ジュリエット殺人事件Ver錆義2_華麗なる進軍


「本当にこれで行くのか…」

竈門ベーカリーの前に停まるのは2台のロールスロイスのハイヤー。
こんな高級車を間近でみるのなんて初めてで、炭治郎は少し引き気味だ。

そんな兄の横では妹の禰豆子がその車にキラキラした視線を送っている。

(…お兄ちゃん、これ勝った。すでに勝ってると思う)
と、まだ何も始まっていないのにつぶやく禰豆子。

しかし兄は知っている。
これは序の口だ。

おそらく驚くべきは車よりも車の中身である。


停まった車から降りた運転手が後部座席のドアを開けた。

するとまずそこから降りてきたのは、この庶民的な商店街にさらに不似合いなオーラを振りまきまくった男。
並みのフォーマルよりもよほどフォーマル感満載な、名門進学校海陽学園の制服フルセットを身にまとった錆兎である。

本当に夏も凄かったのだが、海陽の冬の制服はさらにすごい。
なにしろ燕尾服だ。
その上着の下に着用するジレは一般生徒は黒なのだが、生徒会役員は白。
さらに上着の上に黒いマントを羽織るのを許されている。

そんな制服を体格もよくどこかオーラのある錆兎が身につけていると、もう一般人には見えない。
身分のある高貴な身分のお方だと言われれば頷いてしまいそうになる迫力で、思わずひれ伏したくなってしまう。

ロールスロイスでははしゃいだ妹も、思わず目を見開いて息を飲んだ。

そんな中、錆兎は車から降りてカツンと靴音をさせて足をつけると、ひらりと黒いマントをひるがえす。
それだけでそこら一体がノーブルな空気に包まれた。

(…お、…お兄ちゃん、王様が来た…)
と、禰豆子も同じような印象を持ったのだろう、そう呟くのに、確か校内では一般生徒に閣下と呼ばれてるんだっけ…と、なんだかその呼び名が脳内をくるくる回ってどこか遠くを見始める炭治郎。

──待たせたなっ
と笑う笑顔がキラキラしい。

待ち合わせの10分前。
あとは善逸ともうひとり、別荘までの道案内をしてくれるという別荘の提供者待ちなので、待たされてはいないわけなのだが、
(これ…ピンチに駆けつけるヒーローのお約束のセリフだよな…)
と、炭治郎は軽いめまいと共に思う。

「今日はありがとうございます、錆兎。
でもこんなの…良いんですか?
車代、例のオンラインゲームのミッション達成金が残ってますし、俺払いますから請求してください」
と、出迎える炭治郎に、錆兎は

「ああ、ここまでやりたいのは俺の意志だから別に構わん。
俺も使う当てがまったくないミッション達成金が口座に放り込まれたままだったしな」
と、ニコリと答える。

「…えっと…3つの勝負に勝つのに何故ここまでと聞いても?」
「ああ、元々の発端は生活レベルという話なのだろう?
それで集められる人脈ってことで勝負の話が出たなら、単純に勝負に勝つだけでは片手落ちだ。
相手が絶対に敵わないと思われるものを徹底的に見せつければ、少しでも考える能力がある人間ならもう絡んでこないだろう」

淡々とそんな事を言う錆兎に炭治郎の笑顔が引きつった。
もうすでに発想や着眼点が違う。
本当に子どもの喧嘩に大人が介入している気がひしひしした。

まあ、ここで禰豆子に何か言ったら伝説の勇者様が登場するぞとなったら、確かにもう貧乏人だのなんだのとは二度と言えない気がするが…チートすぎて良いのだろうか…と思わないでもない。

兄がそんな風に悩んでいると、錆兎は今度はその横の妹の方に…

「初めましてだな。
俺は鱗滝錆兎。炭治郎の友人だ。
今回は海陽学園生徒会長の名にかけて全身全霊で完全勝利を目指させてもらうつもりだから、安心して欲しい」
と、白い手袋に覆われた手で恭しく禰豆子の手を取ると、優雅にお辞儀をしてみせる。

そして、きゃあぁぁ!!と、小さく悲鳴をあげてはしゃぐ禰豆子にニコリと微笑んだあと、

「あとは善逸と別荘の持ち主待ちだな」
と、禰豆子の手を放して一歩引くと、そう言って道路を見渡した。

そうしてそれからすぐ善逸が加わり、残る1人、別荘の持ち主は、眼前に広がる光景にこの件に関わった事を心の底から後悔し始めていた。




宇髄天元18歳。
宇髄財閥総帥の唯一の孫にして跡取りである。

そんな彼が総帥である祖父以外で唯一いちもく置いている男…鱗滝錆兎。
彼が通う名門進学校海陽学園の生徒会長様だ。

最初は彼の父親を非常に高く買っている祖父の命令で彼が率いる生徒会に入ったが、今では唯一親友と言っても良いくらいには思っているし、何かあったら全力で補佐するつもりだ。

ところがところが、今目の前で、その敬愛すべき会長様がにこやかに微笑みながら

──なんだ、相手は宇髄だったのか。では手加減は一切要らないな
などと恐ろしいセリフを吐いている。

理由はわかっている。
自分だって今回の諸々はえげつないと思っているくらいなのだから、とてもとてもまっすぐお育ちの会長様はさぞやご立腹だろう。

というわけで巻き込まれはゴメンだと、宇髄は即誤解を解いておくことにした。

誤解だからな?
俺は今回の発起人の二宮舞とは幼馴染で、今回はとにかく別荘貸せって言われて貸す事になっただけだから。
勝負に関しては頼まれたけど即断った。
あれはどう聞いてもあいつが悪いしやり方がえげつねえ。
で、一応ガキの頃からよく幼馴染みんなで行ってた別荘だからあっちは道知ってるし、相手側の道案内にってこっちに来ただけだから。
立場的には見届人っつ~か中立な」

正直、錆兎は宇髄が嫌われたくない数少ない人物なだけに、少し必死だ。


「なんだ、そうなのか…。
じゃあ例のチェスで寝返ったやつも元々はその幼馴染グループの1人だったのか?」
と、錆兎が怒っているのに笑顔というのをやめてくれたことにほっとしつつも、宇髄は首を横に振る。

「いや?俺の幼馴染は3人全員女な。
で、チェスの木戸も通ってた教会が同じだったからガキの頃から知ってるけど、幼馴染ってほど接点はねえ」

「ふむ…まあ、いい。
とりあえず行くぞ」

と、促された先はなんと庶民的な街の商店街に不似合いな2台のロールスロイスのハイヤーだ。
そして会長様自身も威圧感がすさまじい海陽学園生徒会の制服フル装備姿である。


「んで…この出で立ちはなんなんだ?」
と、呆れ返る宇髄に錆兎は

3つの勝負なんて勝って当たり前だろう。
それプラスした勝利をつかみにいかないと…
元々の発端は生活レベルと人脈って話みたいだからな。
そこらのお子様じゃ作れない人脈感を出してやろうと思ってな。
今後の付き合いが楽になるように根本的な部分の認識を変えさせないと
などと言ってニヤリと笑った。

なるほど。さすが祖父が自分にわざわざ下について学んで来いと言う人物だけある。

勝利は当たり前で完全勝利で完膚なきまでに叩き伏せることで、今後の人間関係での強弱を作って嫌がらせ防止まで考えるところがすごいと素直に思う。

…というか、絶対に敵に回したくない。



さらに宇髄は
「浪費が嫌いなお前がそれでこの諸々か…」
と、言った言葉に、我らが会長様が

少女がなけなしの誇りを守ろうと戦うというのに使ってやる金は浪費とは言わない。
それが自分の大切な友人の妹ならなおさらな」
と、口に気をつけろと言わんばかりに送ってくる視線に正直しびれた。

悔しいが派手にカッコいい。
上から物を言われるのが大嫌いな自分がそんな風に感じるのだから、本当にこれで年下なんて思えない、しゃらくさいほど強烈なカリスマ性だと思う。


こうして全員揃ったところで、宇髄自身は炭治郎達と面識があったが禰豆子とはなく、さらに中立の立場とは言え嫌がらせ相手の幼馴染と思えば緊張するだろうということで、一台目に宇髄と錆兎と義勇、二台目に炭治郎と禰豆子と善逸と、33に分かれて乗り込んで出発した。



車に乗り込むと奥には会長様の大切なお姫さんが車の窓にもたれかかりながらウトウトしている。
錆兎は自分が乗ると当たり前にその肩に手をやって、義勇の体制を変えさせて自分にもたれかからせると、座席に放り出していた読みかけの本を手にとった。

音もなく走り出す車。
錆兎は視線を本に落として、手袋に覆われた長い指先でパラリとページをめくる。
その顔に視線を向けると髪と同色の珍しい宍色のまつげが意外に長い事がみてとれる。
彫りが深い彫刻のように美しく精悍な顔立ちだ。

長く一緒にいるうちに知ったのだが、錆兎は考え事をしていたり何か脳内でまとめようとする時には無言で読んでもいない本を開く癖がある。

だから宇髄は自分の存在などないがごとく本のページをめくる錆兎の反応を待った。
案の定、そうしてその横顔をじ~っと眺めていると、やがて本に落とされていた視線がちらりと宇髄の方に向けられる。

「…宇髄、木戸というのはどういう男なんだ?
女と一緒に影で炭治郎の妹をいびってたりしているのか?」

なるほど、気にしていたのはそこか。

会長様は関わるからにはただ今回の勝負に勝てば良いというわけではなく、炭治郎の妹のその後の環境を根本的になんとかしてやらねばならないと考えているらしい。

子どもの喧嘩というには年齢も環境その他も随分と差があってフェアではない中でいじめと言っていいレベルの揉め事だし、その考え方は非常に正しいが、巻き込まれただけという立場を考えると本当に会長様は人がいいなと宇髄は感心する。

その諸々に優れた能力は特筆すべきレベルだが、それより何より錆兎がすごいのは、その他人よりも随分と優れている自分の能力を正しく他人のために使おうとする姿勢だと思う。

日本一賢い学校と言われ、さらに単なる進学校というだけではなく文武両道を旨とする海陽の生徒会長は当たり前に優れた人物が多く、日本のみならず世界中で重要なポストについているが、そんな歴代の生徒会長達の中でもここまで心の底から清廉潔白で心根の優れた会長はいないと、そんな生徒会長の率いる生徒会の一員であることを宇髄は誇りに思っているし、できることならそんな会長様の役にたってやりたいと思っている。

個人主義者でリアリストで自分以外にあまり執着しない人間であったはずなのに、確かにそう思っているのである。

ということで、会長様が望むことに対する答えに到達できるように宇髄は考えた。


「俺は教会つながりで相手を知ってはいるが、合唱団自体は関わってねえからそっちの関係はよくは知らん。
けど、今回の原因になった舞とは別の幼馴染も入ってっから、あとで確認しとくわ。
で、現段階で俺が知ってる木戸の人物像からすると、まあ積極的にいじめに加わるタイプじゃあねえな。
大人しい夢見がちな坊っちゃんだし。
なにせ…高校までミッション系の男子高で、四葉のクローバーを天使からの授かり物だって押し花にしてお守りに肌身離さずに持ち歩いてるような男だからなぁ…
好みは舞と真逆で、きつい性格してる舞のことは苦手だから近寄りたくないって言ってたんだけどな。
もしかしたら舞になんか弱みでも握られたのかも知れねえな」

「ふむ…」
宇髄の言葉に錆兎はまた考え込む。

しかしそこで義勇がどうやら目を覚ましたらしくもぞもぞっと動くと、途端に視線が柔らかくなった。

「どうした?義勇。目が覚めたのか?」
と、途端にとろけるような優しい目で義勇の頬に手を伸ばす錆兎。
それまでのどこか厳しい表情が嘘のようだ。

「こら、目をこするな。赤くなるから」
と、コシコシと握った拳で目をこすろうとする義勇の手首を掴んで留めると、本を置いてポケットから出したハンカチで拭いてやる。

こうなったらもう色々が中断だ。
恋人の義勇の諸々はどんな些細なことであろうと錆兎の中で最優先課題に分類される。

その義勇に何故宇髄がここにいるのか、と、視線で尋ねられるが、そのあたりの説明は錆兎に丸投げして、宇髄は窓の外に視線を移した。



今日の目的地の箱根の山奥にある別荘は、宇髄が幼い頃からよく3人の幼馴染を招待して過ごしたところだ。

宇髄自身の親は忙しく暇がなかったため、一応プロの執事や使用人付きということもあって全員親なしで子どもだけで、中学までは毎年のように行っていた。

行かなくなったのは中学3年から。
はっきり覚えている。

その前年の中学2年の秋のこと、3人揃って進んだミッション系の女子校の屋上から幼馴染の1人が転落死をしたのがきっかけだった。

未だに事故か自殺かもわからない。
ただ、その死亡した少女、奈々が幼馴染4人の中心でそれぞれを結びつけていたようなところがあったため、特に揉めたとかではないが、宇髄は1人学校が違ったのもあって彼女達とは少し距離が出来た感じだ。

ああ、そう言えば彼女達が通っていたのは義勇が通っていた学校の系列校で、一学年下には蜜璃もいる。

死んだ幼馴染…奈々は生きていればその年の学園祭で毎年恒例で上演される『ロミオとジュリエット』のジュリエットを演じる予定だったのだが…

3人組とは幼稚園が一緒で教会も習い事も一緒だったため自然と一緒にいるようになったが、思えば積極的に一緒にいたかったのは、奈々だけだったような気がする。

そんなことを思い出していると、少し滅入ってきた気分を反映したかのように雨が降り始めた。



「雨…あまりひどくならないといいな。テニスの試合ができなくなる。
テニスをする錆兎は絶対に見逃せない。
もちろんチェスをする錆兎もフェンシングをする錆兎も見逃すわけにはいかないけど」

と、そこで聞こえるバカップル発言に目眩がするが、義勇の機嫌の低下イコール会長様の機嫌の低下なのでしかたない。

「あ~、テニスコートは室内だから大丈夫だ」
とだけ伝えておく。

「そうなのかっ!良かった!」
と、とたんにニコニコ顔になる義勇。

一方で
「室内ってのはすごいな」
と、率直な感想を述べる会長様には

「俺のじゃなく爺さんのだけどな」
と、軽く返す。

そんな話をしている間も車は雨の中を走り続けた。




そうして別荘に到着した時には雨どころか雷まで鳴り響いていた。

雨避けがきちんとついている車止めに停まるロールスロイス。
宇髄が連絡済みだったため玄関には老いた使用人が1人すでに待機していて、恭しく車のドアを開けた。

宇髄がまず降りて、続いてまるでどこかのパーティにでも出席しにきたかのような海陽の制服を着こなした美丈夫が、そして同じ制服を身にまとった麗人が降りると、豪奢な扉のところで様子を伺っていた相手方の面々が、驚きに目を丸くした。

そうして3人が降りる間に使用人によって3人分の荷物が室内に運び込まれると、2台目のロールスロイスが車止めに。

その扉は自身達が乗ってきた車が走り去ったあともその場に残った麗人が開け、美丈夫が唯一の女性である禰豆子の手を取って助け下ろす。

「雨が降って滑るからな。気をつけろ」
と、男らしく低い美声で言いながら腕を貸す錆兎を見上げて

「ありがとうございます」
と微笑んでその腕に手を添える禰豆子。

そうしてもう片方の禰豆子の隣には義勇。
「行こう」
と、めったに見せないふわりとした美しすぎる笑みを浮かべる義勇の腕に

「ええ。行きましょう」
と、錆兎に対するのと同様に手をかけて頷くと、禰豆子は前を向き、さもそこで初めて気づいたかのように、

「あら、皆さん。こんなところで揃って何をしてるんです?」
と、驚いてみせた。

その時の舞のバツの悪そうな…そして悔しそうな顔に、意地が悪いと思いつつ、少し溜飲を下げる禰豆子。

「べ、別にっ!たまたま散歩に出ようと思ったら雨だっただけよっ!
行きましょっ!!」
と、苦しい言い訳をしながら踵を返す舞とその一行。

そんな中で舞以外にもうひとりいる女子が宇髄に駆け寄ってきた。

「天元、今回は巻き込んでごめんね」
と、舞とは対象的に気が弱そうな彼女は泣きそうな顔で宇髄を見上げてくる。

宇髄はそれに対して片手を額にあてて、
「美佳…お前、謝る相手が違ってねえか?
もう喧嘩まではとにかくとして、木戸の引き抜きはさすがにダメだろ。
お前も止めろよ」
と、ため息をついた。

それに少し目をうるませる美佳。

「ご、ごめんね。禰豆子ちゃん。
舞は私が言っても聞いてくれなくて」
と、今度は禰豆子に駆け寄ってくる。

「いえ、確かに美佳さんが言ってもあの人怒るだけな気がしますし。
美佳さんのせいじゃないと思います」
と、禰豆子は苦笑交じりにそう答えた。

そんなやりとりをしていると、遠くから
「美佳っ!!何やってんのっ!!行くわよ、早くしなさいっ!!!」
と、1人残ったらしい舞の不機嫌な声。

それにビクッとすくみあがって
「じゃ、私行くね。
みなさん、ごめんなさいっ」
と、美佳は舞の方へと駆け出していった。


それを見送って、今度は宇髄が
「本当に馬鹿とヘタレの幼馴染で悪かったな」
と、苦笑交じりに謝罪すると、

「いえ、宇髄さんや美佳さんのせいじゃないです。
美佳さんは普段からすごく優しくしてくれるいい人ですよ。
はぁ~!でも舞さんのあの顔!
ほんとちょっとすっきりしましたっ!
錆兎さんも義勇さんもありがとうございます!」
と、明るく笑う。

「いやいや。本戦はこれからだからな。
礼を言われるのはそれが無事終わってからだ」
と言う錆兎と

「礼は…全てが終わったら竈門ベーカリーのぶどうパンでいい。
いつ行っても売り切れてしまっているから」
と言う義勇。

「わかりましたっ!
ぶどうパンと言わず、竈門ベーカリーのパン一通り謹んで進呈しますっ!!」
と、それに車を降りて駆け寄ってきた炭治郎がそう請け負った。



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