音のない部屋に1人で居ると、色々と悪い想像が脳裏をぐるぐる回る。
正直待つのは苦手だ。
本当ならあちこち探し回ったりしたいところだが、別件で宿泊者の1人である小澤の殺人事件が起こったせいで、全員が容疑者である。
だから今日は大人しくしているしかない。
考えるのと同時進行で足を使って動き回ることが好きで常にそうしている錆兎にとって、義勇が最初の誘拐時のようにひどく危険な目にあっているかもしれないのに何もできずこうしているのは、一番もどかしくも辛いことだった。
こうしている間にも義勇が殺されているかもしれない…。
それこそすでに1人の人間を殺している犯人が近隣にいて、それに拉致されているとすれば無事帰ってくる可能性は高くはないんじゃないだろうか…
気が狂いそうな静寂。
気が狂いそうな孤独感。
いっその事気が狂ってしまえたらどんなにか楽な事だろう…。
錆兎は暗い部屋の畳の上で膝を抱えてうずくまっている。
さっきまであの温かいぬくもりがあった部屋…。
ここで…自分が浴衣を着るかどうかで軽くもめて…浴衣を着てしまうと何かあっても対応出来ないからと言う自分の言葉に少ししょんぼりとした顔をした義勇を思い出す。
もし本当にあれが最後だったなら…浴衣くらい着てやれば良かった、したいことはなんでも全部させて、願い事も全部聞いてやるんだった…と、涙が頬を伝った。
何もする気がおきない…でも何もしないでいると嫌な想像がくるくる回る。
何度も吐き気がしてトイレに駆け込むが、全て吐いてしまったあとは胃液しかでない。
それでも収まる事のない吐き気。
怖い…つらい…死にたい…。
それでも…かなり確率は低いとは思うものの、生きてる可能性が0ではないと思うと今はまだ死を選ぶ事すらできない。
携帯が鳴る…チラリと目をやる。善逸からだ…。
どうしても出る気がしない。
そのまま携帯を布団の中に放り込んだ。
いったんは鳴り止む携帯。
だが、再度鳴る。
もういい、電源を切ってしまえ、と、布団の中から携帯を取り出して切ろうとして、ふとかかって来た相手を見ると…宇髄だ…。
そうだ…ここは宇髄の知人の旅館だ。
当然こんな事になれば宇髄にも連絡が行ってもおかしくないだろう。
旅館に色々融通の効く宇髄なら、もう少し何か動けるように計らってもらえるかもしれない。
あるいは旅館の側からの情報も手に入るかも…と、そんな一縷の望みにすがるように錆兎はスマホをタップした。
「もしもし、錆兎だ」
と出ると、電話の向こうからはため息。
そして、
『なんか俺の招待した旅館でこんな事になってすまん!』
と、宇髄に深刻な声音で謝罪された。
本当にどいつもこいつもやめてくれ…と、錆兎は思う。
だが、善逸には言えなかったそれも、宇髄になら言える。
それはそれだけ気のおけない関係性と宇髄のメンタルの強さに対する信頼感によるものだろう。
「それ…やめてくれ。
今ほんとうに自分に余裕がなくて、関わりが少しでもある人間に自分のせいで…と言われると、そいつのせいにして八つ当たりたくなる」
そう、宇髄の責任じゃないと冷静な自分は思うのだが、あまりに気持ち的に参りすぎていて、感情の制御が難しい。
本来は起こり得ない旅館の敷地内での…しかもか弱い女性ではなく炭治郎までついていての誘拐なので、誰が悪いと言えば誘拐犯が悪く、他に責任はほぼない。
少なくともそこが安全だと判断して義勇から離れた自分と同程度以下の責任しかないのは錆兎も重々わかっているのだ。
そしてそんな錆兎の諸々も宇髄はわかってくれている。
『お前なぁ…こんな時くらい感情を抑え込むな。
俺にあたることでお前の気が楽になるなら怒鳴り散らしておけ。
ほんとに今お前ひどい声してるぞ。大丈夫…じゃねえな。俺も今からそっち行くか?』
「いや…大丈夫だ。心配かけてすまない」
『あんま大丈夫そうじゃねえけどな。まあでもそんな会長様には少しばかりの朗報だ』
「朗…報…?」
『おう。会長様自身にはすこしばかり手間暇をかける上にあるいは多少の危険はあるかもだが…それでもジッと待つよか精神衛生上良いだろ』
「…どういうことだ?」
宇髄の言葉に錆兎は少し眉を寄せる。
『えっとな、旅館の方へ身代金を用意しろって連絡があったらしい。
で、女将の秋ちゃんがそれを俺の方へ連絡してきてな。
金は宇髄財閥の方で責任を持って用意する。
なんだか犯人からの連絡で受け渡しは会長様ご指名らしいんで、じきに警察からの連絡があると思う。
てことで、寝れねえだろうが、体だけでも少し休めておけよ』
宇髄のその言葉に錆兎は大きく息を吐き出した。
良かった…と心の底から言うわけにはいかないが、小澤の殺人絡みじゃなく、単なる身代金目的の誘拐なら、払うものを払えば返される可能性が高い。
その受け渡しが自分というのは、さらに良い。
多少危険でも他にやらせるより確実な気がする。
というか、もし自分に何かあったとしても、自分が無事で義勇に危害が加えられるというケースよりはよほど良い。
そう思い始めると、なんとか呼吸も楽になってきた。
そして少し落ち着いてようやく周りが見える様になってくると、錆兎はふと窓のあたりからする小さな声に気がついて、そちらへと足を向けた。
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