事情聴取が終わって戻った一人きりの離れ。
和室2部屋に洋室1部屋のそこは、一人きりだと妙に広い。
善逸はとりあえず落ち着こうとお茶を一杯入れて口に含んだ。
そのまま湯のみを手に思考の海に沈み込む。
義勇はその他に海陽学園の学園祭でもう1回遭遇しているらしい。
そのうち義勇がさらわれたのは今回をあわせて3件。
すごい確率だ。
あまりに非常識な殺人事件遭遇率に、あまりに非常識な誘拐回数。
もう現実味がなさすぎる。
探偵ものか何かの漫画の主人公並みのありえなさだ。
いや、遭遇は主人公だが誘拐はヒロインか…
うん、確かにヒロイン枠だ。
自分たち4人の諸々が物語だとすれば、確かに主人公は錆兎でヒロインは義勇だろう。
そこは間違いないと思う。
もう今回なんて花火の散る浴衣姿が似合いすぎて本当に美少女ヒロインそのものだった。
それが美丈夫な主人公である錆兎に寄り添う図なんて、探偵漫画原作のアイドルドラマそのものである。
もうこれは撮影して売ったら売れるんじゃない?とか思ってしまうくらいには、現実味がない。
そしてまあ…大抵そういう漫画やドラマでは主人公の本当の周りは死なないわけで…なんとなく今回も死なない気がする。
この非常事態にそんな事を考えてしまっている自分が一番ありえないとは思うのだが…。
目の前に見えないありえない事態というのを善逸は感覚的にどうも現実として実感できない性質らしい。
そんな中で善逸にとっての唯一の”現実”は、目の前にある錆兎の憔悴なわけで…。
初めて出会ったネットゲームの時も炭治郎のストーカーに端を発っした聖星学園の学園祭の時も、そしてこの前の宇髄の別荘の時も…いつでも錆兎は冷静で頼もしい男だった。
普通なら殺人事件なんて起きれば当然怯えるし動揺するのに、淡々と危険を排除し謎を解き、本当に現実味のない探偵漫画の主人公探偵のようだったのに、今回は本当に動揺と焦燥が激しい。
義勇が攫われている…それだけで主役は主役でも無敵のスーパーヒーロー探偵から悲恋ものの悲劇の主人公に早変わりだ。
まあ、これまでは義勇が誘拐されて安否が定かではない時の錆兎と一緒に居る機会がなかったので、実は毎回こういう感じだったのかもしれないが…とにかく余裕のなさが半端ない。
どうやら義勇は、完全無欠のヒーローであり文武両道のスーパー高校生である錆兎の唯一にして致命的な弱点なのだろう。
義勇が失われるかもしれない…その事実に錆兎は一気に憔悴している。
(自殺なんか…してないよな…)
と、怖くなって電話してみたわけではあるが…でない。
ここに来る原因となった前回の禰豆子関連の時の発端も、あれほど側を絶対に離れるなと言われていたにも関わらず側を離れて義勇を行方不明にしたのも全部善逸自身だ。
単に自分からの電話だから出ないという可能性もあるわけだが…万が一の事があって出ないとしたら…
善逸は上着を羽織って離れを出た。
そのまままっすぐ錆兎の離れへ。
一瞬ドアをノックしかけて、すぐその手を下ろした。
錆兎は…自分に会いたくはないだろう。
善逸は小さく息を吐き出して、窓の側にまわって、窓から中を覗き込んだ。
その時
「何してるんだい?」
といきなり後ろから声が降って来て善逸は飛び上がった。
「うあっ!」
と悲鳴をあげかけて、あわてて口を手で押さえる。
「あ…氷川さん…」
振り向くと、澄花の夫、氷川雅之が立っている。
「ここは…お友達の離れ?声かけないのかい?」
やっぱり少ししゃがれた小さな声。
にっこりと穏やかに言う様子は、なんとなく安心感をもたらす。
「いえ…実は…」
善逸は錆兎が義勇がいなくなってひどく憔悴している事、電話をしても出ないので心配になったこと、今回二人が行方不明になった原因が自分の行動にあるため錆兎が自分に会いたくないであろうと思うが、それでも心配なので窓から様子を見ようと思った事などを説明した。
全てを説明し終わると、雅之は
「座ろっか」
と、窓の下あたりに腰を降ろし、善逸にもうながした。
善逸はそれに従って同じく窓の下あたりに腰を降ろす。
「仲いいんだね。君達。
全員仲良しではあるけど、錆兎君と彼女さんはカップルで…善逸君はどちらかと言うともう1人の炭治郎君?と特に仲がいい感じかな?」
雅之の言葉に善逸はうなづいた。
「その炭治郎君も行方不明なんだろう?
それでもまず自分の非を認めてそれときちんと向かい合って、その上で色々気がついて友の心配できるって君は芯が強くて優しい子だな。
勉強できたりスポーツできたりとか言うより、それはずっとすごい事だと思う」
そういう評価の仕方…錆兎と一緒だな…と、善逸は少し悲しくなった。
確かに炭治郎とは気のおけない親友だが、錆兎と義勇だって大切な仲間だ。
ただ…錆兎の場合は色々出来すぎる男なので、自分みたいな凡人と親友と言い切るのはおこがましいと思うだけで…。
それでも…それまで友人なんて言える人間もいなかった善逸にとって、夏休みから本当にいろいろな困難を一緒に乗り越えてきた大切な仲間なのだ。
でももう…向こうは自分を友人とは思ってないかも知れない…。
善逸は最近では初めてくらい人前で泣いた。
「冷えるから…」
膝を抱えて泣く善逸に雅之が自分が着ていた羽織をかけてくれる。
「すみません、大丈夫です」
それを制しようとして、顔を上げた善逸は雅之の胸元に光るペンダントにきがついた。
チェーンに通してある指輪。サイズ的には男物のようだから雅之のだろう。
結婚指輪なんだろうか…。
この年代だと指輪をするのが恥ずかしかったりするんだろうか?
あの陽気で強気な奥さん、澄花さんにつけるように言われて、でも本当に恥ずかしいからということで互いに歩み寄った結果がこれなのかも…と、善逸は少し微笑ましい気分になって小さく笑みを浮かべた。
その時…ガラっと頭の上で窓が開く。
「善逸…お前そんなとこで何してるんだ?いくらなんでも風邪引くぞ。入れ」
若干元気はないが、いつもの…呆れた錆兎の声だ。
「えっと…そちらは?ご夫婦でいらしてた…」
錆兎は次に氷川に目を向ける。
「氷川雅之です。妻があれからまた事情聴取に呼ばれてね、一人でいても気になって眠れなかったんで外の空気吸ってたら君を心配して様子みにきてた善逸君に会って…」
「そうでしたか。鱗滝錆兎です。
よろしければ氷川さんもどうぞ。俺も眠れない組なので」
と、錆兎は氷川にもそう声をかける。
「そうか。申し訳ない。お言葉に甘えさせてもらうよ」
と氷川は入り口の方へと善逸をうながした
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