「ちょっとそこらを見てくるね」
と、どうやら旅館の方で花火見物の泊まり客に配っているらしい軽食をもらってこようと母屋の方に向かうことにする。
「あ、すみません…」
とふりむくと、そこには地面に転がった二つの紙コップ。
「あ、ううん、こっちこそごめんね。熱いのかからなかった?大丈夫?」
というのは例の中年夫婦の豪快な妻、澄花だ。
「あっちゃ~ちょっとかかっちゃったか。大丈夫?火傷してない?」
澄花はあわててハンカチで善逸のシャツを拭いてくれる。
「いえ、しぶきが飛んだくらいなので。それよりすみません、お茶ダメにしちゃって」
善逸は、澄花を振り返って言った。
「ううん、どうせそこで旅館がただで配ってる奴だから気にしないでっ。
またもらってくるからっ」
と澄花はハタハタ顔の前で手を振って笑う。
「君達も花火見物ならもらってきたら?着込んでてもさ、寒いし暖まるわよ~」
澄花はそう言って善逸を母屋の方にうながした。
言われて母屋の方を見ると、なるほど、善逸がもらってこようと思っていた軽食の横で温かいお茶も配っているようである。
寒いのでそれを先にもらってこようと思いつつそちらに歩を進めながら
「やっぱりご夫婦で花火見物ですか?えっと…」
と、道々善逸が言うと、澄花は
「氷川澄花よ。旦那は雅之。君はえっと、善逸君っ!お友達がそう呼んでたわよねっ」
と、気さくな笑顔を浮かべる。
「はい。我妻善逸です」
と善逸も自己紹介をして、笑みを返した。
そうして善逸は澄花の勧めに従って、旅館が配っているお茶を、自分の分はあとで改めて…と、とりあえずベンチで待っている炭治郎と義勇の分に二つもらうと、西側のベンチに急ぐ。
そんなことをしている間にもう花火が始まっていた。
(…あれ?)
戻ってきた場所は確かに間違っていないはずなのにベンチには二人の姿はない。
いったんベンチにお茶を置いて、あたりを見回す善逸。
「炭治郎?義勇?!」
ベンチの周りも少し探すがやっぱりいない。
「善逸、二人は?」
そこへ錆兎が戻って来た。
「えと…」
善逸が説明しようと口を開いた時、聞き覚えのある黄色い声が響いて来た。
「あ~今日は彼女さんいないの?
なら一緒に花火見物どう?あとの二人もすぐ来るからっ」
なら一緒に花火見物どう?あとの二人もすぐ来るからっ」
行きにはしゃいでたOL3人組の一人だ。
「いえ、はぐれただけなので。」
と錆兎が即答して、善逸の腕をつかんで離れようとするが、
「んじゃ、いいじゃない♪彼女も意外に合流諦めて二人で花火見物してるかもよ?」
と、二人の前に回り込んだ。
「それはあり得ないので。
どいて頂けませんか。これ以上の妨害は敵対行動と見なしますが?」
スっと錆兎が静かに殺気立つ。
「…ヒッ…」
OLはその場で青くなって立ちすくんだ。
「で?善逸。どういう事だ?」
錆兎はそのまま善逸の腕を掴んで少し離れると、殺気はなくなったものの厳しい表情のまま聞く。
「えっと…実は…」
善逸が事情を説明すると、錆兎は無言でクルリと反転して善逸から離れた。
「…錆兎?」
背中から沸々と怒りがわき上がってる気がする。
少し不安になって声をかけると、錆兎のため息。
「…母屋の外側だから絶対に目を離さないでくれって言ったよな…」
静かな怒り。
「…ごめん…」
まだ怒鳴ってくれた方がマシだと思う。
「…俺は探してくるから。善逸は万が一戻って来た時のためここに待機していてくれ」
感情を抑えた声でそう言うと、錆兎は夜の闇に消えて行った。
錆兎はいつでも頼りになるが、その分怒られると怖いし不安になる。
なのでひどく心細い思いを抱えたまま善逸がベンチに座っていると、後ろから
「あの…」
と、声がした。
振り向くと、行きのバスで夫婦で来ていた老女が、後ろに立っている。
「はい?」
「違ってたらごめんなさいね…、これ…あなたのかしら?そこの茂みで拾ったんだけど…」
そういう老女の手には狐の細工のあるドッグタグだ。
受け取ってさらによく見ると、錆兎の名が刻んである。
これは互いが互いのものだと主張したいらしいバカップルが体に名前を書くわけにいかないので互いの名を刻んだペンダントを身につけて名札代わりにしているものだ。
つまり、この錆兎の名が刻まれたペンダントは義勇の物ということである。
「あ、はい、そこでってどこです?!」
ペンダントになってたはずだが、チェーンがついていない。
「えと…そこ…なんですけどね…」
老女が指し示す地面を凝視する善逸。
礼を言って老婆見送ると、即錆兎に携帯をかけた。
すぐに戻ってくる錆兎。
善逸が事情を話してロケットを出すと、
「指紋ベタベタ付けるなっ」
と、ハンカチを出してそれを受け取る。
そしてそれをハンカチ越しに調べると、錆兎は次にそれが落ちていたと言う地面から上の木を視線でたどった。
その視線が一点で止まる。
1mちょっとくらいの位置の木の枝だ。
そして顔面蒼白。
「現場維持しとけっ!
絶対いじるなっ!いじらせるなっ!」
と叫んで母屋へと駆け出していった。
錆兎が見つけたのは枝についていた擦ったような跡。
チェーンはその場になかった。
そこから導きだされる情景は…
義勇のペンダントが枝にひっかかった。
無理にひっぱったのでチェーンが切れた。
草の上に転がるドッグタグ。
枝にひっかかったチェーン。
義勇が自分でひっかけたなら、チェーンを回収した時点でひっかけてペンダントがちぎれたのは気付いているわけだから、ドッグタグを拾わないはずはない。
あれは義勇が互いが互いのものであるということを示すためにつけることにしたペンダントで、大切なものなのだ。
…ということは…拾える状況じゃなかったということで…
嫌な予感がヒシヒシと錆兎を蝕んで行く。
今までの殺人事件やそれに巻き込まれた義勇の様子など、色々がフラッシュバックする。
母屋についてフロントに事情を説明して警察を呼んでもらう。
それから念のためにと自分達と炭治郎達の離れを見に行くが当然二人ともいない。
強烈な吐き気…。呼吸がうまくできない。
それでも…
(…動けっ!止まるなっ!!)
ふらつきながらも母屋にまた戻った。
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