ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん13_ロミオとジュリエットと迷探偵

初めて死体に触れた…。

前も一度殺人事件に巻き込まれて来たが、死体に触れたのは初めてだ。
しかも…まるで自分が殺したかのように絞殺体の首にかかっていた自分の手…。

死体も死体に触れた事も今の自分の状況も全てが恐ろしすぎて、善逸はパニックを起こしていた。


動機は…浮気現場を見て逆上というのは炭治郎相手にさすがにないが、他の理由ではないとは言えない。
アリスには随分酷い事を言われている。

錆兎もああは言っていたが、いつもよりもその表情は厳しかった。
疑われていたらどうしよう…。
不安な気持ちがグルグル回る。
空気になりたい、消えたいと…本気で思う。

自分で自分を抱える様にうずくまっていると、炭治郎が声をかけてきた。

「大丈夫…。善逸は何もやってないから。巻き込んでごめんな」
心底申し訳なさそうに肩を落とす炭治郎。


「もし…俺が捕まっちゃったとしても…皆会いに来てくれるかな…。
錆兎とか、義勇のために良くないとか言ってこないかもしれないよな…」
心細さでため息しか出ない。

「馬鹿な事言うな。何にもしてないんだから捕まるわけないだろう?」
「だって…俺の手が首にかかってたんだぞっ」
怒鳴る善逸。

「そのくらいで有罪認定するほど日本の警察も馬鹿じゃないから平気」
善逸にはそう言ったものの、状況すらまだよくわからないし炭治郎も自信がない。

何が間違ってこんな事になったのか…。
一つだけわかるのは自分のポカのせいだと言う事だ。

自分のせいで、善逸に殺人容疑をかけさせた。
もしこれで善逸が殺人犯として捕まるような事になったら…自分がやったとか言って自主したら身代わりになれないかなぁ…と、炭治郎がそんな事を考えていると、

「なんだ、お前ら何そんな陰気くさい面してるんだっ」
と上から声が降ってきた。

「宇髄!来てくれたのかっ!」
と、炭治郎はホッと顔をあげるも、善逸は
「この状況でさ…にこやかにしてたらアホじゃない?」
とうなだれたまま。

そんな善逸に宇髄は
「ほ~、カイザー率いる日本随一のエリート高校生集団が集まって事件の解決にあたってるというのに、事件が解決しないかもなどと不安かかえてるなんて方が充分アホだと思うがなっ」
と善逸を見下ろしてくる。

「集団??」
「海陽の生徒会役員総動員だ」
「…わざわざ全員、女の子受けしそうな海陽の制服で?」

「情報を集めたり協力を求めるにはそれは重要な要素だぞ。
おかげで…いくつかの重要な証言と物証を獲得したしなっ」
と、その宇髄の言葉に善逸が初めて顔をあげた。

「もしかして…俺の殺人疑惑晴れたの?」
と、言う善逸に、宇髄は”こいつ馬鹿か”とでも言いたげな視線を送る。

「んな疑惑元々存在しねえよ」
「だって…俺の手が首にかかってたし…」
「錆兎でなくとも…お前にもし恋人がいたとして、そいつの浮気相手に攻撃しかけるような根性ある奴じゃない事はわかる。
お前は浮気現場なんて目撃してもせいぜい涙垂れ流しながら逃げる程度の根性のないタイプの人間だ
きっぱりと断言する宇髄。

自分でもそう思うし、その見解は否定できない…。
まあそれを否定しても良い事はないわけだが…。
善逸は若干余裕が出て来た頭でそう考えた。

「まあ安心しろ。最初にここに来て調べた時点で錆兎は少なくとも善逸が犯人じゃないという証拠はある程度みつけて、今確実な物証確保してこちらに向かってる最中だ。
あとは真犯人を派手にいたぶるだけだ
壁にもたれかかって腕組みをしながら宇髄がにやりと言う。

そこで
「錆兎はもう着いてるか?」
と、聖星の学生を伴って煉獄が姿を現して宇髄に声をかけた。

「いや、まだだ。でもじき来る。待ってろ」
宇髄の言葉に、煉獄は制服の上着を脱いでそれを惜しげもなくバサッと床に敷いて

「申し分けない。こちらに腰をかけてお待ち頂きたい」
と、同伴した演劇部の女生徒に勧める。

女生徒はその態度に少し赤くなって
「ありがとうございます」
と、そこに腰をかけた。




「遅くなって悪いっ!間に合った?錆兎まだだよね?!」
やがて同じく村田が息を切らせてかけこんでくる。

「遅い!10分で探せと言ったはずだっ!」
それにまた容赦ない言葉をかける宇髄。

10分て…もう絶対に無理だろ~。
無理だってわかってて言ってるよな?宇髄」

情けない表情で脱力する村田に宇髄は表情を変えずに淡々と

「追いつめられた短絡的な人間が凶器を隠す場所のに思いつく場所なんてそう多くはないだろうが。
海陽生徒会役員じゃなく、一般人の気持ちになって考えろっ!
モブ担当のお前ならモブの気持ちなんてすぐわかるだろうがっ」
と、言い放つ。

「そんなムチャな…」
ため息をつく村田。
こんな会話も、もうこのあたりだとお約束だ。


そんなやりとりをしつつも、村田は焼却炉に放り込んであったと言うスタンガンを警察に提出した。
何のかんの言って根性でみつけてきたらしい。
そこが村田のすごいところだ…と、ちゃんとそれでも役割をこなす村田に善逸は心のなかで拍手喝采を惜しみなく贈る。

一般人だのモブだと言われながらも、彼もやはり只者ではない人間の集まりに席を置く優れ者の一人だということだろう。



そうこうしているうちに錆兎が到着。
中井はホッとした顔で出迎えた。

「被疑者は確保できそうですか?」
という中井に錆兎は
「これ、指紋お願いします」
とビニールにいれた短剣を渡す。

中井がそれを鑑識に渡すのを確認して、錆兎は
「とりあえず…あと一人待ちで、たぶんそれで終わります」
と中井に声をかけた。

やがて指紋を採取した結果が出ると、錆兎はうなづく。
「これで王手だな…」
錆兎がつぶやいた時、夕凪姫乃が屋上へと上がって来た。

封鎖していた警官に声をかけて伴われて殺人現場まできた姫乃は、アリスの遺体を見て小さく悲鳴をあげ、

「これは…どういう事ですか?」
と、周りに問いかけた。

そこで中井が義勇がスタンガンで気絶させられた事で傷害事件として警察が呼ばれた事、調査しようと屋上へ来た警察が気を失っている炭治郎に折り重なって殺されているアリスを発見した事、その首に同じく気を失っている善逸の手がかかっていた事などを説明する。

「ようは…その竈門さんに迫った義妹が、その恋人に絞め殺されたという事ですか?」
姫乃の言葉で善逸の顔から血の気が引いた。

そこで中井を制して錆兎が一歩前に出た。

「いや、知能の足りない下劣な殺人者がそう見せかけようとしただけだ」

冷ややかに言い放つ錆兎に、その場にいる全員が凍り付く。
特にさきほどのモロモロをみていない炭治郎が一番、その錆兎らしくない言い方に驚いて硬直した。

確かに錆兎はきつい言い方もするが、基本的には人情派で、きつい中にも温度が感じられる。
今はそれがまったくない。
今回の犯人はどうやら触れてはいけない竜の逆鱗にふれてしまったらしい…。

そんなシン…と静まり返る中、錆兎は始める。

「最初に…今回の殺人について、動機は金。
品性のかけらもない卑しい最低の人間が金欲しさに起こした、情状酌量の余地など何もない軽蔑すべき殺人だ。
まず…今回の唾棄すべき殺人者は白鳥アリスがネットゲームで竈門炭治郎に好意を持ち、探偵を使ってまである程度のリアル情報を調べた事を知り、炭治郎を利用してのアリス殺害を計画する。

アリスは有名な女流画家だが、芸術家にありがちな、やや思い込みが激しく情緒不安定気味なところがある人間だった。

だからとにかくアリスに彼女と炭治郎が前世で恋人同士だったと吹き込み、炭治郎を追いかける様にそそのかして、”常軌を逸した迷惑なレベルで”好意を示される事によって、炭治郎がアリスに対して悪意を抱くようにしむけたんだ。

その上でこの流星祭の間にアリスを殺害をするため、その数日前からアリスをそそのかし、炭治郎だけでなくその友人関係に攻撃的行動を取らせることで、業をにやした炭治郎が彼女の学校関係から注意してもらうために流星祭にくるようにしむけさせた。

そして流星祭に訪れた炭治郎をアリスに正門で待ち伏せさせる。

で、アリスをそそのかして炭治郎を騙して屋上に連れて来させると、スタンガンで炭治郎を気絶させ、この階段裏までアリスと共に運び、おそらく既成事実をとでもそそのかしてアリスが倒れている炭治郎の方にのしかかったところに後ろからスタンガンで気絶させたんだろう。
これは…二人とも調べてもらえればわかりますが、その痕跡が残っている。

本来ならこれでアリスを殺害し、その罪を炭治郎にと思っていたんだろうが、そこで今日炭治郎と共にアリスが炭治郎の恋人と勘違いしている善逸が聖星に来ているのを知った。
そこでどうせなら嫉妬に狂った恋人が…という方が信憑性があるとでも思ったんだろうな。
炭治郎の携帯を使って善逸に屋上にくるようにメールを送り、屋上に来た善逸を同じく気絶させ、アリスのすぐ後ろまで運ぶ。

ここで少し話が戻るが、犯人は最初殺害方法をアリスに殺されかかった炭治郎が誤って逆にアリスをとでも考えていたのだと思うが、その方法を刺殺にしようと計画し、ここ数日”綺麗だから”という理由で流星祭で毎年演じるロミオとジュリエットに使用する模造品の短剣にそっくりの本物の短剣を作らせアリスに渡していたんだ。

元々美しい物が好きなアリスはなんの疑いもなく、単なるアクセサリー感覚で喜んでそれを持ち歩いていたのだと思う。

そうやってアリスが普通に短剣を持ち歩いているという状況を作っておいて、今回の犯行にその短剣を使用しようと計画をしていたんだが、ここでアクシデントが起こった。

アリスが学院についたばかりの時に善逸に絡んで思い切り突き飛ばした拍子に、アリスのバッグの口があいてしまい、そのままの状態で学院内を歩き回っていたために、凶器である短剣を人ごみで落としてしまったんだ。

それを善意の第三者である聖星の生徒が拾い、その外見からロミオとジュリエットの小道具と思って演劇部の部室に戻した。

それをちょうどアリスを炭治郎に引き合わせて屋上に急ぐ犯人はみかけ、すぐ取りに行こうとした。

が、丁度その時、お祭り気分が盛り上がった甘露寺を始めとする女子高生達にロミオとジュリエットの衣装を着てみて欲しいと頼まれた義勇が演劇部の部室に衣装を借りて着替えてたんで、犯人はアリスが屋上についてしまう時間を気にしてジリジリとしながらも義勇が出て行くのを待たざるを得なくなった。

一方義勇は小道具に短剣が2本あるのを発見して、一本を予備と勘違いして、本物の短剣の方を衣装と共に借りていき、部室には模造品の短剣の方が残された。

義勇が部屋を出ると、犯人は短剣が一本しかないのに気付くが時間がなく焦っていたのもあり、写真を撮るためという事で義勇は当然模造品の方を持っていったものと思って、残った短剣を持って屋上へとむかった。

ということで、3人を気絶させたあと、犯人は善逸の手に短剣を握らせ、その上から手を添えてアリスの頸動脈を切り裂こうとしたが、演劇用の模造品だから当然切れない。

それどころかその衝撃でアリスが意識を取り戻したんで、とりあえずまたスタンガンで眠らせる。

ここで犯人は焦った。
短剣で刺殺する予定だったから、当然他に殺害できる物をもってきていなかったからだ。

あくまでカッとしてというシチュエーションだったから、下手な殺害方法も取れず、しかたなしに犯人は絞殺する事にしてアリスを絞殺して、善逸の手をアリスの首に添えると言う馬鹿馬鹿しくも不自然な細工をする事にした。

そこでようやくそこまで終わったところに、何故か義勇が屋上に現れた。

犯人はそこで善逸が自分一人ではなく、他の人間にも屋上で炭治郎と合流するように声をかけたものと思い焦る。

犯人は見つからない様に後ろから義勇をまたスタンガンで気絶させ、しかし屋上入り口で襲われたように放置すると、屋上に”3人以外の誰かがいて”屋上から去ったのではと怪しまれると思い、マリア像の下まで運んで寝かせると言った工作をしてその場から逃走した。

その後犯人は何食わぬ顔で自分が持ち出した模造品を稽古に使っていたといって持ち込んで舞台に立ったというわけだ」

錆兎がそこまで言うと姫乃が
「冗談じゃないわっ!!」
と声をあらげた。

「違うか?」
それに対して錆兎がキツい目を向けると、その視線に少したじろいで、それでも
「違うわよっ!」
と答える。

「しかし…そちらに来て頂いている劇の小道具の係の女性が、模造品の短剣の方は夕凪さんが確かに稽古に使っていたと言って劇直前に持って来たと証言しているが?」

「それはそうよっ!悪い?!
私はロミオ役ですものっ。
仮死状態になったジュリエットを見てロミオが短剣で自殺するシーンがあるのよっ!
稽古に使っていても不自然じゃないでしょっ!
でもそれが殺人現場で使われたなんて証拠はどこにもないじゃない!全部でたらめよっ」
ワ~っとまくしたてる夕凪姫乃に、錆兎は冷ややかな視線を向けた。

「立証…な、いいだろう。
まず炭治郎、善逸、アリスがそれぞれスタンガンで気絶させられた後はそれぞれの体に残っている。
犯人が短剣で大動脈を切ろうとしていた証拠はアリスの首にある擦ったような傷。
その後アリスが意識を取り戻してもう一度気絶させられたのは、他と違ってスタンガンの跡が2カ所残ってている事でわかる」

「でも…あの短剣を使ったなんて証拠はないわっ!」
その言葉に錆兎は指紋採取を終えてビニールに入った短剣を手に取った。

「指紋がついている」
「それがなに?演劇部全員くらいのはついてるでしょうし、私を始めとして劇の参加者のも全員ついてるわよっ!
当たり前じゃないっ!練習でも使ってるんだからっ!」
その言葉に錆兎は氷のような冷ややかな口調で言った。

「誰がお前のだと言った?
犯人だったらよほどの低能じゃない限り、犯行時には指紋がつかないように手袋くらいするのが普通だぞ。
問題は…”演劇部でもなければ学校の生徒ですらない”善逸の指紋がこれにべったりとな…ついてることなんだが。
犯人が握らせたんでもなければつかないぞ。
ま、これをきちんと鑑定すればこすった時についたアリスの首の皮膚も付着していることが判明すると思うが」

錆兎の言葉に夕凪姫乃は真っ青になってぺたりとその場に座り込んだ。

言葉もなく茫然自失の夕凪姫乃に錆兎は容赦なく追い打ちをかける。

「さらに言うなら…人は首を絞められれば苦しさから再度目を覚ますだろうし、当然首を絞めている手を外そうとするのが普通だ。
善逸が首に触れていたのは素手だから、もしアリスが生きている状態で絞め殺したなら善逸の手にはアリスの指の跡が残っているはずなのに、ないんだ、これが。
でもってだな…」

そこまで言って錆兎はロミオを演じた時のまま手袋をつけている姫乃の手首をつかんで強引にその手袋をはずした。

「そのアリスがかきむしった跡が、何故かここにあるわけだ」
そこにはくっきりと赤いミミズ腫れが残っている。

「どうせ…白鳥アリスが亡くなれば、もう二度と描かれなくなる彼女の作品の価値があがって金になるとかそんな下らない理由か」
錆兎はそう言い捨てて、くるりと中井を振り返った。

「個人的にはこういう愚劣な馬鹿は八つ裂きにしたいところですが、真相を突き止めた後は法の手に委ねるというのが今回ご協力願った加藤警視との約束なので。
警察の方で煮るなり焼くなり好きにして下さい」

と、ここまでは厳しい表情で言った後、錆兎は少し苦笑して

「できれば…事件暴いたのは中井さんということにして、俺の名を出さないで頂けるとさらにありがたいんですが…
あまりこういう事で有名にはなりたくない」
と、付け足す。

「いえ…そんな。本当に一瞬でここまでの状況認識力は脱帽致します。
私がといってもおそらく信じてもらえませんよ。嘘をつくなと加藤警視に怒られます」
錆兎の言葉に中井もそう言って苦笑した。



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