前世からずっと一緒になるって決まってたんだ46_漂流

こうして豪華客船の旅のはずが一転、救難ボートで波間をさすらうことになった。

皆は雨が振っているためビニールシートを上からかけ、係員だけが外で様子を見つつ、波間を漂っている。


シートを叩きつける雨の音と振動がすさまじい。

テープで貼り付けてあるこのシートのおかげで中まで冷たい雨が入り込まないのだから、文句は言えないわけだが、寒々しい気分にはなってきて、義勇はため息をついた。

本当は…錆兎との今生で初めての旅行になるはずだったのである。

そう、一緒に暮らし始めて錆兎から色々話を聞いて、大正以前の記憶もほぼ取り戻して思い出した。


平安時代、初めて錆兎の家に行って色々話した時に、錆兎と一緒に大人になったら船に乗ろうと約束をして以来、そういえば一緒に船に乗れたのは1000年もたった今回が初めてだったのだ。

だから錆兎はもう覚えてなんかいないだろうが、船上での催しに誘ってもらえたのはとても嬉しかった。
それが今こんなことになってしまって、なんだか泣きたくなってくる。


じわりと浮かびかける涙。
寒さにふるりと身を震わせた。

すると、錆兎が上着を脱ぐとそれをぎゆうに羽織らせ、上着ごと腕の中に閉じ込めるようにぎゅっと抱きしめてくれる。

それで前も後ろも錆兎の香りとぬくもりがして、全身が錆兎にくるまれているような気分になった。


そしてささやかれる言葉…

──恐れるな。1000年前からの約束を違えることはしない。義勇が付いてきてくれるなら俺が絶対に守るから…


え?…と、義勇は腕の中から錆兎の顔を見上げた。

──…約束…覚えてたのか?
と、おそるおそる問いかければ

──俺から言い出したぎゆうとの一番最初の大切な約束を誰が忘れるものか
と、錆兎は力強い笑みを浮かべる。


──…嬉しい……
心の中で思ったことがそのまま声に出た。

嬉しい、嬉しい、嬉しい…
その気持ちが先ほどとは違う形の涙となって溢れ出た。

すると、義勇を見下ろしていた錆兎はちょっと眉を寄せて、

──ぎゆうは相変わらず泣き虫だな。
と、笑って涙があふれる目尻に口元を寄せると、その涙と悲しみを吸い取っていく。

──さびと…
と、少し幼い声で1000年越しの幼馴染兼恋人の名を呼べば、

──なんだ?
と、優しい笑みが降ってくる。

それがまた嬉しくて嬉しくて、くふくふ笑うと、恋人は

──本当に…ついさっきまで泣いてたかと思うともうご機嫌か
と、やや呆れたようなことを言いながらも、

──でもそこが可愛い
と、つむじに額に鼻先にと唇を落とす。
その感触がくすぐったくて義勇はさらに笑った。


錆兎と巡り合う前までの義勇は全てを許容されなくて委縮していた子どもだったためか、錆兎はいつでもどんな義勇でも許容してくれる。

例外は一つだけ。

一度…義勇はかどわかされたことがあって、その時に貞操を汚されかけて死を選んだのだが、それ以来、義勇が死にたいとか死ねば良かったとか口にしたり、実際に自分の身を傷つけたりすることだけには錆兎は容赦なく怒った。

自死の次の転生では記憶がなくて、次に記憶持ちで転生した時に、どんなお前でも俺は愛せるし、お前の責任は全て俺が持つから絶対に自ら死を選んだりはするな!と、散々叱られて、それからは記憶がある限りは本当に許容され愛されていると思う。


錆兎は元々は平安時代の頼光四天王と言われる有名な英雄の家柄4家の筆頭の血筋に生まれていて、幼いころからしっかりしていると評判の子どもだったので、いつだって傍にいれば安心感があった。

何度も転生を繰り返しても、やはり錆兎が錆兎であることには変わりがなく、こんな事態に陥ったとしても錆兎がいればそこは義勇にとっては絶対に安心で幸せな場所なのである。


そう…大丈夫だ。
錆兎がいれば全ては問題なくうまくいく。

ぎゆうにとってはそれは紛れもない事実なので、ぎゆう身体の力を抜くと、恋人の胸に全身を預けた。



そんな恋人達の隣で、不本意ながら慣れてしまった光景に不死川はため息をつく。

こんな状況でも馬鹿っぷるは馬鹿っぷるだなぁと感心していると、

「…なんだ、不死川、寒いのか?来るかっ?」
と、それを見た煉獄が当たり前に“俺のここはあいているぞっ”とばかりに腕を広げるので、ぶるんぶるんと頭を大きく横に振って言った。

「いやいや、それはねえだろっ。あれはあの1000年バカップルだから許される行動だ」
と、呆れかえる宇髄には大いに同意である。

「俺様はしねえぞぉ。ぜってえいやだっ」
と、不死川はずりっと後ろに後ずさるが、

「そうか?」
と煉獄はきょとんとしている。

「うちは弟が寒いというとよく懐にいれてやるんだがな」
と言われれば、その発想の元はよくわかったし、幼い弟とと言われれば微笑ましい。

自分だって弟たちならそうして温めてやることもあるだろうと、7人兄弟の長男の不死川としては思うわけだが、それはあくまで弟相手限定だ。
こんなむさい男子高校生二人でというのはありえない。

百歩譲ってだ、なんだか今生では全く鍛えていないせいか妙に細っこく育った上に可愛らしい顔をした冨岡と、それより一回りは余裕でデカい大柄で体格の良い錆兎という組合せならとにかく、自分と煉獄とでは絶対にありえない。なんの罰ゲームだ。

ありえたら社会の迷惑だとまで言い切ると、そこまで言わなくても…と、煉獄が眉尻をさげる。

そんな風なやりとりを交わしていると、

「うるさいっ!こんな時に余計にイライラすることすんなっ!!」
と、鋭い声が飛んだ。

「英二、そういう事言わない。いきなり申し訳ないね、君達」
と、弟に眉をしかめてみせたあと、加瀬英一は困ったような顔で不死川達に頭を下げた。

それに不死川と煉獄も
「あ~、気を使わせて申し訳ない。英二さんもうるさくしてすまなかった」
と頭をさげる。


「いや、本当にこんな状況で英二もちょっと気がたってるんだ。気にしないで」
と、有名なバイオリニストにしてはずいぶんと腰が低い英一とは対照的に、英二は高飛車な様子で鼻で笑ってみせた。

「気がたってんのは英一の方だろ?このところコンクールでもいつも弟の俺に負けてるし。第一線は諦めて一般人に媚びて芸能界入りでも狙う気か?」

「……っ!!!」

その言葉をやっぱり苦笑するのみで流す英一の代わりに、その言い方にカチンときたのは不死川だった。
思わず拳を握りしめるが、それを煉獄が慌てて止める。


「不死川、それはいかん!
どんな時でもいきなりの暴力はいかんぞ」

「でもなっ!!!」
と、二人が軽くもみ合う中、静かに論争の中に入ってきたのは、宇髄だ。


「確かに…最近はコンクールの結果も英二が1位が多いが…追う側よりも追われる側の方が上がない分キツイし辛いし余裕なくなるよなぁ」

にこりと…色々な意味に取れるその言葉に下手に突っ込めず、全員が黙りこむ。


「あの…救難信号みたいなモノは出してるんだよな?
なんだか流されているように思うのは俺だけか?」
と、周りが静かになったのを確認して、宇髄は今度は係員に声をかけた。

その言葉に係員の肩がぎくりと揺れる。

そこでビニールシートで遮られている視界の中、宇髄はシートを少しめくってちらりと外を確認した。よくは見えないが沈没した船からは遠ざかりすぎたのか、近くなら見えるであろう破片などが見えないばかりか、他の救難ボートの影もない気がする。

「たぶんマジ…流されてっぞ、これ」
と、そこで宇髄が青くなった。


「おいっ!なんとかしろよっ!!」
と、今度は英二のイライラの矛先が係員に向けられるが、気の毒な男は小さくなって

「…すみません……でも私にもどうしようも……」
と、すくみあがる。

「ありえねえっ!!もし岸にたどり着いたら、お前らの企業絶対に訴えてやるっ!
マスコミにだって思い切り言ってやるからなっ!!」


(…そうか……それだっ!)
と、宇髄は船で感じていた違和感に気づいたが、まあここで言っても仕方ない。

というか…これ以上余計な事を言ったらこの救命ボートにしては頑丈で立派とは言っても所詮はこの大海で身を寄せるには小さなボート内がパニックになりそうなので、言葉を飲み込む。

たぶん…何かあるのかもしれないが、係員が一緒ということは死にはしないだろうし、まずは安全な陸上へ辿り着くことが先決だ。


「なあ…これもしかしてモーター付きだよな?どこに向かってるんだ?」
と、そこで言い出したのは錆兎だ。

それに宇髄と不死川は驚きに顔を見合わせた。
そしてもう一人驚いた顔をしたのは係員である。


「…錆兎、なんでわかるんだ?」
と宇髄が聞くと、錆兎はあっさりと

「ん~…なんか波の揺れとは別に振動がするぞ?」
と答えるが、シートに叩きつける雨音と暴風雨、叩きつける雨や波の振動でよくわからない。

しかし係員が驚いた顔をしたところを見ると事実なのだろう。


「わざわざ…離れたということか?」
と宇髄が問い詰めると、係員はプルプル首を横に振った。

「いえ、流されたのは本当です。
ただ…このあたりは小島が多くて岩も多いので、それを避けつつ、今大きそうな島に向かってます。
一応大丈夫とは思うんですが、突出した岩とかにぶつかったら大変な事になるので、パニックにならないように安全を確保してから説明しようと思ってました…。」
との言葉にさすがに皆不安に声を失う。

いや…数名を除いては…か。


言われて初めて状況を明かした係員のいうことを信用できるのか…と考えこむ宇髄…と、

「そんなこと隠していても結果は変わらないし、万が一あった時に何も知らされていなかったらみんな慌てて行動できないぞ?
それだったら注意して、暴れる奴が出たらそいつをとりあえず強制的に寝かせておけば良かったんじゃないか?」
と、相変わらず一見無茶苦茶な脳筋発言に思えるが実はおそらくそれが最善だと皆が納得の提案をかます錆兎。


それに口の中でモゴモゴと…すみません…と謝罪すると、係員は

「でも大丈夫です。なんとか大きめの島へ辿り着けそうですっ」
と、前方を指さした。



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