虚言から始まるおしどり夫婦5_冨岡義勇の苛立ち

ああ、不死川に呼び止められてわけのわからない会話をしていたせいで、本当に遅くなってしまった。

産屋敷邸を出た義勇は大急ぎで町に走る。


錆兎は今日戻るということは聞いていたが、今日のいつ頃戻るというところまではわからない。
出来れば疲れて戻る錆兎を飯が出来上がった状態で迎えてやりたかったが、間に合うだろうか…。

本当は大根を煮ようと思ったが戻る時間までに味が染みないかもしれない。
待たせたり中途半端な味の物を出すよりは、献立を変えよう。

義勇はせわしなくそんなことを考えながら街の八百屋や魚屋などを覗く。


菓子と言う意味ではあまり甘いものを食わない錆兎だが、料理は甘い味付けが好きだ。
だからどんな時でも用意するのは甘く味付けた卵焼き。
それに大根おろしを添えて、そこにわずかにかけた醤油と共に食う甘じょっぱい味が錆兎のお気にいりだ。

みそ汁は豆腐とネギにして、それで余った豆腐を使ってほうれん草の白和えを作ろうか。
それで副菜と汁物は良いとして、あとは主菜。
ああ、かれいが安いので煮付けるか。


疲れて帰る時は自宅で普通の家庭料理が食いたい…錆兎のそんな食の好みは熟知している義勇は錆兎の長期の出張のあとは極力錆兎の家に行って食事を用意して待っていることにしていた。

錆兎が入隊早々にお館様の傍へと引き抜かれてしまったため、同門の弟子と言えどそれと常に一緒にいると依怙贔屓だなどと陰口をたたく輩も出てこようと、錆兎の家に住むことはなかったが、それでも一緒に育った家族なのだから…と、合い鍵はもらっているので、割烹着などの私物はわずかながら錆兎の家に置いてあるし、米、味噌、醤油などの調味料の場所も熟知している。

だから食材だけ買って帰れば、勝手知ったる台所で料理を作れるのだ。


錆兎のために料理をするのは、刀の鍛錬よりも鬼を斬るよりも数百倍楽しい。
そのための買い物も楽しい。

今日は時間がなくてせわしないのだけれど、それでも確実に楽しいのである。


だから義勇はご機嫌で食材を手に町を足早に歩いていたわけなのだが、そこで

──義勇さああぁあーーーん!!!

と、これまた時間が取られそうな面倒そうな人間の声が聞こえてきて、義勇は聞こえないふりで歩く速度を速めることにした。


しかし相手は空気を読んでくれないことにかけては義勇が知る人間たちの中でも他の追随を許さぬ少年だ。
速足で歩いてもあっという間に追いついてくる。


「俺は急いでいる」
と、足を止めずに言い放っても、
「ああ、そうなんですね。じゃあ歩きながら」
と、当たり前に返されて、可愛い(はずの)弟弟子であってもイライラとする。

だが鱗滝先生と同じく人の感情を匂いでかぎ取れるはずの炭治郎は、そんな自分に都合の悪いことについてはなかったことに出来る男だ。


「甘露寺さんがしのぶさんと話しているのを聞いたんですが…」
と、切り出す炭治郎に、義勇も遠慮などしない。

「そうか。それなら甘露寺に直接聞いてくれ」
と、斬り捨てた。
が、そんな、迷惑だという空気を前面にだした義勇の言葉にも炭治郎はめげることはない。

「いえ、だからそれが本当のことなのかを義勇さんにお聞きしようかと…」
と、食い下がってくる。

「手短にすませてくれ」
と、もうこれは答えるだけ答えて追い払った方が早いと思って義勇が言うと、炭治郎はいきなり

「不死川さんに結婚申し込まれて錆兎が好きだからって振ったって本当ですか?」
と、わけのわからないことを言い出した。


それが本当かと言われると義勇にもよくわからない。
あっているような違っているような?

そもそも不死川の一連の言動自体がすでに謎なのだ。
あれは本当に結婚を申し込むつもりの発言だったのか?
単にこれまでの不仲を改善しようとして、彼的に最大限の好意を示すには?と思って行き過ぎてしまったのではないのか?

ああ、もう根本的なところから考えるに、何故不死川は甘露寺や宇髄の結婚についてのお館様の言動から、自分との仲を改善しようと思ったのだろう?

もう義勇には何からなにまでわからないので、

「不死川の言動と行動の真意に関しては俺にもわからない。
だが、不死川に突然結婚すると言われたのは本当だ。
それで俺が誰と誰が結婚するのか?と聞いたら、俺と不死川だと言われた。

俺はそれに対して俺は錆兎に皆と仲良くするようにと言われたからそのように努力してきたが、不死川と結婚までしたいとは思っていない。そんなことで結婚していたら柱全員と結婚しなければならなくなるだろうと言った。

その後奴から錆兎のことが好きなのかと聞かれたので当たり前だろうと答えた。
以上、これが奴とのやり取りのすべてだ」

と、義勇にしてはありえないレベルで丁寧に詳しく説明したので、これで開放してもらえるだろうと思えば、炭治郎から出てきた言葉は、

「不死川さんと祝言をあげる気はないんですよね?」
で、それに
「当然だろう」
と答えると、なんと
「じゃあ、俺と祝言を挙げてくれませんか?」
と、言う言葉が返ってきて、話はさらにややこしくなっていった。

不死川もだが炭治郎もなんだかわけがわからない暴走をしている気がする。


「無理だ。別に柱とでなければ挙げてもらえんわけではない。
お前も祝言があげたいなら好いた相手とあげろ」

祝言と言えば姉がその昔大変その日を楽しみにしていた。
義勇自身は自分の思いが叶うことなどないと知っていたから、祝言どころか恋愛に対する憧れすらなかったが、普通は女性だけではなく男もやはり憧れたりするのだろうか…。

「俺は義勇さんを好いているんです。義勇さんは俺が嫌いですか?」
と食い下がる炭治郎。

そうか、鬼殺隊は男が圧倒的に多くて女性の相手は見つけにくいし、お館様がどういう相手でも挙げてやると言ったから、とりあえず自分に甘いであろう兄弟子なら挙げてくれるかと思ったのか…

そんなことを考えつつも義勇は挙げる気はないので他を当たってくれと思うし、そもそも今日は忙しい。

「言い方が悪かった。
そういう意味ではない。好いていれば誰でもいいわけじゃない。
祝言と言うものは一番好いている人間と挙げるべきだ。
すまないが今日は錆兎が長期出張から帰ってくる日だから、俺は忙しい。
錆兎のために美味い飯を作って迎えてやらなければならない。
失礼する」
と、言ってその場を離れようとすると、炭治郎は、あと一つだけ!と、義勇の腕を掴んだ。

「じゃあ義勇さんが一番好いている人はだれなんですか?」
と、質問をしてくるので
「錆兎に決まっているだろう」
と、答える。


「俺よりも…ですよね?」
と、さらなる質問には、もういい加減にしてくれと言う思いもあって

「お前に限らず世界中の人間の中で一番だ」
と言い切ると、炭治郎はいよいよ絶望的な顔をしてその場で固まったので、義勇はこれ幸いと炭治郎を放置で錆兎の家に急いだ。



…炭治郎も祝言を挙げたいだけなら、不死川と挙げればいいんじゃないだろうか…。

邪険にされていたのは炭治郎も同じなのだし、不死川に会えばこれまでの贖罪にと結婚を申し込まれるだろうし、めでたしめでたしだろう。

と、そんなズレたことを考えながら…


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