錆兎は綺麗な形の眉をひそめた。
まあおだやかじゃないという意味で言うなら、習い事内のいじめを発端とした人材勝負という時点ですでにおだやかではないわけだが、それにしてもこれは度が過ぎている。
その嫌がらせの一環でどちらが優秀な人材を集められるかを競えということになって、連れて来た知人友人で３種目を争わせ、より多く勝利した方が勝ちという勝負。
そんな馬鹿げたことも昨夜禰豆子側の勝利で１戦目が終わっている。
残り２戦を残してピリピリしていた舞の陣営。
そんな中での早朝、誰もいない１階の廊下にブチまかれた真っ赤な液体。
血のようなそれに驚いて調べてみれば、どうやらトマトジュース。
しかしながら…不穏な何かを演出するかのようにダイニングに向かうドアの下に挟んである、カードに真っ赤なインクで書かれた
” Who killed juliet ? ” （誰がジュリエットを殺したの？）
という文字。
いたずら、嫌がらせの類なら良いのだが……
そう思いつつも、錆兎の脳裏を横切るのは今年の夏休みに巻き込まれた殺人事件の記憶。
(念のため…そう、念のためだ…)
嫌な想像に表情を固くし、一応…と、宇髄に言った。
「ビニールの手袋とかあったりしないか？」
その言葉に宇髄は首をかしげる。
「キッチンに行けば使い捨てのがあると思うが…？」
「じゃ、なるべく現場荒らさないように取ってくるぞ」
と言って、錆兎はとりあえずポケットからハンカチを出すと、それを使ってノブを回し、宇髄と共にダイニング、キッチンへと向かう。
そして宇髄が取り出す手袋を自分もつけ、宇髄にもつけるように指示する。
「これでよし、と。ようやく調べられるな」
当たり前に言う錆兎に宇髄は小さく息を吐いた。
「なあ、聞いていいか？萌え系推理小説の主人公高校生探偵」
「なんだ、その訳のわからない名称は？
…別に萌え系推理小説の主人公なわけじゃないが、質問は構わない」
「いや、会長様、本当にそんな感じだと思ってな。
原作少年漫画で女に色々妄想されるキャラ感がすげえ」
「……その気味の悪い表現はやめろ、さすがに怖い」
「殺人犯を素手で張り倒す会長様でも怖いものがあったか。
ま、そっちはどうでも良いんだけど、本題」
「どうでもいいなら言うなよ」
「どうでも良いけど本題っ！！」
「…おう…」
「お前、なんでこの状況でこんな探偵か刑事かみたいな事を当たり前に思いついてんだよ？」
まあ…もっともな質問である。
普通はあの廊下を発見した時点で大騒ぎだ。
錆兎は少し自分の中で整理して、説明を始めた。
「昨日…善逸と禰豆子が見た人影、そしてこの廊下の惨状とドア前のメッセージ。
ただの腹いせにしては少し行き過ぎな気がするからな。
法的に言えば廊下の絨毯をダメにした時点で器物破損だが、それでもまだ物で収まっていれば弁償でなんとかなるが、対人に発展する危険性があるし、それを未然に防ぐ為にも犯人割り出さないと」
錆兎の言葉に宇髄は大きく肩を落とす。
「いやそういう問題もあるかもだけどな…俺が聞きたいのはお前の思考性のほうだよ。
普通の高校生は騒ぐか慌てるかするだろうが、こういう場面に遭遇すると」
もう…思い切り今の行動が当たり前だと思っている事が普通じゃないと宇髄は力説してみたわけで…
「ああ…そういう事か」
と、そこで初めて気付いた錆兎は苦笑する。
「もう夏休みの例の殺人事件から3回殺人事件に巻き込まれてるからなぁ…
事件性のあるものを目の前にすると何も起こらない気がしなくてな」
淡々と語る錆兎に自分も苦笑する宇髄。
「あ～確かにもうドラマかマンガ並みの遭遇率だよな」
宇髄の言葉に錆兎はやれやれと言った風にため息をつく。
「何かに呪われてるとしか思えんな。それより」
言いながら錆兎は冷蔵庫の前で止まって宇髄を振り返った。
「廊下にまかれてたトマトジュースはここのものか？」
「たぶんな…」
宇髄は言って手袋をした手で冷蔵庫を開ける。
「あ～やっぱりかなり減ってるな。
トマトジュースだけピッチャーにほとんど残ってないわ」
「フム…」
「誰がなんのためこんな事してるんだと思うよ？」
宇髄が言うのに錆兎は小さく首を振る。
「今の時点ではなんとも言いきれないな。
可能性は色々あるが不確実な情報と多すぎる可能性を列挙しても意味ないしな。
とりあえず1Fは立ち入り禁止にしておいて、各私室でトラブルとかないか確認するか」
「そうだな…」
宇髄はまず使用人の松井に事情を話して室内から出ない様に指示すると、キッチンからメモと料理用の糸を取ってくる。
そしてメモに立ち入り禁止と書いて、二人して行き同様トマトジュースで濡れている部分を避ける様に階段に戻り、糸にメモを貼って、糸を階段の左右の手すりにくくりつけた。
そしてまず2Fの部屋を順に訪ねることにする。
まずは錆兎が一番安否が気になる義勇の部屋。
ジュリエットが誰なのか…とかはこの際おいておいて、錆兎の中で一番優先すべきは大切な恋人様だ。
不安にかられながら足早で階段をあがり、自分だけではなく宇髄もいるので、コンコン、と、軽くドアをノックをするが返事がない。
なにぶん早朝である。
義勇は寝起きにパッと起きられる方ではないので、不安を押しこめつつ待つ。
が、しばらく待っても反応がないのに焦って即ドアノブに手をかけた。
「義勇っ？！！」
状況が状況なので不安が全身を包み押しつぶされそうになる。
まさか…まさか…
前回の殺人事件で誘拐されて救出した時の衰弱しきった様子がクルクル脳内を回った。
心を壊しかけ虚ろな目で泣き続けていた姿を思いだすと、今でも心臓が握りつぶされそうな気分になる。
もう二度とあんな風に危険な目に合わせたりはしない。
絶対に…何をおいても守るのだと心に固く誓った日からまだそうたってはいないのに、よもやまた自分は守れなかったのだろうか…
しかし錆兎がそのドアノブを回す直前、かちゃりとドアが開いて、綺麗な青い目が見あげてくる。
――……さびと？
どこか不安げな小動物のような様子でドアの陰から顔を出す義勇に錆兎は全身から力が抜ける思いで大きく息を吐きだした。
そして次の瞬間、思い切り強く義勇を抱きしめる。
もうホッとしすぎて言葉も出ない。
「錆兎…ほんと他の事は全然平気なのに義勇の事となると本当に余裕なくなるな」
と、自分もホッとしたように笑って言う宇髄。
普段は言い返す宇髄の軽口さえもどうでも良い。
義勇さえ無事なら色々どうでもいいんだ…と言いかけて、錆兎はハッと気づく。
「義勇…何かあったのかっ？！」
ホッとしている場合じゃなかった。
抱え込んだ義勇の顔が触れた胸元がかすかに濡れている事に気づいて慌てて少し身体を放してその顔を覗き込むと、義勇はまだ涙が乾ききらない顔に少しばつが悪そうな表情を浮かべる。
「…いや…ただちょっと……」
「ちょっと？」
「……怖い夢みただけで……」
――ああ…俺の義勇可愛すぎだろっ！！
と、心の中で絶叫した。
錆兎が片手で顔を覆って俯くので、不思議そうにコテンと小首をかしげている様子が、また愛らしい。
「俺、義勇の護衛をしないとだから、宇髄、お前が他回って来てくれ」
と錆兎が思わず言うと目の前でパタンと閉まるドア。
茫然とする錆兎……。
しかしすぐに義勇が着替えて出てくる。
「錆兎が行かないと解決するものも解決しないだろう？
でも俺も錆兎と一緒にいたいから一緒に行くために着替えてきた」
と、言われて義勇を抱きしめる錆兎と、はいはい、と、もうそんなやりとりも慣れてはきたがため息は付きたい宇髄。
「じゃ、行くかぁ」
と、言う宇髄を先頭に、３人は他の部屋へと足を向けた。
まず善逸。
ノックをすると寝ぼけ眼で出てくる善逸。まだパジャマだ。
宇髄が事情を説明すると、善逸は
「二宮さん達じゃないの？昨日負けた腹いせにさ」
と呆れ返ったように肩をすくめる。
「でも…意味無くないか？それなら俺に嫌がらせしないと」
と他人事のように言う錆兎に、
「確かにな～。
でも俺でも会長様に直接嫌がらせする度胸はねえわ」
と宇髄がケラケラ笑う。
「まあ、そんな感じで錆兎に直接はできないから、腹立ち紛れにって感じじゃないの？」
と、善逸もそれに同意した。
「どちらにしても…対物が対人へと発展する可能性が皆無じゃないしこれから俺達で３Fも含めて全私室も回るんで、2F組はお前の部屋に集合させてもらっていいか？
念の為に一緒に固まっててほしい」
錆兎の言葉に善逸は快く了承する。
「うん、もちろん。錆兎も義勇も宇髄さんも気をつけてね」
と、了承する善逸の部屋を後にして、次に禰豆子の部屋をノックする。
「朝早くからすまないが緊急事態かもしれないから、出てきてくれないか？」
と、ノックすると、
「了解ですっ。5分待ってください」
と言う返事と共に足音がする。
そして数分後、開いたドアから禰豆子が顔をのぞかせた。
「こんな時間からどうしたんですか？みなさん」
「ん～実はな…」
宇髄が善逸に対するのと同じく現状を説明する。
「はぁ～…舞さんらしいですね…」
全て聞き終わると禰豆子は呆れたようにため息をついた。
と、その意見に男二人は苦笑する。
「あ～、やっぱりその可能性高そうだよなぁ…。
ま、これから炭治郎にも声かけたら3Fも見に行くから。
とりあえず何かあると危ないから念のため2F組は善逸んとこに集合で良いか？」
「はいっ。まったく人騒がせな。
これで勝負うやむやに～とか考えてるとかもあるかもですね」
禰豆子はブチブチと文句を言いながらも善逸の部屋へと入って行った。
そして炭治郎にも同様に報告。
もちろん炭治郎も了承。
こうして３人は３階へ。
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