死川さん」
と、胡蝶がそれに彼女らしい辛辣な言葉を投げつけるが、これ以上大勢で責め立てるのはさすがによろしくないと思ったのだろう。

錆兎が
「ああ、俺については構わない。
じゃあ、皆はいったん帰ってくれ」
と、苦笑交じりに他に解散を促した。

それに胡蝶が異を唱え、甘露寺は女子会が…と肩を落とし、その甘露寺がすべての伊黒がやはり異を唱えつつ不死川を責めたりと、もうグダグダになりかけたが、錆兎が胡蝶には最終的に報告を、甘露寺には後日空いている時間を鎹鴉に連絡させることを、それぞれ約束して半ば追い出すように彼女らを帰らせる。



こうして彼女たちがいなくなった中庭。
もちろん宇髄ら他の柱はとっくに帰っていて、残されたのは錆兎と義勇と不死川の三人きりである。

そこで頭のはるか上からズオォォ!!と怒りのような空気をまき散らしながら自分を睨んでいる不死川を前に、義勇はますます錆兎にしがみつく。

しかし今回は錆兎がいるので不死川の拳が降ってくる前に止めてもらえるだろうから安心だ。


「そんなに睨んでやるな。
それで?何用だ?」
と、前で錆兎の声がする。

顔は見えないが見なくても声でわかる。
きっと少し困ったような呆れたような、そんな顔をしているのだろう。
不死川もそれでバツの悪そうな顔をした。

こうしてようやく睨みつけるのをやめてくれたので義勇がホッとしながらも
「このあと奥方様と約束がある。
用事なら早く伝えてくれ」
と、それでも長くこの状況では居たくないのでそう告げると、不死川は少し視線を逸らして考え込んだあと、そのまま俯いて

「…祝言なら…俺と挙げりゃあいいだろぉ…」
と、ぼそりと呟いた。


「え?何故だ?
その話は昨日断ったはずだ。

贖罪と言う意味でならそこまで望んではいない。
別に怒鳴らず殴らず普通に同僚として接してくれればいいだけだ。


義勇が再度そう告げると、
「そうじゃねえよっ!てめえは馬鹿かぁっ!!」
と怒鳴られて義勇は錆兎の背にしっかりと隠れつつも身をすくめた。

そんな反応にも気づいてか気づかないでか不死川はなおも怒鳴り散らす。

「女になったてめえを保護して守ってやんのは別に錆兎でなくたって良いだろうがァ!!
俺がそれをやってやるって言ってんだァっ!!」

その不死川の言葉に義勇の頭の中でははてなマークが大暴走をしていた。


「錆兎でなくても良くはない。
錆兎はもう随分と長い間、病める時も健やかな時もずっと俺を支え守ってくれてきた。
遥か昔、俺が自分が死ねば良かったと言った時に一度だけ怒って殴られたことはあったが、それ以来、俺がどれだけ馬鹿なことをしても暴言を吐くこともなく殴ることもなく、穏やかに諭し導いてきてくれた男で、俺は錆兎を誰より信頼している。
不死川は一緒に居ると痛い」

「だから、もう殴らねえって言ってんだろぉ!
てめえも鬼狩りやってんだから、痛え思いなんかさんざんしてんだろうがぁ!
過去の暴力はよくなかったかもしんねえが、根に持たなくてもいいだろうがぁ!」

「鬼との闘いで痛い思いをするのだから、それ以外で痛い思いをしたくはない」

義勇がさらにそう答えて不死川がまた口を開きかけたその時、

「あ~わかった。話をきけ、不死川」
と、錆兎が両手を前に不死川を制するように出して、延々と平行線をたどりそうな話をいったん引き継いだ。


「義勇もかなり言葉が足りない人間だが、お前もたいがいだぞ、不死川。
結論から言うとお前が義勇を守るのは無理だし、その説明はあとでしてやるが、まずは人間関係の基本だ。

戦いや試合など、攻撃することが前提で許可されている時以外に振るった暴力に関してはまず謝罪だ。
それをせずに相手との仲を縮めようとするのは論外だ。

あ、ちなみに、『これからは殴らない』と言うのは謝罪の言葉ではないからな?
謝罪と言うのは、悪かった、すまなかった、申し訳ありません、ごめんなさいのどれかだ」

大人が子どもを諭すような、まるで伊之助あたりにでも言いそうな言葉だが、確かに言われてみればその通りである。

不死川もそう思ったのだろう。
カッと顔を赤らめたが、正論ど真ん中の言葉にバツが悪そうな顔で
「…悪かったぁ…殴ってすまなかった」
と、謝罪してきた。

そして
「これでいいんだろぉ?じゃあ俺と祝言を…」
と言い出す不死川の話は
「待て待て。まだ話は続いているぞ」
と、ため息交じりの錆兎の言葉に遮られた。

不死川はそれに素直に黙り込む。


「まず大前提な。
謝罪はしたからといってなかったことにしてもらえる魔法の言葉ではない。
自分が悪いことをしたということを自覚したという意思表明にすぎん。

それを許す許さないというのは相手方にゆだねられることだ。
ましてやそれを理由に相手に自分の要望を通せるようなものでは決してない。
絶対に許さんであろう相手に対しても、良識ある人間なら自分が悪いことをした場合は謝罪はするべきだ。

だが、今回に関しては過去に殴ったことをいつまでも引きずっていても任務に支障をきたすだけで良いことはないと俺は思う。

ということで、義勇、お前が決めることだが、不死川のこれまでの暴力暴言については謝罪があったということで、今後ないということであれば水に流せるか?」


錆兎は常に正しいと義勇は思う。
まるで親か先生のようだ。
もちろん義勇がそんな錆兎の言葉に否と思うはずがない。

だから義勇は
「錆兎が言うならそうなのだろう。
わかった水に流す」
と頷いた。


それに心底ほっとした顔を見せる不死川。
そんなに過去の暴言暴力を気に病んでいたのだろうか…

だが、そんなことを考えているとまた、不死川の妄言。

「ありがとよぉ。じゃ、改めて俺と祝言を…」
「それはない」
何故そこにまた舞い戻るのだ…と、義勇はさすがにいい加減嫌になりながらピシャリと言った。

「お前…最初の話を全然聞いていなかったな」
と、錆兎も両手を腰にあて、はあぁぁ~とうつむき気味に息を吐き出した。

「もう一気に話すから少し黙って聞いていろ。
質問、反論は全て話し終わってからだ」
と、前置きして、錆兎は顔をあげて口を開く。


「まず、きついことを言うようだが、お前に義勇を守るのは無理だ。
義勇に保護が必要な理由が慣れぬ状況で不安があるからということだからだ。
お前が義勇のそばにいると、その不安を増殖させることはあっても、払拭させることはできない。
なぜなら義勇の認識だとお前は義勇に対して善意より悪意を向け続けてきた相手だからだ。

さきほど水に流すと言ったのは、お前の暴力暴言についての罪や責任については問わないという意味であって、お前に対しての認識を改められるということではない。
だから義勇にとってのお前は任務での協力体制はもちろんとるし、それに必要ならある程度の交流は持つが、私生活においては良くて普通の同僚だ。

それ以下であることはあってもそれ以上であることはない。
そんな相手に弱体化したのであろう自分のすべてを委ねられる信頼などあるはずがないだろう?

極端な話、俺がいなかったとして、どうしても保護や補佐が欲しいと思った時に、これまで友好的に…あるいは穏やかに接してきた煉獄や悲鳴嶼さん、あるいは時透くらいまでならあちらから申し出てくれたなら一緒になることもあったかもしれんが、お前はない。
そのくらいなら蝶屋敷で胡蝶のやっかいになるだろう。

傷つけた側はしばしばあっさりその事実を忘れるが、傷つけられた側がその痛みを忘れることはないからな?

一度や二度じゃない。
顔を合わせるたび暴言暴力をふるってきたんだ。
どれだけ贖罪をしようとさすがに無理だ。諦めろ。

だが義勇は無理だとしても、お前も今後また別に好いた相手が出来たりすることもあるだろう。
その時は今回のことをしっかりと踏まえて心に刻み付け、慎重に人間関係を積み重ねていくといい」


そういったあとに、
「これは俺の認識だが、義勇は相違あるか?」
と、完ぺきに義勇のことを理解しているのに、念のためにと確認を取ってくる錆兎の細やかさに義勇は感服する。

そして
「いや…さすがは錆兎だ。
俺の心のうちと一片の狂いもない」
と、義勇は感動のあまりその背に抱き着いてそう答えた。

そこまで言われるとさすがに返す言葉がないのだろう。
その場にうなだれて立ち尽くす不死川を置いて

「では俺たちはこのあとに用があるから…」
と、錆兎は義勇を連れて産屋敷家の中庭を後にした。


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