温泉旅行殺人事件_Ver錆義18_策略

「錆兎、何かわかった?」
厳しい表情で部屋に駆け込んで来た錆兎の様子に善逸が声をかけると、錆兎はうなづいた。

「炭治郎は一人の時に何か拾って、さらに母屋で氷川澄花と接触。
で、義勇が拾った時計の持ち主は氷川雅之だ。
つまり…炭治郎を返したくなかったのは氷川澄花で義勇を返したかったのは氷川雅之」
そこまで言って、錆兎はさらに難しい顔で考え込んだ。

「ってことで犯人の目星はついたんだが…やばいな。
そろそろ炭治郎が拉致られて丸一日になる…。
救出急がないと…。
どこに拉致られてるんだろうな……」

ドスンと座り込んで腕組みをする錆兎に、義勇はスリスリっとすり寄った。
そして、その肩をトントンとつつく。

「なんだ?義勇」
「えっと…氷川夫妻で思い出したんだけど…さっき言おうとしたこと…」

「さっき?」
眉をよせる錆兎にコクコクうなづく義勇。


「えっとね、お香の話しただろ。みんな違うお香がするって」

その言葉に錆兎は
「ああ、したな。善逸を待ってる時だな」
と同意する。

「そう、それ。
あの時ね、俺が言おうとした事、錆兎が風呂上がりに着た浴衣の匂いで気付いたんだけど、俺が着てた浴衣って本来俺達のお部屋のお香の匂いのはずなのに、なぜか氷川夫妻と同じお香の匂いがしたんだよね」

「ほんとかっ!それ!!」
錆兎は身を乗り出して義勇を強く抱きしめた。


「お手柄だっ!義勇!」

おそらく…一緒にさらったわけだから、閉じ込められていた場所も同じ可能性が高い…。

お香の香りが強く移ってある程度広い場所と言えば…
錆兎は部屋をぐるりとみまわして一点に注目する。

タンスの中…。

身代金を払わないから殺したと言える状況を作ったばかりだ。
早く救出しないと殺される可能性が高い。
一刻の猶予もならない。

かといって…物的証拠があるわけでもないのに普通の高校生が家捜しなどさせてもらえる状況じゃない。

どうする……

夫妻が鍵をかけずにそろって離れをでるような状況…そんな非常事態が簡単に起きるわけが…いや、起きなければ起こせばいいのかっ。
そこで錆兎は宇髄に電話をした。

「宇髄、この宿ってお前の知人がやってるって言ってたな?」
錆兎は義勇を引き寄せながら言った。

「ああ、女将がちっと年上の彼女の1人、秋ちゃんな。
留学先で出会って日本に帰ってからもしばらく会ってたんだけど、去年、旅館継ぐって実家に戻ったんだ。
だから俺の方がたまにそっちに泊まりに行って会ったりしてんだけどな」


年上…
確かに女将はかなり若い女性ではあるが、それでも30前後な気がする。
本当に宇髄の交流関係は幅が広い。
まあ、今はそれがありがたいわけだが…

「宇髄、よく聞いてくれ。
一刻も早く炭治郎を救出しないと炭治郎の命が危ないんだ。
で、それには母屋で非常ベルを鳴らしてもらって、離れの人間をみんな母屋に集める必要がある。
他には理由を言わずに後で誤報って事にするようその秋ちゃんに頼めないか?」

錆兎の説明が終わるのを待たず、宇髄はおそらく今話しているスマホとは別のスマホで彼女に電話をかけていてくれているらしい。

「秋ちゃん、今回はお疲れ~。
お疲れついでに悪いんだがな、非常事態なんだそうで…ちょこっと母屋で非常ベル鳴らしてもらえないか?
それで問題になって損害出たら全部俺が責任持って払うから。
今度また知り合いの大物達に宿招待するし。
俺も今回のことが片付いたら秋ちゃんに会いたいし泊まりに行くわ」

あまり緊張感のない声音…

そして声音はそんな感じでも、依頼とそれで不都合が起こった場合の保証、それに依頼を受けてくれる場合の報酬まできちんと盛り込むあたりが宇髄らしい。

そんな宇髄の申し出に彼女の方は即対応してくれる気になったのはいいが、なんと準備する間もなくいきなり非常ベルが鳴らしてくれてしまった。

さすがに一瞬焦った顔をする錆兎だが、まあ鳴らしてしまったものはしかたない。

「善逸、義勇を頼む。俺は風呂入ってて服着てるとでも言っておいてくれ」

同じく一瞬戸惑っていた善逸だが、やはりトラブル続きなためこちらも気を取り直すのも早い。

「りょ~うかいっ。
ま、錆兎なら一人残して来ても平気って思うのも不自然じゃないしな。行こう、義勇」
言って善逸は義勇の腕を取って立ち上がった。


それとほぼ同時に錆兎も立ち上がると一路氷川夫妻の部屋へ。

夫妻がやはり慌てて母屋へ向かうのを確認すると、ソッと中に忍び込んで一直線に目的の場所を目指した。

入って次の間の大きな押し入れのようなタンス。
チラリと下に香炉があるのを確認すると、錆兎は祈る様な気持ちでタンスを開ける。
そして中を見て心底ホッと息をつく。

向こうも同じみたいだ。

「時間ないから、このまま抱えてくぞ。大人しくしてろ」
錆兎は猿ぐつわをされて手足をぐるぐる巻きにされた善逸を肩にかかえあげるとタンスを閉め、一気に離れの外を目指した。

そしてそのまま自分達の離れへ戻ると、急いで炭治郎の猿ぐつわを外して手足を解放し、

「とりあえず説明は後だ、押し入れにでもかくれてろ」
と、炭治郎に指示をして、服を脱ぎながら風呂場に駆け込む。
そして頭からシャワーをかぶるとバスタオルで軽く水気だけ取り、浴衣を身にまとい、部屋を飛び出した。


母屋にはすでに全員が集まっていて、旅館の人間が謝罪している。

錆兎はそこにタオルで髪を拭きながら走って来て
「善逸、なんだったんだ?」
とちょっと離れた所から声をかけた。

「ああ、誤報だって。
つかなに?錆兎、浴衣なんか着ないって言ってなかったっけ?」
振り向いて一瞬錆兎に注目、そしてからかうように言う善逸。

そんな善逸の反応に、役者だな…と心底感心する錆兎。

「仕方ないだろう、即服でなかったんだから。
これが一番早かった。戻ったら着替える」
と、自分もその会話にあわせて眉を寄せてみせる。

その二人の会話に周りから笑いが広がった。


「災難だったね、錆兎君」
「あら、でも浴衣似合うわよっ。良い機会だからそのまま着てたらいいじゃない」
と笑顔の氷川夫妻。

この夫妻があの誘拐犯で…おそらく殺人犯なのか…。
好意を持っていただけに複雑な気分になる善逸と錆兎。

しかしもちろんそれを表面にはだすことなく、錆兎は

「いえ、動きにくいから。即着替えます。パジャマも持参してるし」
と苦笑いでそれに返す。

それから錆兎は善逸がしっかり護衛している義勇にかけよって、
「護衛ありがとな。かわるから」
と、義勇をぎゅ~っと抱き寄せた。

「まあ…何もなくて良かった。」
と言うと、錆兎は義勇の髪に顔をうずめる。

それから、
『義勇…炭治郎はみつかったんだが…気づかれて離れに押しかけられると厄介だ。
一刻も早くいったん誰にもわからないように秋ちゃんに保護して隠しておいてもらいたいんで、今、ちょっと交渉してくる』
錆兎はそう義勇の耳元で他にわからないようにささやいた。

それにうんうんと頷く義勇。

その上で錆兎は
「じゃあ、今晩、万が一義勇が怖くて眠れなかった時のために、義勇が気晴らしに食べられるような物を届けてもらえないか交渉してくるな?」
と、また義勇をぎゅっと抱きしめつつその額に口づけて、いったん義勇を善逸に託すと、錆兎は旅館の女将、秋ちゃんの方へ。

その錆兎の言葉に、その前の義勇に対する発言は、怖くなかったかなど、恋人を気遣う言葉だったと皆とらえたようだ。

「錆兎君、イケメンなのに恋人一筋、誠実で良いわね。
気遣いもあるし、彼女は幸せよねっ」
と、氷川澄花が微笑ましげな目を向けて言うと、夫の雅之もうんうんと笑顔で頷く。

「錆兎の唯一の弱点が恋人だから。
今回はさっさと避難させるか避難遅れても着替えるまで待たせて自分の側で護衛するか究極の選択だったよね」

善逸がちょっと苦笑して言うと、

「あんな事あったあとだと心配ですもんね、やっぱり」
と、それに対して澄花がうなづいた。

周りがそれぞれ戻りかける中、氷川夫妻と善逸がそんなやり取りをしている間、錆兎は謝罪をしていた綺麗に着物を着こなした女性にかけよって何かを話している。
彼女が宇髄が言っていた”秋ちゃん”なのだろう。

「頼んできた。戻ろう」
と、やがて錆兎が戻ってきた。交渉成立らしい。

「とりあえず…まだ風呂途中できたから、善逸、義勇の護衛頼むな」
戻りつつ言う錆兎に、善逸は少し苦笑。

「気…使わないでいいよ…」
と、まだ身代金の受け渡し失敗のショック冷めやらない演出をしてみせる。

錆兎はそれに肩をすくめて
「別に…ホントにまだ体洗ってないし…」
と、同じく演技で少し視線をそらせてみせた。

「ま、そういう事にしておこうか」
と、善逸は最終的に了承の意志を示してみせ、3人揃って錆兎達の離れに戻る。


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