疲れきっていたせいか、錆兎にしては長く寝ていたらしい。
14時にベッドに入って時計に目をやるともう18時だった。
気持ちよさそうに眠っているその寝顔は可愛くて、胸が高鳴る。
未成年ということで最後までは致したことはないのだが、それでも途中までは色々致してはいて、そんな状況の恋人様があまりに可愛すぎるとなかなか大変な事になりかねない。
だから、急いで出ないとならない内線で起きたのは、そういう意味では幸いだった。
すぐ注意がそちらにむけられる。
「はい、鱗滝です」
内線を取ると
「お休み中でしたか?申し訳ありません」
と和田の声。
これでもう事件関係決定だな、と、錆兎の頭は切り替わって行く。
「いえ、何か進展がありましたか?」
完全に目も覚めて情報を収集する体勢のできた錆兎が聞くと、和田が
「はい、犯人から身代金の受け渡しについての連絡が入りましたので、母屋までご足労願えますか?」
と言うので、錆兎は電話を切り、洋服に着替えて義勇を起こした。
母屋に行くと各宿泊客が母屋の広間目指して集まっている。
殺人事件があったので、従業員でも暗くなってから離れのあたりを何度も料理を運ぶためにうろつくのは色々な意味でよろしくないということで、宿泊客は夕飯は母屋の広間で取る様になっているためだ。
OL3人組、老夫婦、氷川夫妻がそれぞれ並んですれ違った時、義勇がふいに立ち止まって首をかしげる。
「どうした?義勇」
錆兎は遠ざかる3組の宿泊客と義勇を交互に見て、義勇に声をかけた。
錆兎の声は考え込む義勇には届いてないようだ。
そのまま無言で首をひねる義勇に
「義勇?」
と、錆兎が声をかけて少しかがんでその顔を覗き込むと、義勇は初めて気がついたらしい。
「ううん、なんでもない。行こう」
と、どこかぽわわ~んとした口調で言って、錆兎の腕を取った。
時を遡ること半日。
義勇が身代金と引き換えに無事に戻った…そして新たな身代金の要求。
まあ…それで炭治郎も無事戻るんだろうな…と、善逸は自分達の離れに戻る錆兎と義勇を見送って自分も自分達の離れに戻ると、布団に身を投げ出した。
そして、本当に…”凶”だったな、と内心苦笑いを浮かべる。
せっかく高級旅館にお泊まりだというのにホントについてない。
毎年この時期には花火があがって、娯楽の少ない田舎だけに、この日だけは近隣の住民達もこっそり花火見物のために敷地内に入って来てしまうのも恒例で、今までは実害もなかったので黙認されていたというのは、あとで従業員から聞いた。
おそらく今年はその中に不埒な輩がいて、この高級旅館に泊まっているのが丸わかりの旅館が用意している浴衣を着た少女(の格好をした義勇)と少年が二人無防備にいるのに目をつけて誘拐にいたった、そんなところだろう。
離れの方には母屋を通らなければ行けないし、母屋を通るにはフロントの前を横切る必要がある。
フロントに人がいない時には母屋から離れのあるエリアに行くドアは閉められていて、各離れの鍵と一緒に渡されるカードキーがないとドアは開かない。
ゆえに外庭に部外者が入って来ても離れの方には入れないため心配ないということだ。
ちなみにカードキーは各離れ1枚で、善逸達の場合は善逸が持っていた。
だから露天へ続く外庭と離れのある内庭では安全度が全く違うのだ。
その辺を考慮して内庭から母屋まで普通に炭治郎一人に鍵を返しに行かせていた錆兎を見て、その違いを理解していなくて外庭で義勇と炭治郎を二人だけで放置した自分の甘さが完全に今回の騒ぎの原因だと善逸は深く反省する。
まあ炭治郎も含めて誘拐されたわけだから、善逸がいたところで阻止出来たかと言えば出来なかったかもしれないが、少なくとも人数が増えれば増えるほど全員まとめて誘拐というのは難しくなるだろうし、叫んで助けを呼ぶか、あるいは逃げて旅館に助けを求めることは出来た可能性が高い気はした。
だが、済んだことを気にしても仕方ない。
身代金と引き換えに炭治郎が戻ってきたら、あとは錆兎がなんとかするのだろう。
何も出来ずに申し訳ないな…と思いつつも、埋め合わせはとりあえず…炭治郎が戻ったら二人で相談しよう…と、善逸はうつらうつらしながら思いを巡らせた。
ああ、そう言えば炭治郎は前回は埋め合わせに竈屋ベーカリーのパン一式を義勇に進呈してたいそう喜ばれたということだから、今回は自分も材料費と簡単な作業を協力させてもらってという感じでも良いかもしれない。
正確には動くのは錆兎だが、錆兎にとって一番の礼は義勇の機嫌が良くなることだから、下手に錆兎に直接何かを返そうとするよりはそちらのほうが確実に喜ばれる。
とにかく今日中に身代金の用意をという話だったなら、炭治郎も早ければ今晩には帰ってくるのではないだろうか…。
(落ち着いたら…まず錆兎にもう一度ちゃんと謝って…炭治郎とパン焼く相談…あとは……)
謝って相談して…と考えているうちに眠りかけたが、その時内線がなる。
『あ、善逸君かい?わかるかな?氷川です』
相変わらず穏やかな声。
『今身代金と交換に人質の子が返されたって旅館の人に聞いてね、おめでとうだけ言いたくて…』
わざわざそれでかけてくれたのか、とは思うものの、手放しでは喜べない状況なわけで…。
そのままベッドに寝転びながらだと眠ってしまいそうなので、善逸は身を起こして苦笑した。
「一応…1人だけなんですけどね。犯人が2人同時に連れて来れなかったらしくて…
というかもう一人分身代金が欲しかったのか…」
というかもう一人分身代金が欲しかったのか…」
善逸の言葉に雅之が電話の向こうで
『どういうことかな?』
と不思議そうな声できく。
「あ~実は…」
善逸は事の顛末を雅之に説明した。
『なるほど…そういうわけだったのか』
「はい。だからまだ完全に終わったわけじゃないんですよね…」
『でも…まあ身代金を渡せば無事に戻って来る事はわかったんだ、もうすぐだね』
「ええ、たぶん今日中にはなんとかなるんじゃないかと期待してるんですけど」
話しているうちに少し目が冴えて来て、それからしばし雑談。
『じゃあ疲れてるところに悪かったね。ゆっくり休んでね』
「はい、ありがとうございます」
電話を切って善逸はチラリと時計を確認した。
3時半…少し寝ておくか…。
寝転んでからはもう早い。
錆兎と同様に前日は徹夜なこともあって、善逸も即眠りに落ちる。
次に善逸が目を覚ましたのも和田からの内線でだった。
前回と違うのは…
「犯人が身代金の受け渡しに我妻さんを指名しています」
という一言。
今度は自分なのか、と、少し驚くと共に、怪我人の錆兎にまた無理をさせずにすむ事にホッとする。
前回は犯人も身代金を二重取りをするために、身代金を受け渡すのと同時に無理難題なタイムトライアルをしかけてきたわけだが、今回はもう受け渡すだけのはずだ。
それだけなら怪我人の錆兎に重いスーツケースを運ばせるよりも自分が運んだ方がいい。
それについての説明をするからという和田にすぐ行く事を伝え、善逸は動きやすい服装に着替えた。
テーブルの上にはおそらく時間的に食事がとれない善逸を旅館側が気遣ってくれたのだろう。
カプセル状のサプリメントと空腹を抑える系のグミ。
善逸はそれを急いで口に放り込むと部屋を出て母屋へと向かった。
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