温泉旅行殺人事件_Ver錆義17_何故誘拐されたのか

「もう、やる気足りないよなっ」
食事を摂りながら義勇が唐突に言った。

「ごめんっ」
それに即謝る善逸に、義勇はきょとんと首をかしげた。
サラっと艶やかな髪が肩を流れる。

「誘拐犯の事…だぞ?」
不思議そうに言う義勇に不思議そうな顔をする善逸。

「やる気の…問題なの?」
義勇がやや不思議ちゃんなのはいつもの事で…それでも突っ込みを入れずにはいられない善逸に、義勇は真顔で首を縦にふった。

「だって…身代金欲しければ取りにくればいいじゃないか…善逸は寝てたわけだし…」

ズッキ~ン!とくる事を言われて胸を押さえてため息をつく善逸。
普段ならそこでさすがにフォローが入るわけだが…錆兎は無言。

「わざわざ2回にわけるくらい欲しいなら、少しくらい自分も頑張らないとでだ!
欲しくないとしか思えないぞっ」

ぷぅっと頬を膨らませる義勇に、それまで無言で考え込んでいた錆兎は

「…そう…だよな。」
と、まだ何か考え込みながらうなづいた。

「錆兎?」
何か真剣に考え込んでいる錆兎に善逸が問いかけると、錆兎は何か思いついた様にもう一度、

「そうだよなっ!」
と、今度ははっきりと口にした。



「どう考えてもおかしくないか?!」
箸を放り出して錆兎は善逸に詰め寄る。

「お、おかしいって??」
その勢いにちょっと戸惑う善逸。

「考えてみろっ。2回も受け取りにくるなんて危ない橋渡んないでも、1億欲しければ最初に二人で1億って言えばいいわけだろう?
二人を同時に返すのが無理なら別に同時に返さないでも別々に返せばいいわけだしな。
考えてみれば、なんだか色々がおかしい気がして来た…」

「そう言われてみれば…」
勢い込んで言う錆兎に善逸もそんな気がしてくる。

そうだ…二人さらったなら返すなら二人とも返すはずだし、返さないなら二人とも返さないはずだ。


(…よく考えるんだ…何かひっかかる…)
錆兎は腕組みをして考え込んだ。

最初の受け渡しの時…犯人は元々義勇しか返す気がなかった。それは確かだ。
一人しか返す気がないなら何故条件をクリアしたら二人とも返すと言ったのか…。

さらに言うなら、一人しか返せないなら何故見るからに裕福な家の子に見える義勇を返して普通の家の子に見える炭治郎を残したんだろうか…。

本当にもう一度金が欲しいなら、金をだせそうな親を持っていそうな方を残さないと意味が無い。

犯人は…炭治郎を返したくなかった…あるいは義勇を返したかった…いや、両方なのか?

最初の受け渡しの時に条件をだしたのはフェイクだ。
犯人は炭治郎を返す気がないのを隠したかった。

だがそれなら物理的に返せない様に殺してしまえばいいだけなのに何故隠す必要があったのか…

それはおそらく…義勇を返す事によって犯人が他にそれと知られる事なく恩恵を受ける事を隠すため。

普通に炭治郎だけを殺して義勇だけを返せば、”犯人が義勇を返さなければならなかった理由がある”のを悟られる可能性が高かった。

炭治郎は”犯人が返しては困る何か”を知っていて、義勇は”犯人が返さないと困る何か”を知っているのか…。
今…こんな新たな犯罪を犯してまで隠さないと困る事と言えば…小澤の殺害…。


”犯人が義勇を返さないと困る何か”については…なんとなく検討はつく。
和田が何度も聞いて来たあの忘れ物の件だろう。

まあ一番考えられるパターンとしては、あれが犯人のアリバイになる、あるいは逆に誰かに罪をなすりつけるための証拠になるということ。
見つかった場所が露天ということは前者である可能性が高い。
ということは…あれの持ち主が犯人だということか…。


炭治郎の場合はなんだ?
こちらは検討もつかない。
まあ炭治郎をさらうということは、炭治郎だけが見ていた何かという事で…


「善逸、きいていいか?」

ずっと腕組みをしたまま考え込んでいた錆兎が突然顔を上げたのに少し驚いて、それでも善逸は
「なに?」
と聞く。

「ん、炭治郎の事なんだが…俺が知ってる限りで炭治郎が一人になったのは露天の鍵を返し忘れて母屋に返しに行った時くらいなんだが…他にはあるか?」

錆兎がそんな事を聞く真意はわからないものの、善逸はとりあえず当日に思いを馳せる。

「う…ん…ない。かな?」
天井をにらみつけながら考え込んだユートが最終的にそう答えると、錆兎は

「悪い、俺ちょっと母屋で聞きたい事あるから。義勇を頼むな」
と立ち上がった。


「ちょ、待った!錆兎!」
あわてて引き止める善逸を錆兎は
「なんだ?」
と見下ろす。

まっすぐ自分を見下ろす視線からちょっと視線をそらすと、善逸は言いにくそうにつぶやいた。

「あの…さ、俺の事信用していいの?
今回義勇が誘拐されたのも炭治郎が帰ってこれなくなったのも俺のポカなわけで…」

「なんだ、そんなことか」
目を合わせられずにいる善逸にやっぱりまっすぐな視線を向けて錆兎は笑顔を見せた。

「善逸はいつも慎重で…経験の蓄積で学んで行ける奴だから。
一度経験した失敗は二度とにしないって事は俺も知ってる。
今回はもう注意しないといけないような失敗は全部したし、そしたらお前ほど安心して義勇を任せられる奴はいないからな」

意外な錆兎の信頼の仕方に、善逸はちょっと目頭が熱くなった。

「うん…任せて」
「ああ、任せたっ。じゃ、行ってくるっ!」

こんな状況でこんな自分に世界で一番…自分の命よりも大事な宝を任せてくれるのか…。
本気で…欠片もなくなっていた自信がまた錆兎の言葉で戻ってくる。

善逸はなんだか泣きたいような笑いたいような不思議な気分で走り出す錆兎の背中を見送った。


善逸に義勇を任せて離れを出た錆兎は内庭の…炭治郎が鍵を返しに行く時に分かれたポイントで時計をチェックし、それから自分にしてはちょっとゆっくり目に母屋へ向かって、フロントまでの時間を計る。

そしてフロントにいる番頭に声をかけた。

「すみません…」
「はい、なんでございましょうか?」
初老の番頭はコウに愛想の良い笑顔を向ける。

「一昨日の事なんですが…俺達と一緒だった竈門炭治郎という高校生がこちらに露天風呂の鍵を返しにきたと思うんですが、その時何か変わった様子はありませんでしたか?」

「ああ…今誘拐されていらっしゃる方ですね。
いえ、あの時は鍵を返しにいらして…
ああ!そう言えば、鍵を返して一旦は帰られたんですが、もう一度戻っていらっしゃいましたね。そういえば」

それだっ!


「えと…戻った理由はわかりますか?」
錆兎が聞くと番頭は考え込む様に眉をひそめる。

「いえ、私はそれからすぐ所用が入りまして席を外しましたので…」

「その時に誰かロビーにいませんでしたか?」

「あ~氷川様のご主人が露天にいらっしゃってる間、奥様がラウンジでお茶を飲みながら待っていらっしゃいましたね」

「他には誰も?」
「…と思います。」

「ありがとうございました」
錆兎は番頭に礼を言って考え込む。


これで二つの事がわかった。

炭治郎はたぶんここで氷川澄花と接触している。
そして…自分達のあとに露天に行ったのは氷川雅之。

つまり…炭治郎を返したくない理由には氷川澄花が、義勇を返したい理由には氷川雅之がかかわっている!

錆兎は急いで善逸達が待つ離れに戻った。


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