前世からずっと一緒になるって決まってたんだ2_3神に寵愛される者とされぬ者

長い長い時を生き続けて知った多くの物語の中の多くの登場人物。
その中で無惨は白雪姫の継母が好きだった。

彼女の人生と言うものは非常に不条理にして不幸である。

まずは簡単に後妻に出されてしまう程度には親の愛情に恵まれず、後妻に行った先には前妻の遺した娘を可愛がる、自分から見れば年老いた夫がいた。
彼らの主がそうなのだから、使用人達も前妻を慕い続けて、後妻の自分にはどこかよそよそしい。
自身に子どもを授かる事もなく……誰も彼女を振り向かなかった。

そうして誰にも愛されず、誰にも望まれず、彼女は静かに病んでいく。


――鏡よ鏡、この世で美しいのはだれ…?

唯一自分に残された美しい容姿。
それを利用できる相手もいなかったが、城の一室で彼女は寂しく鏡相手に語りかけるのだ。

――世界で一番美しいもの…それはあなたです、お妃様。

誰が認めてくれなくても、その瞬間の鏡だけは自分に残された唯一の価値、その美貌を認めてくれる。

もしかしたらいつかは鏡だけじゃなく、自分を道具として後妻に出した両親も、前妻を愛し続ける夫も、その主につられるように前王妃を慕い続ける使用人達も、その価値を認めて自分を愛してくれるようになるかもしれない…。

そんな寂しい妃の悲しい望みは、ある日鏡自身の言葉によって打ち砕かれた。


――鏡よ鏡、この世で美しいのはだれ…?
――世界で一番美しいもの…それはこの城に住む白雪姫です…。


そうして今にも切れてしまいそうな細い希望の糸がついにぷつん…と切れた瞬間、彼女は彼女を全く愛そうとしなかった神に背を向けて狂気への道を走り出す。


神に愛されず与えられず…たった一つの希望さえも無慈悲に取り上げられて神に背いてしまった彼女の破滅を何故皆が望むのか…
哀れな女に追い討ちをかけ止めを刺すことを望む人間達の方が、彼女よりもよほど残酷で恐ろしいのではないだろうか…

ささやかな幸せを追い求めて地獄に落ちた継母に、無惨は自分の姿を重ねて憂いた。

神から愛されずに蔑みの中で育って、本当にたった一つ唯一望んだ童も突然目の前に現れた神から寵愛されているのであろう男に連れて行かれた。

絶望の中で闘病生活を続けることになった無惨は悪の魔法使いの老女になった継母のように人間を害する鬼になる。

そうして力を行使する体力を手に入れて、まず向かったのは愛おしい少年の元だった。


陽にあたれば消えてしまう身となったゆえに夕刻を過ぎて暗くなってから、京の街を卜部の少年と渡辺の男が月の半分を交互に互いの館で過ごすと聞いて、渡辺の館へ。

卜部の少年を連れ去る気で来ているので身分を晒すのは得策とはいえないと、鬼の身体能力を駆使して篝火の灯る正面入り口を避け、高い塀を乗り越えて館内に進入した。

壁の上から飛び降りようとした時に下が砂利になっている事に気づいて、無惨は慌てて壁にしがみついて再度よじ登る。

人の身ではまず乗り越えられない高い壁で囲んでいても、万が一の時には音でわかるようにと言うその仕組みに、さすが四天王筆頭の館、あなどりがたし、と、敵ながらも感心した。

当たり前だがそこまで用心をしているのだから、壁の側には伝って降りられる木などは植えてはいない。

なので無惨は壁の上から鬼の跳躍力を駆使して壁の内側一丈(約3m)分ほど敷かれた砂利を飛び越して土の地面に着地する。

諸々の配置に関しては人の盗人には備えていたのであろうが、仕掛けに気づけば鬼の無惨にはなんの障害にもなりはしない。
四天王筆頭がどれだけのものか、と、無惨はふふんと機嫌よく鼻を鳴らす。

内側に入ってしまえば館など配置は大して変わりはしない。
主近くの者の棟がどのあたりかはすぐ検討がつく。


そうして辿りついた一つの部屋の前。

音もさせず御簾の合間から部屋の中に入り込めば、奥の間に一つだけ敷かれた褥。
そこに横たわる二つの影。

最後に見た時よりも逞しく育った渡辺の男の腕の中に眠る無惨の意中の少年…いや、もう青年という年なのだろうか…。
渡辺の男の体格の良さと比べるとどこか細身なので、見た目は少年に見えてしまう。

香を焚いていても鬼の鋭い嗅覚に訴えてくる体液の匂いと乱れた夜着。
そして少年がまとっているその肌蹴た夜着の隙間から覗く白い肌に散らされた赤い華…

今宵この寝所で行われていたのであろう諸々をそれで瞬時に悟って、無惨はカッ!と頭に血が上った。

さらに男の背からするわずかな血の匂い。
それは無惨の少年、ぎゆうの指先にもついている。

男の逞しい背にすがった時にその背につけた傷なのだろう…

想い人を手折られていた人としての口惜しさの感情と、血の匂いに刺激をされる鬼としての本能。
それに擬態が解けて鬼の特徴的な角が生えて牙と爪が伸びる。

心も手に出来ず身体すら奪われたなら、もういっそのこと喰って身のうちに取り込んでしまおうか…
そう思って一歩踏み出した瞬間に、夜の闇を青い刃が切り裂いた。

鬼になって格段に良くなった反応速度を持ってしても完全には間に合わず、後ろに飛び退った無惨が直前までいた場所には伸びた髪と斬られた薄紅の直衣の袖口がハラハラと床に舞い落ちていく。

相手は就寝時ということで小袖一枚身にまとって刀を構えているだけだというのに、下手な武具を身に着けた人間よりも圧があった。

キリリと太めの眉の下、色合いこそ柔らかな藤色であるのにも関わらず、視線で焼き殺されそうな鋭い眼光を放つ瞳。


──鬼狩りで名を馳せた渡辺の家と知っての急襲か?

と、まったく隙のない構えで刀を握りつつ、鬼である無惨を恐れる様子もなく口にするのが苛立たしい。

だが同時にぞっとした。

鬼となって人より優れた身体能力を得たはずなのに命の危険を感じる。
このままだと殺される…と、“生きたい”と切望し続けた無惨の本能が何故だか警笛を鳴らすのだ。

心が挫けている時点で勝ち目はない。
逃げなければ…と、無惨が決意したその時だった。

何かが無惨めがけて飛んできて、右目に焼けるような熱さが走る。

そこで無惨は初めて恐ろしいまでの圧を放つ渡辺錆兎の後方で弓をつがえている少年に気づいた。
渡辺の放つ光がまばゆすぎて後ろに気がいかなかったが、そこには確かに弓をつがえた卜部の少年がいる。


ぎゆうが…私の目を射た…?
私を拒絶し、攻撃をしかけたのか…
そう認識すると、つぶされた目から血の涙があふれだした。

少年は月哉のモノでなく渡辺の男のモノだという以前に…月哉を拒絶し滅しようとしているのか…
彼のために強くなろうとし、その結果鬼にまでなったというのに……

たった一つの望みすら、全てを手にしている男に摘み取られ、深い深い絶望に陥る無惨に残されたのは、ただ、“生きたい”という欲だけだった。

鬼だから普通の矢で射抜かれたくらいで死ぬことはない。
ただ、渡辺の錆兎が手にしている刀は以前に鬼を滅した綱の刀。
あれは危険だ。

とにかく生きるという望みだけは死守せねば!!
と、決意してしまえば早かった。

無惨は一気に庭まで飛び退り、そこから追いすがる錆兎が追いつく前に、風のように壁を越えて渡辺の屋敷を後にした。

そうして道々突き刺さった矢を抜いて捨て、自分の館にたどり着いて布団をかぶる。
目の傷は鬼の能力で瞬時に癒え、月哉は今度は透明な涙を目から流した。


もう他人など望むまい…と、その時は本当にそう思って、二兎追うものは…という言葉の通りに彼は“生きる”ということだけを目指して、結果、太陽にあたれば死んでしまうという鬼の習性を克服しようと“青い彼岸花”を探し始めたのである。


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