虚言から始まるおしどり夫婦13_冨岡義勇と産屋敷一家

「まあ、冨岡さま、今日は可愛らしい」
「本当に、お人形のように愛らしいわ」
「ねえ錆兎、会議後はまたここに連れて戻ってきて頂けるの?」
「可愛い櫛や飾り紐がたくさんあるのよ。私たちだって着飾って差し上げたいわ」

朝食時、お嬢様4人が髪を綺麗に結った義勇を囲んできゃらきゃらと鈴の音のような笑い声をあげる。

そんな中で1人だけそれから少し距離を置くように錆兎の羽織の裾をきゅっと握って
「…また…しばらくはこちらに居るのか?」
と、おずおずと錆兎の顔を見上げているのが唯一の男児の輝利哉様のようだ。


病に伏せる父以外は母と4人の姉妹という女所帯の中でたった一人の男児である輝利哉様にとって、一時はこの館に住んでいて、家を出てからも仕事の都合でしばしばこの家で寝泊まりをすることが多い錆兎は兄のような存在らしい。

もちろん輝利哉様以外の4人のお嬢様からもどうやら長兄のような感覚を持たれているらしいが、自分を構う暇のない父親以外の同性の家族のような存在というものはまた格別に慕わしいものであるようだ。


…独楽や竹馬…紙飛行機も楽しかったな……と、またやりたいとは言い出せず、遠慮がちにぽつりとつぶやくその姿は義勇の目からしてもいじらしく映る。

「そうですねぇ…義勇か俺か、どちらかが越さねばなりませんから、しばらくは少しばかり忙しくなると思いますが…」
とあごに手をあてて考え込む錆兎。

それに奥方様が
「錆兎殿はお仕事もあるのですから我儘を言ってはなりませんよ、輝利哉もにちか達も…」
と、釘をさすとしょんぼりとうなだれるのが哀れを誘う。


自分のように両親がいないというわけではないが、忙しすぎて自分の子と共に遊ぶなどということのできないご両親で、自分と同様に姉がいると言っても逆に年が変わらないので弟の遊びに合わせてはもらえず妹達と女児の遊びを好んでする。

しかも外に気軽に友人も作れないとなれば、輝利哉様がやりたい男児の遊びを共にしてくれるのは本当に錆兎だけなのだろう。

その寂しさは自分の幼少時の頃のそれとは比べ物にならないが、それでもわかってしまって、義勇は考えた。


「もし…もしも奥方様やお嬢様達がご迷惑でなければ……」
と、義勇が切り出した言葉に、5人の子ども達がぱっと全員顔をあげて視線を向けてくる。

痛いくらいに強い期待の視線を向けられて少し臆しながらも、義勇はおずおずと言葉を続けた。

「私は姉を亡くして以来ずっと鱗滝先生と錆兎の男の中で育った上に、自身も男として生きてきてしまったので、女性としての諸々を学ばずに来てしまいました。
なので髪の結い方、女性の着物の着こなしなど、普通に女性として生きていれば当然知っている諸々を存じませんので、時折お嬢様達にそのあたりをご教授願えればとてもありがたく思うのですが…」

その言葉に子ども達5人の歓声があがった。


「冨岡様…子供たちにお気を使っていただかなくともよろしいのですよ?」
と、それに気づかわし気に告げる奥方様。

「義勇は本当に優しい子だね。錆兎は?君はどうだい?」
と、お館様はそうしてくれると嬉しいね…と言うように笑顔を錆兎に向けてくる。

「錆兎っ!ねえ、いいでしょう?」
「私たち一所懸命にお教えするわっ!」
と、ぱぁ~っと錆兎に詰め寄るお嬢様達に押しのけられる輝利哉様。

5人ともいつもお行儀よく落ち着いていらっしゃるように見えたのだが、家族だけになるとこんな風に普通の子どものようにふるまわれるのか…と、なんだかとても微笑ましい。

その錆兎にしがみつくように詰め寄る4人の娘たちをぽいぽいと引きはがして、奥方様は

「4人とも!そこにお座りなさい!錆兎殿はそれでなくとも鬼殺隊でとても大切なお仕事についていらして忙しい身の上のお方です!
冨岡様の方も柱を務められていて双方お忙しいのですから、なかなか作れないお二人のお時間を我儘で奪うようなことを言ってはいけませんっ!」
と娘たちに説教した後、くるりとお館様を振り返り、

「あなたも娘たちを煽るような発言はお控えください!」
と、鬼殺隊の頂点であらせられる尊いお館様にすらお説教をくれる。

それにタジタジとなっているお館様のお姿など、おそらく普通では拝見することなど決してないご家族のご様子に、いけないとは思いつつも義勇は少し楽しくも温かい気持ちになった。

そんな母の剣幕に正座中の家族の中で、大人しく座っていらしたために唯一引きはがされなかった輝利哉様がまたそっと錆兎の羽織を掴んで、小さな小さな声をあげる。


「…あの……それでは、錆兎達にはこの家に帰ってきてもらうようにしたらダメなのでしょうか…
今木々を植えているだけの東の庭に新たに生活に必要なものを一通り揃えた離れを作ってそこに住んでもらえば、錆兎も冨岡様もどちらかがいない時には一人きりの時間が出来るので、気軽に訪ねて頂けると思うのですが……」

言ってから身を縮こませる輝利哉様のご様子に、錆兎がなだめるようにその頭を撫でる。


それを後押しするように

「私は良い案だと思うけどね。
あまねも知っての通り、私の腹心というのは私だけの腹心ではない。
輝利哉が後を継いだ時にもっとも頼りにする輝利哉自身の腹心にもなる人間だからね。
私がいる間でも輝利哉とも長く良い関係を築いてくれた方がいい。
義勇には可哀そうだし申し訳ないと思うけど、義勇が嫁ごうとしている相手はそういう役割を担っている人間で、錆兎に嫁ぐということは自分もそういう役割を支えてその中に組み込まれていくのだと思って欲しい」
と、それは静かに切り出した。


もちろん義勇は錆兎がそんじょそこらの人間とは違うすごい男だということはわかっているし、一緒にいるために全力で補佐をすることには全く異論はない。
むしろ望むところだ。
と、義勇のそんな考えは錆兎は当然のようにわかっている。

なので、
「義勇は一緒に育って誰よりも俺の考えも状況も理解しているので、そのあたりは全く問題はありません」
と、口下手な義勇の代わりに答えてくれた。

そこで一同の視線は奥方様に。
奥方様は張りつめた子ども達の視線に答えることなく、その視線を義勇に向けた。

そうして
「本来ならしなくても良いご苦労をおかけいたします」
と、深々と頭をさげられたあと、

「そういうことならせめて少しでも冨岡様のご要望にあう建物をご用意しましょう。
台所周りとかもご希望なら舶来品の素敵なものを取り寄せます。
家は女の城ですからね。
業者に色々説明書を持参させますから、本日の会議のあとにこちらにお寄りください」
と、にこやかに申し出られた。


それに歓声をあげてはしゃぐ子ども達に
「5人とも!きちんと席について食事をなさい!」
と、奥方様はまた5人の子どもの母の顔で注意して回る。

こうして食後、上機嫌のお子様達としばらく過ごしたあと、会議の10分ほど前に錆兎と義勇はお館様がお目通りをする中庭へと足を向けた。


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