前世からずっと一緒になるって決まってたんだ番外_春の夜に1

──卜部の孫のくせになんとも情けなくも弱々しい


物心ついた頃には周りから繰り返され続けたその言葉のせいで、ぎゆうは祖父があまり好きではない。

祖父が悪いわけではない。
祖父自身はむしろやや線の細い優しい男だと思う。
口調も穏やかで声を荒げたところもみたことがない。

だが若かりし頃には鬼退治で有名な源頼光の特に優秀な4人の部下の一人として頼光四天王と言われた人で、その優し気な風貌に似合わず実に見事に弓を扱う。


そんな祖父には男女3人の子がいる。
しかしなぜか男の孫に恵まれず、長男の家は女児3人、長女の家も女児が2人。
ぎゆうの父である次男の家だけが4人も女児が続いたあとにようやく男児のぎゆうが生まれた。

そう、つまり、ぎゆうは祖父の唯一の男児の孫なのである。


だがそのぎゆうも祖父の才は受け継がなかったのか、あるいは姉4人に囲まれてままごと遊びのように育ったのが悪かったのか…
英雄の血筋の子とは思えないようなおっとりと内向的で臆病なところのある子どもになった。

父親や伯父達と遠乗りに出かけたり弓を射たりするよりは、家で姉に囲まれて貝合わせやすごろくをしているほうが楽しいと思っていたし、無駄に動物を射てその腕を声高に誇る男連中の中にいるのは苦痛で、いつも姉達と共に居る。

そんなぎゆうを父を含む男の親族達は卜部の血筋の男児としてはあまりに情けないとこれも声高に叫ぶので、ぎゆうは男の中にいるのがますます苦手になっていった。


では姉達とは全て良好な関係だったかと言うとそういうわけでもなく、長女の花は年がかなり離れていたこともあり小さな母親のように優しかったし、三女の蔦は元の性格が世話好きだったのか、姉としてぎゆうを随分とかばってくれた。

だが、次女の桂とすぐ上の姉の鈴は唯一の男児として大切に遇されるぎゆうを疎ましく思うところもあったのだろう。
やはり男の親族達のように、ぎゆうを情けない、情けないと責め立てた。



そんなぎゆうの最初の転機は8歳の時である。

7歳年上だった一番上の姉の花が宮仕えをすることになり、家を出た。
そこで一人味方の減ったぎゆうの頼りは3女の蔦だったのだが、花の宮仕えから10月ほどたった頃、その蔦が病を得て亡くなってしまう。


こうして可愛がってくれていた姉達がいなくなったのを頃合いとみたのだろう。
父はそれまで館に閉じこもっていたぎゆうを外に連れ出し始めた。

ぎゆうの受難の始まりである。

特にぎゆうが9つから10までの頃、その時期がぎゆうの人生の中でもっとも辛い時期だった。


引きずられるようにして連れていかれる所では、伯父も父もぎゆうのことを『卜部の男児としてなさけない子で…』とぎゆうを恥じるような言葉を口にするし、それを聞いた相手は実際に男児の遊びをすれば楽しむだろうと、ぎゆうを外遊びに誘いだそうとする。

一度それから逃げて駆け出したら、その家の主の子どもなのだろう。

どこかゾワリと恐ろし気な空気をまとった年上の少年に、庭に勝手に入ったことを見咎められたことがあって、それ以来、どれだけ気まずかろうとその場からグッと動かないことにした。

外に連れ出されても弓も取らなければ刀も取らず、とにかくじっとその場を動かない。

そうしていれば侮蔑の言葉を投げつけられたとしても、最終的には諦めて構われなくなることを義勇は知ったのだ。



そんな日々を送る中、それでも諦めない父親から最悪な集まりに出ることを強要される。

なんと祖父が源頼光様に仕えていた頃、四天王と並び称されていた後の3人。
渡辺綱、碓井貞光、坂田金時のそれぞれの血筋の息子や孫が集まって開かれる酒宴らしい。

なかでも碓井貞光、坂田金時の孫はぎゆうよりずいぶん年嵩だが、四天王筆頭の渡辺綱の孫の一人がぎゆうと同い年で、齢10にして大人顔負けなほどに剣術に長け、物怖じもしないしっかりとした性格らしく、彼と親しくして少しは感化されればいいということなのだそうだ。

大人ばかりではなく、今度は同年代の子にもまた情けない奴だと蔑みの目で見られるのだろうか…
そう思うだけでぎゆうはすでに泣きそうだったが、子どもであるぎゆうには拒否権はない。
父親に引きずられるように、宴の主催者である帝に連なるすごい貴族だという産屋敷家に連れていかれた。


それは梅の季節だった。

夕方から行われる宴は膳を並べた広間の襖を開け放して、花を観賞しながら食事や酒を楽しむという趣旨のものである。

碓井と坂田の孫は年齢も20近く元服もしていて宮仕えをしているとのことで、元服前の子どもは義勇ともう一人、噂の渡辺の孫だけらしい。

大勢いれば紛れることもできようが、優れものと名高い四天王筆頭の渡辺の孫息子と二人きりで比べられるのは心底辛い。

行きたくないと泣いてごねたのだが、最終的には引きずられるように連れていかれた。



ぎゆうと父が産屋敷邸についた時にはまだ人もまばらで、家人に案内された広間の席もまだ半分も埋まっていない。

その中で上座に鎮座する館の主の産屋敷様とそのご子息の前に連れていかれて、もう緊張も限界な状態でそれでも父に続いて挨拶の口上を述べると、前方から笑う声がした。

少し小バカにしたような響きを感じて頭を下げたまま身を固くすると、

──噂の姫坊やか
と、さらに意地悪な言葉が降って来て、またジワリと目の奥が熱くなって視界がにじんだ。

しかしそれを咎めるように
──こら、天元。失礼だよ。ぎゆう、家臣が失礼なことを言ってすまなかったね
と、優しい声が続いて、上座から人が歩み寄る気配がする。


それに顔をあげればぎゆうよりは2,3歳ほど年上だろうか、優し気な若君が歩み寄って来てぎゆうの前に膝をついて床についたままだったぎゆうの手を白くきれいな両手でとって微笑みかけてくれた。

どこか現実感のないふわりと心地よい声と空気。

やんごとない方のそばと言うのはこんな風に本当に雲の上にいるような感じがするものなのだろうか。


「私はね、耀哉。産屋敷耀哉だ。
あまり丈夫に生れつかなかったから、他の子どもらがするような外遊びはできないから、ぎゆうも外遊びを好まないなら、皆が外にいる時は共にいてくれるととても嬉しいよ」

そんな優しい言葉をかけられたのは初めてで、ぎゆうはぽかんとしてしまった。

それをあとで父にたいそう叱られたのだけれど…。


もちろんそうは言っても招いた側でもあるので耀哉様もそれから続々と到着する客の挨拶を受けるので忙しい。
なので義勇は大人しく父の横に座って庭の梅を眺めていた。


Before <<<  >>>Next (11月15日公開予定)



0 件のコメント :

コメントを投稿