温泉旅行殺人事件_Ver錆義23_指輪の謎

その後聞きたい情報を和田から全て聞き出して錆兎は頭の中でそれを整理し始める。


犯行推定時刻は17:20から18:40。

18:40というのは錆兎の推測通り20:40に発見された遺体の状況から死後2時間以上はたっていると判断されたためらしい。

そして、17:20に関しては、17:20丁度に小澤本人からマッサージの予約の電話が入った為だと言う。


旅館側では電話での口頭でのやりとりは後でトラブルにもつながるため、全て録音してあるそうで、そのやりとりのテープと警察が取り寄せた小澤自身が吹き込んだ自宅の留守電を調べたところ、ほぼ同一人物である事が証明されたとのことだ。

結果、犯行推定時刻は生存が確認された時刻から遺体発見2時間前までの1時間20分の間という事になる。


遺体は正面から数回刺された状態で湯をはった浴槽で発見された。
死因は失血によるショック死。凶器のナイフは遺体に刺さった状態で発見されている。

離れ全体に争った形跡があり、特に殺人現場となったのであろう寝室には争った後以外に何故か切り刻まれた血のついた大量の衣服が散乱していたとのことだ。

犯人は何故か被害者が持参した全ての衣服を引っ張りだして切り刻んだらしい。

その事から犯行自体は少なくとも30分以上の時間は要したものと思われる。
指紋は小澤が泊まる前に旅館の清掃を行った従業員と、小澤本人のもののみ。
その従業員はその後のアリバイあり。


夕食については予約時に本人から不要の旨を知らされており運んでいないため、遺体の発見が遅れている。

遺体発見時には離れの鍵はかかってなく、ドアは閉まっていた。

遺体の状況から犯人もかなりの量の返り血を浴びている可能性が高いが、18:25分頃からは多くの従業員が各離れに食事を運ぶため内庭を行き来していたが、不審な人物を発見したと言う報告はないため、おそらく犯行はその前に行われているものと思われる。

というところまでわかったところで、錆兎は善逸からきた氷川夫妻のアリバイを確認した。


妻の澄花は17:30から18:50までずっとラウンジにいるのを番頭が証言している。

もちろん番頭が席を外した事はあったが、基本的に5分以内で、戻って来たらやはりいたので、犯行を行うのはもちろん、離れまで行って帰って来るのすら無理だ。

夫の雅之は17:30の時点でフロントで露天の鍵を受けとって外庭に出ている。

冬なので日の入りは早く、その時点ではもうあたりは暗く、どんなに急いでむかっても露天までは25分。

ということで露天に着くのは早くて17:55。
そこから即引き返しても母屋につくのが18:20。
そこから離れまでたどりついて18:23くらい。

その頃にはもう従業員がウロウロしているため17分で犯行を全て終わらせて血まみれの状態で自室に帰るのは不可能に近い。

19:00から19:50分までは夫婦共に離れで食事。その間どちらかが離席していたということもない。
これは料理を何度も運んでいる従業員が証言している。


17:30に義勇が見た時になかった雅之の腕時計が19:30にあったということは、その間に絶対に露天に行ったという事で…実は行ったふりをしただけというのもありえない。

アリバイは完璧すぎるくらい完璧…お手上げだ。


「俺…実は間違ってるのか…犯人は別にいるのか…」
錆兎は手を枕にしてゴロンと寝転んで天井をみあげた。

「大丈夫…錆兎はいつでも間違ってない」
その錆兎を上から見下ろして義勇が微笑んだ。

さきほど秋ちゃんから着替え用にと差し入れてもらった青地に白い花の散った浴衣を身にまとって、薄めの唇にうっすらと紅を引いているその姿は、清楚で可憐な大和なでしこ以外の何者にも見えない。

そんな義勇に、ああ…可愛いなぁ…とその瞬間錆兎のスイッチがまた切り替わる。

生まれて初めて好きになった相手で…その相手が奇跡的に自分の事を好きでいてくれて…側にいてくれる…それはなんて幸せな事なんだろうか…。


「義勇…」
「うん?」
呼ぶと天使の微笑みと共に降ってくる声も可愛くて…
自分は浮気する事なんて一生ないという事だけは自信がある…と錆兎は思う。

そう言えば…善逸のメールで雑談かもしれないが雅之にもし善逸に彼女が出来てその彼女と自分が浮気したらどうする?って聞かれたとか言ってたが…。

こんなに愛おしい恋人がいるのに、真面目にありえん…と錆兎は思った。

そして、逆だったら…自分どうするかなぁ…とさらに考え込む。
もし義勇が善逸か炭治郎を好きだとか言い始めたら…


──錆兎?
と、考え込む錆兎に義勇がいぶかしげに綺麗な三日月型の眉をよせた。

──…いや…善逸が言ってたこと思い出して…自分だったらどうだろうなと…
──…?…善逸が言ってたこと?
──そそ。雅之氏に自分の恋人が友人を恋愛的な意味で好きだと言い始めたら?ってやつ

と、錆兎が答えると、義勇もその話を思い出したようで、あ~!と、声をあげた。
そして言う。

──俺が錆兎以外にということは絶対にありえないけど、錆兎が…だったらどうだろう…
と、その言葉に錆兎は思わず噴出した。

──錆兎?
と、きょとんとする義勇に、錆兎は笑いながら

──俺も同じこと思った!俺に関してはありえないけど、義勇が…だったらって
と、打ち明ける。


もう互いが自分が互い以外を好きになるのは絶対にありえないと断言する時点で考えるだけ無駄だな、と、クスクス笑いながらじゃれるように口づけあう二人。

自分たちは別の相手に本気になるどころか、浮気も絶対にありえないだろう。

そう考えた瞬間、錆兎はふと思った。

自殺した親友には…彼氏とかいなかったんだろうか…。

いたらショックだろうなぁ、浮気された挙げ句に自殺されたら、と、想像しただけでなんだか気持ちが落ち込んだ。
自分だったら絶対にあと追うよな~と、さらにどんどん思考がずぶずぶと暗い方向へ沈んで行く。

まあ、自分たちには絶対にありえない。
そう、ありえないことなのだが…


「錆兎…なんでそんなに落ち込んだ顔をするんだ?」
と、さきほどの会話のあとで落ち込む様子を見せる錆兎に、義勇が少し不安げな視線を向けてきたので、

「いや、例の氷川さんの自殺した親友のこと考えてた。
彼氏とかいたとしたら、その彼氏は落ち込んだだろうなぁと…」
と、誤解されないように正直に話すと、義勇は、あ~、なるほどな…と頷いたあと、

「俺なら錆兎に自殺なんかされたら絶対に後を追う」
と、これもまた錆兎が考えていたことをそのまま言うので、

「気が合うな、俺もそう思ってた」
と、答えてまた笑いあった。


そうしてひとしきり笑いながら口づけあったあと、

「どうせならそのあたりも秋さんに聞いてみるか…。
自殺したのこの近くだって言ってたし、今後何かの参考になることもあるだろうしな」
と、錆兎は義勇から少し体を離して携帯を手に取った。


「夜分に申し訳ない。
秋さん、20年前このあたりの崖で自殺した女性って…彼氏がいたかどうかとかわかりませんか?
地元の人じゃなかったらあるいはこの旅館かこの旅館の本館に泊まってたんじゃないかと…」

このあたりは温泉郷ではあるのだが、ここら一帯がこのグループの土地で温泉街とは少し離れている。
まあ…彼氏うんぬんは別にして、動機を探る上で氷川澄花と小澤の過去がわかるとありがたい。

『あー、ありえるかもしれませんね。調べてみるので少しお時間下さいな』
と、秋は快く調査を引き受けてくれた。

もちろん即わかることではないので、あとは待つしかない。

錆兎が礼を言って電話を切ると、義勇が今度はいそいそと絹の寝巻きを身に着けていた。

だが、互いに色々疲れていることもあって、依頼した宇髄、届けてくれた秋の思いとは裏腹に、色っぽい展開にはなりそうにない。


「これ…すごく肌触りがいい…。さすが絹だな。よく眠れそうだ」
と、義勇はふわぁとあくびをしつつ、その場にコロンと横たわって、次の瞬間コテンと眠りに落ちている。

錆兎はその義勇を抱き上げて布団に運ぶと、自分はその横に座り込んだ。
そこで錆兎は再び事件の考察へとスイッチを切り替える。


自分は間違っているのか…?と悩んではみたが、炭治郎は確かに氷川夫妻の離れに拉致されていたのだから、彼らが犯人ではないということはさすがにありえないだろう。

ということで、犯人が氷川夫妻というのは決定事項として考えを進めて行こう。


旅館の人間が共犯とかいうオチでなければ犯行推定時刻である17:20から18:40までの夫妻のアリバイは完璧だ。崩せない。

とすると…発想を転換させよう。

犯行推定時刻自体が間違っている可能性は?

夫妻は19:50までは離れにいたのは証言されているから、フリーだったのは20時以降。
いくらなんでも犯行後1時間たってない遺体を犯行後2時間以上たっているようにみせかけるのは無理だ。

とすると、可能性があるのは事件が行われたのが犯行推定時刻前という事。

皆で母屋についたのが15時過ぎ。
それから2時間強に関しては誰もアリバイがない。
17:20にあった本人からの電話、それを覆せればアリバイが崩せる。

17:20に本人が生きてないとすると…本人から電話がかかってきたというのがありえないわけで…。
声紋が一致しているらしいから、その比較対象になったデータが改ざんされている?

旅館側は旅館の人間の声もあるから無理として、改ざんされてるとしたら比較するのに使用した自宅の留守電か…。

和田に小澤の簡単な身辺の情報と留守電が確かに本人の声なのか、改ざんされてる可能性がないかを調べてもらえる様にメールを送った。
ついでに念のため氷川夫妻の簡単な身辺の情報も頼んでおく。


あとは…炭治郎が拾ったペンダントか。
そう考えて錆兎は炭治郎に電話をかけた。

『あ、錆兎。秋さんにも事情聞いた。で?どうしたんだ?』

さきほどまでずっと眠らされていたからだろう。
炭治郎はまだ起きていた。

「ん。とりあえず早急に聞いておきたいんだが…
あの日お前が一人になった時拾ったペンダントについてもう少し詳しく教えてくれ…」

『あ~あれか。
小澤さんの離れの側で拾ったんだ。そのせいかもな、狙われてるの』

それを早く言ってくれ!!と、なんだかのんびりとした炭治郎の声音に、錆兎は頭を抱える。


「で?何か特徴的な事はあったか?」
中でならとにかく、離れの側に落ちていたというだけならいくらでもいいわけはできる。

『ん~チェーンに女物の指輪が通してあって、指輪の裏側には”K to S” って彫ってあった。
それを届けようとフロントの人を待っている時に澄花さんに会って自分のだって言うから返して…。
その時自分がそれ持ってるの知られたくないから絶対に誰にも言わないでねって言うから、
浮気でもしてるのかなぁと思ってた。
Sは澄花のSで…Kって光二のKだよな?』


それ…なのか?
そう言えば善逸のメールでも浮気云々という話がでていたし…。
錆兎は電話を切ると考え込んだ。


澄花がまだ小澤と続いてて、それに嫉妬した雅之の犯行?
そして澄花がそれをかばってるのか?

いや、今回の殺人はもっと早い時期から練られているはずだ。
でないと離れた場所にある小澤の自宅の留守電に細工などできない。
むしろ昔の事で何か澄花がゆすられていての方がありえるか…。

いや…しかし小澤は最初の日、旅館に向かうマイクロバスに澄花がのっている事に驚いていた。
あの時の二人のやりとりを見る限り、澄花と小澤だと澄花の方が立場的強者に見えたが…。


考えながら寝てしまったらしい。
内線の音で起きる錆兎。

いつのまにか布団が肩からかけられている。
布団をベッドに戻して和室へ向かうと、電話に出ていた義勇がくるりと振り返った。

「錆兎、善逸が戻ってくるそうだ」
受話器を置いて言う義勇。


すでに朝食が並べられているということは…もう7時なのか。
普段5時に起きる錆兎にしてはあり得ない寝坊だ。


「善逸こっちで食うって?」
一応3人分用意されているのを見て言う錆兎に義勇はうなづいて、タオルを渡す。

「すまん」
とそれを受けとると錆兎は顔を洗ってしっかりと目を覚まして、和室へ戻った。

やがて雅之に送られて善逸が戻ってくる。
寝不足な様子はないから、向こうで一応しっかり眠った事は眠ったらしい。


「おはよう、錆兎君。じゃ、確かに送り届けたよ」
とにこやかに言う雅之に

「おはようございます。昨夜は色々お世話になりました。ありがとうございました」
ときちんと挨拶をしてお辞儀をする錆兎。

それに軽く手をあげて応えると、雅之は自分の離れに戻って行った。


「おかえり、善逸」
錆兎はドアを閉めると善逸を中に促し、自分も和室に戻る。
朝食が備え付けられた部屋ではすでに義勇が茶碗にご飯を盛って待っていた。

「ただいま。メール全部目を通してくれた?」
善逸はいそいそと席について、そう言うなり朝食をがっつく。

「ああ、お前すごいな。真面目にすごい。
普通過去の女関係までなんて聞き出せないぞ。ありえん」

昨日善逸からは雅之達と交わした会話を逐一メールでもらってる。

その中には例の雅之がコンプレックスを持っていた相手と雅之の昔の彼女が浮気して…みたいな話もあって、錆兎はもう感心するしかなかった。

自分では絶対に教えてもらえない。

恋愛関係の話なんて、他が元々していたとしても、自分が近づくとやめられてしまうくらいだ。


「ん~勝手にしゃべってくれてたよ?」
ズズ~っとみそ椀をすすりながら言う善逸に、錆兎は驚嘆のため息をついた。

「お前…それすごい才能だ。
たぶん相手が俺だったら絶対にそんな話してくれないぞ」


確かに錆兎は優秀で大抵のことはこなせるが、それゆえに一般の人間にはある種の圧のようなものを感じさせるのか、“気軽に話をする”ということがしにくいらしく、ある種、距離をとられることが多い。

なので情報収集には著しく向かない。


その自覚のある錆兎としては、普通の高校生として自力で苦もなく相手からどんどん情報を引き出せるユートと比べて、親の権力をかさにきてとも言える様な状態で半分脅して情報を手に入れている自分があまりになさけない。

おそらく…相手を緊張させず安心させる事が善逸にはできるんだろう。

そのあたりの対人スキルが、幼い頃から同じ環境で“会長様”として遇されて育ってきた自分には圧倒的に足りない…と、錆兎は思った。

それを思わず口にすると、善逸はクスっと笑いをもらす。


「それ以上なんでもかんでも完璧に出来てどうすんだよ。
まあ…隣の芝生は青く見えるって言うしね。
それよりそっちどうよ?なんかわかった?」

まあ“会長様”である以上はそんなスキルは絶対に身につけられないし、自分が出来ないことは無理に現在の能力その他に支障をきたしてまで中途半端にやるよりは、出来るスキルのある人間に任せたほうが建設的だ。

幸いにしてプライベートな友人では善逸がいるし、学校には村田がいる。
ということで、そのあたりは割り切って、錆兎は自分の方の情報を逐一善逸に流した。


「ちょ、そのネックレスってさ…」
話が炭治郎から得た情報まで進んだ時、善逸が箸を止めた。

「たぶん…雅之さんもしてたよ?普通に。
俺単に結婚指輪かなんかで目立つ様にはめるのが恥ずかしいのかと思ってたけど…」

「ほんとか?!」
微妙にひっかかる。

K to S…それが単純に" Kouji to Sumika "だと思い込んでいたが…違うのか?


「指輪の…裏側なんて見てないよな?」
錆兎が言うと、善逸は少し気まずそうに

「そこまでは…。あの時は俺も色々気になったり落ち込んだりしてて深く聞く気分じゃなかったから…」
と、頭を掻いた。



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