前世からずっと一緒になるって決まってたんだ2_1とある貴族の息子の話

それはまだ鬼舞辻無惨が産屋敷月哉と言う人間だった頃のことだ。

無惨の家は今上帝に連なる名門の家の血筋だったが、彼は不幸だった。

身分もある金もある。
欲しい物はたいてい買える。
では何が不幸なのかといえば、その理由はもっと根本的なものだ。

健康ではない。
長生きが出来ないと言われている。
物心ついてからほぼ外に出ることが出来ず、1年の半分くらいは寝込んでいる。

健康になりたい、生きたい、生き延びたい…
彼はそんな気持ちが非常に強かった。

両親はそんな息子のためにありとあらゆる医者を呼びつけて、高価な薬をいくつも試したが治る気配がない。

いくら地位や金があったところでそれを使うこともできないこんな人生に幸せなど感じられるはずがない…と、無惨は日々苛立っていた。


それは無惨こと月哉が11の時だった。

その日は少しばかり体の調子も良くて久々に湯浴みをして部屋に戻ると、開け放したふすまの向こうに広がる見事な花々が咲き誇る中庭の隅に、ちょこんと小さな青い塊が見える。

これはどうしたこと?と思って庭近くまで歩を進めれば、落ち着いたやや濃く美しい青色の童水干姿の子どもがいた。
興味を引かれて庭の端に置かれた灯篭にすがるようにしゃがみこんでいる童に声をかければ、ビクっと身を震わせたあと、おそるおそるこちらに顔を向ける。

それは驚くほどに美しい童だった。

ぬばたまの髪を垂髪に結い、全体的には肌は透き通るように白いが、泣き顔のためかまだふっくらとした頬と小さな鼻の頭が薄紅に染まっている。
広い額の下、綺麗な三日月形の眉は悲しそうに八の字に寄せられ、その下の濃く長いまつげには涙の粒が宿っていた。

そして何より印象的なのがその青い瞳。
誰も来ない深い森の中でひっそりと息づく泉の水ような澄んだ青。
折りしもそこには綺麗な雫が湛えられ、ぽろり、ぽろりと、水滴が目の端から流れ落ちて薄桃色の頬を濡らしている。

月哉が手招きをすると、びくりと震え、怯えたような目でふるふるとこうべを横に振ったが、

──私はここの主だ。ここにいるからには私の意に従う義務がある

と言えば、ひどく絶望したような視線を月哉に向けながらも、諦めておずおずと歩み寄ってきた。


「私は月哉だ。お前は?」
と問えば、

「…ぎゆう……」
と桜の花びらのような小さな唇が動く。

「何故一人でこんな所にいる」

「…とうさまが…お知り合いと会うのでつれてこられたけど…俺はうらべの子としてよわくてなさけないって…みんながいう。
そんなことはない…って言ってくれるねえさまは病気で亡くなってしまってもういないから…」

ああ、そういえば今日は親のところに四天王の中の卜部と坂田の子孫に当たる人間が招かれていると言っていたか…と、月哉は思い出した。

この子どもはどうやらその中の卜部の血筋の息子ということなのだろう。
そう思ってみてみれば、確かに武功名高い一族の血を受け継ぐ者としてはあまりに弱々しく見える。

しかし、月哉はその弱々しさに好ましさを感じた。

親以外の人間には生来の体の弱さゆえに人並みの生活も送れぬ哀れな者と蔑まれる我が身と重なって見えたためである。
自分以外の哀れな存在に出会えたということは、月哉の心を大いに高揚させた。


子どもはすぐに迎えが探しに来て連れて行ってしまったので、その晩、両親にあの子どもを側に仕えさせたいと頼んでみる。

が、さすがにそこらの家ではなく英雄の家の子となれば、いくら身分のある月哉の父でも欲しいからと言って手に入るものではないらしい。

子どもが女児ならまだ将来的に縁を結ぶということで手に入れることもできるが、どれほど愛らしくとも相手は男児だ。
稚児にするには高すぎる身分に今は諦めるしかなさそうだ。

それなら個人的にまた会いに…と、使いの者をやって声をかけさせたが、子どもはたいそう人見知りとのことで断られたらしい。

そうなるともう仕方が無い。

いつか月哉が大人になって病も癒えて健康になったなら、宮中で顔を合わせることもあるだろうし、その時に色々と口を聞いてやれば感謝して打ち解けることもあるだろう。

そんな風に思って、その日がくるまでと、いったんは月哉もその卜部の少年のことは先送りにすることにした。

そう、単なる先送りにしただけで、その全てを手にすることを諦めたわけではなかったのである。
なのに神という存在はどこまでも月哉に冷たかった。

なんとその日が来る前に、少年の心は他の者に奪われてしまったのだから…。



それはとある春先のことである。
月哉の一族の本家で見事に咲いた桜を楽しむ宴が開かれることとなった。

これは毎年開かれているものではあるが、月哉は病を理由にいつも不参加である。
別に体調が常に悪いわけではないが、彼は他者…特に親族が好きではなかった。

産屋敷耀哉…本家の跡取り息子、月哉とは同い年のその少年のことが特に疎ましいと思う。

産屋敷家は代々病弱、短命な人間の多い家系で、耀哉もまた月哉と同様に体が丈夫ではなかったが、彼は気遣われはしたものの哀れまれている感はしなかった。

父親はすでに病床につき、丈夫ではないもののまだ無理をせねば普通に過ごせている耀哉が母親の補佐で実質家のことを取り仕切っていることもあり、月哉には哀れみの視線しか向けない一族郎党が皆、耀哉のことは敬っているように見える。

それが月哉の自尊心を深く傷つけたし、彼といると何処か上から見られているような気がして不快なので、月哉は極力本家の催しには足を運ばなかった。

しかし今回は違った。

耀哉が珍しく同年代の友人として親しくなったらしく、その相手、頼光四天王の筆頭、渡辺の血筋の少年を招くのに、どうせならと他の3家の子も招くということだったので、月哉も参加することにしたのである。

卜部の家のあの少年に会いたい…交流を深めて、あわよくば定期的に私的なやりとりを出来るようにしたい。
その一心で、関わり合いになりたくない耀哉の招きに応じることにしたのだ。


全てにおいてままならぬ月哉のわずかな希望…。
しかしそれは更なる苛立ちと失望…そして決して届かぬものへの執着の始まりであった。


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