温泉旅行殺人事件_Ver錆義15_行方不明

嫌な予感がする…。

犯人の指示で警察を含む全ての人間が外庭に出るのを禁じられているので、錆兎は不安な表情で母屋から外庭に向かう善逸の後ろ姿を見送った。

まあ…おそらく色々巻き込まれすぎて自分は過剰な悲観的になっているんだろう…と思ってはみるものの、嫌な感じがぬぐえない。


(やっぱり俺が行けば良かったな…)
ロビーのソファに座ってため息をつく錆兎。
義勇が側にいてくれるのがせめてもの救いだ。

炭治郎も善逸も大切な友人ではあるが、恋人である義勇が一番だ。
義勇さえいれば自分はなんとでもなると思う。

昨日までのあの心臓が爆発して死んでしまいそうなほどの不安感はない。

しかし当然ながら平気なわけではなかった。
なにしろもう1時間たっている。

犯人にしても善逸にしてもいい加減何か言って来てもいいじゃないか、露天までだってゆっくりゆっくり行ったとしてももう着いてるだろうし一体どこまで行ってるんだと、錆兎は落ち着かない気分でため息をついた。

待ってるのは苦手なのである。

目の前の困難を打ち砕くのは得意でも、不安を抱えて待つのは本当に苦手なのだ。


ソファに座る錆兎の足の間に抱え込まれる様に座って旅館側が用意してくれた軽食をつまんでいた義勇は相変わらずそんな錆兎の不安を汲む事もなく、

「そう言えば…ちゃんと離れによって全部お香変えてるんだな」
と、緊張感のない話を始めた。

「さっき他の人が通った時に色々なお香のかおりがした。
俺は俺達の部屋のお香が一番好きだけど。
なんか錆兎に似合う感じがするからっ」
と、義勇はほわほわした笑みを浮かべる。


なんで…こんな時にそんな事に頭がいくのかがわからない。
まあ…さっき立ち止まっていたのはそういう事だったのかとは納得したが。


そもそも自分に似合うからと言うのも不思議な表現だと思う。

ただ義勇は何かを気に入ると、必ずそれを錆兎に似合うからとか、そういう言い方をするので、いつものことではあるし、そのあたりは突っ込んだら負けだろう。

とにかく義勇にとって良い物というのは全て錆兎に結びついているようだ。


「あ…そういえば、それで思ったんだけど…」
錆兎の反応がない事も気にせず義勇がとりとめのないおしゃべりを始めようとした時、フロントの電話がなった。


『どうなってるんだ?何か画策してるのか?
前回身代金を受け取る前に人質を返す手配をしたからといって、今回も同じだと思わないで欲しい。
おかしな真似をしたら人質の命は保障しないぞ』

和田がオンフックにした電話から流れる犯人の声。
その言葉に錆兎がはじかれたように立ち上がって電話にかけよった。

「どういう事だっ?!
こちらは指示通り身代金を持たせて外庭に出るのを見送っただけで何もしてないぞ!」

不安で心臓がバクバクする。
まさか…善逸に何かあったのかっ?!

『こちらはもう受け渡し場所は指示した。
だが、もういくらなんでも着いていても良い時間だが一向に来る気配がないぞ。
連絡をいれても出ない』

その犯人の言葉で錆兎達の顔から血の気が引く。 

『まあ…いい。刻限まであと1時間は約束通り待つ』
そう言って犯人からの電話は切れた。



一体何が…?

周りのざわめきを他人事のように遠くに聞きながら、錆兎は脳内で可能性を探った。


事故…はないだろう。
真ん中の道には例の吊り橋がかかっていた崖があるが、左右の道はそういう意味では何もない。

道を外れたところで草や土、せいぜい小川で足や服を汚す程度だ。
暗くても月あかりもある。道を外れない限り迷う事もない。


善逸が大金を持って歩いている事を知った第三者に襲われた?

しかし善逸がこの時間に身代金を運ぶ事を知っていたのは警察関係者と自分と義勇、それに旅館の支配人くらいだ。

ルートは自分達ですら母屋から善逸が進むのを見て初めて知ったのだ。
待ち伏せなんてできるはずがない。


わからない…一体何があったんだ?
錆兎は頭を抱えた。 


やっぱり自分が行くべきだった!

義勇に関しては…放置すると危ない目に遭う事もあるという認識は常に持っていたが、炭治郎や善逸に関してはそういう意識が薄かった。


特に今回は二度目の身代金を運ぶだけで、何かあるにしても炭治郎が戻ってこないとか、最悪殺される可能性はあったとしても、金を運んでいる善逸に何かあるなどと考えた事もなかったこともあり、ひどく動揺した。


あと1時間…。

犯人いわく1時間もあれば着く距離なら、善逸が無事なら辿り着くだろう。

もしたどりつかなかったら……

錆兎の不安をよそに時間は刻々と過ぎて行く。



そして…21時。

フロントの電話が鳴った。

『時間切れだ。身代金を払う意志がないものとみなす』
とだけ言って、反論する間も与えずに電話が切れた。


青ざめる一同。
和田が即善逸に持たせた携帯に電話を入れるが当然出ない。

炭治郎もだが…善逸は一体…

和田は即善逸の捜索指示を出す。


自分もジッとしていられない、とは言うものの…
錆兎はリスのような大きな青い瞳で自分を見上げる義勇を前に悩んだ。

探しに行きたい…が、義勇から目を離すのは怖い。
かといって連れて行くわけにも…


「和田さん、義勇をお願いします。絶対に目を離さないで下さい」

錆兎は悩んだ挙げ句、それでも義勇を和田の方にやると、反論する間も与えず外へ飛び出した。


自分にとってもだが、なにより義勇にとって数少ない同年代の同性の友人だ。
何かあれば自分以上に義勇がひどくショックを受けるだろう。

最初の事件で心を壊しかけていた義勇を救出した時に、今後は身体だけではなく義勇の心も何者からも守ってやるのだと心に誓ったのだ。

心身ともに何者にも義勇を傷つけさせたりはしない。

もちろん、自分にとっても善逸も炭治郎もかけがえのない友人なのは言うまでもなく、助けないという選択肢はないのだが…

そんなことを思いながら、錆兎は先を行く警官達を追い越して、暗い夜道を走る。


「善逸っ!!どこだっ?!!!」

そして足場の悪い暗い道を走り抜けながらも、たまに立ち止まって草が踏み荒らされた跡がないか探した。


やっぱり自分が行けば良かった…と先ほどから何度も思っている事をまた思う。

善逸は本来先陣を切って突っ込む人間ではなく、その素晴らしい注意力を駆使して仲間に後ろでフォローを入れてくれるタイプの人間なのだ。
そんな人間を危険かもしれない場所に放り込んだ自分のミスだ。

あの時善逸がどんなに言っても、殴ってでも止めて自分が行くんだった。
かけがえのない友人…それを判断ミスで取り返しのつかない状態にしたかもしれない。


義勇がいなくなった時とはまた違った、それでもどうしようもなく大きな不安感。

「善逸っ!!どこだ~~っ!!!」

真冬だと言うのに滲む汗をシャツでぬぐって、錆兎はまた走り出しては止まって目を凝らす。


遠くに明りが見える…。
あそこまで行けば少し視界が良くなるか…と、錆兎はまた走りかけて、ハッとした。


「善逸っ!!」

草むらにぼんやりと浮かぶ人影。
錆兎は走りよると善逸を抱き起こし、もう条件反射で脈を確認する。



…生きてる……

安堵で力が抜けた。
気が抜けて放心していると、警察が集まって来た。


「…脈はあります…」
放心しつつもそう報告する錆兎の周りでは、警察が放り出されたスーツケースを回収している。


暗闇で…明りに向かって急いだ時に転倒したようだ。
意識がないというのは…打ち所が悪かったのか?!

また新たな不安がわきあがってくる錆兎。


「とりあえず…旅館に…」
と、声をかける。

そして善逸は担架にのせられて母屋に運ばれた。


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