前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に5

渡辺の家での生活はとても楽しくて、時はあっという間に過ぎていく。


ここに来て半年ほどたった頃だろうか…。
錆兎はよく馬でぎゆうを外に連れ出してくれた。

最初に渡辺家に向かう時に馬にのせてもらった時には落ちぬように支えるためにと錆兎の前にのせてもらっていたのだが、最近は錆兎に自力でつかまることができるようになったため、たいていは錆兎の後ろに乗ってその背に抱き着いている。

普段は街中を覗いたり、せいぜい街はずれを少しばかり走ったりするだけだったのだが、その日はそんな風に街の周りをうろついたあと、少し遠くまで行く、と、一言。
錆兎は街を出て東へ向かう街道のほうまで足を伸ばした。


いつもなら帯刀はしても弓までは持たないのだが、今日はぎゆうの背に弓を背負わせての外出で、父たちのように鳥や野兎を射たりするのだろうか…と、少し気持ちが曇る義勇だったが、錆兎はどこまでも錆兎である。


「ぎゆう、正面を見ろ!」

だいぶ走ってそろそろ戻らねば夕刻になってしまうと思い始めた頃、錆兎からかけられた声に顔をあげれば、目の前には大きな柿の木が見えた。

そうしてぎゆうがそれに気づいたと認識すると、錆兎は

「弓を貸せ」
と手を伸ばす。

それに弓と矢を渡すと、錆兎はそちらに向けて走りながら、狙いを定めて弓を射た。

ひゅん!と放たれた矢は柿の枝に当たって細い枝ごと柿が落ちてくる。
それを勢いで走ったまま柿の木の下で受け止める錆兎。

「真菰への土産だな」
と、その枝から柿の実をもいで腰に下げた袋に入れ、弓矢を義勇に返して笑う錆兎のその姿はもうまばゆいばかりだ。

そうか、いたずらに命を奪うだけではなく、弓矢にはこういう使い方もあったのか…と、ぎゆうは目から鱗が落ちる思いだった。


──俺も…練習すればできるようになるかな?

真菰にも…なんなら本当の姉達にも、こうして自分が採ったのだと果物の一つでも渡してやれれば嬉しい。

そう思って聞いてみると、錆兎は

「ああ、俺はすごく練習してもこの程度だが、ぎゆうは卜部の孫だ。
なんなら枝を折らずともへたのすぐ上を射て実だけ落とすことだってできるようになると思う。
以前な、俺がもっと子どもの頃に、動物を狩りもしないのに狩りに同行していた卜部のじい様がこうやって実を落として俺にくれたんだ」
と、そんな経験談まで話してくれる。

そうか…祖父も無駄に命を狩ることはしない人だったんだな。
と、ぎゆうは嬉しくなった。

「明日にでもぎゆうの手に合わせた弓を取り寄せて、握るところから教えてやる」
と、錆兎に言われて、うんうんと頷く。
生まれて初めて自分が卜部季武の孫で良かったとぎゆうは思った。



そろそろ秋に差し掛かって日の入りが少し早くなり始めている。

遠くの空が夕焼けに染まり始めた頃、なんとなく色々やりつつも時間を潰しているような感じだった錆兎が、

──そろそろ頃合いか…
と、つぶやいて、街に向かって走り出した。

何が頃合いなのだろうか…

そんなことを考えて首をかしげるぎゆうに、錆兎は

「たぶん、これからちょっとした立ち回りがあると思うが、ぎゆうは俺が守るから恐れるな」
と、注意を促してくる。


え?と目を見開くぎゆうを少し振り返って

──まあ、大丈夫。俺につかまれない時は位置を変えるから馬のたてがみにつかまってろ
などと笑うので、ぎゆうはますます焦ってしまう。

しかしこのあと何があるにしても錆兎がいるなら確かに大丈夫だろう。

ぎゆうの錆兎に対する信頼というのはもう信仰に近いくらいのものだったので、気になりはしたが不安にはならなかった。
それを知っての錆兎のこの説明である。



街についた頃には少し薄暗くなっていて、店ももう閉じているので人通りもない。

いるのはいかにも遊び過ぎて帰宅が遅れましたと言わんばかりの錆兎とぎゆうだけ。
…のはずだったのだが、左右に伸びた前方の路地からいくつかの影がちらほら見える。


──やっぱりお前も気づいたか
と、それはあまり良いことだとは思えないのに、小さく笑う錆兎。

素知らぬふりで馬の歩を進めているとバラバラとあちこちの路地から下人が出てきてぎゆう達を包囲した。

前も横も後ろも囲まれていて、馬の速さを駆使して逃げられないためだろうか…
前後には馬に乗った賊もいる。


(…ぎゆう、昼に渡した笛をこっそり一吹きしておけ)

と、こそりとぎゆうにそう告げると、錆兎は落ち着き払った様子で前方で馬に乗った、どうやらこの集団の頭らしき男に

「これはどういうことだ?俺たちに何を望む?」
と、声をかけた。


ぎゆうは錆兎の背にぴったりと抱き着いて顔まで埋めた状態で、昼にこれを持っていろと言われて首にさげた紐付きの小さな笛を吹く。

それは昼に何度も吹いてみたのだが、なんの音もせずになんの意味のあるものなのだろうか…と思ったが、今吹いてみてもやはり音はしない。
もっとも音がすれば下人たちに聞き咎められて危険だろうから、錆兎も吹けなどとは言わないのだろうが…

ともあれ、言われた通りにそれを錆兎の影でそっと一吹きしたあと、ぎゆうはそれをまた着物の下にしまって周りの様子をうかがった。


頭の男はこんな状況でもどこか落ち着いた錆兎の様子に驚いたようではあるが、その言い分は無駄な抵抗をせずに黙って自分たちについて来いということらしい。

ぎゆう達を囲んでいる下人たちはみな荒事には慣れているものばかりで、多勢の大人相手にただの貴族のお坊ちゃんが抵抗をしても怪我をするだけだから無駄なことはしないほうがいいと言う。


「ふむ…俗に言う人買いというわけでもなさそうだな。
労働力という意味でなら、町人の子の方が遥かに長けている者が多い。
わざわざそれなりの家の子を狙うということは、稚児趣味でもなければ権力争いに加担する者の指示か…」
と、それでもにこやかに言う錆兎に男たちはざわりとざわめいた。

想像したのと反応が何か違うと言ったところだろう。
少し警戒の色を強めているようだ。


「お前は誰だ?何をどこまで知っている?」
と言う下人たちの頭に、錆兎は声をはりあげた。


「盗賊ごときに名乗る名はないが、それでも知りたければ教えてやろう!
名高き大江の鬼退治、頼光四天王筆頭渡辺の綱の孫息子、渡辺錆兎、ここにあり!!」


言うなりそれを合図に錆兎は馬を走らせながらも後ろのぎゆうに手を伸ばす。
もちろんぎゆうは何を求められているのかは瞬時に悟ってその手に弓矢を握らせた。

そうして錆兎は手綱は腕にくぐらせて、足の力だけで器用に馬を駆る。
その間に文字通り矢継ぎ早に放たれる矢。

まず前方の頭の腕と足。
頭はたまらず馬から落ちる。
その後、左右から走り寄ってくる下人は一人の首を矢で貫けば、他は恐れをなして逃げ出し始めた。

その勢いで馬ごとクルリと反転し、逃げようとする後方のくせ者の腕を射て、続いて足を射ようとするが、そこで腕を射られて盗賊が体制を崩したため、その矢は馬の腹をかすめて、錆兎がかろうじてぎゆうに聞こえるほどの小声で、あ…と、声をあげる。

どこか動揺したようなショックを受けたようなその声にぎゆうは大丈夫かと心配したが、錆兎はすぐまた気を取り直して矢を放ち続けた。

下人が逃げ始めてからは狙うのは足。
そこを射られれば大抵は逃げられない。

そうしているうちに四方からどこかで見た顔の検非違使達が駆け寄ってきた。


「おお、派手にやったなっ!」
と、ものすごい大声で言いつつ、夜目にも鮮やかな黄に赤の指し色の髪の大柄男性が部下に現場を仕切らせて近づいてくる。

「あ、坂田の伯父上、一応この場の首領らしき男は逃げぬよう足を射ましたが、下っ端が数名路地に逃げ込んだようですので、追跡をお願いします」
と、それに錆兎は答えて言った。


男性は坂田金時の息子らしい。
後に聞いたところによると、二人いる彼の妹のうち末という名の下の妹が錆兎の亡き母だということだ。

四天王のうち渡辺と坂田はそれぞれ娘をそれぞれの息子に嫁がせたりしていて、下の世代は血縁関係が多いらしい。

なので四天王同士交流があって錆兎もよくその席に同席しているのでそれぞれと親しいが、特に坂田は親族なので距離が近いようだ。


それはあちらも同じようで

「渡辺は刀の家だが、弓もまあ見事なもんだ。
初んとこの息子はお前と一つしか違わんが、刀と斧はよく使うが弓はからっきしでな。
今度教えてやってくれ」
と、どうやら上の妹の初が嫁いだ先で産んだ錆兎の従兄弟に言及しながら、錆兎の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

その坂田の伯父の言葉にほんのわずかに錆兎の表情が曇るのを、錆兎だけを凝視しているぎゆうは見逃さなかった。
だが、それはほんの一瞬で、ぎゆう以外に気づく者はいない。


とりあえず坂田の男性と錆兎の話を集約すると、どうやら昨今貴族の子弟の誘拐が多発していて、その誘拐団をおびき寄せるために錆兎が囮役を買ってでたということらしい。

錆兎は遠乗りに行って遊び過ぎて帰りが遅くなった風を装い、賊が出たら人には聞こえぬが動物には聞こえるという笛を吹き、それを合図に検非違使達が集まってくるという手筈で、ぎゆうが渡されたのはその笛だった。


──ぎゆうのその笛がこの作戦の一番重要な要素だったんだ。
と、錆兎に言われれば素直に嬉しい。

坂田の伯父は今回錆兎だけではなくぎゆうも参加するということを知っていたので、二人ともによくやったと声をかけ、それぞれの親にもよくやったのだと褒めておくからと言いつつ、菓子をくれた。

その後の残党狩りは検非違使達に任せ、錆兎とぎゆうは数名の検非違使に渡辺邸まで送ってもらう。


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