「見かけは爺さんの趣味でボロいけど、設備はちゃんとしてるから安心してくれ」
などと宇髄は言うが、石造りの建物を保守するのも、きっちりと計算され尽くした植木の手入れも、なまじ最新鋭のビルよりもよほど金がかかっているはずだ。
中に入ると長い廊下。
片側は庭に面していて、片側にはドアが並ぶ。
部屋の冷蔵庫にジュース各種いれてあるし、ポットとお茶各種のティーバッグも備え付けておいたけどな、ジュースの類いは足りなきゃダイニング奥のキッチンにでかい冷蔵庫があるから勝手に取ってくれ。
その他なにか足りない物があったら内線0番で。
さっきの使用人、松井が手配する。
で、錆兎達の私室は2Fな。
俺も2Fに自室あるから、何かあったら内線で。
んで、舞達は3F。
階はな…悪いな。
舞達は古い知り合いだからここも何回か来てて、舞が3Fのジュリエット部屋がお気に入りだからな。
そのかわり2Fには鍵付き露天風呂あるから、良かったら入ってくれ」
長い廊下を進む道々、宇髄が淡々と説明をする。
そこでふと聞き慣れない単語が耳に入った義勇が
「ジュリエット…部屋…とは?」
と、小首をかしげる。
「ああ、3Fに1室だけ白いバルコニー付きの部屋があるんだよ。
他の部屋は普通の窓なんだけどな。
部屋もちょっとだけ広いか。
あいつな、聖星の生徒だから、昔は例の学祭恒例のロミジュリ劇でジュリエット役やりたがってたんだ。
で、いつもその気でバルコニーに出て月観ながら浸ってたし?
それにちなんで冗談で、ジュリエットごっこかって事でつけたわけだ」
「なるほど…」
宇髄の説明に全員が苦笑。
そんな話をしながら、そのまま落ち着いたベージュの絨毯が敷き詰められた廊下を通って階段で2Fへ。
2階にはそれぞれ1人1部屋を用意されていたが、当たり前に錆兎の入る部屋についていく義勇に宇髄が苦笑。
そのあたりは心得たもので、
「今回のメンツが錆兎達だと思ってなかったから一部屋用意したけどな、一緒に泊まるなら姫さん用の布団やら枕やらは空いてる部屋から勝手に運んでくれ」
と言うので、錆兎は
「ああ、そうさせてもらう」
と、隣の部屋から諸々を運んでくる。
実際、部屋は10畳くらいでクローゼットとベッド、応接セットがあり、二人で過ごしても狭くはない。
ならば、
──錆兎と旅行…初めてだなっ
と、ムフフっと嬉しそうに笑う義勇に別々の部屋でなどと提案できるわけはない。
まあ一応遊びに来たわけではないのだが、言われてみれば義勇との初めての旅行なわけだし、楽しまない理由はないとも思う。
「…部屋に落ち着いたし着替えたいところだけど…今日はまだやることがあるんだよな」
と、小さく息を吐き出す義勇。
確かに…今日はこれから錆兎がチェスの試合をする間、義勇には禰豆子をエスコートするという役割が待っている。
「正直…これだけはあまり楽しくないんだけどなぁ…」
くしゃり…と頭をかきそうになって、錆兎は慌てて手を止めた。
そうだ、今日はボサボサの髪になるわけには行かない。
ここでミスったら何のために義勇まで動員しているのかわからなくなる。
自分がたてた作戦だ。
それでも……
──男らしくもなければ潔くもないが…やっぱり義勇が他の人間の近くにいると、めちゃくちゃ妬ける…
と、思わずこぼすと、義勇は一瞬目を丸くして、それから
──それは嬉しい…
と、ふわりと花がほころぶような微笑みを浮かべた。
──…嬉しい…か?
──当たり前だろう。錆兎が俺を好きでいてくれている証拠だ。
そんな事を言う恋人が可愛くて錆兎は義勇を抱きしめて口づける。
が、今日は本当にこれからが本番なので、それ以上触れたくなってしまう前にと理性を総動員して離れると荷物整理を始めた。
「あ~義勇は休んでていいぞ。昨夜は遅かったし疲れてるだろう?」
と、自分も自分の荷物に手をかけようとする義勇を制して言う錆兎。
ここで善逸でもいようものなら、
『出かける前日にあんたら何してんの?!』
とでも絶叫しそうだが、残念ながら色っぽい話ではなく、書記として手書き直筆にこだわる生徒会OBのお歴々に毛筆で手紙をしたためていたら日付を超えてしまっただけである。
「あ~確かに寝るのは朝方だったけど、昼まで寝てたし、車の中でも寝てたから大丈夫」
と、笑みを浮かべて、義勇も結局荷物整理に加わった。
「錆兎、帰りはロマンスカー乗りたいな」
「お~、いいな。駅弁買って?」
「当然!」
「じゃあ帰りは荷物は宅急便か宇髄便だな」
「宇髄便が早くていいんじゃないか」
と、そんな会話を交わしながら荷物整理を終え、隣室から持ってきた義勇の分のカップや枕などを整理していると夕飯を告げる内線が鳴った。
『ねえ…このメンバーで食べんの?ホント…』
直前まで禰豆子も一緒に炭治郎の部屋に居た善逸が彼らと一緒にダイニングに入ると、もうみんな席についている。
一つの大きなテーブルにずらりと並ぶ参加者達。
『めちゃくちゃ消化に悪そうな夕食ですね…』
禰豆子も同じ事を思ったのだろう、コソっと耳打ちしてくる。
「ねえ、お互い紹介してくれないの?天元」
と、にっこりとそう言う舞の視線はしかしながら“お互い”と言いながらも炭治郎や善逸のことは全く視界に入っていないようで、錆兎と義勇に向けられている。
(…まあ、そうだよな。こういう人が知り合いになりたいのはそっちだよな)
と、善逸も女の子は大好きだが、こういうタイプとはお近づきにはなりたくないのでそれは全く構わない。
どちらにしても、揃ってイケメン仕様の制服を着た美形が居たらもう注目せざるを得ないだろう。
しかもその制服は日本1賢い学校と言われている超進学校の制服なのだ。
一方で、
「そちらの2人、海陽の学生さんよね?
制服、すごく素敵」
と、どこかねっとりとした視線と共に紡がれたその言葉に、義勇は何故かひどい不快感を覚えた。
いや、何故かではない。
理由ははっきりしている。
これは嫉妬だ。
舞は性格はとにかくとして、外見上はおそらく男性から見ると魅力的な部類に入る女性で、自分は冴えない男だ。
どちらが錆兎にふさわしく映るかなんて言われないでもわかる。
錆兎を信じていないわけではないが、義勇はいつでも自分に自信がないのだ。
なんだか泣きたい気分になってテーブルの下でギュッと手を握り締めると、本当によく気がつく出来た人間の錆兎はそれに気づいて、大丈夫だと言うようにそっとその手を撫でてくれる。
そんなやりとりがかわされている間、宇髄がそれに答えて
「ああ、じゃあ簡単にな。
海陽の2人は俺と同じ白ジレ、つまり生徒会役員な。
でかい方は錆兎。うちの爺も一目置く会長様。
で、もう片方は義勇。海陽生徒のアイドルだ」
と、言う言葉を遮って、舞は錆兎に視線をしっかりと固定すると、ニコニコと微笑んだ。
「今回はなんだか周りが盛り上がっちゃって…巻き込まれちゃったのかしら。
ごめんなさいねっ。
お名前伺っていいかしら?
私は舞よ。二宮舞。
聖星学院の2年生。
天元とは通ってた幼稚園や教会が一緒の幼馴染で小さい頃からの仲良しなのよ?」
と、猫なで声で話かけてくる。
何も知らなかったら確かに顔は可愛い部類には入るかも知れないが…正体知ってるとしらじらしい…と内心思いつつも、錆兎は淡々と答えた。
「鱗滝錆兎、海陽高校2年。
宇髄が言った通り生徒会で会長を務めている。
隣の義勇は同じく書記で、俺の半身みたいなものだ。
禰豆子の兄の炭治郎とは親しい友人で、今回は別に要らんと言われたのだが、勝手に押しかけさせてもらった。
色気だけでしか人材かき集めるような女と違って誠実でいいヤツだから少しでも力になりたいと思ったからな」
と、思い切り容赦なくそう言うと、
「お前、舞に何失礼な事言ってんだよっ!ふざけんなっ!!」
と、かけよってきて肩に手をかけた舞の側の男を、立ち上がって軽くその場で投げ飛ばす。
「俺は誰がなんてひとっことも言ってないんだが?
お前達は自分でそいつに色気だけでかき集められたって思ってたんだな。そうなのか」
と、やはり淡々と言ったあと、一呼吸置いて
「あ、一応言っとくとな、俺は空手と柔道、それに剣道の有段者だ。
敵対行動にはそれなりの対応をさせてもらうから、そのつもりで」
と、そのまま軽く上着の襟を正すと、そのまま再度席についた。
「ま、まあ実際やってみればいいわ。木戸は手強いわよ。
大人も参加の教会で開催したチェス大会の優勝者なんだから」
と、そのやりとりを茫然と見ていた舞は、やがて我に返ったようにそう言い放つが、錆兎はそれには特に答えずただ笑みを浮かべた。
「じゃ、まあ時間もあれだし食事にしようぜ」
と、いい加減ひどくなりすぎた空気を変えるように、そこで宇髄が呼び鈴を鳴らした。
そして運ばれる食事。
しかし全員に給仕し終わると、使用人松井は何かを宇髄に耳打ちした。
少し顔色を変える宇髄。
そして全部話を聞き終えると、あらためて松井を下がらせて、みんなを振り返った。
「あ~、食事前にちょっと聞いてくれ。
実は今連絡がはいったんだが、ここに来るまでの道が土砂崩れにあって通れなくなってるらしいわ。
雨がやめばすぐ修復もさせるし、たぶん明後日帰る頃までには通れるようになると思うから無問題なんだが、今日、明日はちょっと下に降りれないからそのつもりでな。
まあ…食料や雑貨とか必要な物はここに充分あるから不自由はないが、頭来てここにいたくないから帰る~とかはできないぞ?」
と、宇髄は最後は少し冗談めかして言う。
それに舞をのぞく全員が苦笑した。
そして食事。
「とりあえずお互い知らないと色々不便そうだし紹介しておくな」
と、その合間に宇髄が言った。
「端から…テニス担当の山岸、で、その隣の舞はわかるな?
その隣のさっき錆兎に投げ飛ばされたのがフェンシング担当川本、で、その隣がチェス担当木戸。
さらに隣が矢木美佳。美佳と舞は行きにも話した通り俺の幼馴染だ。
で、禰豆子側は隣の炭治郎は実の兄。
その隣から順に善逸、錆兎、義勇。
全部炭治郎の友人な。
試合は全部うちの会長様がはりきってやるらしい」
淡々と説明をすると、宇髄はまた食事を続ける。
「あの…ね、違ってたらごめんね。
もしかして…ね、義勇さんてお姉さんとかいない?
うちの学校の恒例のロミジュリでジュリエット演じて伝説のジュリエットって言われてる人がいて…」
シン…とした重い空気に耐えかねたのか、美佳がオズオズと口を開いた。
気が強そうな舞の隣にいるのが不思議な感じの、とても気が弱そうな普通の女の子っぽい美佳に、さすがに錆兎もきつい言葉をかけにくかったらしい。
「ああ、確かにそれは義勇の姉だ」
と普通に答える。
「ああ、やっぱり。他人の空似にしてはそっくりすぎる気がしたのっ」
当たった事が嬉しかったのか答えが返って来た事が嬉しかったのか、美佳は胸の前で両手を重ねて微笑んだ。
「私もね、ロミジュリの劇に出たことあるから、つい懐かしくて…。
ああ、出たと言ってもジュリエットの乳母の役だけどね。
でも私の一番仲良しの友達はジュリエット役に選ばれるくらいに可愛い子だったのよ。
天使みたいに可愛らしくて大好きだったんだけど、本当に天使になっちゃって…」
と、そこで美佳が語り始めたのを
「美佳っ!うるさいっ!」
と、自分の側の男性陣の前では女の子らしい態度を崩さなかった舞がきつい口調でさえぎった。
「舞?」
不思議そうな目を向ける山岸と川本に気付いて舞はあわてて
「ご、ごめんなさい。お食事中にするお話じゃない気がしたの…」
と、ごまかす。
不思議そうな顔をする二人。
一方美佳は怒鳴りつけられてショボンとうなだれた。
そんな微妙な雰囲気で食事を終えたあと全員場所をリビングへ移す。
もちろん、初戦、チェス勝負をするためだ。
ローテーブルの上にはすでに大理石のチェス盤の上に天然石の駒が並んでいる。
もちろんこれも宇髄が用意したものなのだろう。
随分と立派な物のようだ。
「とりあえず…全員それぞれ自分の側の選手の右側面2mに待機ね。
天元は錆兎君達の同級生でもあるし、竈門さんの側で。
手を教えたりとかできないようにちゃんと距離は守ってね」
チェス板を挟んで対面のソファに錆兎と木戸が座ると、舞が仕切る。
それに宇髄は苦笑して
「はいはい。まあ錆兎に俺が教えられるようなものは何もないけどな」
と、それでもその指示に従った。
もちろん義勇や炭治郎達もそれに従う。
そして言われるまでもなく、舞の側の川本と山岸は木戸の右手へ。
そうして全員が位置に着くと、
「んで?チェスクロックはどっちに置く?」
と、木戸が舞にお伺いを立てるが、錆兎は即
「そちらの利き手側で構わない。
俺は両利きだから」
と、答えた。
「んじゃお言葉に甘えて…俺から向かって右側に」
と、それに木戸が時計を並べて勝負が始まった。
双方最初の十数手は淡々と打って行く。
15手ほど打った所でそれまで淡々と打っていた錆兎の手が止まった。
『なんか…苦戦してるの?』
その様子に善逸がコソコソと炭治郎に尋ねるが、炭治郎とてわかるはずがない。
それをみて、宇髄が
『あ~多分だけど、ある程度自分の考えてる定石に配置し終わって、相手がどう攻めてくるかとか、どう攻めて来たらどう返すかとかを予測しつつ考えてるんだと思うぜ。
別に苦戦してるとかじゃなくて、むしろすごく冷静に打ってる気がするわ』
と、答えてくる。
そうこうしているうちに錆兎の手が動いた。
そこからは木戸も若干ペースが落ちて来たが、その次の手からは錆兎の方はまた淡々と打って行く。
『なんか…相手の方が顔色悪くなってきてない?』
またしばらくして善逸が話しかけてくる。
『ああ、たぶん錆兎が迷いなく淡々と打つんで木戸が自分のペース保てなくなって焦ってるっぽいな』
と、それにもしごく冷静に宇髄が答えた。
そしてさらにしばらくして、木戸がナイトを動かした瞬間
「これで3手先でそちらがどう打ってもチェックメイトだ。
最後までやってもいいがどうする?」
と板を眺めていた錆兎が静かに言って顔をあげた。
「…えっ?!!」
その言葉に真っ青になって板を凝視する木戸。
「説明…必要ならしてやるが?」
錆兎は組んだ膝の上に肘をついて木戸に目をやる。
無言で青くなる木戸。
錆兎はそれを見て木戸が動かせる限りのパターンを淡々と説明し始めた。
「もう…いい。確かに負けだ…」
掠れた声で言う木戸に
「まあ…俺は国際チェス連盟に認定されたグランドマスターのタイトル保持者だしな」
とそこで初めて明かして錆兎は立ち上がった。
「やった~~~!!!!」
歓声を上げる禰豆子と善逸。
青くなる舞とその取り巻き。
そんな中でただ一人美佳だけがびっくり眼で
「天元も普通じゃないレベルですごい人だと思ってたけど、上には上がいるのね」
と感想をもらして、舞にギロリと睨まれた。
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