前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に6

渡辺邸に着くと降りた馬を家人に預け、錆兎とぎゆうは真菰の部屋へ。
そうして二人で土産の柿を真菰に渡す。


「ありがと~!」
と、真菰はそれを笑顔で受け取って、

「あとで剥いてもらおうね」
と、机に置くと、

「男の子はいいなぁ。私も外に遊びに行きたい。
女ももっと遊びに出かけられればいいのにね」
と、可愛らしい口を少し尖らせた。

そうかな…とその真菰の言葉にぎゆうは首を傾ける。

ぎゆうは女のほうが外に出ずに済んで良いと思うのだが…。

なにより女なら錆兎の嫁になれる。
そして嫁になれば一生一緒にいられるのだ。
実際に女に生まれたいかと言われると微妙なところだが、女の立場はなかなか羨ましいものがあると思う。

しかしそれを錆兎に言ったなら、

「あ~、でもぎゆうが女なら今日一緒に遠乗りに行けなかったし、一緒に風呂も入れない。
正式に夫婦になるまでは同じ床でも眠れないしな。
それはそれでなかなか不便じゃないか?」
と言われて、それもそうだと思いなおした。


実際にその日はそれから一緒に風呂に入り、さっぱりしてから真菰も交えて飯を食い、夜になって寝るのに床につくのも一つの褥である。

ここに来た初日は几帳で隔てられて寝床が用意されていたが、眠れなくて錆兎の方へと潜り込んでからはずっと一緒に眠るようになった。


夜は錆兎の腕の中で眠りに落ちて、朝は一足先に起きて素振りをしている錆兎を目にしながら起きる。

だからその日も一緒に寝巻に着替えて二人きりになって、それでも感じる違和感にぎゆうは

「錆兎…大丈夫?」
と、声をかけた。

錆兎はそのぎゆうの言葉にひどく驚いた顔をして、それから

「…気づいてたのか…。
誰にも悟らせるつもりもなかったし、実際悟らせなかったのに、ぎゆうは本当にすごいな。
目が驚くほどいい」
と、どこか泣きそうに笑う。

誰にも気づかせず慰められず、それでも気づいたぎゆうの前ですら泣きそうな顔をしながら笑うのだ。



──錆兎…俺しかいないから…俺しか聞いてないから、話して?
と、ぎゆうは自分より少し背の高い錆兎の頭を引き寄せて、自分の肩口に…。

そのままもう片方の手を錆兎の背に回して抱きしめると、錆兎は、ほ…と、小さく息を吐き出した。


──俺は…綱の孫だから…
──…うん……

──…筆頭の孫だから……
──…うん……

ぽつりぽつりと語られる言葉…


四天王をまとめる筆頭の孫として、自らを鍛え、強く律し、多くの人の助け手であるべし。
それは強制ではなく、それが理想である…と、育てられてきた錆兎は、しかし、それを負担に思うことはなかった。

他人よりも多く生まれ持ってきた分、それを持たぬ者、弱者を支え守ることになんの不満もない。
むしろそれができる自分を誇らしく思ってきた。

だが、その気持ちが強すぎて、弱みを見せられない。

自分が多少辛いと思っても、それを表に出して保護を求めれば、自分よりも弱く辛いのであろう相手に保護が行き届かなくなってしまう。
そんな気持ちが先立って、自らの辛さは飲み込む癖がついていた。



実際、耐え切れないほどの辛さと言うものは感じることはなく、問題はない、と、苦笑する錆兎に、

──でも辛いんだろう?俺は錆兎のことならなんでも知りたい。それが辛さでもなんでも…
と、ぎゆうは食い下がる。


──…辛い…というのとは少し違うのかもしれないが……

と、どうあってもぎゆうが引き下がらないと思ったのだろう。
錆兎はさらに言葉をつづけた。


──俺の未熟で馬を傷つけた
と、その言葉に、ぎゆうは、ああ、やっぱり…と思う。


「でも腹を少しかすめただけだろう?
足なら死なせるしかないが、腹のかすり傷なら大丈夫じゃないか?
盗賊の物だとしても、馬には罪はないし手当はしてもらえるだろう」

と、おそらくあの時のことだろうと検討をつけて言うと、錆兎は

「気づいていたのか。
ぎゆうは本当に色々よく見ているな」
と、驚きの声をあげた。

それにぎゆうはムフフと笑う。

「俺はいつでも錆兎のことだけを見ているから。
賊の足を射た時に馬の腹を矢がかすめた瞬間、錆兎が一瞬すごく動揺したように見えた。
そしてそれからどこか元気がない」


はぁ~と錆兎はまた苦笑しつつ

「本当に…ぎゆうにはかなわんな。
お前にだけは隠し事はできんようだ」
と、言った。


「そうだ。他には一切興味がない分、俺の関心は全て錆兎に向かっているからな。
隠しても無駄だ。
だから…俺にだけは何でも言ってくれ。
錆兎はすごい男で完璧で、みんなが頼りにしているみんなの支えだが、俺はそんな錆兎が疲れや辛さを癒し休める唯一の場所になりたい。
…俺では慰めにならないか?」

と、少し体を離して錆兎の顔を覗き込むと、錆兎はただ──ありがとう…と、笑う。


その表情は普段周りに見せる強い錆兎の顔ではなく、ただの11歳の少年に見えた。
ぎゆうはそれに胸がきゅんっとする。

そして…錆兎が自分を含めて周りを守ってくれるなら、今日この時よりずっと、自分は守れるがゆえに誰からも守られない錆兎を守る唯一の人間になろうと、ぎゆうは心に誓った。


そうしてふとまさに今、沈んだ錆兎の心を守り慰めるには…と、考える。
そして思い出した。


──錆兎……
──ん?

ぎゆうの呼びかけに応えてこちらを向く錆兎の両頬に両手を添え、ぎゆうはためらうことなく顔を近づけた。

ふにゅりと触れる唇。


──な、なにをしてるんだっ?!!
と、慌てて離れる錆兎の顔はなぜか真っ赤だ。

それにぎゆうはコテンと小首をかしげる。

「えっと…以前姉さんのところに通ってきた男が、慰めてくれと言って口と口をくっつけていたから。
慰める時はそうするのかと思って?」
と、答えると、錆兎は息を飲んだまま固まって、次に床に突っ伏して言った。


「…ちょっと…慰めるの意味が違うが……
とりあえずぎゆう、俺以外には絶対にこういうことをするなよ?」
と、耳を赤くしながらモゴモゴとくぐもった声でそう言った。

「うん。俺が慰める相手は錆兎だけだから、他にはしない」
と、その意味もわからずにぎゆうは答える。


そう、その時は本当に意味がわからないままで、それから数年は錆兎が元気がない時は無邪気に唇を押し当てて、錆兎を秘かに困らせていた。

その後…その意味を知った時にはなるほど、と、思いはしたが、やはりそういう意味でもぎゆうは全く構わなかったので変わることはなかったのだが…まあ、それはまだ随分と先の話である。


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