前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に3

初めて足を踏み入れた渡辺の家は卜部よりも文武で言うと武に傾いているように見えた。


ぎゆうの家と同じく、祖父である綱はすでに隠遁生活を送っているらしく、館の当主はその息子…つまり錆兎の父に移っている。

家人は使用人を除くと錆兎の父と錆兎。

錆兎の母は早くに亡くなり、その代わりに夫婦ともに亡くなった父方の伯母夫婦の一人娘、錆兎にとっては従姉が住んでいた。


「いらっしゃい、ぎゆう。錆兎ったら昨日宴から帰ったら大騒ぎだったんだよ」

と、錆兎の部屋に行く途中に通った部屋から、身分の高い姫のはずなのだが御簾も挟まず愛らしい姫君が軽やかに走り出してくる。

それに錆兎は

「真菰!余計なことを言うなっ」
と、昨日とは打って変わって子どもらしい表情を見せて彼女を部屋に押し戻そうとした。

幼いころから一緒に育っているということだから、従兄弟同士というより姉弟のようなものなのだろう。

「はいはい。邪魔はしないよ。でも何かあったら何でも相談してね?」
と、真菰は楽しそうに笑いながら手を振って、ぎゆうを見送ってくれる。


それ以上は突っかかってきたりしないことにやや安心した様子で、錆兎は

「真菰の言うことは気にしないで良いからっ。
だが、俺の姉みたいなもので気を使わないとならない相手でもないから、俺がいない時とか相談事とかあったらこの部屋を訪ねて話を聞いてもらうといい」
と言いながら、ぎゆうの手を引き、廊下を進んだ。



廊下から見える庭の景色はぎゆうの家よりはすっきりしている。

一応木々が植えられていたり池があったりはするが、木は低木のみで高い外塀までの視界を遮ることはなく、さらに外塀から内側に向かって一丈(約3m)分ほど白い砂利が敷きつめられているのが特徴的だと思った。

じ~っとそれに視線を向けていると、そんなぎゆうに気づいた錆兎がその視線の先を追って、笑みを浮かべ

「やっぱりぎゆうは目のつけどころがいいな。
そう、この館の庭は全て高い外塀の周りに砂利を敷くことで誰かが忍び込めば音がするようにしているし、侵入者を視認できるように背の高い木は植えないことにしているんだ」
と、説明してくれる。


なんと!そんな意味があったのか。
さすが四天王筆頭の館だ。常に外敵に備えるその姿勢はすごい。
と、ぎゆうは目を丸くした。

それだけ家の構造的にも備えたうえで当主は剣術の達人なのだから完璧だ。


錆兎の父、つまり綱の息子は帝のおわす内裏の警護に当たっているため、留守も多い。
なので、錆兎は幼いながらも実質この家の責任者のようなものである。


──錆兎も将来は内裏の警護に当たるの?
と、ぎゆうが問えば、錆兎は

──いや、俺はできれば外に出たいと思っている。叔父が住吉を拠点に瀬戸内海の水軍を統括しているから、そちらで刀を振るいたいな。
と、きらきらした目で言った。

そうか…と、その言葉は大変錆兎に似合いだと思ったが、結局錆兎は自分を置いて行ってしまうのだ…と思うと悲しくて

──錆兎は…京を離れてしまうのか…
と、ぎゆうが肩を落とす。

しかしぎゆうの理解とは違って、錆兎はそのぎゆうの言葉に少し困ったような顔で

──ぎゆうは京を離れるのが嫌なのか…そうか…なら、少し考える。
と、言うので、

──俺も連れて行ってくれるの?!
と、身を乗り出せば、錆兎は何をいまさらといった風に

──当たり前だろう。俺は常にお前を背にして生きると言ったその言葉を違えるつもりは毛頭ない。だからお前が都を離れるのが嫌なら都を離れない暮らしを考える
と、答えた。

──嫌じゃないっ!ぜんっぜん嫌じゃないっ!錆兎と一緒に都を離れるなんて最高だ!
と、ぎゆうは思わず錆兎に抱き着く。


伯父も父もいない場所。
意地悪を言う姉達だって早々には来られないだろう。
唯一離れるのが惜しい長姉は宮仕えで自宅にいないし、なにより錆兎とずっと一緒に居られる!!
こんな嬉しいことはない!

いつか二人で海に出よう。
最初にそんな約束を交わして、ぎゆうの渡辺邸の生活が始まった。


驚いたことに、これだけ武に傾いた家で、錆兎もその父も武術の達人であるにも関わらず、二人とも別にぎゆうにそれを求めたりはしなかった。

──え?武術?やりたければ教えるが、やりたくなければやらなければ良いだろう?
と、こちらから問うても父も息子も当たり前にそう答える。


特に錆兎の父は

「幼い頃にお会いした卜部様も、本当は戦いなどしたくはないのだとおっしゃっていたしな。
容姿だけではなく性格もお祖父様によく似ているな。
なに、それでもやらねばと思って習うことがあれば、きっと才はある。
焦ることはない。
それまでは錆兎の背に居れば大抵の敵は錆兎が斬り捨てるから大丈夫だ」
などと大きな手でくしゃくしゃと頭を撫でてくれた。

ぎゆうの父とは全く違う。

そんなことを言ってくれる大人は初めてで、むしろこの人の元に生まれてきたなら幸せだったかも…と思った。
こういう人に育てられたから、錆兎のように強く正しく優しい子どもが育ったのだろう。


錆兎は日々、かなりの時間を剣の稽古に費やすが、そんなときには義勇は真菰に乞われて琴を教えて時間を過ごす。

たまには一休みに戻ってきた錆兎もそこに加わって、琴は無理だが…と、横笛を吹いて琴に合わせて楽しんだりした。



渡辺家は建物も人もとても風通しがよく明るい。
己には厳しく律したりはするが、他者に対しては褒めはしても落としたりしない。
ぎゆうはこの家に来て初めて声をあげて笑い、思いきり空気を吸えた気がした。


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