「宇髄さぁ~~ん!!おまたせしちゃいました?」
それからほんの2,3分ほど後、校内から手を振ってくる女子。
とそれに錆兎が驚いたように目を丸くした。
「あら、錆兎さん、ご無沙汰してます~。
うちの学校の子に追い回されて困ってるって錆兎さんだったんですね~。
納得です~。素敵だから道場でも憧れてる女の子いっぱい居ますし」
「いや、追い回されてるのは俺の友人でな」
「まあそうですか。煉獄さんとか?」
「いや、甘露寺は多分知らない奴だ。竈門炭治郎という」
「う~ん、知らない方ですねぇ」
そんな会話を交わす2人に残り3人が視線を送っていると、それに気づいた錆兎が
「ああ、彼女、甘露寺は煉獄の家の道場で一緒に剣道を習っている兄弟弟子なんだ。
聖星に通ってたとは知らなかったが…」
と説明する。
「あ~、じゃあ煉獄とも知り合いだったのか~」
と納得する宇髄。
「ええ。というか宇髄さん海陽に通ってらしたんですねぇ」
と、頷く甘露寺。
「知らずに案内引き受けてたのか、甘露寺」
と、それに相手の身元も知らずに不用心な…と、錆兎が少し眉を寄せれば、甘露寺は
「卒業した美食部の先輩の交際相手でよく部員一同ご馳走になったりしてたので…。
宇髄財閥の方だと言うのはお聞きしてましたし」
とニコリと返した。
「その先輩はすごく素敵な方で…去年、聖星の学祭、流星祭の毎年恒例の劇、ロミオとジュリエットのロミオを演じられてたんですよ~。
家系的にスラッと背が高くて、一族の女性全員ロミオ役に抜擢されてるすごい家系で、中でも10年ちょっと前くらいにその方の再従姉妹の女性が演じられたロミジュリは伝説になっていて、その時のビデオがその後ずっとロミジュリの劇のお手本として見せられてるくらいなんです。
そんな方でも宇髄さんと並ぶと本当に小柄な女性に見えるのがすごく素敵で……」
「あ~甘露寺、悪いな。
先に要件済ませてかまわねえか?」
うっとりと延々に語りそうな甘露寺に苦笑して、宇髄が口を挟むと、甘露寺は
「あああ!!ごめんなさい、私ったらっ!!」
と、頬に手をあてて慌てだした。
「そうでしたっ!今日はその追い回してる子の身元を探すんでしたね」
わたわたとする甘露寺の頭をぽんぽんと撫でながら、宇髄は
「あ~、身元はわかったから、むしろ本人を呼び出したいんだが…」
と、言う。
「あ、そうだったんですか。じゃあ、クラスと名前を教えて頂ければご案内できます。
もし御用がすんだらぜひ流星祭も楽しんでいって下さいね」
と、応じながら、甘露寺は、錆兎さん達も…と、あらためてそちらを振り向いて固まった。
「…甘露寺?」
「え?え?ええっ?!!嘘、うそお~~!!!」
絶叫されて男4人が固まる中、甘露寺はいきなり義勇の腕をぐいっと掴んで軽々と横抱きにするとものすごい勢いで校内に駆け出していった。
え…?横抱きに抱え上げられていたように見えたけど…幻だったんだよね?…と、善逸は目をこすったが、次の瞬間、錆兎が無言でものすごい勢いでそれを追い、
「俺らも追うぞっ!!!」
と、宇髄が善逸の腕を掴んで走り出した。
こうして4人が校内に消えた直後のことである。
「本当にひどい目にあったなぁ…」
と、本当に入れ違いくらいに待ち合わせ場所にたどり着いた炭治郎。
わけのわからない女子高生に追い回されるなどという、本人にしたら本当に迷惑この上ない羽目に陥って、それでもなんとか錆兎が介入してくれることで解決に向かって第一歩をと思ったら、いきなり電車の人身事故で待ち合わせ時間に遅刻。
と、彼の不運はそれだけではなかった。
待ち合わせ場所にあと3分早くたどり着いていれば普通に合流できたのだが、着いたのがちょうど錆兎たちと入れ違い…そして、そうやってわずかな時間しか経っていなかったことで、さきほど義勇に撃退された彼女は、まだそのあたりをうろついていたのである。
「あ~炭治郎さまっ!アリスに会いにきてくれたんですねっ!
やっとアリスの事思い出してくれました?」
と、後ろから抱きつかれる。
出た~!!!
炭治郎は驚きのあまりとびあがったあと、抱きついている腕を強引に引きはがした。
「あ~の~ね~、とりあえず…俺は本当に君のことを知らないし、君がゲーム上であったタンジロウというキャラは俺のクラスメートが使ってたって本人から聞かなかったか?」
くるりと振り向いて言う炭治郎にアリスはにっこり
「炭治郎様ったら照れなくても、アリスは全部わかってるんです。
そんな事よりね、愛を語り合うのにぴったりの場所があるのよ、行きましょっ」
と炭治郎の腕を引っ張って行く。
「ちょ、なんで俺がっ!」
あわてて腕を振りほどこうとする炭治郎だが、アリスは腕はがっちり掴んだままピタっと足を止め
「えと…一度だけ。そこでね、一度だけ前世で言ってくれたみたいにアリスの事好きだって言って?
現世では…魔王の呪いが強すぎて二人は幸せになれないらしいの。
だから…来世まで待つから」
と少し潤んだ目で炭治郎を見上げた。
「アリスは絶対に忘れない。生まれ変わったら絶対にまた探し出して会いにくるからっ!」
ホロリと大きな目から涙がこぼれ落ちる。
炭治郎は迷った…が、それで気が済んで諦めてくれるなら…と、しかたなしについて行く事にした。
と、炭治郎がそんなやりとりを交わしている頃…
「すまんっ!すまん、通してくれっ!!!」
と、かなり青ざめた顔で人混みをかきわける錆兎。
「え?え??何が起こってんの?!!宇髄さんっ!!」
と、1人だけ全く甘露寺を知らないためわけがわからない善逸。
「知らねえけど、お姫さん拉致はまずいだろっ!錆兎がマジギレするわ、これ!!」
と、自分が依頼した相手の行動だけに、こちらも別の意味で青ざめる宇髄。
一方で抱きかかえられている義勇は硬直している。
何か喋れば舌を噛みそう…とか、暴れて落とされても…とか、まあ色々あるにはあるが、それ以上に、自分とほとんど背丈が変わらない女子高生が自分を抱きかかえてものすごい速さでダッシュしているというのが、そもそも信じられない。
これは…もしかして自分は実はまだベッドの中で夢でも見ているんじゃないだろうか…と思う。
さすがにありえなさすぎだ。
遠くで錆兎が呼んでいる声が聞こえる。
でもどうすることも出来ない。
ここで自分が抵抗なり暴れたりなりすれば、周りも巻き込んで怪我をさせかねない。
まあ…宇髄の知り合いみたいだし、変なことにはならないんじゃないだろうか…
そんな考えも手伝って、とりあえず無抵抗に運ばれることにした。
「みんなっ!!見てええええーーー!!!!」
終点はあったらしい。
とある教室に駆け込んで甘露寺が絶叫する。
そこには女子高生がいっぱい。
みんなその声に駆け込んできて教室中央に立つ甘露寺を見て、それからその視線が一斉に義勇に向けられた。
──う…うそぉ……
と、シン…と静まり返った教室内にさざなみのように広がる声。
「うそうそうそうそっ!!
このかた誰っ?!!!本物?!!!!」
「やだっ!!どうして?!!」
「みつりん、どこからお連れしてきたのっ?!!!」
口々に言って一斉に詰め寄ってくる女子高生に、義勇は完全に固まった。
すごい勢いすぎて怖い…
…さびと…さびと…早く来てくれ……
来ないという考えはない。
絶対に来てくれるのはわかっている。
だがすごい人混みだったので、見失われていなければいいんだが…と思っていたら、
「ここかーーっ!!!」
と、飛び込んでくる錆兎。
「錆兎っ!!!」
と、思わず公衆の面前だと言うのに半泣きになってその腕の中に飛び込んだ。
ぎゅっと抱きしめられて安堵の息を吐き出すと、上でゾクリとするくらい殺気と怒りを含んだ錆兎の声がした。
「…どういうつもりだ、甘露寺。
これだけは悪ふざけではすまされないぞ…。
もし宇髄も絡んでるなら奴も連座だ。
返答次第では海陽生徒会長OB会も含めた俺が使える手段人脈の全て使って潰す!」
ひっ…と、女子高生たちがすくみ上がる。
「ご…ごめんなさい、色々考えが及ばなくて…つい…悪ふざけとかじゃなくて…」
と、甘露寺自身も青ざめた。
「ちょ、錆兎落ち着けっ!」
と、追いついてきた宇髄がその肩に手をのばすが、錆兎はそれを払い除けていう。
「俺自身のことなら多少は目を瞑るが…義勇に危害を加えるなら容赦はせん。
宇髄…お前でもだ」
錆兎はきついことはよく言うし、それをかわしたり上手に受け流せる生徒会役員達にはしばしば戯れに手や足が出たりするが、それは飽くまで仲間内の親しみをこめた戯れで、必ずそこには温度があった。
が、今錆兎が宇髄に向ける目にはそれがない。
ひどく冷ややかで触れれば凍傷を起こしてボロリと組織ごと破壊されそうな、そんな冷たい怒りを秘めている。
これは…本格的にまずい…と、宇髄は背に嫌な汗をかいた。
どうやら逆鱗にふれられた竜の怒りはいまだ収まらないらしい。
そんななかで”敵認定”されていないからだろうか…普通に当たり前に錆兎に…いや、正確にはその腕の中の義勇に近づけた善逸は、
「で?結局なんで義勇は連れて行かれたの?」
と、義勇に聞いている。
聞かれても義勇自身にもわからない。
だから錆兎の腕の中でふるふると首を横に振る。
そしてゆるゆると問うように甘露寺に視線を向けると、そこでようやくホッとしたように甘露寺が後ろの古いテレビに駆け寄って、
「そう、そうなの!錆兎さんの彼女さん…の義勇さん?
その方がさっきお話した10数年前のジュリエットにそっくりでね」
と、テレビとビデオの電源を入れた。
そうして映る画面には、なんとも可憐なジュリエット。
驚いた事に、それは本当に義勇に瓜二つだった。
「これ…誰だ?」
と、それまで激怒していた錆兎も驚いてぽか~んと呆ける。
すると錆兎の腕の中で義勇が
「…蔦子姉さん…。中学の時にジュリエットやったって言ってたから…」
と、当たり前に錆兎の問いに答えるようにその顔を見上げていった。
「え??」
皆が驚きの顔を義勇に向ける。
「マジ…か。本当にそっくりだな」
と、錆兎がその義勇の顔を覗き込んだあと、テレビの画面のジュリエットを凝視する。
「うん…。俺も姉さんもお祖母様に瓜二つだって言われてた。
ついでに…母さんも。
うちの家系はみんなこんな顔してる」
「派手にすげえな、冨岡家の血!!」
と、宇髄が言うのに、
「いや…母方だから冨岡じゃないけど…」
と、義勇が珍しく突っ込みを入れた。
「え~~!!!ジュリエットの妹君でいらしたの?」
「10年の時を超えて妹君がなんて…」
「ね、ジュリエットの衣装着て頂けないかしら…」
「素敵っ!本物のジュリエット拝見したいわ…」
「みつりん…お願いできない?」
お嬢様方は立ち直りが大変お早いらしい。
もうさきほどの錆兎の怒りなど忘れておおはしゃぎだ。
お願いされた甘露寺も、困りつつも自分も見たいらしく…
「あの…錆兎さん……本当に少しだけ…だめ…でしょうか?」
と、おずおずと聞いてくる。
それに対して錆兎はとりあえずの怒りはおさめたものの、はぁ~と呆れたため息。
「駄目に決まっているだろう」
と、却下。
しょぼ~んとうなだれる甘露寺に、普段ならうまく間に入ってとりなす宇髄もさきほどの錆兎の烈火の如き怒りを目の当たりにすると、さすがに我が身がやばいとばかりに距離を取る。
しかしそこで思わぬところから声がかかった。
厳しい表情の錆兎の腕の中で、さびと…と、その顔を見上げる義勇。
──錆兎の後輩…なのだろう?別に少しドレスを着るくらい構わないが?
人間関係は大切だぞ?と言う義勇に
「別にお前に無理をさせてまで続けなければならん人間関係などない」
と、きっぱり言い切る錆兎。
「…怖い顔をしている」
「…む…すまん」
「…本当にドレスの件は個人的には問題ないんだが、錆兎は嫌か?見苦しいから見たくないか?」
お姫さん、うまいな、おい…と、宇髄は唖然とする。
これはわざとか天然か…
こてんと小首をかしげてそんな風に言われれば、錆兎が否と言えるはずがない。
「……見たい」
「うん、じゃあ着てみよう」
と、錆兎の言葉に義勇がふわりと微笑む。
こうして結局隣の演劇部の部室へ行って着替えて、ウィッグをかぶればジュリエットの出来上がりだ。
義勇は服をたたんでいったん、小道具の側に。
その時ふと小道具の短剣が目につく。
「あ、これも持っていったほうがいいのか…。予備と二本あるみたいだし」
と、ラストで使う短剣を1本手に取った。
「きゃああ~~本物ですわっ!本物のジュリエット!!」
隣に戻るともう大騒ぎである。
甘露寺を始めとしてうっとりとする一同。
「どうせなら錆兎さんもご一緒に写真を撮りましょう!」
華道部のいけた花を借りてきて、それをバックに二人を挟んで写真を撮る甘露寺。
そんな集団を通りがかりの外部の…何も知らない男子学生とかが見て写真に収めようとすると、
「勝手に撮らないで下さいっ!」
と、ザザっと女子高生達は壁を作って阻止する。
そのあたりのプライバシーの意識はことの外しっかりしているらしい。
「コスプレしてたって本人の了承なしに取るなんて絶対にNGですっ」
見たい人にはあとで私のを見せるからっと、人差し指を立ててそういう甘露寺に、お嬢様たちは、は~い♪と声を揃えてお返事する。
自分はいいのか?と視線で尋ねた錆兎に甘露寺はにっこりと
「一応錆兎さんの妹弟子という事で身元もはっきりしてますし、流出は絶対にさせないので、見逃して下さい!
あとで錆兎さんのスマホにもちゃんとお送りしますから!」
と、安心していいのかわからない返事を寄越した。
本当に大丈夫か?と思わないでもないが、確かにそっくりな容姿の姉がこの衣装を着て伝説になっただけあって、義勇も驚くほど綺麗なので、まあいいか…と思ってしまう。
海陽の学祭でもミスコンで毎年女装する人間がいるわけだし、高校時代のちょっとした思い出だ。
こうして大はしゃぎのお嬢さん方から少し離れて所在のない善逸。
さて、どうしようかと思っていると、タイミングよく炭治郎からメールが来た。
”今ちょっと屋上いるんだけど、こっちきてくれるか?”
まあホッとした。
ようやくこの場違いさ満載の空間から退出できる。
善逸は側にいた女子高生の1人に席を外す旨の伝言を錆兎に伝えてもらえるように頼んで屋上へ急いだ。
人でにぎわう廊下を駆け抜け、屋上へ続く階段へ。
下方向に行く人は多いが、何もない屋上へ行こうという人間はいないので、すっきり人のいない階段をかけあがる。
階段を上がりきると屋上のドアはあいていて、目前には青空が広がっていた。
一歩足を踏み入れると、左側には大きなマリア像。
右側には何もない。
「炭治郎?」
声をかけるが返事がない。
しかたなしに外に出てグルリと階段の裏側に回り込んだ善逸の目に二つの人影が入った瞬間、急にすごい衝撃が来て、善逸は意識を手放した。
「義勇様、お友達の方から伝言なんですけど…」
記念写真希望者と一通り写真を撮り終わって義勇が抱えている花を華道部に返していると、善逸の伝言をその場に居た一人が伝えにきた。
伝言を聞いた義勇はちょっと天井を見上げて考え込む。
「えと…少しだけ席を外すんで、聞かれたらここで待っててもらうように錆兎に伝えておいて下さい」
女子高生に囲まれている錆兎と宇髄にチラリと目を向けると義勇はコソっとそう言って、机の1つに短剣だけ置いて教室を抜け出した。
ドレスの裾を翻して廊下を疾走するジュリエット…目立ちまくりである。
道行く人が歓声を上げて振り返って行くのにも構わず屋上への階段をかけあがり、開いたドアから外へ出た瞬間…義勇もまた意識を失った。
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