前世からずっと一緒になるって決まってたんだ2_2綱の孫息子

宴…と言っても、酒の入る大人の宴は夕刻後ということで、昼前から招かれたのは元服前の童から、元服後でもせいぜい12,3歳くらいまでの若者だった。

月哉が少し遅れていくと、耀哉の居住する棟はすでに随分とにぎわっている。
どうやら庭で蹴鞠が行われているらしい。

その中心に居るのは珍しい宍色の髪をみずらに結った少年。

その席での蹴鞠は上手な者もそうでない者も楽しく遊ぼうと言う趣旨らしく、その少年は不器用な者がとんでもない所に蹴り上げた鞠を実に見事に受けるだけではなく、皆が蹴りやすいようなところに上手に渡してやっていて、彼の見事な術に歓声をあげる者もいれば、その優しい心遣いに感嘆する者もいる。

その光景を目にした瞬間、すでに月哉の機嫌は急降下した。

たまたま丈夫な体を持っただけのくせに…と、輪の中の少年をにらみ付ける。
もし体が弱くなければ、あそこで賞賛を浴びているのはきっと自分だったのだ。

少年はまるで太陽の申し子のように日差しの中、陽光のような笑顔を浮かべて鞠を追っている。

さらに腹立たしいことには、

──さすが俺の錆兎!!

と、聞き覚えのある声に視線を向ければ、耀哉とその臣下の息子の間に挟まれて、あの卜部の少年がキラキラした目を宍色の少年に向けながらぱちぱちと手を叩いていた。


その瞬間、月哉の機嫌は本当に地の底まで落ちていった。

腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ!!!


「ぎゆうっ!!」
と、その関心を宍色の少年から引き剥がしたくて、月哉はことさら大声でそう言って、耀哉の隣のぎゆうの方に急ぎ歩み寄る。

しかし本当にこれ以上なく苛立たしいことに、自分の声に振り向いたぎゆうは何故か怯えたように耀哉とは反対側に控えていた耀哉の臣下、天元の後ろに隠れて、助けでも求めるように

──錆兎っ!!
と、その背中から顔だけ出して、宍色の少年を呼んだ。
呼ばれて少年は蹴鞠を続ける少年達に断って、こちらへと駆け寄ってくる。


「どうした、ぎゆう。知り合いか?」
と聞く少年に、ぎゆうは隠れていた天元の背から抜け出して、ぎゅうっと彼に抱きついた。

そして
「…以前…父上の連れて行かれた先で勝手に庭に迷い込んだ……」
と、すがるような目で見上げている。

それに少年は、あ~…と困ったように頭を掻いた。


そして次の瞬間、ぎゆうを引き剥がして耀哉に預けると、月哉の前に片膝をついて

「私は渡辺の綱の孫、錆兎と申します。
連れが大変失礼を致しました。
今後は私のほうでもそのような事態を引き起こすことのないように注意致します。
なので、今回だけは世慣れぬ未熟者のしたことと、寛大なお心でお許し頂ければ幸いでございます」
と、頭を下げてくる。


なんなんだ!!…と思った。
この男は何故ぎゆうのことをまるで自分のもののように言うのだ!!


月哉がさらに苛立ち
「何故ぎゆうのことを貴様が自分の身内のように謝罪しているんだっ!」
と、眉を吊り上げると、そこで耀哉がにこやかに

「彼は四天王の筆頭の家系だからね。
他の3家の子どもの不始末は己の不徳の致すところと言った感覚を持っているし、おそらく家でもそう躾けられているんだと思うよ」
と、口を添える。

なるほど、その言葉には一理ある…と、それに月哉は少し落ち着きを取り戻し、コホンと咳払い。

「私は別に童が庭に迷い込んできたくらいのことで腹を立てたりはしていない。
なので、今後は遠慮なくわが館にも遊びに来るといい」
と、これで目的を果たせるかと思ってそう言ったのだが、なんとぎゆうはその月哉の言葉にいきなり

──無理…
と即答。


失礼なことに天元が噴き出した。
耀哉は露骨に噴き出しはしないが、下を向いてプルプルと震えている。

唯一、渡辺の少年だけが少し困ったように眉を寄せ、
「ぎゆう…その言い方は失礼だ」
と、ぎゆうにコツンと軽く拳骨を落とした。

「でも…錆兎のいない場所に行くなんて絶対に無理だ」
それにぷくりと頬を膨らませるぎゆう。

「それでも言い方というものがある」
と、少年はそう苦言を呈したあと、月哉を振り返った。

そして
「申し訳ない。
ぎゆうは極度の人見知りで…。
差し支えなければ私も同行させて頂ければ…」
と、心底申し訳なさそうに言うその言葉に月哉はますます苛立つ。

本当だったら自分が彼の立場にいる予定だったのだ。

丈夫な体に生まれて、その才を大勢から認められて、その上ぎゆうの絶対的な信頼まで向けられているその少年がただただ腹立たしい。
こいつだけは許せない。

そうは思うものの、相手は万人に認められた英雄の血筋で、産屋敷の家のように今上帝の血縁とまでは行かないが、嵯峨源氏の地を引く名門の家の子である。

実に不愉快な相手ではあってもこれと言って明確な咎もないのに危害を加えられる相手ではない。

なので
「差し支えはある!貴様の顔などみたくもない!」
と、月哉はそう言ってその場を去った。

それがその時に月哉が取れる唯一の行動だったのだ。


それをきっかけに、月哉はさらに健康に執着した。
生きたいのはもちろんだが、ただ生きるだけではなく強くなりたい。
強い力を行使できるだけの健康を得られれば、傍流とは言え産屋敷家の人間である月哉の方が渡辺よりは身分が高いし、頼る相手としてはあの錆兎という少年よりは上だろう。

そうは思ったものの、神はどこまでも不公平だった。

月哉はありとあらゆる手を尽くしても虚弱なままだったにも関わらず、出会った時はまだ子どもだった渡辺の少年は元服後、数々の武功をたてるだけでなく様々な方面に才能を開花させ、帝の覚えもめでたい宮中でも1位2位を争う人気の公達へと成長を遂げたのである。


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