前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に2

時間が経つにつれてどんどん人が増えていく。

その半分くらいはいつもぎゆうを情けないと繰り返す見知った顔で、ぎゆうはなるべく彼らの視界に止まらぬよう、父の影で身を小さくしてうつ向いていた。


そんな中で家人が渡辺の家の人間の来訪を告げる。

「おお!渡辺の孫が来たかっ!!」
と、四天王の子孫たちが一斉に盛り上がる。

父に言わせると彼はぎゆうと違って祖父の旧友の子や孫との付き合いを厭うことなく親しくしていたこともあり、幼いながらもしっかり者の身内のような感覚で可愛がられているらしい。

「錆兎、久しいなっ!元気にしていたか?!」
と、皆口々に言葉をかける先に視線を向ければ、なにが…とはわからないが、どこか圧倒的な華のようなものがある少年の姿。

まず目に入るのはみずらに結った宍色の髪。
顔立ちは女性的なほうが良いと言われる時代にしっかりと男らしい顔立ちをしているが、やや太めのキリリとした眉のした少し吊り目がちな綺麗な藤色の目をした少年は、文句なしに清廉で整った他者から好ましいと思われるであろう容姿をしていた。

身体だってぎゆうよりは一回りほど大きく手足もまだ少年らしい細さを残しながらもしっかりと筋肉のついていて、とにかく見惚れてしまうほどカッコいい。

あちこちから声をかけられて、それに物怖じすることなく言葉を返す。

ぎゆうと同い年であるはずなのにその堂々とした姿を見れば、なるほど父がぎゆうにもこうあって欲しい、これが理想と言うのも素直にうなずけてしまう。

見ていて楽しい。心地いい。
目に入ったまま視線を背けることもできずに凝視していると、さすがに気づかれたらしい。

彼はちらりとぎゆうの方に視線を向けた。
そのとたん、ぎゆうはしまった!と思う。

いつもいつも卜部の孫として情けないと言われる自分のことは半ば諦めていたはずだったが、こんな好ましい相手に侮蔑の視線を投げつけられるのはあまりに心が痛くなる。

そう思って慌てて視線をそらせようとした義勇に、なんと彼、錆兎はニコリと笑みを向けてくれた。
他の親しい知人たちに向けるのとなんら変わらない親し気な笑みを向けてくれたのである。

なんて大らかで優しい少年なのだろうか…
と、ぎゆうはもうそれだけで胸がいっぱいになった。

あれほど来るのが嫌だった今日の宴だが、耀哉様と錆兎に出会えただけで、来た甲斐があったというものである。



こうして多くの客が到着して始まった宴。

少しだけ幸せだった時間も大人たちに酒が入るとともに影が差してくる。


「本当に…ぎゆうは情けない!!

『源頼光の元にこの者あり!』と称えられた頼光四天王の祖父の唯一の男の孫だと言うのに外に怯えておどおどと」

「姫坊やは仕方ないのぉ」

「本当にっ!娘たちの方がまだ頼もしいくらいで、困ったものだ!」

いい加減慣れたはずだったのだが、そんな風にいつものように叩かれてそれをあの完璧でカッコいい錆兎に聞かれているかと思うと、ぎゆうは悲しさといたたまれなさで泣きそうになったが、この場で泣くのは恥ずかしいとうつむいて唇をかみしめた。

素知らぬ様子で料理に夢中になっているふりでもできればよかったのだが、箸を持つ手が震えてとても料理を口に運べそうにない。
そのうち手だけではなく体が震えて、目元が熱くなってくる。

ああ、だめだ…涙が出てしまう…
男のくせに恥ずかしいと思われる…

そう思って最後の抵抗とばかりぎゅっと目を固くつぶったその時である。


「卜部は弓の射手で後ろに下がる者だから、前に立つ近接の他3人より広くなる視界で得た情報を全体に伝える役割も担う。
見知らぬ場所で見知らぬ者が集まった状況で情報がまだない中、他者より緊張感を強く持つのはまさにその血筋によるものだと思う」
と、声が聞こえて、あれだけ声高にぎゆうを貶めていた大人たちがシン…と静まり返った。

それにぎゆう自身も驚いて顔をあげると、驚いたことにあのキラキラしい少年が自分の膳を持ってぎゆうの方へと歩いてくる。

そしてぎゆうの隣に自分の膳を置くと

「俺は渡辺さびと。綱の孫だ。
今この時より俺がお前の前に立つ。
お前のところまで悪しき者をやることはしないから、お前は安心して状況を見てお前の為すべきことをしろ」
と、しっかりとぎゆうに視線を合わせて微笑みながらそういうではないか。


本当に…それまでは白黒だった世界が一気に綺麗に色づいた。

まぶしい笑顔。
カッコいい、カッコいい、カッコいい。
それを向けられているのが自分自身だということが、あまりに現実感がなさすぎて信じられない。


ぽかん…と目と口を丸く開けて義勇が呆けていると、錆兎はさらに

「何が食いたい?
手の震えが収まるまで俺が手伝おう」
と震えていたぎゆうの手に己の手をそっと添えてくれる。

それでも反応できないぎゆうに呆れることもなく、ああ、今は箸を持つのは無理そうか…と、錆兎はぎゆうの手から箸を取り上げると、

「お前のこの手はお前の身を守る俺をいつか後ろから守ってくれる大切な手で、お前のよく見える目は俺に迫る危険を察知して知らせてくれる大切な目だ。
手はやけどや破片で傷つけないように、その目は雫で曇らせない様にするのが前に立つ俺の仕事だからな」
と、ぎゆうの指先に一瞬唇を寄せ、それからまた微笑んで、嫌いなものはないな?と確認の上、ゆっくりと料理をぎゆうの口に運んでくれた。


極楽浄土はこの場にあったのか?!

ぎゆうは蔦が亡くなってから続いた地獄のような人生から一気に天国に押し上げられたような気分になった。
心が幸せに蕩けてしまいそうだ。


錆兎は宴の間中ぎゆうの隣にいて、ぎゆうの世話をするだけでなく、他からの言葉の暴力から守ってくれた。

自らや世間のことに対する話題では上手に大人に合わせるのに、ぎゆうをなさけないという大人たちの言葉には、
『酒の席で年齢や身分による立場の違いも考えずに大勢で上から物を言って相手を委縮させて、まだ未知数の子どもの可能性を潰しかねないことに気づかない大人の方がなさけない』
とはっきり言い返してくれる。

ぎゆうを後ろにかばって言う、そんな錆兎の言葉に普段はぎゆうをバカにする者達も返す言葉がない。

それでも場が荒れないのは錆兎が普段から他の者と親しくしているからだろう。

まず碓井の息子が
『さすが筆頭の孫。俺たち大人もかなわんな』
と、笑いだして、坂田が
『いっそ錆兎を筆頭にまた親父達のように今度は盗賊退治の旅にでも出るかっ!』
と、それを受けて笑ってグイっと大きな杯の酒を飲みほした。

四天王の2家がそうやって笑って流すのだから、卜部だけ不貞腐れるわけにもいかず、父も伯父も苦笑するしかない。

そのまま話題は自然に祖父達の鬼退治の時の武勇伝に。

そして酒席では本当に珍しく、その後はぎゆうをからかったり貶めたりする話題がでることはなくなった。


武勇伝に盛り上がる大人たちを遠目に、こちらに口撃が来ないことを確認すると、錆兎は今度は義勇に家族のこと、好きなものなど、ぎゆうにも答えられそうな話題を振ってくれる。

その中で楽器の話になって、姉が多いため色々教えてもらう機会が多かったこともあり、ぎゆうが琴を弾けることを話すと、錆兎は

──それはすごい!俺も琴の一つくらいは嗜みとして弾けるようにならねばと思っているのだが…
と、そんな話をし出して、それを耳にとめた耀哉様がそれなら、と、琴を用意してくださった。

そして琴を披露するとやんやと喝采が起こる。

ぎゆうは外でこんな風に良い意味で注目を浴びたのは初めてだった。
別に他に喝采を浴びなくても構わないが、耀哉様と錆兎が褒めてくれたのはとても嬉しい。


こうして思いもかけずに楽しい宴が終わろうとしていた。
催しが終わるのが残念と思うのもこれが初めてである。

これが終わってしまってもまた会えないだろうか…と思うもののきっかけもなく言い出せず、ただ悲しい思いで錆兎の着物の袖をそっとつかんだまま俯く。

するとなんと錆兎はにこりと笑い

──ぎゆう、俺の家に来ないか?
と言った。

錆兎の家に行く…遊びに?いつ?と、そのあたりはわからないが、とにかくまた錆兎と会えるのだと思えば、それがどんな形であれ断るわけがない。
ぎゆうがそれにコクコク頷くと、錆兎はよし!と、なんとぎゆうの父に声をかけた。


──良ければぎゆうを渡辺の家で預からせてもらえないだろうか?ダメなら俺が卜部に滞在してもいい

そう申し出てくれる錆兎の言葉に、彼と共にあることでぎゆうが感化されたらとこの場に連れてきた父が否と言うことはもちろんない。

なので宴の席でずっと横についていてくれた錆兎は、宴の終わりに

──では明日にでも迎えを寄越すから、支度をしてきてくれ
と、言うと、笑顔で手を振ってくれた。


信じられない。
家に行くというのは、ただ数刻遊びにとかではなく、長期滞在?!
本当に?

と、一晩経ったらこれが実は夢か何かの間違いとかだったらどうしよう…と、そう心配になって眠れないほどには幸せな約束だったが、そんなぎゆうの心配をよそに、翌日立派な牛車がぎゆうを迎えに来てくれた。

その横には馬にまたがる錆兎。
ぎゆうと同い年なのにもう馬にすら乗れるらしい。

まばゆいその姿に見とれていると、勘違いされたようだ。

「牛車の方が乗りやすいかと思ったが、もしかして馬の方が良かったか?
一緒に乗るか?」
と、そういう意味で見ていたわけではなかったのだが、申し出が魅力的過ぎてぎゆうは頷いて錆兎の前にのせてもらう。

こうして共に向かう渡辺邸。
その錆兎の家でぎゆうの幸せな生活が始まったのである。

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