前世からずっと一緒になるって決まってたんだ55_赤の女王の呪いの部屋

リビングを出て玄関の方へと戻るとエントランスのようになっていて、そこに凝った装飾の手すりのついた螺旋階段がある。

その階段を皆ことさらゆっくり注意深くのぼったのは、英一を背負った黒井もいるためということだけではない。

状況を把握したところで一刻も早くここを出たいが、そのためだとしても、どう考えても悪意と危険が充満しているようなこの屋敷で、さらにその密度が濃いような場所に誰だって近寄りたくはない。


「…あれ…なんの血だろう?まさか人間の…なんて事はないよね?」

年上の威厳もなんのその、びくびくと黒井の後ろに隠れるように階段をのぼりながら、水木はさきほどあれを本物の血だと断言した錆兎の方にちらりと問うような視線を送るが、錆兎は抱え込むように義勇の肩に手をやり、前方、後方へと注意を向けているので返事はない。

しかし完全にスルーして緊張感に耐えられなくなった水木に何か暴走されても面倒だ。

不死川は小さく息を吐き出して

「そう願いてえなぁ。
まあ血と言うのは匂いその他でわかっても、それ以上は俺らには誰にもわかんねえだろぉ」
と、答えておいた。


以前…無惨が黒魔術もどきに使っていたのは猫の血だった。

今回もそうだといいのだが…というか、前世では鬼を狩りまくっていたとはいっても、今生では不死川とて普通の高校生だ。
せっかく今度こそ家族みんなと平和な世の中を満喫していたというのに、殺人事件になんて関わりたくはないし、人間の遺体なんてみたいはずもない。


「まさか人間の血ぃは使いはらへんのちゃいますか?
傷害や殺人になってまうし…」

人を一人背負って階段をのぼっても息も切らせずに、ははっ…と苦い笑いを浮かべながら言う黒井に

「でも…すでに殺人未遂なら起こってるわけだし…」
と青ざめる水木。

「まあ…人間の血液というだけなら、普通に輸血とかで集められた血をどうにかして入手することもできるよな」
と、そこで二人の間を取るようにしっかりと錆兎に抱えられた義勇が言うと、ああ、そういう方法もあったか…と、皆一様にうなづいた。


それは意識してそう装っているのではないのだろうが、義勇のどこかふわわんとした話し方で言われると、なんとなく事態がそう最悪でもないのでは?と錯覚して安心する。

だが…相手が無惨なのだとすると、これで終わるはずもなく、また何か起こる気がして不死川は憂鬱な気分になった。


「それにしても…1階は白雪姫だったけど、2階はなんだか不思議の国のアリスなんだな」
と、そんな中でやはりしっかりと錆兎に肩を抱え込まれながらもゆっくりとあたりを見回しながら義勇が言う。

元々感知能力は高いものの若干不安定なところのある精神の方は、とりあえず前回の事件以来、絶大にして絶対的な信頼を傾けている錆兎がいる限り落ち着いているらしい。

そして一人、さきほどの殺人未遂などなかったかのように、屋敷の中を興味深げに見まわしている。

それに血なまぐさい話が苦手な水木が少しホッとしたようにうなづいた。

「ああ、そうだよね。壁のところどころにトランプ模様が描かれてるし、ああ、時計のところには三月うさぎまで描かれてるよ」

そう指さす先には【不思議な国のアリス】に出てくる三月うさぎが描かれていた。

そのうさぎの上着から出ている鎖でつながれている先にある時計は、本当の時計が埋め込まれている。
ずいぶんと凝った造りだ。

「あ~、ほんまや~。うさぎの時計の部分が本物の時計って、おもろい造りやなぁ。
白雪姫と言いアリスと言い、家主は童話好きなんかなぁ」
と、この話題にもにこにこと乗ってくる黒木。

一瞬流れる和やかな空気。

しかしその空気は煉獄の

「ということは…白雪姫の毒りんごの次は、『首をちょんぎっておしまい!』の赤の女王って事だなっ!」
という空気を読まない発言で霧散する。


「それはそうかもしれへんけど…あまり悪い方悪い方へと考えはるのも…」
と、それに黒井がまた、うわぁ~というような苦笑いを浮かべて言うと、水木は

「確かにそうだよな…この状況で能天気な事言っててどうするんだよってことだよな…」
と、暗い顔で俯いてため息を零した。

だがそこで
「赤の女王って確かに、不思議の国のアリスに出てくる、すぐに激昂して『首を切れ!』というキャラクタだけど…実は作中でその命令が遂行された事はないんだよ?」
と、またふわりとその空気を柔らかく中和する義勇。

確かに…油断は出来ない状況ではあるわけだが、状況把握や用心は自分がすればいいわけで、他には変に不安に駆られて暴走されたくない…そんな錆兎にとって、義勇のまとうふわふわと幼女じみた空気は、どうやらとても貴重な戦力の一つになっているようだ。


こうして二階にあがりリビングの真上の部屋の前。
重々しい感じのドアには交差した2振りの斧が刻まれている。
すごく見たくない光景が待っている気がするが、ここまで来て開けないという選択もない。

「…開けるぞ」
と、そこでまず宇髄が後ろで息をのむ面々に一応声をかけると、冷やりとしたドアノブに手をかけてゆっくりと回した……。



暗い室内…。
どこか生臭いような匂いと香の匂いが入り混じったなんとも言えない異臭が漂っている。

光源は半分ほど開いたカーテンの隙間から時折さしこむ稲光を除いたら、多数の蝋燭のみだ。
その蝋燭がグルリと囲んでいるのは部屋の中央部の小さな赤い丸テーブル。

…いや、元々は赤いテーブルではないのだろう。
真っ白な長いテーブルクロスを真っ赤に染めて、布が吸いきれなくなった赤い液体がテーブルの周りの床にある溝に落ちて下の階の血文字を作りだしたらしい。


そして…そのテーブルの中央には……生首……。

「ひぃぃ!!!」
まず悲鳴をあげてすくみあがったのは水木だ。

裏切り者は…許さん。
貴様を呪って地獄の底に引きずり込むために、この命と引き換えに悪魔と契約を結んだのだぞ?』

どこからともなく響く聞いたことのある声…

口元は弧を描き、笑みの形のまま、ゆらゆらと蝋燭の火が映り込んで揺れるガラス玉のような紅い瞳。
その顔には見覚えがあった。

「……たん…じろう………」

さすがの蒼褪めた顔で目を見開いたまま茫然とつぶやく義勇の声で、水木がはじかれたようにその場から逃走した。

脱兎のごとく駆け出していく水木。

それを
「単独行動をとらせるなっ!宇髄、追ってくれっ!杏と実弥はここで俺たちと待機っ!!」
との錆兎の指示で宇髄がそのあとを追い、王もさらにそのあとを追う。


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