温泉旅行殺人事件_Ver錆義20_氷川夫妻のアリバイ

「…たく…。心配性だから、錆兎は…」
氷川夫妻の離れへ向かう道々、善逸はそう言って苦笑した。

「自分は一人でも平気だと思ってるくせに、俺は一人じゃ危ないからって部屋にも返してくれなくて。
まあまだ炭治郎が返って来てないのに今度は俺が誘拐されて助けても助けても行方不明者が増えるのは避けたいんでしょうけどね」

何も気づいていないせいで、錆兎がただただこれ以上何か起きないように心配してる、そう相手に印象づける事が目的の一つでもあるため、善逸はそう補足した。

「まあ…彼もちょっと心配性かもだけど、今回は錆兎君の心配はもっともだよ。
身の安全というのも心配だけど、こんなときに一人きりだとメンタルも大丈夫かなって思うしね。
他人の僕たちですら心配だったわけだから」
雅之は善逸の言葉に軽く善逸の肩に手を置いて言う。

錆兎を心配して外をウロウロしてた時に慰めてくれたりしたのも全部嘘だったんだな…と思うと、あの時それが嬉しかっただけに少し滅入る善逸。

そして、これまでは裏切られた、と、傷つくほど深い人間づきあいをしてきてなかったんだな、と、善逸はその時あらためて思う。

義勇は…唯一の理解者と思っていた亡くなった姉の婚約者の早川和樹の手ひどい裏切りにあった時、どんな気持ちだったんだろうか…と、ちらりとそんな事が脳裏をかすめた。

あとで聞いた話だが、義勇はその時かなり憔悴してメンタルを病みかけて、そのために錆兎がずっと一緒に居られるように色々奔走したらしい。

いつでもわかりやすく好意を示すのは錆兎の方だが、そんな諸々があるからだろうか…義勇の錆兎に向ける好意というのは重く深いように思う。

こういう想像はどうかと思うのだが、あの二人は互いに何かあれば迷うことなく残った方は後を追いそうだが、義勇が何かで亡くなった時の錆兎が後を追う理由は“義勇を一人にはできないし、いつでも一緒にいて守ってやらなければならないから”という保護的立場で、義勇の方は単純に“錆兎がいないと生きていけない”という理由な気がする。

錆兎は誰かのために──義勇に出会ってからは義勇がその一番の位置ににいるのだが──生きることに情熱を傾ける人間で、その愛情と庇護を注ぐ相手としては義勇は理想的な相手だったのだろう。

「錆兎は…とんでもないお人よしで、自分がボロボロの状態の時でもまず仲間の事を心配するんですよね。
頭良いし、身体能力も高いし、何でもできるくせに、それを自分のためじゃなく他人のために使わないとって使命感に燃える変な奴で。
出会った頃から俺たちは錆兎の面倒見の良さに助けてもらってきたんです。
なのに錆兎はそれで偉そうにするでもなく、むしろそれまで周りに臆病者の役立たずって言われてきた俺のこと、用心深くてよく気がつく人間だなんて言ってくれちゃうんですよね」
言ってて思わず笑いをこぼす善逸に、雅之は少し笑みを浮かべて目を細めた。

「一番仲良しなのは炭治郎君ではあるみたいだけど、錆兎君とも本当に…お互いすごく相手を好きなんだな、君は」
と言って、少し足を止める。

「君が受け渡しから意識不明で戻った時に、丁度僕は錆兎君に電話かけたんだけどね…彼は君が戻らなかった時に自分も怪我人なのに大事なお姫様を警察に預けてまで真っ先に君を捜しに行ったらしいよ。
君は君で自分の彼女が行方不明で自分も辛い時でも錆兎君の心配してたしね。
うらやましいよ。
お互い…信頼しあって大事だと思える友人がいるってね、素晴らしい事だ…」

気のせいか寂しそうな笑みを浮かべてそう言うと、雅之はうつむく。


「なあ、善逸君、変な事なんだけど、きいていいかな?」
核心くるか…と身構えた善逸だったが、雅之の口から出たのは意外な言葉だった。

「もしも…君に彼女ができたとしてね…彼女が錆兎君や炭治郎君と浮気したら君はどうする?」

「はあ??」
あまりに予測とかけ離れた質問に、善逸はぽか~んと口を開けて惚けた。
なんと答えればいいんだろうか…

「そう…ですね…」
何か今回の事と関係あるんだろうか…想像もつかない。


「まあ…ありえないというか…錆兎も炭治郎も騙されても騙さない、裏切られても裏切らない男なんで、ほんっきであり得ないんですが…万が一…もう天と地がひっくり返ったくらいの大異変でそんな事が起こったとしたら…浮気じゃなくて本気だと思うんで…。もう泣きながら諦めますかねぇ…」

「諦めちゃうんだ?」
善逸の言葉は雅之の想像とかけ離れていたらしい。
こちらも驚いたようにぽか~んとする。

「やっぱり…錆兎君とかだと出来る男だから敵わないとか?」
と、聞き返してくる雅之に、善逸はまた苦笑すると首を振って否定した。

「いえ…錆兎は確かにスペック高いんですけどすごいのはそこじゃなくて…自分が好意を持った相手はとことん大事にするとこなんです。
炭治郎もそうですね。
自分のことより周りの大切な人間のことを優先できちゃう奴で…。
俺は彼女とかできたら多分すごく大切にすると思うけど、錆兎や炭治郎がもし彼女を好きだと思ったとしたら、俺と一緒に居るより幸せになれると思うし、俺が身を引くことであいつらも彼女も幸せなら、それがいいのかなって。
まあ…錆兎は命より大事な恋人様いるから、他に気がいくってありえませんけどね。 
炭治郎も俺の彼女って時点で例え好きだとしても身を引いちゃうと思いますし」

何故そんな事を聞かれるのかわからないが、善逸はとりあえず真面目に答えておいた。
その答えに雅之は複雑な表情をうかべる。


「もう一つだけ…。
善逸君は…錆兎君にコンプレックス感じたりはしないの?
彼は年齢からするとありえないくらい人並み外れた能力の持ち主みたいだけど」

「あ~そんなのしょっちゅうですよ。
あいつは見ての通りありえないイケメンで頭すごく良くてスポーツ万能で名門高校の生徒会長でですよ?
あれ見てコンプレックス感じない奴なんてまずいませんて。
ただ…それだけ何でも出来ても、あいつに近いくらい色々出来る友人と、一般人の俺や炭治郎と、扱いに差をつけたりしないんです」

「そうやって当たり前に自分を含めて客観視できる君はすごいな…」

「そうです?」

「うん。僕は昔すごくコンプレックス持ってた相手がいて…相手の事すごく嫌だった。
でさ、自分の彼女がそいつと浮気した時に彼女の話も聞かずに彼女を責めたんだ。
そいつが自分より優れてるって聞くのが嫌でさ…。
結局それは誤解だったって言う事後で知って、でもそれは彼女失った後だった。

ま、昔の事だけどね。
今は反省してるから妻の事はホント信じてるよ。
というか…もう企んでるならこんな馬鹿な事しないってくらい行動ぶっとんでるから、彼女は」
少し笑みを浮かべると、雅之はまた歩き始めた。

雑談だったらしい。
それなら、と、善逸も始める。

「奥さんとは…古いつきあいなんですか?」

「君達の年だとすごい歳月なのかなあ…。
初めて会ったのは彼女が小澤さんと別れた直後くらいだから20年くらい前かな。
それから5年の付き合いを経て結婚。今15年目だね」

「奥さんの…亡くなった親友さんとか小澤さんとは面識は?」

「いや、親友の子は妻が小澤さんと別れた時には亡くなってたし、妻とは彼女が小澤さんと別れてから出会ってるから小澤さんとも初対面だよ」


一瞬…澄花の親友の彼氏が雅之か、などという図式も思い浮かんだのだが、違うらしい。
まあ本当の事を言ってるとは限らないが、調べればわかる事だろう。
一応頭の中でチェックをいれつつ、善逸はその話は打ち切った。

「なんか…すみません、プライベートなのに。でもなんか少し気がまぎれました」
と、念のためフォローも入れておく。

その後二人が離れに着くと、中からは澄花がバタバタと出てくる。


「おっそ~い!ほら、入って!寒いでしょ!」
二人を中に追い立てる様に招き入れると、澄花はドアを閉めて鍵をかけた。

「しっかし、善逸君、君ってよくこんな殺人容疑かかってる人間のとこになんか来れたわねっ。
ほんっきで怖いもの知らず?
カラカラ笑いながらお茶を出す澄花に善逸はぎょっとして硬直する。

「こらっ。善逸君がびっくりしてるじゃないかっ、やめなさいっ!」
それを雅之が眉をよせてたしなめた。

「すまないね、いきなりこれで。もう彼女はホントにいつもこのノリで…」
と頭を掻きながら申し訳なさそうに言う雅之に、善逸は困った様な愛想笑いを浮かべる。

「いえ…でも殺人容疑って?小澤さんのですか?」

あんまりあっけらかんと言ってくれるので、逆にそれが真実らしいと思っていても信じられなくなってくる。

それでも情報を集めるために来たわけで、そう聞き返すと、

「そうなのよ~」
と澄花は大きくうなづいた。


「親友の志保が死んでもう20年。
まあ…確かにね、私のせいなわけなんだけど、あいつが浮気したのが原因でもあるわけじゃない?
花くらい手向けてもバチは当たんないかな~って思って呼ぶ事にしたんだけど、ただ呼ぶのもむかつくんで亡くなった志保の名前で呼び出したところに光二があんな事になったもんだから、もう警察には犯人扱いでねっ!
でもね、いくらあたしがカッとしやすい体質だからって20年も前の浮気で殺したりしないわよっ」

本気で憤ってる様子の澄花。
すごい演技力だなぁと感心する善逸。

「まあ…でもたまたまアリバイがあって容疑が晴れたわけだし…もういいじゃないか」
それをなだめる雅之も本当に演技とは思えない自然さだ。

「アリバイ…ですか?そう言えば俺達もきかれましたけど…」
と善逸がふってみると、雅之がうなづいた。

「一応…最後に生存が確認されてる午後5時20分から死亡が確認された午後8時40分までのアリバイを聞かれたんだけどね、
僕はたまたま午後5時50分から露天風呂の予約を入れててね。
知っての通り遠いだろ?あの風呂。
だから5時30分にはフロントで鍵をもらって風呂に向かってるんだ。
で、戻ったのが6時50分。 

妻はその間僕を母屋のラウンジで待ってたから。
で、それからすぐ離れ戻って7時から7時50分まで食事。
その間席を外してないのは食事を運んできてくれた仲居さんが証明してくれて…
それ以降は花火見に外庭にでちゃってアリバイないんだけど、問題ないような態度だったから、たぶんその前に殺されてるって警察の方ではなってるんだろうね」

「お話中にすみません、ちょっとトイレお借りします。
なんか寒いから近くなっちゃって」
善逸は言って頭を掻いて立ち上がるとトイレにかけこんだ。

そして鍵を閉めると即、聞いてから一生懸命反芻して暗記していた今聞いた話を忘れないうちにとメールにして錆兎に送る。重要な証言だ。


「う~ん、冷えて腹こわしたかなぁ…」
と言いながらまた戻り、

「でもたまたま予約いれておいて良かったですね。俺らのとこの女性陣もその前の時間はいってたんですよ、露天」
と雑談を始めた。


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