前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に8

元服して間もない頃…それでもぎゆうはほとんど実家に帰ることなく、渡辺家に滞在していた。

その頃になると錆兎や錆兎の父に教わった弓の腕はめきめきと伸び、それもまた産屋敷家の主催で行われた流鏑馬では百発百中。
1,2発ほど外した錆兎を超えて、さすが卜部の孫!四天王の一角なり!ともてはやされることになった。

その代わり刀の腕は錆兎には遥かに及ばないどころか、むしろ他の四天王の子孫達の中でも最弱の部類と言っていいほどだったが、それは全く構わない。

だって自分は錆兎の背の後ろで錆兎の目となり敵を寄せ付けぬ砲台となるのだ。
刀をふるう機会などきっとない。

ともあれそんな風だったので、もうぎゆうを情けない童よと嘲る者はいない。

そんな武術の腕に加えて体が細くしなやかで顔も美しかったので、宮中に出入りをするようになって女房達に色めいた声を掛けられることもあった。

まあ、そんな自分のことはどうでもいい。

問題は錆兎だ。



13歳とまだ幼さが残りはするが、平安の頃なら普通に妻を娶ってもおかしくない年である。

武術に長け、顔も良く、人柄も良いうえに、京を騒がす不届きな誘拐団を10歳と言う幼さで蹴散らした英雄だ。

さらに言うなら未来の帝、現東宮の妃の実家の主の覚えがめでたく、恐れ多くもぜひにと言われて烏帽子親になってもらったという、後ろ盾もすごい将来有望な少年である。
そんな錆兎に縁付こうと様々な家がぜひ婿にと声をかけてくる。

その筆頭が、大変不本意なのだが、ぎゆうの実家なのであった。

なにしろほぼ3年もの間、息子を渡辺家に預け、錆兎と一緒に過ごさせている。
元服後も二人は同じ近衛府勤めでいつも一緒だ。
そんな弟の縁でぜひ姉達のどちらかの婿に…と、ぎゆうの父はぎゆうをせっついてくる。

だからぎゆうは余計に実家に帰りたくなくなるのだ。

ぎゆうは男で錆兎の嫁にはなれないのだからしかたないのかもしれないが、百歩譲っても次女の桂や四女の鈴のような意地悪な女が錆兎の嫁と言うのは嫌だと思う。

そこで3番目の姉の蔦が生きていたら諦めて祝福できたかもしれない…と、考えるのだが、そう思ってみてもなんだか胸がきゅうっと締め付けられて悲しい気持ちになってくるので、考えないようにしていた。




その夜はおかしな夢を見た。

月の明るい晩のこと…錆兎がどこかの姫君のところに通っている。
廊下に立つ錆兎を後ろから照らす月明かり。


──…会いたかった…

と1年ほど前にしっかりと大人の男のそれになった低い声で囁く言葉は短くて、ぞくりとするような色気を含んでいる。

まるで月が連れてきた精のように気配もなく部屋に足を踏み入れ、閨に横たわたっていた姫君の腕をとって身を起させ、その逞しい腕の中に閉じ込めると

──…慰めてくれ……
と、切なげな吐息を耳元に吐き出した。

体がカッと熱くなった。

重ねられる唇。
刀を持つため固くなった指先が体中をはい回る感触が、ぎゆうの官能を引き出していく。

そう、いつのまにか錆兎の腕の中であられもない嬌声をあげる姫君はぎゆう自身に変わっていた。

………
………
………


…ゆう…ぎゆうっ!!

ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、自分に覆いかぶさるように心配そうに顔を覗き込む錆兎の顔が見えた。

状況がわからない…。

ぽかんと呆けていると、錆兎が

──ひどくうなされていたけど、大丈夫か?
と、聞いてくる。

──だ…大丈夫じゃない……
と、まずそんな言葉が口から滑り出ると、錆兎が少し焦った様子で

──薬師を呼ぶか?
と立ち上がりかけた。

その着物の裾をクン!とひっぱると、ぎゆうは

──そういう意味じゃない…
と、それを止めた。

──そういう意味じゃなければどういう意味なんだ?
と、錆兎に不思議そうな顔をされて、ぎゆうは言葉に詰まってしまう。

まさか錆兎とあんなことをした夢を見たなんてとてもじゃないが言えない。
さすがに嫌がられるだろう…。
そう思って言葉なく俯くと、ふと下履きに違和感がある。

恐る恐る下肢に視線を向けると、ぎゆうが止める間もなく、錆兎が寝巻をまくりあげて、

「あ~、そういうことか」
と、ややホッとした様子で息を吐き出した。

何がそういうことなのかわからないが、元服ももう済んだ身で漏らしてしまったのかと思うと、恥ずかしすぎて泣けてしまった。

錆兎はそんなぎゆうのあたまをよしよしというように撫でると、

──大丈夫、これは男なら誰でも通る道だ。ぎゆうが大人の男になった証だ。
と抱きしめてくれる。

そのまま宥めるように背をトントンと叩く手に安堵して鼻をすすりながら問うように錆兎を見上げると、錆兎は

──これは夢精と言ってな…
と、精通のことから大人の男の性や体の変化について教えてくれた。


錆兎はすごい。

確かに4月生まれで2月生まれのぎゆうとは10月ほど年の差があるが、年齢は一緒だ。
なのになんでも知っている。

ぎゆうが感心してそう言うと、錆兎は苦笑。

「俺は1年と少し前くらいにすでに精通がきてるし、それより前に父に教わっていたから。
ぎゆうはずっとうちにいたからな。
その時が来たら俺が説明してやればいいと思って教えてなかった。
不安な思いをさせてすまなかったな」

と、またぎゅうっと抱きしめてくれた。


そうしてぎゆうが少し落ち着いて泣き止むと、錆兎は少し少年の顔になって、

「まあそういうことなんだが…なんだかぎゆうがすけべえな事を考えるなんて、想像もつかないな。
でも最近、宮中で若い女房達に騒がれたりしているし、そんな中の一人の夢でもみていたか?」
と、いたずらっぽい声音で言う。


その言葉にぎゆうはショックを受けた。

いや、からかわれているとかではなくて、錆兎もすでに経験済みということは、どこかの綺麗な姫君相手にさきほどぎゆうが見たようなことをしている夢を見たということなのだろうか…。
そう思い当たると、心臓がぎゅっと締め付けられる思いがした。

いやだ…と思う。

あまりに悲しくて目から涙がぽろぽろ零れ落ちると、

「す、すまん!からかうつもりではなかったのだが…
そうだな、繊細なものなのだから言及すべきではなかったな。
泣かないでくれ」
と、錆兎は慌てて涙が止まらないぎゆうの目尻に口づけた。


距離感としてはおかしな行動かもしれないが、なにしろあの事件の時にぎゆうが普通に唇に口づけてしまったため、慰めると言えば顔のどこかに唇を寄せるのが当たり前になってしまっている。
なので二人の間では特におかしな行動ではなかった。

それが普通の関係ではありえない行動だとぎゆうが知った時にはもう二人の間では当たり前のことになりすぎていて、今更変える方が普通ではないことだったのである。

でも今もうすでにその意味を知っているぎゆうには、それは一方的に普通ではない特別な関係での行動になっていた。

だから夢の中ではそれをきっかけにさらに先に進んでしまったのだろう。

現実では絶対にありえないその先…錆兎はいつか愛する女性とするのであろうその先を思うと、普段は心休まるその行動でも悲しさは消えない。

「…っ…お、おれはっ……しないっ…さびとじゃないとっ…そういうことしないっ…
さびとがっ…妻をもってもっ……おれは、もたないっ…」

呆れるかもしれないし嫌がられるかもしれない。
でも気持ちはもうごまかしようがなくて、ぎゆうは首を横に振りながら訴えた。



「…ゆめでもっ…さびと以外となんて、ぜったいに…してないっ…」

ぎゆうがそこまで口にすると、錆兎がぽかんと目と口をまんまるく開いたまま固まった。

ああ、嫌われたかも…死にたい…と思ったが、それでもぎゆうには言わないという選択肢はなかった。

自分がたとえ夢の中でのことだったとしても錆兎以外の人間とそんなことをしているのだと思われるくらいなら、事実を伝えて死んだほうがましだと思う。


──………なんか…すまん……

どのくらい固まっていたのだろうか。
錆兎がまだ目をまん丸にしたまま口を開いた

そこで謝られるのはみじめな気もしたが、それでもぎゆうは錆兎のことが好きすぎて、嫌われて離れていかれるよりはいいと思ってしまう。

だがその後の錆兎の言葉はぎゆうの予想をはるかに斜め上に突き抜けていた。


──俺も精通の時に見た夢の相手、お前だった


へ??
──ええっ?!!!

と、思わず叫ぶと、錆兎は心底恥ずかしそうに顔を赤くする。

そして片手を口に当てると、

「すごく焦った。
お前、無邪気に口づけしてくる程度には何もわかってないし…
俺がどれだけ意識してどれだけ耐えたことか…」
と、耳を真っ赤にしながら息を吐き出す。


「…つまり…錆兎はずっと俺を襲いたかったのか…?」
と、なんとか理解が追いついたぎゆうが言うと、

「そういう言い方するな。
…まあ…ありていに言えばそういうことだが……」
と、錆兎は少し眉をしかめた。


うそ…本当に?…本当にっ?!!
さきほどまでの悲壮な気持ちが一気に吹き飛んで、ぎゆうは一気に舞い上がる。


「なんで手を出してくれなかったんだっ!」

「出せるわけないだろう?!お前はほんっきで何にもわかってない子どもだったっ!」

「それでもわからなくても俺はきっと錆兎になら何をされても拒まなかったっ。
そうすればこんなに落ち込まなかったのに…」

そう言ってぷくりと膨れて見せると、錆兎は口に当てていた片手で顔を覆って、

──お前は、本当に……
と、はぁ~と大きく息を吐き出して肩を落とした。

そうしてしばらくの沈黙のあと、顔をあげる。


──とりあえず…俺もこれからは合意の上ということで遠慮せず関係を進めるからな?

──望むところだ!……でも……

──でも?怖気づいたか?まだ不安ならもう少しなら待てるが……

──そうじゃなくて……

──…?

──…その…錆兎は…妻とか…どうするんだ?


そう、そこである。

別にぎゆうはそんなもの要らないが、錆兎は英雄だ。
そしてぎゆうでは錆兎の子が産めぬ以上、妻をもつ必要があるだろう。

そう思って聞くと、錆兎の表情が一気に険しくなった。


──…まさかお前、俺がいても妻を持とうというわけじゃなかろうな?
と珍しくピリピリとした声音で言う錆兎に、ぎゆうは当たり前に首を横に振る。

──俺には必要ない。でも錆兎は跡取りとか要るのではないかと思って…

と、素直に思っていることを口にしたぎゆうを、錆兎は

──お前は馬鹿か…?
と、またぎゅうっと強く抱きしめた。


「俺は伴侶がいて別に女を作るような不誠実な男じゃない。
渡辺の跡取りということなら、俺の父は次男坊で、亡くなった真菰の母親の他にも兄弟妹と3人兄弟がいて、それぞれに男女共に子を設けているし、従兄弟の中にはすでに子がいる者もいるから、俺一人子がなかろうが何も問題はない。
むしろその心配があるのは、お前の家の方だろう」

「いや…男は俺一人だが女は姉達の他にも従姉が大勢いるし、俺の家も次男だから…
そういう意味ではなくて…錆兎を婿にしたいという申し出がすごいだろう?」

いいのか?と押し付けられた胸から顔を離して藤色の瞳をみあげるぎゆうに、

──最近はそういうのが面倒だから住吉に行きたいというのもあったんだけどな
と、錆兎は苦笑した。


「それでも…まあ俺もぎゆう以外とそういうことをしたいと思わないのだから仕方がない。
東宮様の諸々が片付いたなら住吉に逃げるということで、それまではなんとかかわしていこう」


──だから今夜からは……大人な恋人同士だ

そう言って初めて錆兎から唇に口づける所作はまだまだぎこちなかったが、それからは自身の宣言通り少しずつ少しずつ大人の恋人がするようなことを進めていって、一か月もする頃には二人の間の同衾の意味合いには色めいた別の意味が加わることになった。



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