前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に7

産屋敷家の桜の宴から少し経った頃、ぎゆうは父親経由で少しばかり困った誘いを受けていた。
あの日、怒って帰った耀哉様の親族の少年が、ぎゆうに自邸に遊びに来いと言ってきたのである。


なぜ?!と言う言葉しかない。

だってあれだけ怒って帰ったじゃないか。
ぎゆうに対してどう考えても腹を立てているだろう?
何故自邸に誘うんだ?

もう怖さしかないが、相手は身分のある人間なので無碍にもできず、錆兎も一緒なら…と返してもらったら、却下された。

そこでぎゆうは察した。

そうか、嫌がらせか。嫌がらせなんだな?
錆兎がいるとかばってしまうので、ぎゆう一人で来いということなんだろう。

そうと思えばおいそれと色よい返事などできるはずもない。

幸いにして渡辺家にいるので、父がうるさく言ってきても無視できる。
なので人慣れない不作法者なのでと断り続けること幾星霜。

しかし敵もさるもので、そうなると耀哉様の催しに毎回のように顔を出すようになった。

ぎゆうもそこはさすがに行かないという選択肢はないので催しの間中は常に錆兎に張り付いていると、なんだか最近は優しくなったのか、あるいは自分の主である耀哉様を嫌う月哉という少年のことが心底嫌いなのか、天元も一緒になって彼を遠ざけてくれる。

せっかくの催しで錆兎が他と接触が持てないのは申し訳ないとは思うのだが、まあ相手も意地になっているだけでそのうち飽きるだろうから、少しの間、頼らせてもらうことにしていた。

これはこれでぎゆうにとっては大問題なのだが、その他にも昨今は大きな問題を抱えている。

そのせいもあって錆兎が耀哉様の催しには足を運ばなければならない事情があって、ぎゆうも月哉様が来るとわかっていても錆兎と離れたくはないので足を運ぶことになっているのだ。

その問題の原因は、先日の誘拐事件の裏事情にある。


錆兎が子どもながらに大立ち回りの末に誘拐団を捕まえたことはかなり広まっていた。

なので普通ならば拍手喝采と言うところだが、実はあれで秘かに一部の貴族から睨まれることになったらしい。

錆兎の言った通り、普通の人買いが奴隷として売り買いするならば庶民の子どもの方が丈夫でよく働くし好ましい。
それをわざわざ貴族の子どもを狙うあたりには理由があった。

あまりに恐れ多い話なので皆口の端にのせることも控えているが、次期天皇をめぐっての権力争いのせいらしい。

今上帝には男児が数人いるが、跡取りである第一皇子の現東宮の実母は亡くなっているものの左大臣の娘だった。

そして2歳ばかり年下の第二皇子は右大臣の孫。
こちらの母君はまだ健在である。


とどのつまりはそういうこと。

いまだ存命で宮中で力を持つ右大臣の娘が自らの産んだ子を将来の帝の座につけたくて画策中というよくある話だ。

もちろんすでに東宮として立ってしまっている左大臣の孫を押しのけてというのは、そんなに簡単なことではない。

そこで宮中にこそりと暗殺者を招き入れて東宮の御身を狙っているらしい。

もちろん普通なら厳重な警護を潜り抜けて宮中へ入るなどということは不可能に近いが、身分のある者のそば仕えとして忍び込むということなら話は別だ。

つい最近も一人の女御の新参者の女房がそういう類の人間と入れ替わっていたということがあった。

実際のところはわからないが、その女御も女御の実家も、紹介されて新しく雇ったその女房が入れ替わっていたことは知らなかったと主張している。

その他にも更衣のそば仕えが暗殺者の一味だったということがあり、こちらは内々に調べた結果、実家のまだ幼い跡取り息子が拉致されて脅されていたとのこと。

すでに元服して宮仕えをしている者ならば出仕してこなければ不審に思うところだが、元服前の童であれば拉致されて姿が見えなくとも気づかれないということらしい。

他にも同じように拉致されかけたという話が出ていて、実際、拉致されてしまえば口には出せないので報告はしないが、拉致されている子どももいるだろうと、秘かに捜査が進んでいる。

錆兎の先日の活躍は、その実行犯を捕らえられたことで黒幕を特定するための大きな一歩になったわけだが、当然、善良な第三者や東宮派以外…つまり黒幕と思われる右大臣の周りからは睨まれることになったのだ。


その件について…実は耀哉様の姉上は東宮の正妻なので、その東宮側のかなり中枢の人間と親しくしている錆兎は余計に右大臣派からは警戒されている。

だがいくら英雄の血筋とはいえ、身分は中流貴族にすぎない渡辺家では右大臣と敵対するには心もとない。

その一方で英雄の血筋だけに世間に与える影響は大きいので、東宮側としては保護を与える代わりに広告塔として使えば互いに意義があるだろうということで、耀哉様個人との親愛とは別に、そんな大人の事情もあって互いに協力しあうことになった。

だから錆兎は耀哉様の催しは出席せざるを得ないのである。


そもそもが頼光様のお家が東宮側なので、四天王の家全てが東宮側だということもあり、それが4家の人間がしばしば産屋敷邸に招かれていた一因だった。

なかなか厄介な大人の権力争いに巻き込まれている感は否めないが、それでも耀哉様や天元と会うのは楽しかったし、大前提として理は東宮側にあるのだから仕方ない。

この関係性もあって、2年後の春…13歳になって元服を迎えることになった錆兎の烏帽子親は、なんと産屋敷のお館様がなって下さることになった。

身分の差を考えれば大変異例なことではあるが、ある意味英雄の血筋と言うことを超えて、さきの誘拐団のことで本人自身も英雄として宮中ではもちろんのこと、庶民にも人気の少年を自身の側に仕えさせるということは、権力争いに大きく影響をする。

“あの鬼退治の四天王の孫、誘拐団を見事にとらえた少年”は、東宮様に心酔し、その東宮側の重鎮を烏帽子親にしている…と知らしめることが、東宮の側にかなり有利に働くという、大人の事情と言うことである。

ほぼ同時期のぎゆう自身の元服では烏帽子親は渡辺家の主である錆兎の父にお願いした。


錆兎自身はそれなら自分の烏帽子親もぎゆうの父にと飽くまで希望したのだが、そういう政治的な事情があるので、身分的にも年齢や立場的にも個人の希望など通せるはずもない。

なによりぎゆうの父だって現東宮妃の父である産屋敷の主がして下さるというのに恐れ多くもそれを差し置いて自分がなどと言えるはずはないだろう。

そんなわけで元服をしたら住吉で瀬戸内の水軍を統括する叔父の元で刀を振るうのだ…と、そんな錆兎の夢も、当分叶いそうにない。

少なくとも右大臣側が失脚するか、もしくは東宮が帝位におつきになられるか。
それはなかなか長い先行きのように思われた。



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