宇髄は雨の中ぬかるんだ山道を歩きながら言った。
「そうだな。それまでに死人が増えてなきゃいいんだが…」
錆兎は山道についた足跡を追いながら、そうつぶやく。
その“死人”という言葉に皆一様に表情を硬くした。
どうしてなんだろう……」
善逸が少し悲しそうにむしろ心配そうに眉尻を下げて言う。
「本当に…」
とやはり悲しそうに同意する義勇は、錆兎の腕の中。
姫抱きに抱えられての移動だ。
もちろん異議申し立てはした。
しかし慣れないドレス姿での移動は危ないからと錆兎に押し切られ、結局こうなった。
そこでドレスでも全然問題ないと言うのも義勇的には複雑なところで、なかなか究極の選択ではあったのだが……
一方の錆兎はその体勢にはご満悦である。
一応当事者でもあり若干色々考えてしまうところのある宇髄と違い、犯人がわかってその矛先が義勇に向かっていないとわかった時点で錆兎にとっては完全に他人事だ。
まだ小雨はふっているし足元は悪いがレインコートの下にとはいえ、綺麗な格好をした最愛の恋人を腕に抱えているだけで十分楽しい。
もちろん友人である宇髄の精神状態が全く気にならないと言えば嘘になるが、とりあえず義勇の安全が確保されているということが錆兎の最重要事項で、それさえクリアになっていれば、まあ大抵のことは乗り越えられる気がするのである。
こうして5人はそのまましばらく歩いていたが、やがて先頭を行く錆兎が足をピタッと止める。
「…足跡が途切れてるな…」
と言って、音をさせないように少し離れた所に4人を待たせて、あたりの様子を探りに行った。
そして少し離れた木々の中に。ぴたりと視線をとめたまま言う。
「炭治郎、善逸、少し働いてくれ」
「わかった。何をすればいい?」
頷いて聞き返す炭治郎。
善逸の方は少し心細げな表情をするが、気づいた炭治郎が手をつなぐと気を取り直して微笑み返した。
「お前達だけちょっと別方向から俺達が見える範囲でこっそり移動してくれ。
一応矢木は武器持ってるだろうし二宮を盾に使われる可能性もあるから、万が一の時は隙をつけそうな方が行動するってことで。
宇髄や義勇は相手の心情的な部分で、俺はこれまでの立ち回りで相手の気を引きすぎる」
「わかった」
あくまで視線は一点に向けたまま、錆兎は手で指示をし、二人は少し回り道をするように森の木々の中に消えていく
二人が消えると錆兎はやはり視線を動かさないまま
「宇髄、お前にも別の仕事」
と言う。
「ああ、なんだ?」
「ちょっとな、何か矢木の気を長く引いてくれ」
「了解」
「ん。で、義勇は俺と待機。状況によって動く」
「ああ、わかった」
宇髄と義勇の視線が錆兎の視線を追って美佳をとらえた。
錆兎はそこでチラリと炭治郎達の消えた方に目をやるが、また再度見ていたあたりに視線を戻すと
「じゃ、そういうことだ、宇髄、うまくやれよ」
と、宇髄を促した。
気配も殺さず…というか殺せずにゆっくりと美佳に近づく宇髄の足音に美佳は気づいたようだ。
ビクっと身を震わせる。
「…美佳…なんでこんな事したんだ?舞は?無事なのか?」
静かにきく宇髄の言葉に、美佳は怯えたように宇髄の顔を見る。
草を踏みしめて宇髄が一歩近づきかけると、美佳は
「こないでっ!」
と、ナイフを自分に向けて叫んだ。
それに対して、
「美佳…とりあえず俺だけ蚊帳の外なのはすげえ不本意なんだけどな?
まず理由を言え、理由を。
密室のトリックもそれと1Fのトマトジュースとの関連性もわかるし、それからたどって行くと今回の事件を起こしたのが美佳だってのはわかるんだが…肝心の動機がぜんっぜんわかんないんだわ。
殺されたジュリエットって奈々の事だよな?
でも4年も前の事なのにどうして今だったんだ?
そもそも舞はとにかくなんでそこに木戸がでてくんだよ?」
両手を腰にあてて俯き加減に小さく息を吐く宇髄。
美佳はそんな宇髄を悲しげな目でみつめて、少し複雑に笑みをうかべた。
「すごいな…わかっちゃったんだ、天元。
そうだよね…天元は昔からみんなの王子様だもん。
そんなに頭いいのに…なのに…なんで奈々を守ってくれなかったの?」
『それはな、宇髄が頭良いわけじゃなくて、見破ったのが俺の錆兎だったからだっ☆』
と、こんな時なのにムフフと思いながら心の中で突っ込みをいれる義勇。
しかしながら意外に律義な宇髄は
「王子…ねえ…。ま、それを解明したのはうちの会長様だけどな」
と自ら訂正を入れ、そして続ける。
「まあいいわ。その辺は。
王子としてでも友人としてでも良いけど、俺は俺なりに奈々の事は気にかけてたし守ってはいるつもりだったんだけど?
奈々は一人で屋上に登って行ったの目撃されてるわけで…それで他殺はありえないよな?
ってことは、何か自殺するような理由があったってことなのか?
少なくとも俺が前日電話で話した時には変わった様子はなかったように思ったんだが…」
長い付き合いで…学校が別になっても定期的に電話をしたりたまには週末に一緒にでかけたりと、幼馴染の中ではかなり気にかけていた相手である。
まさか翌日に投身自殺するくらい思い詰めていたなら、絶対に気づかないはずはないと宇髄は思う。
しかしその宇髄の確信を美佳は覆した。
「木戸と舞がね…奈々を殺したの。奈々は自殺だったの。
ジュリエットに選ばれた奈々を舞が妬んで木戸に殺させたのっ」
と、ナイフを構えたままポロポロ泣きながら真相を語り始める。
「今回の事で…舞が木戸を呼び出した時、私聞いちゃったんだもんっ。
舞は木戸の学校に友達がいて、その子を通して顔見知りだった木戸が試験でカンニングしたのをその子から聞いてそれをネタに木戸ゆすって、木戸に奈々襲わせたって」
「…な…んだ…それ…」
サッと顔から血の気が失せて、フラっと体勢を崩す宇髄を錆兎が慌てて駆け寄って腕を取って支えた。
「その後興味本位のふりをして木戸に声かけたら、いざ奈々を目の前にしたら結局どうしたらいいのかわからなくなって何もできなくて、舞に頼まれた事言って謝って帰したって言い訳してたけど、そのあと、でも奈々を殺したのは自分だって…言ったんだもんっ!
あいつが何もしないならなんで奈々が自殺するのよっ!」
美佳はそれだけ言うと、嗚咽した。
「…錆兎…」
青い顔でうつむいたまま宇髄が口を開く。
「ああ?」
「死体…刺したら罪になったっけか?」
かすれた声できく宇髄に錆兎は軽く目をつむって息を吐き出した。
「ああ、なるぞ。止めとけ。“今生きている”仲間達に心配させるような事すんなよ?」
そう言って錆兎は木戸の言葉の真意を探ろうと考え込む。
そして結論にいたって、錆兎は口を開いた。
「木戸は…お前風に言うと白雪姫の狩人ってとこだな…」
その錆兎の言葉の意外性に、号泣状態だった美佳は錆兎に注目する。
その無言の問いに、錆兎は閉じていた目を開いて取りあえず自力で立てそうな宇髄の腕を放した。
「つまり…こういうことだ。
ジュリエット役が欲しかった二宮は弱みを握っている木戸を使って奈々に嫌がらせをしようとした。
ところが木戸はいざ奈々を目の前にして…危害を加えるどころか逃がしたくなってしまった。
で、二宮が奈々に危害を加えようとしているという事を教えて気をつけるように忠告して帰したんだ。
ところが奈々は自殺してしまった。原因は木戸じゃない。
たぶん…本当に子供の頃から仲が良くてお互いに好意を持っていると信じていた友人にそこまで嫌われていたという事がショックだった。それが理由。
少なくとも木戸はそう思ってて…自分が余計な事を言ったからだとずっと気に病んでたんだと思う」
錆兎はそこでポケットからハンカチに包んだ物を宇髄に見せた。
四葉のクローバーのしおり。
端っこには可愛らしい丸文字で”木戸さんへ”と言う文字が添えてある。
「本当は…遺体から物を取るなんて論外なんだけどな…取って来てしまったんだ。
これ…奈々の字じゃないか?」
宇髄はガバっと身を乗り出してそれを凝視してうなづく。
「ああ…間違いない。これは?」
と、宇髄が錆兎の顔をのぞきこんだ。
「行きの車の中の話、木戸は”四葉のクローバーを天使からの授かり物だって押し花にしてお守りにしている”って言ってただろ?。
あれ…正確には授かったのは四葉のクローバーの押し花なんだよ。
遺体調べてる時にたまたまこれを見つけて…自分で自分をさんづけなんておかしいし、男の文字じゃないしと…。
で、もしかしたらと思ったんだ。
こういう物を贈ってるという事は…たぶん木戸が奈々に対して危害を加えてない証拠だろ。
たぶんお礼の意味で渡したんだろうな」
錆兎の言葉に宇髄は心底脱力したように、その場にしゃがみこんだ。
「木戸は…たぶんとても心の弱い奴で、自分の一言が殺してしまったと言う罪の意識と正面から向き合う事ができなかった。
だから”天使になってしまった天使みたいな子がいて、その子からもらったお守りが守ってくれる”という方向に置き換える事で乗り越えようとしてたんだと思う。
そこへ現実をつきつける二宮が現れた。
もちろん二宮は木戸が奈々に手を出せなかったのなんて知らなくて、木戸が自殺の原因だと思っているから、当たり前に”お前が殺した”発言をした。
木戸はそれに対して原因は二宮が言っている事ではないが確かに自分が殺したと思っているため、自分が人が一人死ぬ原因になった事をしてしまった人間だと発覚するのをとても怖れたんだと思うぞ。
まあ…こんな分析をしても意味ない気はするが…」
どちらにしてもそれで美佳の木戸への敵対心が消えるわけでもないだろうな、と、自分でも思う錆兎だったが、しゃがみこんでた宇髄は少しおっくうそうに立ち上がって錆兎の肩に手をかける。
「いや…俺はすごく感謝してる。
とりあえず遺体を刺しまくって警察沙汰になる事は避けられそうだし、悪夢にうなされる危険性もなくなったわ…。」
と、そのまま力が抜けた様に錆兎の肩に置いた手に額をつけて息を吐き出した。
宇髄にとっては色々衝撃的だったと思う。
これ以上引っ張らせるのは無理だな…と、錆兎がそんな事を考え始めた時に携帯が鳴った
「俺だ」
『錆兎…みつけたけど俺達には少し無理な気がします…』
げっそりとした炭治郎の声。
「いまどこだ?」
『そこから…進行方向向いて右側の林…義勇さんは…止めた方が良いと思う。
というか、錆兎は平気?』
「平気じゃなくても…仕方ないだろう。とりあえず行く」
顔をしかめて携帯を切ると、錆兎は
「炭治郎達が見つけたみたいだが…ちょっと要領得ないんで行って来る。
宇髄は矢木を逃さないようにと、義勇をよろしく」
すでに嗚咽するのみの美佳にチラリと目を向け、それから宇髄を振り返って錆兎は言った。
「了解。邪魔するようならはり倒すから…いってら」
と宇髄は顔をあげる。
錆兎が動くと美佳はハッとしたように動きかけるが、宇髄がその間に入った。
「もう…炭治郎が見つけてるからな、無駄だ」
との声に、美佳は複雑な表情でうつむく。
その二人のやりとりに一瞬だけ後ろを振り返ると、錆兎は炭治郎を追って林へと入って行った。
「炭治郎~?どこだっ?!」
あたりを見回して叫ぶと、
「ここです…」
と心底力のない声が聞こえた。
声の方を振り向くと、炭治郎が両手を振っている。
そちらに向かうと、かすかに汚物の匂いがただよう。
少し眉をひそめる錆兎に少し離れたところにしゃがみこんでいた善逸が
「ごめん…俺吐いた…」
と、力なく一方を指差した。
そちらに目を向けて錆兎も硬直。
おそらく途中何かまた睡眠薬入りの飲み物でも飲ませて眠らせた上でしばりつけたのだろう。
舞を両手を後ろ手に木を抱えさせる様に縛り付け、さらに腰をビニール紐で木にしばってあった。
問題は…全裸で顔を始めとしてあちこちを薄く切り刻まれている。
本人も途中で目が覚めたらしく、正気を失った様な目で獣のようなうめき声をあげながら失禁していた。
錆兎は携帯を取り出すと、宇髄に電話をかける。
「怪我してるから、そっちまで抱えていく」
それだけ言うとちゃっちゃと切った。
まず自分のコートを脱ぐと木の側に広げ、暴れている舞の首筋に手刀を落として気絶させる。
そして持参している万能ナイフで注意深く腰の紐を切り、次に手の紐を切って体が完全に木から離れると舞の体を抱き上げて広げておいたコートの上にソッと降ろした。
普通に気を失っているだけなので過度な痛みを与えると目を覚まして暴れかねない。
錆兎はそのまま舞をソッとコートにくるむと注意深く抱き上げ、
「行くぞ」
と後ろで目を背けている炭治郎達に声をかけた。
上に戻ると宇髄と、どうやら義勇の説得でナイフを手放した美佳が待っている。
戻って来た錆兎達に気付くと宇髄が駆け寄ってきた。
そこで錆兎がチラリと炭治郎に合図を送ると宇髄と入れ替わりに炭治郎と善逸が美佳の左右に立つ。
ということで、宇髄もコートを脱いで錆兎のコートに包まれた舞をそれで包んで抱き上げた。
少し離れたところでそれを見た美佳が殺気立った目を舞に向けたが、錆兎は義勇に寄り添いながら淡々と
「今は止めてくれ。
お前と二宮の間の確執は宇髄や炭治郎達、何より義勇には無関係だ。
ここで殺傷沙汰起こされると一瞬で死ぬ二宮よりそれを目の当たりにしてその後も生きて行く他の人間の方によりダメージを与えるからな」
と注意を促す。
その言葉で気を利かせた善逸が
「行きましょう」
と、美佳の腕を取り、もう片方の腕を取る炭治郎と共に一歩先に歩き始めた。
その後ろ姿を眺めつつ、
「あ~そう言えば電波復旧したのか…」
と、さきほど炭治郎が携帯をかけてきたことに錆兎が気づいて警察に連絡をいれる。
そうして通報して状況を説明後、別荘で警察を待つことにして、動きにくい格好の義勇を行きと同様に抱えあげると、舞を抱える宇髄と並んで別荘への道を歩き始めた。
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