「お腹減ったな。今何時?」
と、炭治郎が善逸を振り返る。
すると、善逸が口を開く前に錆兎ががチラリと腕時計に目をやって
「18時13分32秒」
と、言った。
その実に錆兎らしいきっちりとした答えに善逸は
「あのさ…時報やないんだから…秒まで要らないっしょ。
ま、夕飯6時半に頼んどいたからあと17分かぁ…俺もお腹減ったな」
と苦笑しつつもお腹をさする。
それに炭治郎は
「こんな高級旅館なんて初めてだから食事も楽しみだ!」
と、満面の笑顔で言ったあと、
「あ…」
と叫んだ。
「なんだ?」
と錆兎。
「露天の鍵返し忘れた。ちょっと返してくるっ」
と、炭治郎は止める間もなく走り出して行く。
「んじゃ、夕飯は錆兎達の部屋だし、もう直接行っとこっか。」
食事は錆兎達の部屋に運んでもらって一緒に食べるように手配してるため、善逸もそのまま錆兎達の離れに向かう。
そしてお茶を飲みつつ待つこと数分。
だが炭治郎が戻ってこない。
「遅いな…炭治郎。母屋まで行って帰ってくるだけならいい加減来てもいい頃だよな…」
18時20分を過ぎて仲居さんが食事の支度を始めると、錆兎がはチラリと彼らしいクラシカルな腕時計を見て立ち上がった。
「ちょっと見てくる」
と、錆兎が部屋を出かけた時
「遅れてすまない!」
と、炭治郎が入って来る。
「迷いでもしてたのか?」
あちこちに似たような離れがあるからそれも有り得ると思って錆兎が言うが、炭治郎は
「いや、実は…」
と否定をして、しかし部屋に入って
「うっわ~美味しそうだなっ!」
と料理をみて歓声をあげた。
こうなるともうグダグダだ。
錆兎はそれ以上聞くのはあきらめて、黙って自分の席についた。
なごやかな夕食がすむと、気持ちは花火へ。
「早めに行っていい場所探すぞ」
という錆兎が立ち上がった時、義勇が突然
「あ…」
と声をあげた。
「今度は義勇か。なんだ?」
苦笑する錆兎。
「風呂場に…ペンダント忘れて来た…。錆兎の名前書いたやつ」
と、胸元に不安げな顔で手をやる。
互いが互いの物ということで、さすがに体に記名は出来ないので代わりに互いの名を書いたペンダントを付けておこう。
そんな理由で義勇が言い出してつけたペンダントだ。
錆兎も今、義勇の名の入ったそれを身に着けている。
それがなくて…つまり”自分が錆兎のものである”ということを主張するものがなくて、義勇はとても心細そうな…迷子になった子どものような顔をするので、時間はあまりないのだが、あとで旅館の人に取りに行ってもらうなんてことにする気は当然おきなかった。
「今…7:20か。
急いでフロント行って車出してもらえば7:30の人が入る前に取って来れるな。急ごう」
錆兎は行って全員で義勇ントへ急いだ。
そして車を出してもらって露天風呂へ。
幸い次の予約の人はまだ来てなかったので義勇は急いでペンダントを取りに洗面所へ戻った。
そして
「あったっ」
と、すぐ中から出てくる。
「んじゃ、戻るか」
7:30…花火は8:00くらいかららしいからまあ余裕か…と車に戻りかける錆兎の服の裾を義勇がクン!とつかんだ。
「なんだ?」
大きな丸い目で自分を見る義勇に錆兎が少し笑みを浮かべると、義勇は
「ん~、歩いて戻ったら…遅れるか?」
とちょっと首を傾げた。
長い睫毛に縁取られた青い澄んだ瞳がジ~っと問いかける。
「平気だと思う。そうするか」
そんな目で見られて断れる人間はここにはいなかった。
そして送迎の車には帰ってもらって二人で歩き始める。
さっき露天に来た時の往復とはまた別のルート。
「これで…全部だなっ」
ご機嫌で笑う義勇。
暗闇を照らす明りが青地に花火模様の浴衣をふんわりと映し出した。
結局…全ルートを通ってみたかったんだな、と納得する錆兎。
「あ…ここから露天の行きに通った道にでられそうだな♪」
変なところで目がいい義勇がそれまでつないでいた錆兎の手を放してテチテチと歩き出して行く。
「危ないからっ!手は放すなっ!」
足場が悪いので一歩間違えば落ちて泥だらけ、もしくは草だらけだ。
錆兎はあわててその腕を掴んだ。
しかし崖の前で立ち止まる義勇。
錆兎は不思議に思って
「どこが?」
と同じく崖を見上げる。
すると義勇は
「えっとな…この木を登って上に行くとたぶんそうかと…。
ひな菊と…小川の匂いがするから」
ここからそんなもんわかるのか…犬並みの嗅覚だな…と錆兎は感心した。
一応登って確認してみるか…と錆兎が思ったら、なんと先に義勇がスルスルと女物の浴衣のまま木を登っていく。
うああぁぁ!と、何故か思わず視線をそらせるところが、青少年だ。
一方登りきった義勇は木の上から見覚えのある道を確認して、満足して降りてくる。
「義勇…自分の格好考えてくれな?
間違っても俺以外の人間が居る所でこういうことやらんように」
と言われて義勇は初めて自分の格好を思い出したらしい。
「ご、ごめん」
と慌てて着崩れた浴衣をなおした。
そうして二人はそのまままた下の道を歩き始める。
その後…
「ここ…すごいな…」
途中幅4mほどの亀裂があり、木の吊り橋がかかっている。
「うあぁ…すっごい揺るな…」
義勇が思わず立ちすくむと
「ま、普通に渡ってれば落ちないから平気、ほら」
と笑って手を差し伸べたが、そこでその手を取ろうとした義勇の体がグラっと前に傾いた。
「義勇っ!!」
慌てて支える錆兎。
「平気か?」
と腕の中に抱え込んだ義勇に声をかけると、
「ごめん…。草履壊れた」
と、鼻緒が切れた草履をぷら~んと掲げて義勇が言う。
それを錆兎がひょいっと抱き上げた。
「え、ちょっっと!!」
「仕方ないだろう?いったん部屋から靴を持ってこよう」
と、そのまま歩き始めて、やがて遠くに母屋が見えてくる。
二人が母屋に辿り着くと、ちょうど着替えた善逸と炭治郎達が出てきたところだった。
「どうだった?あった?」
と忘れ物について聞く善逸。
炭治郎は
「義勇さん、どうしたんですか?怪我でも?」
錆兎に抱きかかえられた義勇の状況を気にかける。
錆兎がその二人にそれぞれ状況を説明してこれから部屋に義勇の靴を取りに行くことを伝えると、炭治郎が
「じゃあ、義勇さんは俺達と一緒に花火見物の場所取りがてら、母屋の西側のベンチのあたりに陣取ってましょうか。
錆兎も義勇さんを抱きかかえたままより早く戻って来られるでしょう?」
と提案し、確かにそれならひとっ走りと錆兎はベンチに義勇を降ろすと、
「じゃ、母屋に露天の鍵返しがてら部屋戻って取ってくるから、炭治郎も善逸も義勇を頼むな。母屋の外側だから絶対に目はなすなよ、不用心だし。
そういうことで行ってくる」
と、自分達の離れへと駆け出していった。
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