温泉旅行殺人事件_Ver錆義14_身代金第二回目

善逸が母屋の取り調べ用の部屋につくと、すでに義勇を伴った錆兎は着いている。

「遅くなりました」
と善逸は和田に軽く礼をすると、勧められた椅子に腰掛けた。

そこで和田が錆兎の時と同じくプリペイド携帯を善逸に渡す。

今回は19:00に連絡があるらしい。
一応刻限は21時。
それは犯人いわく単純に、警察が何か企むような時間を稼ぐ事態を避けるためだけに設定したらしく、受け渡しが終わった時点で人質を解放するとのことだ。

まあ危険はないだろうと、携帯とスーツケースを手に立ち上がる善逸の腕をつかんで錆兎が
「やっぱり…俺が行く」
と、心配そうな表情をうかべた。

「錆兎…心配し過ぎだって。
今回は受け渡しだけみたいだし、前回みたいな事はないっしょ。
大丈夫、すぐもどってくるから」
と善逸は、自分は平気で下手すると死んでもおかしくないような無理でもやってみせるくせに、仲間の事になると小さな怪我でも大騒ぎをするその心配性な友人に笑顔を見せる。

「しかし…」
「相手は俺を指定してきてんだからさ。ただ受け渡すだけなんだし変に刺激しない方がいいって」
と、善逸はそれでもなお食い下がろうとする錆兎を軽く制した。


前回のようなタイムトライアルどころかサバイバルとも言えるような状況になるなら確かに怪我人だろうが素直に錆兎に任せた方がいいとは思うが、今回はただ多少重い荷物を指定された場所に置いて来るだけだ。
たいした事ではない…簡単な作業だ…

…のちに楽観的に考えていた自分を激しく後悔する事になるとも知らず、この時は善逸はそう思った。



『まず確認しろ。携帯はマナーモードになってるか?
なっていなければマナーモードに設定しろ。
着信音で警察に位置を特定されたくない』

部屋に戻ると携帯が鳴って、まず犯人からそう指示をされる。
善逸は指示に従ってマナーモードに設定し、その旨を告げた。

簡単なはずの役割でもいざ誘拐犯とのやりとりが始まるとなかなか緊張するな、と、善逸は内心苦笑する。

携帯をマナーモードに設定する…その簡単な作業をするだけで手にうっすらと汗をかいていた。


『ではこの携帯を持って左側の道を通って露天方向へと向かえ』
そう言って返事をする間を与えず、携帯が切れた。

善逸はジーンズで手の汗を拭くと、少し落ち着こうと深呼吸をして、スーツケースを持ち上げる。
そのまま部屋を出ると母屋を抜けて左の道を進んだ。



暗い…。
普段は電灯が照らしているのだが、今は犯人の指示で切っているらしい。
月明かりをたよりに暗い道を歩いていると、なんだか肝試しでもしているような気分になる。

まあ…善逸はあまり幽霊とかの類いを信じる方ではないのだが、こうやって暗い野山を歩いていると、何か恐ろしいものが出てくる気がする。
というか、何か武器を持たずにいるのが不安な気がするのは何故だろうか…。

東京生まれの東京育ちで暗い野山で何かするなんて経験はないはずなのに、どこか恐ろしくも、しかし不思議と懐かしい気がした。

たまに…そんな風に経験したことがないはずの状況をすごく懐かしく感じることがあって、何故そう思うのか…というのがわからずもどかしい。

まあ、今はそんなことを考えているどころではないのだが…

母屋から外庭にでて10分。携帯が振動する。

「はい?」
善逸が出ると、犯人からの指示。

『露天前の風よけ小屋の椅子にスーツケースを置いてそのまま戻れ。それで終了だ』

(なんだ、簡単じゃん。)
善逸はホッとする。


暗くて若干歩きにくいものの、さすがに普通に歩いて30分の道のりが2時間かかるわけはない。
というか…遠く先からは明りが見える。
おそらくここに来るまでに警察に付けられないようにという事で電気を消していたのだろう。

善逸は明りを目指して駆け出した。
しかし急に目の前がかすむ。
カクンと何かに足を取られた。

(…あ…れ…?)
そのまま…前のめりに善逸は倒れた。

その次の瞬間…もう意識は闇の中である…


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