ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん11_襲われたジュリエット1


「…義勇は?」

義勇のジュリエットで大はしゃぎの女子高生達はそれとは別にクラシカルな海陽の生徒会役員仕様の制服もお気に召したようで、錆兎と宇髄はやはり写真撮影の嵐になっていたのだが、ふとジュリエット撮影隊の方の花係がこちらへ移動してきたのに気づいた錆兎は義勇がその場に居ないことに気づいて行方を尋ねる。

「あ、少し席をはずされるということで、聞かれたらここで待ってて下さいと伝えて欲しいと…」
そう言われて錆兎は一瞬考えこんだ。

トイレ…とかならいいが…何かあると毎回のように事件が起こって、何故か義勇がさらわれるので、なんとなくそういう消え方をされると怖い。
念のため、と、携帯をかけてみるが留守電。
この時点で即決断を下した。

「義勇が戻ってきたら、ここで待つ様にいっておいてくれ」
と、言い置くと部屋の外に飛び出す。

幸い消えた時の服装はジュリエットだ。目立つ。
道行く人に聞くとすぐ屋上方向に向かった事がわかる。
錆兎はそのまま迷わず階段を駆け上がって屋上へ。

「義勇?」
声をかけて左右を見回した錆兎の顔から瞬時に血の気が引いた。
一瞬足が凍り付いたように動かない。

「ぎ…ゆう…義勇っ!!!」
しかし次の瞬間、はじかれたようにマリア像の元に横たわるジュリエットの所へと駆け出した。
すぐ側まで来て立ちすくむと、横たわる恋人を見下ろす。

肘まで白い手袋に覆われた手を胸の上で組み、静かに目を閉じている義勇の横に恐る恐るひざまづき、祈る様な気持ちで首筋に手を当て脈拍を確認して、次の瞬間、錆兎は大きく息を吐き出した。

…生きている。
安堵のあまり全身から力が抜けた。

とりあえず…と、錆兎は義勇を抱き上げて校舎内へ戻り、医務室へと連れて行く。
ジュリエットを抱えて校内を歩いているのだから、当然目立ち、宇髄達も人づてに耳にしたらしくかけつけてきた。



「お姫さん倒れてたんだって?!具合どうよっ?!」
途中義勇の服を取ってこちらへかけつけてくれたらしい。
宇髄は甘露寺と一緒にきて服を隣のベッドに置くと、ベッド脇で付き添っている錆兎に声をかけた。

「一応…脈や呼吸は異常ない。
発見した時はマリア像の足元で…倒れていたというよりは寝かされていたという感じだったから…本人が起きたら事情聞いてみる」
錆兎は青ざめた顔のままそう言うと、ベッドの上の義勇に目を落とす。

「俺が目を離してから義勇を発見するまで10分くらいだと思うんだが、発見時は胸の上で手を組んで横たわった状態だったんだ。
ってことは…体調不良で倒れたとか自分で眠ってしまったとかではないと思うんだが、かといって義勇を眠らせてそんな所に放置する意味がどこにあるのかが疑問で…」

「そもそも、義勇はなんで屋上なんて行ったんだ?」
「それも不明だ」

「そう言えば善逸は?」
「あ…」
その言葉に錆兎はハッとした。

「ちょっと待ッてて下さい。私が聞いてきます。皆さんは念の為ここに居てくださいね」
と、甘露寺が医務室を出て行く。

「変な事に巻き込まれてないといいんだけどな。
さっきの電波の子とかに遭遇したりとかなぁ」
「そうだな」
残された二人は並んでため息をつく。

「元々はお前じゃなくて炭治郎のストーカーだろ?」
「だな」

答えて少し伸びをするとジレの下にいれておいたペンダントがこぼれ出た。
義勇と一緒に買った【冨岡義勇】のネーム入りの狐のレリーフのドッグタグ。

「お~、これかぁ、お姫さんが言ってた名前が書いてあるってやつ…
自分の名じゃなくて相手の名ってとこがミソだな」
と、それを見て宇髄が笑う。

「うむ。義勇も俺の名を刻んだものをつけてるぞ」
と、錆兎は襟のつまった義勇の衣装の首元からペンダントを引っ張り出した。

そこにはちゃんと【鱗滝錆兎】の名が刻まれていて、義勇がいい出したことではあるが、錆兎の方もどこか心満たされるものを感じる。

「お~お~、幸せそうな顔しやがって。
さっきはガチでおっかなかったぜ。
お前ガチギレしたら、手も何も出さなくてもちっとやそっとの暴力よりも相手にダメージ与えるってこと自覚しろや」
と、さきほどとは打って変わって穏やかな愛おしげな顔になる錆兎に宇髄が言うと、

「義勇に危害を加えられない限りは常に自制はしているつもりだし、大切な相手に危害を加えられて穏やかにいられるはずはないだろう」

「そうだけどよぉ…ちなみに今回の事は俺は無関係だぞ?」

「ああ、その件はすまなかった。
そういう意味では関係者と無関係な者を区別する分別は必要だな、確かに
出会ってすぐ殺人事件が起こっていて、それからひと月ほどでまた殺人。
そのどちらも義勇は拉致されているし、そもそもが出会う前、6年前にも殺されかけてるというと、さすがに色々大丈夫な気がしてこなくてな…」

「あ~そりゃあなぁ…。
しかしそこまで事件に巻き込まれるってある意味すげえな。
普通、特殊な環境じゃない限り1度もまきこまれることもなく人生終わるもんな」

そんな事を話してると甘露寺から錆兎の方に電話がかかってくる。

『善逸さんなんですけど、たまたま居た子に、席外すって錆兎さんに伝えてくれって言って教室でてて、その子は近くにいた義勇さんの方にそれを伝えたらしいです。
行き先は言っていなかったみたいですが。それでまだ戻っていらしてません。
他に聞いたほうがいいことはありますか?』
言われて錆兎は少し考え込む。

「善逸がその伝言頼む前とかに電話とかしてたとかはないか?」
『ちょっと待って下さい。聞いてみます』
二人がそんなやり取りをしている間、宇髄は少し崩れた義勇の服の上にあった短剣に目をやって、少し懐かしそうに微笑む。

去年は宇髄も彼女がロミオをやると聞いて見に来ていた。
金ピカでラインストーンが入った短剣は派手でいいなぁと気に入って、それをモチーフにしたゴールドにルビーをはめ込んだブローチを記念に贈ったのはいい思い出だ。
綺麗な細工の鞘から短剣をだしていじりながら宇髄はそんな事を思い出している。

(…おお?)
と、その時宇髄はふと気付いてソ~っと短剣の刃先に指で触れてみた。

…痛い。
指はさすがに…なので、今度はその刃先を鞘に当てて少し力をいれてみる。

「何…してるんだ?宇髄」

結局、席を外すと言う話をする前に善逸は誰かとメールをしていたらしいという事だけ確認して甘露寺との通話を終えた錆兎は、宇髄の謎な行動に眉をひそめて聞いた。

「いや…引っ込まないなと…」
「引っ込む?」
「ああ。去年は彼女がロミオやったからな。
この派手な短剣のことはよく覚えてるんだが…劇用の短剣は精巧な作り物でな、ほら、刺すと引っ込む奴あるだろ、よく。
あれを使ってんだよ。でないと怪我するだろ?」
宇髄の言葉に錆兎は宇髄の手の中の短剣に視線を落とした。

「それは…そういう奴じゃなくて本物なのか?」
「ああ」
「ちょっとまだ甘露寺がいると思うから聞いてもらうか」
といって慌ててまた甘露寺に電話をかけた。

短剣は義勇がジュリエットの衣装に借りた際、たまたま小道具の所にあった2本の短剣のうち1本を拝借してきたもので、今甘露寺が見に行ったところ、もう一本の短剣もいつのまにか消えているらしい。

そして甘露寺から状況を聞くと、錆兎は今度は宇髄を振り返る。
「宇髄…去年は短剣て一本だったか?」
「一本て?」
「つまり…予備とか用意してたとか…」
「ああ、ないなぁ~。
そんなしょっちゅう使う物じゃないし、壊れない事前提だろ、こんなん」
スチャっと短剣を鞘に戻して宇髄は肩をすくめる。
そして念の為と現在は海外にいるという彼女に聞いてみてくれたが、やはり同じ答えが返ってきた。

嫌な予感がする…。

「でもまあ…なくなってるのは刃が引っ込む方の短剣なわけだから…無問題じゃねえか?」
錆兎の気持ちを読んだのか、宇髄が短剣を机の上に置いて言った。

「そう…なんだけどな…。
誰かがわざわざ刃の引っ込む演劇用の短剣と同じ様な本物の短剣を用意してきたというのは…なんか嫌な感じが…」

「まあ確かになぁ…若干きな臭さを感じなくはねえなぁ…」
「だろ。実際…義勇が何者かに眠らされたわけだしな。
関連性がある可能性も低くはないからな」

そんな会話を交わしている間に甘露寺が戻ってくる。

「錆兎さん…ちょっと気になる事がわかりました」
入ってくるなり言う甘露寺に

「気になる事?」
と、錆兎は顔をあげて眉を寄せた。
それに甘露寺はうなづく。

「その短剣…演劇部が用意した物じゃないっぽいです。
一般生徒が拾ってロミオとジュリエット用のと思って演劇部の部室に置いてきたみたい。
こっちの短剣の持ち主は不明です。
でも本物の方の演劇用の短剣が消えていたのは、たぶん今ここにある短剣の持ち主が持って行ったんじゃないかと思うんですけど」

「誰かがわざわざ作ったレプリカか…」
錆兎は考え込んだ。


「まあ…とりあえず義勇を着替えさせるか。
短剣は最悪それっぽいのを使って刺すフリでもいいが、ジュリエットの衣装がないと劇できないだろうしな」

そう言って甘露寺と宇髄を衝立の向こうに追いやって、錆兎は義勇を着替えさせる。
それでさすがに気がついたらしい。

「…さび…と…?」
若干ぼ~っとした声。

「ああ、義勇気がついたか?平気か?」

ジュリエットの衣装を脱ぐと普通の白いシャツ。
その下には染み一つない雪の様に真っ白な肌…。

ジュリエットの衣装の後ろの留め金を外すのに後ろを向くと、肩口に触れる真っ黒な髪がその真っ白な肌と見事なまでに美しい対比を見せる。

気を失うまでの話を義勇から聞き出しながら、その優美な曲線を描くうなじから背中のラインに目をやった錆兎は、ふと一点に目を留めた。

かすかに紅い跡…。
錆兎の眉がつりあがった。



「宇髄っ!警察呼ぶぞっ!!」
「どうしたっ?!」
宇髄はついたてに駆け寄って一瞬迷い、しかしすぐ意を決した様に中に入った。

「これ…」
錆兎が義勇の背中の肩の少し下あたりを指差す。

「多分…スタンガンとかそういうのの跡だろうと思う。意識失ったのはそのせいだ」
と、その言葉が終わる前に錆兎はすでに携帯を取り出している。

「もしもし…お忙しいところ本当に申し訳ありません、鱗滝です。
今聖星女学園にいるんですが…傷害事件として捜査員を送って頂きたい。
詳細は…高校生がスタンガンのようなもので気を失わさせられて屋上に放置されました。
それ以上の被害は何もないんですが…いたずらにしては使用した物が物ですし、悪質すぎますし、二次被害の怖れもありますから。
あとできれば…非公式に俺に仕切らせて頂けると嬉しいんですが。
今回の愚か者には絶対に警察の牢の中で人生後悔させてやりたいので」

錆兎のキツい表情がいつもにもましてキツくなっている。
電話の相手は海陽のOBで本庁の警視、加藤だ。

『察するに…被害者がお姫さんか?』
電話の向こうで加藤が聞く。
「はい」
即答する錆兎。

加藤が
『”法的な域を超えて”暴走する男ではないよな?お前は』
と、確認を取ってくるのに、錆兎は
「もちろん。そんな愚か者のために自分が犯罪者になるつもりはありません。」
ときっぱり言い切った。

『わかった。直属の中井っつ~部下を送ってやる』
かなり無理な要請を、それでも加藤は聞いてくれるらしい。
「ありがとうございます。
ではこちらでも学校側に話をしておきますので、宜しくお願いします」

厳しい顔で電話を切った錆兎を見下ろす宇髄。
「ということで…学校側への事態の説明と報告に行くぞ」
錆兎は言って制服のポケットからスチャっと手袋を出してはめた。

「これは…なかなか派手に面白い事になってきたな」
少し顔を強ばらせながらも、あくまで口ではそう言って宇髄は自分も携帯を取り出してどこかへかけた。


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