まずは管理人室の松井に錆兎の伝言を伝え、次に2階組へも同じく事情を伝え、最後に3階組の集まる川本の部屋へ。
宇髄が錆兎の指示を伝えようと廊下に出た途端に、髪を振り乱した舞が飛びついてきた。
「ネ…舞、落ち着いてっ、ねっ、天元がちゃんと全部やってくれるからっ。
天元に任せておけば大丈夫だからっ」
と、それを美佳が必死に押しとどめる。
ヒステリーを起こす舞に、なんでも自分にふれば良いと思っている美佳。
この状況でその二人に宇髄もさすがに少しイライラした。
しかも本来こういう時にこそ活躍しろよと思う舞の取り巻きの男共は舞と一緒にオロオロしている。
たった今出て来た殺人現場には今回のゴタゴタとは全く無関係の、一応は自分達と同じ年の高校生が1人残って、しごく冷静に状況を分析して解決の糸口を探そうとしているのによぉ…と、呆れ返った。
まあ錆兎の事だからその本人に対しては宇髄も欠片も心配はしていないし、どうでも良いと言えばどうでも良いのだが、そこまでできないまでもこの誰もが余裕がない非常時に自分の面倒くらいは自分で見ようと言う気にはならないのだろうか。
普段の偉そうな態度はどこに言ったんだよっ!と怒鳴りつけたい気分に駆られる宇髄だが、それでも…義勇もいる手前、自分が取り乱すわけにはいかない。
なのでぐっと腹に力を入れて内心の苛立を押し込めると、必要な説明だけして踵を返しかけた。
しかしその忍耐も舞の
「現場は天元が居れば大丈夫でしょ?
錆兎君にあたしを守ってもらえるように言ってくれない?」
という言葉でプッチーン!とブチ切れた。
「はぁ?!おまえ馬鹿なのかっ?!!なんでそうなんだよっ!!!」
「だって…彼が一番頼りになりそうだし?
彼だって可愛い子が側にいてくれたら楽しいでしょ」
「…お前なぁ…さっき思い切り拒否られたの忘れたのかよ?」
自信満々に言い放つ舞に宇髄は額に手を当てて息を吐きだした。
しかし彼女はめげない。
「あんなの照れ隠しに決まってるじゃない。
彼だって男子高で女の子いないから男の子とじゃれついて楽しんでるけど、男の子なんて可愛くないし遊びならとにかく、ちゃんと付き合うなら可愛い女の子の方がいいわよっ」
と言い放つ言葉に、義勇は泣きそうなり、宇髄は怒鳴ろうと口を開きかけたが、宇髄が言葉を発する前に、バッシーン!!!と言う破裂音が部屋に響き渡って空気が一瞬凍りついた。
「ぎっ…義勇君は可愛いんだからっ!!
奈々と一緒ですっごく可愛い!!
そこらの女の子や…舞だって敵わないくらい可愛いんだからっ!!」
と、舞を平手打ちで殴っておいて、自分の方がぼろぼろ泣きながら美佳が叫んだ。
普段は大人しい美佳の行動にぶたれた舞もその取り巻きすら茫然である。
「お姉さんとそっくりだし、ジュリエットやったら絶対に可愛いっ!
奈々と一緒でジュリエットに選ばれるような子なんだからっ!!
線だって舞より華奢だし、胸なんてなくたって貧乳好きな人だっているし…どうしても欲しければ最近はパットだって良いのがいっぱいあるんだからねっ!!!」
い…いや…そういう問題じゃ…根本的に何か……
そもそもジュリエットに選ばれたのは蔦子姉さんで自分じゃない…。
もう驚きで涙もひっこんだ義勇はそうは思うわけだが、美佳のあまりの勢いに言葉が出ない。
「見てなさいよっ!!」
といきなり義勇の腕を取って外に引っ張って行く美佳にようやく我に返って慌ててそれを追う宇髄。
「あ…あの…美佳さん?!!」
抵抗することも出来ず、そのまま美佳の部屋に引きずり込まれる義勇と止めるに止められず同行する宇髄。
「天元っ!カーテンダメにするけどゴメンねっ!!」
と室内でようやく義勇の腕を放してそう言うと、返事も待たずにいきなりかかっているレースのカーテンをはぎ取る美佳。
それをベッドに放り投げ、いきなり自分の鞄を漁って何かを取り出すと
「これ下に着てねっ!」
と、有無を言わさず義勇の手に押しつける。
へ?…ええっ?!!!
渡された物はなんとレースの可愛らしいキャミソール。
さすがに女性の下着を渡されてどうして良いか分からず動揺した顔で救いを求めるように視線を宇髄に向ける義勇。
しかしそこで宇髄は何か察したらしい。
「…ソーイングセット…は美佳の事だから持ってるんだよな?
ハサミいるか?」
と、美佳に声をかける。
すると美佳は嬉しそうに頷いた。
もう唯一の味方と思っていた宇髄が止めてくれなさそうな事にさらに動揺する義勇。
しかしそこで
「じゃ、取って来るわ」
と言いつつ部屋を出る時に通りすがりに
(悪い…埋め合わせは今度絶対にするから今は言う事聞いてやってくれねえか?
さっきの舞の言動が美佳の深刻なトラウマ刺激しちまったみたいで…)
と、深刻な顔をした宇髄に小さく手をあわせられると否とは言えず、しかたなく頷く。
まあ…女装と言うことなら、そう言えば聖星の学祭でジュリエット姿を思い切り晒したわけだし、普段も錆兎的に男だけで行くのは恥ずかしいと思っているらしい場所に行く時はレディースの服を着てでかけたりするし、今さらだと思えば諦めもつく。
女性用の下着まではさすがに恥ずかしいが、幸いにして錆兎は現場張り付き、炭治郎達は2階の部屋にこもりきり、舞とその取り巻きはきっともう二度と会う事もないし、この場を収めるためと思えばある程度は仕方ない。
義勇は葛藤の末に諦めてシャツを脱いでその可愛らしいキャミを身に付けた。
きつくない…全然きつくないのが、なかなか屈辱的ではある。
それから2,3分後…ハサミを持って宇髄が戻ってからの美佳はすごかった。
ベッドのシーツはあっという間にスカートに。
その上からレースのカーテンでフリル飾り。
レースじゃない淡いブルーのカーテンはリボンになった。
最後にレースのカーテンの残りであっという間に作られるベール。
それをふわっと義勇の頭に被せると一歩引いて首を少し傾ける。
そしておもむろに自分の長い髪を肩口あたりでゴムで結び、なんと止める間もなくばっさり切り落とした。
「えっ?!!ちょっ!!!美佳さんっ?!!!!」
さすがに驚く義勇に構わずそれを二つの束に分けて編んでいく。
そしてそれを義勇の頭にピンで留め、ベールをかけ直して満足げに頷いた。
「相変わらず…器用と言うか…もう美佳この手の事にかけてはすごいよな…」
と苦笑しつつも感嘆のため息をつく宇髄。
義勇はどう反応して良いかわからない。
ただ舞の言葉で真っ青になって泣きそうになっていた美佳が満足げな表情になった事に少しホッとした。
しかし落ち付いたかと思えば
――奈々……っ!!
と、いきなり抱きついてぎゅうぎゅうと抱きしめてくる美佳に目をぱちくりさせる義勇。
「大丈夫っ…みんな奈々の味方だし奈々は誰よりも可愛いからね?
悲しく思う事なんて何もないのよ?
1人で思いつめたりはしないでね?
みんなで守るからね?」
と、矢継ぎ早に美佳の口から語られる言葉と宇髄の複雑な表情に、義勇も分かった気がした。
美佳のトラウマと言うのはきっと、さきほどから連呼している自殺してしまった幼馴染の関係なのだろう。
ジュリエットに選ばれて、演じる前に死んでしまったということだから、本当は義勇ではないのだが、伝説のジュリエットとしてジュリエット姿の映像が残っている姉と重ねていて、ジュリエットが貶められたり悲しんだりするのにひどく神経質になっているということか。
「あー…じゃあ、美佳は川本の部屋に戻ってくれな?
俺はジュリエットを錆兎の所に連れて行くな?
あいつのとこが一番安全だから」
頃合いだと思ったのだろう。
そう言って、反応に困っている義勇をサッと引き寄せてそう言う宇髄。
それに対しててっきり自分が側に…と主張するかと思っていたら、美佳は
「それが良いわね。彼すごくしっかりしてるし奈々をしっかり守ってくれそうよね」
と、嬉しそうに頷く。
「義勇はこっちな?」
とそこで宇髄に腕を取られて、ようやく義勇はどこか様子のおかしい感じのする美佳から解放されて、逃げるように廊下に転がり出た。
そして急ぎ美佳の部屋を離れて舞の部屋の前へ。
「ゴメンな。
幼馴染の奈々が理由はわからないけど状況的に自殺だって思われる死に方してから、美佳は奈々が演じるはずだったジュリエットが誰かに傷つけられるって思うとちょっと変なスイッチが入っておかしくなっちまうんだ」
苦い笑みをはりつけたまま手を合わせる宇髄に
「いや…それで気が済むならいいけど…」
と義勇が応えると、宇髄はホッとしたように息を吐きだした。
まあ…こっそり自分の部屋で着替えてくればいいことだ…と、そうして義勇が階段の方へと足を踏み出しかけた時、タイミングの悪い事に舞の部屋のドアが開いた。
「宇髄遅いぞっ!頼んだ事伝えてきたか?!」
と、おそらくドアのところで聞こえる声に気づいて顔を出したのは錆兎。
隠れる暇もなかった。
ばっちり合う目と目。
互いに固まる。
さきに硬直から抜け出したのは錆兎だった。
――…まじ…か……
と、片手で顔を覆って呟く言葉に義勇は泣きそうになった。
もしかして似合わなすぎて気持ち悪かったか?
「…ちょっと…俺まずい……」
と前かがみにしゃがみこむ錆兎に立ってられないくらい気分が悪くなるほど気持ち悪いのか…と、とうとう義勇の目から涙が溢れ出る。
しかしそこで横からそっと目元に添えられるハンカチ。
――…義勇…
と、名を呼びつつ、そっと耳打ちをする宇髄の言葉に義勇は目をぱちくりさせた。
それはちょっと…と思うモノの、もうこれ以上悪い事はないか…と、半分自棄な気分で義勇は宇髄に言われたままを実行するために、しゃがみこむ錆兎の前に膝をついた。
そして
「…錆兎……」
と、宇髄の指示通り、胸の前で両手を組んでそう言って少し下から涙目で見あげて
「…事件……すぐ解決して?」
と縋るような目というやつをしてみると、気分が悪くて熱っぽいのだろうか…少し赤い顔の錆兎がガシっと義勇の両手を自分の両手で包みこんで
「任せろ。絶対に完璧に解決してみせるっ!」
と即答した。
宇髄に言われたままのその錆兎の反応に、義勇はさすが生徒会で1年も補佐役を務めているだけある…と、感心する。
そして宇髄に視線でうながされるまま、次の言葉を口にする。
「じゃ…ゆびきり?」
と握りこまれた手をそっと外して小指をたてて錆兎の前に差し出すと、これも宇髄の指示通り、コクンと小首をかしげて見せる。
「するっ!!」
と、これにも錆兎は即答。
しっかりとこゆびを絡ませて来るので、義勇は『ゆ~びき~りゲンマン』と一応歌って、『ゆ~びきったっ』で指を放すと、今度は何故だか抱きしめられる。
「絶対に即解決してみせるからなっ!
お前が望むなら今すぐ事件の鍵を解き明かして見せる」
そう言ったと思うと、錆兎は義勇を放して反転した。
そして室内に入る。
「うん、あいつを動かすには義勇が一番だな」
と腕組みをしながら満足げに頷く宇髄。
この隙に着替えに…と、義勇はそろ~っと階段に向かいかけるが、その宇髄にガシっと腕を掴まれて
「錆兎にはまだまだ働いてもらわないとだから、協力してくれ」
と、迫力のある笑みで言われると逆らえるはずもなく、そのままその場に残る事になった。
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