ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん3_とある休日

宇髄たちと分かれて数時間後、デザートバイキングのレストランを出たところで、

「休日だけでいいから煉獄の胃袋が欲しい…」
と、口を尖らせる義勇に

「全て一口ずつは食ったろう?」
と、錆兎は苦笑する。



今日はミスコンの時用に買った服を着用してのデザートバイキング。

義勇がずっと楽しみにしていたもので、甘いものが嫌いなわけではない錆兎も美味いスイーツを人目を気にせず食べられるこの機会を、楽しみにしていた。

席に案内されると、見た目も美しいデザートの数々が並ぶ少し離れたテーブルにキラキラした目を向ける義勇が可愛い。

「取ってきていいぞ。待ってるから」
と、声をかけると、コクコクうなずいて飛び出していった。

義勇は基本的にはおっとりしていて、食べ物の取り分けとかは苦手なのにな…と思いながらそれを見送ると、すぐにしょぼんと肩を落として戻ってきた義勇の手の皿にはケーキが1つ。

「どうした?」
と、見上げれば、泣きそうな顔で
「崩れてしまった…せっかく可愛かったのに」
と、うなだれる。

そう言われて見ればなるほど、横にゴロンと転がって崩れたケーキ。

「座っとけ」
と、錆兎はそれを見て小さく笑うと、義勇の肩をぽんと軽く叩いて立ち上がった。


そうして抜けがないように端から順に1つずつ、白い皿の上に小さいデザートを綺麗に並べ、とりあえず皿がいっぱいになったところで席に戻ると、

「食ってていいぞ。飲み物は紅茶で良いよな?そっちは俺が食うから残しとけ」
と、しょんぼりと崩れてしまったケーキをつついていた義勇の前の皿を取り除いて、自分が取ってきた皿を置いてやる。

そうすると一瞬義勇の顔がぱぁぁ~っと輝いて、しかしすぐ、もの問いたげに見上げられたのに、

「別に俺は腹に入れば気にならない」
と、ぽんぽんと頭をなでてやると、今度こそ義勇は嬉しそうにうなずいて、フォークをデザートいっぱいの皿に伸ばした。

そんなやりとりに、ほぼ女性客のフロアがざわりとざわめく。



本当に…錆兎は紳士だな…と、義勇は思った。

そもそもが顔が大変よろしくてスタイルも良くて、それが名門進学校の生徒会仕様の制服を着ているというだけで、もう華がありすぎて目立つ。

なのに、義勇の自由意志に任せたらグチャグチャになってしまったケーキを前に義勇がうなだれていたら、すかさず席を立って自分がデザートを綺麗に取り分けて持ってきて取り替えてくれるのだ。

容姿が完璧なだけじゃなくて態度も優しい。
そりゃあ女性も騒ぐだろう。

実際、何度も近隣の学校の女子高生に交際を申し込まれた事があるのも知っている。
街を歩いていたって、錆兎が1人でいると女性にいわゆる逆ナンパをされることが多々あるのも知っているし、納得もできる。

錆兎が男の自分1人で甘いものを食べるのは恥ずかしいからというのをきいて、六年前までは普通に姉に姉のお下がりの服を着せられて一緒にでかけさせられていた義勇が、その延長線上だからと、じゃあ自分がミスコンの時に購入した服で女性を装うから一緒に行こうと申し出てのこのデザートバイキングDay

傍からみればカップルに見えるらしいので、さすがに錆兎に声をかけてくるつわものはいないが、それでも注目はされるし、熱い視線も浴びるのである。

さすが俺の錆兎だ、と、それを誇らしく思う。

以前なら自分なんかが側にいるよりは、そういう女性の1人と居たほうが錆兎は幸せなんじゃないかと思ったのかもしれないが、今は自分にとって錆兎が特別であるように、錆兎にとって自分が特別なのはさすがによくわかっていた。

だって錆兎が言ったのだ。

義勇は錆兎にとって特別な人間で、義勇がいなければ他にどれだけの他人が居ても駄目なのだと。
その上で自分はずっと義勇と共に生きて義勇を看取ってから死ぬといってくれる。

錆兎ほどの人間が自分ごときを…と思わないでもないが、錆兎の幸せを決めるのは錆兎自身で、錆兎は自身の幸せを間違うほどに愚かな男ではなく、また、軽々しく一生を口にするほど無責任な男でもない。

だから他の目にどう映ろうと錆兎の幸せは義勇と共に有り、錆兎は宣言通り義勇から離れることはないと、それは義勇も全く疑っては居なかった。

ただ本当に贅沢なことに、義勇は二人の間では確かなそれを外からわかる何かがほしいと思ってしまった。

何が良いだろう…と義勇が考えていると、義勇が取ってぐちゃぐちゃに倒れてしまった最初のケーキを律儀に食べていた錆兎は

「義勇、どうした?苦手な物があったら食わなくてもいいぞ?
残しておいたら俺が食うから」
と、少し気遣わし気に手を伸ばしてくしゃりと義勇の髪をなでてくれる。

そこで初めて自分の手が止まっていた事に気づいて、義勇はゆるゆるとフォークを置くと、錆兎を見上げた。





「…錆兎……」

デザートを口に運ぶ手が止まっていたので、何か嫌いなものでもあったのか?と声をかけたら、義勇は完全にフォークを置いて見上げてきた。

長いまつげ。
その下の青みがかった黒い瞳はひどく思いつめたような様子で、また何かおかしな心配を始めたのか…と、思いつつも、

「ん?なんだ?」
と、聞き返してやると、返ってきたのは意外な言葉だった。


「このあとなんだが…少しアクセサリを見たい。
付き合ってくれるか?」

なんだそんなことか…と、少し気が抜ける。
だがそれを口にする前と同様、本人はしごく真剣な表情だ。


もしかして…自分がデザートを取りに言っている間に、周りのテーブルの女性がファッションにおけるアクセサリの重要性でも語っているのが聞こえてきでもしたのか…

そうなると、錆兎の隣にいて恥ずかしくないであろう最上の女装を目指しているらしい義勇がそれに興味を示したとしてもおかしくはない。

そう、不思議な事に義勇は女物の服を来た時の自分に向けられる目に関しては全く気にならないようだが、自分が隣に立つことによって錆兎に向けられる視線というものは、ひどく気になるらしい。

だから今日にしても人見知りな義勇が宇髄に頼み込んで、ウィッグと化粧品一式を用意してもらい、それでも不器用なのはどうしようもないので、宇髄の指導の元、錆兎が綺麗に化粧を施していた。

正直、女に見えるか見えないかをすでに超えた完成度で、むしろこのレベルの美少女がそのあたりを普通に歩いている方が現実感がなさすぎて目立ってしまっていると思う。

錆兎はこれまであまり自分の容姿の美醜は気にしたことがなかったが、それこそ自分のほうがこのレベルの美少女の側に立つのにふさわしい容姿をしているのか、甚だ疑問を感じ得ないところだ。

まあそれはともあれ、これ以上綺麗になってどうする?と思わないでもないが、敢えて止める理由もないので、

「構わんぞ。その服にあう何かが欲しいのか?
それとも髪留めか?」
と、聞いてみると、義勇は恥ずかしげに瞳を伏せる。


それでも言葉を待っていると、小さな小さな声で…

──ペンダントか何か……錆兎に…贈りたいから……


「は?俺?」
と、驚いて自分を指差すとうんうんと頷く義勇。

「…逆じゃないか?何故俺に贈るとかいう話になる?」

義勇の事は他よりはずいぶんわかるようになってきたと思っているが、たまにその考えが唐突すぎて理解できないことがある。

今回は何を思いついたんだ?と思って聞くと、義勇は真っ赤になってうつむいた。


…錆兎に…名前をつけておきたいと思って……
マジックで書くわけにもいかないから、俺の……名前のペンダントとかつけさせたい…とか……気持ち悪いか?」

言って、まるで親に怒られるのを恐れる子どものようにおそるおそる見上げてくる義勇に、錆兎は赤くなった顔を片手で隠して

「…お前…なぁ……」
と、絶句した。



義勇は物心ついた頃には年の離れた姉に育てられたせいか少女趣味なところがあって…逆に物心ついた頃には母親が亡くなっていて父親と二人で女っ気なしの男所帯で育った錆兎には思いもつかない発想をする。

たぶん…姉はなまじ年齢差があるために同年代の擦れたような部分のない綺麗な部分だけを見せて育てたのだろう。
その少女趣味の純度ときたら、キラキラしいばかり、一昔前の少女漫画のようだ。

錆兎は免疫がないだけにそれにダメージを受ける事がしばしば。
今も男ならドン!と構えねばと思うのだが、動揺している。


「…さびと?」
と、言葉のない錆兎に不安を覚えたように義勇が声をかけてくるため、そこは気合と根性と男としてのプライドをかけて、錆兎はなんとか動揺を押し込めて、平静を装ってにこやかに微笑んだ。

「いいぞ。じゃあ俺も同様にお揃いで俺の名を入れたペンダントを買ってお前に贈ろう。
それで平等だな」

「錆兎!!」
不安から一転した満面の笑み。

「ほら、そういうことで、せっかくだし食え」
と、勧めてやると、義勇はうんうんと頷いて、安心したようにまたフォークを手にとった。



こうしてデザートを一通り全制覇。
義勇は全て味だけはみたいと言うので、一口二口食べて、特に気に入ったものでも半分だけ。
あとの残りは錆兎が平らげる。

やがて、もう一口も入らないと先にギブアップしたのは義勇の方だ。

そして冒頭のように、煉獄の胃袋があれば…と、腹はいっぱいでも味覚的にはまだ食べたいのだと恨めしげに言いつつも、はいらないものは仕方ないと諦める。

「まあ…煉獄の胃袋があって満足するまで食べていたら、ペンダントを買いに行く時間はなくなるぞ」
と、あまりにしょげているので、そう言って錆兎が腕を差し出してやると、

「そうだったっ!そちらが急務だ!」
と、義勇はそれに手を添えて、急ごう!と、錆兎を促した。


その後、ネームを入れてもらえるシルバーアクセサリの店で義勇が選んだのは右下に狐のレリーフが刻まれたドッグタグ。
それとはちょうど左右対称で左下に狐が刻まれたものもあったので、錆兎はそれに自分の名をいれてもらい、義勇の名の入った右下の狐のものとそれぞれ交換する。


「お前…狐好きだよな」

そう言えば以前義勇が可愛いと言うので買ってやって揃いでスマホにつけているストラップも狐のものだったと思って言うと、錆兎の名入りの狐のペンダントをつけて満足げな顔をしている義勇は、

「ん。なんか懐かしい感じがするんだ」
と、微笑んだ。

不思議な事に実は錆兎もそんな気がする。
義勇と自分はもしかしたら何か縁があってどこかで繋がっているのかもしれないな…と、そんなことを考えながら、錆兎は義勇と手を繋いで、まだ門限まではだいぶ時間があったが寮へと帰った。


寮に帰り着いたのは夕方で、二人揃って寮のエントランスを通り抜け、一階中央のロビーに足を踏み入れると、何やらケーキの箱くらいの大きさの箱を手にソファから立ち上がる宇髄。

「これ、土産な~。
ジジイの店の派手に美味いステーキサンド」

甘いもんは十分食っただろうから、夜中にでも腹減ったら食えよと、そのあたりの気遣いはとてもありがたい。

「気を使わせてすまんな」
「ありがとう、宇髄」
と、2人はそれぞれ礼を言う。

それに宇髄は
「ん。スイーツは美味かったか?」
と、声をかけて、義勇がうんうんとそれに頷くと、
「そいつぁ良かったな」
と、自分よりかなり小柄な義勇の頭をぽんぽんと撫で、それから視線を錆兎に向けた。

そして
「一応伝えておくな」
と、顔から笑みを消して少し考え込むように眉を寄せる。

「お前らが行ってからな、善逸のとこに炭治郎ってやつから電話が来てな、誰かに追われてるっつ~んで、丁度いいやってことで、俺らが行く予定だった店に逃げ込めって言っといたんだよ。
で、まあ俺と煉獄、不死川に村田のいつものメンツにプラス、善逸と合流した炭治郎とで飯食ったんだけどな。
まあ…炭治郎はちょっとばかりイカれた女に粘着されてるみてえだから、連絡入れてやらねえと、お前あとで色々面倒くさく後悔しそうだからな。
別に俺はどっちでもいいんだけどな、お前に辛気臭くなられんのも地味に面倒くせえし言っといてやろうと思ったわけだ」

と、やれやれといったふうに肩をすくめ、

「んじゃ、報告だけはしたからな~。
地味~に落ち込まねえですむように、派手に対処してこいや」
と、宇髄はひらひらと手を振って、大柄な身体のわりに驚くほど軽やかに螺旋階段を駆け上っていった。

どうでもいいと言いつつ、実は随分と心配してくれたのだろう。
でなければいつ帰るともわからない錆兎をこんなところで待っていたりはしない。

錆兎と義勇の休日の外出を邪魔しないように、でもできるだけ早急に炭治郎の事を伝えられるように、ここで帰りを待っていてくれた宇髄の気遣いには本当に頭の下がる思いだ。

「じゃ、俺らも部屋に戻って炭治郎に電話だな」
と、宇髄を見送ると、錆兎は自分も義勇の手を取って、螺旋階段を上がっていった。




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