前世からずっと一緒になるって決まってたんだ1_23黒い部屋

「炭治郎、いないの?具合でも悪いの?」

炭治郎のほうには拒絶されていたとしても前世の大切な友人だ。
具合が悪くて倒れていたりしないかと心配でもある。

そんな理由で、下駄箱の上に食事のトレイをいったん置くと、善逸はカーテンをくぐる。


「…うわぁ…暗くていやだなぁ……」
と、つぶやいて懐中電灯を少し上に向けた瞬間…

薄暗闇に光るガラス玉のようなブルーの視線…。
それも1つではない……。

善逸はヒィッ!と悲鳴をあげた。



廊下のあちこちから善逸に降り注ぐ視線、視線、視線……。

「…うっあああ~~~……あ……あ…」

尻もちをついた瞬間手から転げ落ちた懐中電灯を慌てて拾い上げて、逃げようと後ろを振り向くと、カーテンいっぱいに浮かぶ顔に善逸は息を飲んだ。
そして今更ながら気づく。

「…なん…だ…。写真かぁ……」

ハァ~っと浮かんだ冷や汗を袖口で拭って、改めて廊下の壁に懐中電灯を向けると、視線と思っていたのは壁中に張り巡らされた知らない少年の顔写真だった。

「…誰だ…これ……
…え?あれ?…もしかして水柱…?
あ~…炭治郎の兄弟子だったよね。
今生ではそう言えば1学年下に転生してて、炭治郎が随分と追い掛け回してるみたいだったよね…」

高等部に入っても炭治郎とはクラスも違いあまり一緒になることもなかったので遠目にみかける程度だったが、前世の兄弟子である現世では一学年下のこの少年と居る時は、炭治郎も前世の時のようにほぼ明るい笑顔だったように思う。

同じ前世つながりなのに、何故自分とはああで、彼に対してはこうだったのか…

ショックが1通り通り過ぎると、好奇心がムクムクと沸き上がってくる。

見てはいけないものを見てしまった…という感覚は最初の衝撃ですっかり薄れてしまっていて、善逸は床から立ち上がると、一見正面を向いた…しかしよくよく見るとどれもしっかりとカメラの方を向いていない、どうやら隠し撮りされたらしい写真をまじまじと観察する。

これは本当に自分が知っている水柱の冨岡義勇なのか…
何故こんな風に一面に写真が貼ってあるのか…
その答えがさらにこの奥へと続く部屋にあるのか…。


『好奇心はネコをも殺す』というありがた~い昔の人の格言は、とりあえず今の善逸の脳内からは消え失せている。

ポケットを探って携帯を出し、一応、念のため…と、今の廊下の様子をカメラに収めると、善逸は奥へと進む決意を固めた。


ギシリ…ギシリ…

と、一歩踏み出すたび静かな廊下で床がきしむ音の響く不気味さも、一枚くらい表情を変えそうな勢いで貼ってある大量の顔写真の恐ろしさも、今の善逸を突き動かす好奇心を止めることはなかった。


他人ごととしてこの場面を見たならば、
『死亡フラグだろ、これ。ここで先に進むって馬鹿か?即逃げろよ』
と、確実に笑いそうな行動だが、当事者になってみると意外とお約束の行動にでてしまうものらしい。

そして…そう…ここで引き返すべきだった…と、少し後に善逸は心底後悔することになるのである……。




入って右側には洗面所と風呂とトイレがあり、左側にはキッチンとダイニング。
そして正面に2つ続き部屋という作りになっているのはかつて知ったる自分の家の離れなので、善逸も知っている。
一応奥へ行く途中で左右にも人がいないか確認してみたが、どちらにも人の気配はない。

そこで廊下を進んで正面のドア。

ここにも冨岡義勇らしき少年の写真が貼ってあって、まるで見張られているみたいだな、と、思いつつもスルーしてドアノブに手をかける。


カチャリ…と開くドア。

室内は暗いなりに光源のようなものがあって、しまった、いたのか…と一瞬身構えたが、何もいる気配はない。

そのままソッとドアを開いて中に滑り込んだ善逸は、その灯りが火のついたままの蝋燭によるものだと知って、

(留守中に火をつけたままとか、火事になるよっ!)
と、青ざめるが、一瞬で目に入ってきたそれがさらにハッキリと認識できるようになると、今度こそ悲鳴を上げて後ずさった。

ドン!と背に何かが当たって、恐ろしさに涙目になるが、それがたった今閉めたばかりのドアだと気づいてホッとする。


「…や…やっば…。これ…マジやばいもん見ちゃったよ……」
カタカタと歯の根が合わない。

一瞬腰が抜けて立つことが出来ず、善逸は狂気に押しつぶされそうになる自分を保つために、口を開いた。

床の上には赤茶色がかった何かで描かれた、よくオカルト系の何かでみるような魔法陣のようなもの。
それをぐるりと囲むように灯されている蝋燭。


その中央には首のないネコの遺体。
おそらく魔法陣はその血で描かれたもののようだ。

そして…同じく中央には血塗られた写真。
短剣が突き刺してあるが、その顔には見覚えがある。

前世からの知り合い…善逸が炭治郎の事を相談した男……宇髄天元 


部屋中に狂ったように書かれた血文字。

――呪われろ…呪われろ…呪われろ…

まるでそこから邪気があふれているような、生々しさと忌まわしさ…。
生臭いような匂いがするのは気のせいか…?

そもそも何故宇髄を?
確かに同じ学校だが、何か接点があったのか?
さっきから冨岡義勇の写真が貼ってあることと何か関係があるのか?

――もしかして…俺が相談したせい?



居るだけで気が狂いそうになる空間。
気味の悪さと悔恨で吐きそうだが、ここで吐いたら絶対にやばいということだけはさすがにわかる。

ここに足を踏み入れた痕跡など間違っても残したらまずい…殺される…。

善逸はポケットからハンカチを出して口を抑えてなんとか立ち上がると、廊下と同様、この部屋の様子も携帯に収めた。

もう完全に許容範囲は超えていたし、吐き気をこらえているせいで目が潤み、視界がぼやけている。
膝だって恐怖でガクガクわらっていて、今にもまた床にへたり込みそうだ。

もう無理だ…。これ以上何か見たら発狂する…。
そう思うのに、善逸の足はさらに奥の部屋へと向かっていた。

だって、ここで奥を見ずに帰るのは、それはそれで怖い。 
その気持だけが今の善逸の身体を動かしている。


とにかくここまで見てしまったら最後まで。
きちんと証拠としてこの惨状を見せたなら、さすがに脳天気な親もやばいと納得するだろう。

こうして魔法陣を避けるように部屋の端を通って、最奥の部屋へ。
おそるおそるドアノブに手をかけて中を覗き込む。

この部屋の壁にも、まるで不法侵入者をあざ笑うかのように一面、写真、写真、写真…。
なまじ綺麗な顔立ちの相手だけに怖い。
だが、さきほどの部屋のあまりの壮絶さに比べれば、その壁中に貼られた写真を別にしたら、まだ普通の寝室だ。

備え付けのベッドと、炭治郎が住むと決まった時に運び込まれた勉強机。
その上にはノートPCがつけっぱなしになっていて、ディスプレイの灯りが暗い室内を照らしている。
好奇心にかられて覗きこめば、びっしりと黒魔術系のサイトで埋め尽くされていた。

それを放心したように眺めていた善逸はふと気づく。

――PCや蝋燭がつけっぱなしってことは、すぐ戻るんじゃっ?!!!


うあ~~!!!やばいっ!!!
パン!と反射的にPCを閉めて、善逸は後ろを振り返った。 

薄暗やみの中で、まるで地獄への扉のような不気味さを持って存在するそのドア…。


――ドア…開けたらそこにいたら……

と、恐ろしくなるが、あいにくこの離れは窓の外は綺麗な花壇で花やら飾りやらがびっしりなので、下手に出たら飾りが突き刺さって怪我をしかねない。
ここは恐ろしくとも玄関に戻るしか無い。
意を決して善逸はソッと中の間に出るドアを開けた。


そして中の間…。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に照らされた暗い空間には相変わらずオドロオドロしい光景が広がっていて目眩がしそうだが、へたっている時間はない。


こんなものを見たことがわかったら、本当に殺されるかもしれない…。
恐ろしさに涙目になりながら、善逸は来た時と同様、魔法陣を避けて、蝋燭の火を消さないようにそ~っと廊下へ通じるドアへ。

逃げる善逸に写真が視線を送っている気がした。



急げ…急げ…見つかったら終わりだ……

恐怖で震える足を叱咤しながら、廊下は遮るモノも気にしなければならない物もないので一気に駆け抜ける。

ほんの5mほどの廊下がひどく長く感じた。
そして見えてくるドアと廊下を仕切っているカーテン。


――ああ…間に合った…助かった…

心底ホッとしながらそのカーテンをくぐった瞬間……


トゥルルル…
と、いきなり響く着信音。


ひぃぃぃーーー!!!!
と、思わず耳と目をしっかり塞いで善逸は叫んだ。

暗闇に響き渡る悲鳴。

……が?
おそるおそるスマホを覗き込めば、発信者は炭治郎じゃなく宇髄だ。 



「宇髄さん、宇髄さん、宇髄さん!!助けてえぇぇーー!!!

と、気づいて秒で通話を押して叫ぶと、電話の向こうで
『どうしたよっ?!大丈夫か、お前』
と、驚いた声。


その声に何故か安心して、善逸はエグエグ泣きながら炭治郎の離れに食事を届けにきたこと、居るはずの時間に返事がないから中で倒れてでもいたらと中にはいってみたこと、そこで壁や天井一面に張られていた恐らく元水柱の写真、その奥の魔方陣と生贄らしき頭部が切断された猫と血文字、さらにその奥の部屋にある黒魔術サイトで埋め尽くされたPCのことなどを訴えると、宇髄は驚くこともなく、


『あ~…一人きりなら念のため避難しといた方が良いかもなぁ…。
ちとこれから住所送るから、そこに逃げとけ。
家主には連絡しとく。
電車は鉢合わせたらやばいから車拾えよ?
金なかったら着いたら同じく送った電話番号に電話しろ』
と、言う。


ここにきて知らない場所に行かされるのかと思うと心細くて

「宇髄さん家じゃダメ?」
と聞いてみるが、

『俺ん家は奴に知られててな、たぶんこれからちょっとひと悶着あると思うんだわ。
そん時に一緒にいたら、返ってやばいから。
送った住所の家主は物理は俺より強い男だから、暴漢の5人や10人押しかけてきても余裕でなぎ倒せるし、大人しくそっちに行っとけ』
と言われてあきらめた。

確かにあの黒魔術の標的が宇髄なのだとしたら、むしろここより危ないだろうし、自分が最高最強という宇髄がそこまで言う相手なら、素直にそこにいたほうが宇髄の邪魔にもならなければ自分も安全で、互いのために良いだろう。

そう判断して、善逸は宇髄に礼を言うと、携帯と財布だけ持って大急ぎで戸締りだけして、表通りに出るとタクシーを拾った。


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