ツインズ!錆義_27_義勇視点-ラプンツェルは嫉妬する


「今日は炭治郎は部活だし、叔父さんは外せない仕事、俺はちょっと野暮用だから、可哀想だけど家で大人しくしててくれ」

土曜の朝のことである。
いつもは誰かしらいる家も、今日は皆予定があって不在らしい。

錆兎は今週は食事当番なので朝食を並べながら、当番が決まっていない代わりに住人達の希望によって毎回エプロンをつけて食器を並べたりするのを手伝う事になっている義勇に、そう言った。

それにちらりと視線を向け、
「俺は…外出はダメ…なんだよな?」
と、今までたまにあったそんな日に何度となくたてて来たお伺いをまたたててみると、錆兎はやっぱりいつもと同じように

「ごめんな。
お姫さん可愛すぎるからな。
1人で出かけさせると変な奴に連れて行かれそうで俺らが落ちつかないから家に居てくれ。
その代わり明日ならどこか行きたいならどこでも付き合うから」
と、頭を撫でられる。

そう、義勇がこの家で暮らし始めて早2年弱。

自宅では耀哉、錆兎、炭治郎の3人とも優しいし、学校では錆兎が義勇と同学年に弟のいる友人たちに片っ端から声をかけてフォローしてくれるように頼んでくれていたため1人になることもなく、クラスメートも優しい。
どこに行っても労わられている感があって、それまでの人生が嘘のように幸せだ。

義勇が義勇らしくしていても咎める相手もいない。

錆兎や耀哉はいつもお土産にケーキや焼き菓子を買って来てくれるし、炭治郎は菓子を焼いてくれる。

義勇の趣味の刺繍だって、嫌な顔をするどころか褒めてくれて、今では家のあちこちに義勇が刺した刺繍のタペストリが飾ってあるし、編んだレースの花瓶敷きも活用されていた。

学校でも高校2年の学園祭でクラスの出し物の劇で演じた姫君の役が好評で、男子校な事もあって未だ一部には姫として奉られていたりする。

どこへ行っても大切にされている感がある。

そんな状況のせいか、錆兎は義勇が1人で外出する事を好まない。

学校の登下校はすでに大学生に鳴っている錆兎の代わりにいつも炭治郎が隣に居て、休日も外出する時は3人のうち誰かは一緒だ。

他の3人はそれぞれに1人で出かける事はあるが、3人とも居ない日は、義勇はまるで塔の上のラプンツェルのように離れの窓から外出して行く面々を見送る事になる。

それ自体に不満はない。
義勇は元々インドア派だし、1人で楽しむなら外より家の方が良い。

でもたまに不安になるのだ。
もし誰も帰って来ないで、1人ここに取り残されたらどうしようか…と。

元々は父親と揉めて夜中に頬を腫らせて行く所もなく公園にいた義勇を心配して迎えに来てくれた錆兎の厚意で始まった生活だ。

炭治郎や耀哉はもちろん、錆兎にだって別に義勇をここに置いておく義理はない。

出会ったのは錆兎が高2、義勇が高1と、共に高校生の時だった。
今も義勇は高3で高校生だが、錆兎は大学生である。

皆が一様に制服に身を包んで勉学に励んでいた頃と違って大学は私服だから、綺麗に着飾った女性と出会う機会もあるだろう。

広い世界を見た錆兎が、そんな綺麗で性格も明るくて魅力的な女性を好きになって、高校生時代に可哀想で同情して連れてきてしまった義勇を持てあましてしまうような事になったら?

というか、すでに出会っているかもしれない。
今日の野暮用というのが、そんな女性とのデートという可能性だってある。

耀哉は外国で仕事をしている友人がたまたま帰国して、この日でないと会えないと言うので会いに行き、炭治郎は部活と理由ははっきりしているのだが、錆兎はただ“野暮用”と、珍しく今日の外出の理由を明言するのを避けていた。

いつもは可能な限り義勇を1人にしないようにしていた錆兎が、他の2人が外出すると知っていてもなお、理由すら言えずに自分も外出するというのは、何かあるのではないだろうか…。

1人で留守番は構わないのだが、それが気になった。
もし本当に惹かれる相手と出会って彼女とデートとかだったらどうしよう…。

錆兎は別の女性を好きになって彼女と暮らす事になっても、きっと行き先のない義勇を追いだしたりはしないだろうし、そうなっても耀哉が中央の館に義勇が暮らせるように部屋を作ってくれるだろう。

そのくらいの事はわかってしまうくらい、彼らと一緒に暮らして、彼らの優しさは知っている。

でも…と、義勇はそれでも思ってしまうのだ。

自分は食事の時に、今義勇にしているように好きな女性をエスコートして離れから出てくる錆兎とその恋人の女性を目の前に、何事もなかったように食事を摂れるだろうか…。


元々友人関係を望んだのは義勇の方だった。

あの時はアオイの代わりでアオイのふりをして、本当なら交際を断らなければならない立場だったから…。

でも義勇は確かに思ってしまった。
錆兎と一緒に居たいと思ってしまったのだ。

もし義勇が少女だったなら、間違いなく普通に“恋人”として付き合ってしまっていただろう。

でも義勇は男だった。

女の子達のような柔らかい身体も持たない、かといって錆兎のように男としての魅力があるわけでもない、まるで少女もどきで、可愛らしい格好をして隣を歩く事なら出来るが、あまり過度の接触を持つとその事がバレてしまう。

だから名前だけでも特別になりたかった義勇は、そう名乗らないとまた天元が同じお節介をするだろうから、という名目で、でも実際には男女の付き合いのように過度の接触は持たない、“恋人”という名の“友人”であることを望んで、錆兎はそれを受け入れてくれた。

その際に義勇自身がつけた条件…
──錆兎に本当に好きな人が出来るまで

あの言葉を錆兎は今でも覚えているだろうか……

覚えていないと良いのに…と思いつつも、錆兎に好きな相手が出来て今のかりそめの関係を解消したいと言われたら、義勇には拒否する事は出来ない。

だって自分から出した条件なのだから。


自分にとって錆兎は特別でも、錆兎にとっては特別ではなくなる……
そう思うと胸がキリキリ痛むのだけれど……

いつもいつも義勇を疎んじていた父親の視線から逃れてここでの生活が始まって、毎日が幸せだったが、その、いつか来るであろう“かりそめの恋人関係”の終焉を思うとひどく辛くて、いっそのことそれが来る前に自分の方から逃げてしまおうか…なんて馬鹿な事を思ったりもする。

逃げて?それで?
今度こそ行く宛てなんて欠片もないのに……

そんな事を考えるとくらりと眩暈を感じて目をつむる。
すると涙が零れ落ちた。

まだそうと決まったわけでもなければ、そんな兆候があるわけでもないのに、泣くなんて馬鹿げている。
勝手に暗い想像をして落ち込むのは義勇の悪い癖だ。

自分でもそう思って義勇は決意した。

よしっ!確かめよう。



別に今回がそういうのでなくともいつかはそんな日が訪れるのかもしれないが、とりあえず現在進行形ではない事に安心したい。

しかし考えてみれば、確かめる事で誤解だとわかって安心できる…と思う時点で、自分は以前ではありえないほど色々を楽天的に考えるようになっていたのだと義勇は思った。

それだけ大切にされてきたのだ。
それには本当に感謝しなくてはならない。
この先なにが起きようとも……



そうと決まれば急がなければ。
着替える暇はないのでスカートのまま、バッグだけ持って部屋を飛び出た。

大学生になって錆兎は車の免許は取っていたが、今日は車が車庫にあったので、どうやら電車らしい。

なので大通りに出てすぐタクシーを拾って、最寄り駅に先回りする。

そして影からこっそり様子を見ていると、やはり駅に来る錆兎。
当たり前に改札をくぐる彼を追って、彼が乗った車両の隣の車両に飛び乗った。


(やっぱりカッコいいなぁ……)

いつもは隣にいるので、そう言えばこうして少し離れて自分に注目をすることなく1人でいる錆兎を見るのは久々な気がする。

それに義勇と居る時はいつも笑顔だったから、笑みを浮かべず真面目な顔をしている錆兎を見ているのは本当に新鮮な気分だ。

二月の終わり。
少し薄手になったコートはグレーで、その下には黒のシャツに濃いグレーのジレーとパンツ。
珍しくネクタイまでしめている。


さきほどからしきりに左腕にした腕時計を気にしていると言う事は、誰かと待ち合わせなんだろうか…。


いったい誰と……?
そう考えるとズキンと胸が痛む。

いや、まだ女性と決まったわけではない。
大学の友人とかかもしれないし……

そんな希望に縋りながら、さらに電車を降り立つ錆兎を尾ける。

皮肉な事に、彼が降りたのは義勇が錆兎と最初に出会った時にアオイと待ち合わせをしていた駅。
そして義勇が錆兎と付き合う事になった時待ち合わせをしていたあの駅だ。

まあ驚く事ではないのかもしれないが…。
義勇の自宅からもそうだが、錆兎の自宅からもこの駅が一番近い大きな街だ。
何かあったらここに来るのも当然だ。


そうして義勇は錆兎から少し離れて駅のホームをついていった。
見失わないように…と思う必要もないくらい錆兎は目立つので、跡は尾けやすい。
なにしろ周りの女性陣が振り返るくらいの美形だし、どことなくオーラだってある気がする。

だからあまり1人で外に出ることのない方向音痴な義勇ですら、場所はわからなくなろうと錆兎を見失う事はないのだ。

かつかつと足音をたてながら背筋をしっかり伸ばして姿勢よくまっすぐと。
顔が良い、スタイルが良いというのもあるが、錆兎はなにより姿勢が良くて、それが彼をよりカッコ良く見せていると思う。

男性でも女性でも、姿勢の良い人は5割増しくらいには素敵に見えるモノだ。

まるで花に惹かれるミツバチのように、義勇はそんな錆兎の姿に半ば見惚れながらついていく。

普段は隣にいたのでついついその美麗な顔だとか表情に注意が行って、あまり見ることのなかった錆兎のそんな全体像に改めて視線を向けると、そんな完璧に好ましい人物が街を歩いている、それだけで楽しくなってきて、義勇は半分、今日ここにこうしている目的を忘れかけていた。

まるで映画かドラマを見るような楽しさ。

しかし終演は突然だった。


2年ほど前、2人で歩いたその通路をそのまま辿って、錆兎は改札をくぐる。
そうして、以前義勇がアオイとして待ち合わせをしていた時と同じ場所に立ち、あたりを見回したところをみると、まだ約束の相手は現れないらしい。

おそらく電車で来るのであろう相手を探すため、錆兎の視線は改札に向けられているので、義勇は改札から距離を置いて、様子を窺っている。

そして数分後…
錆兎の藤色の目が一点に向けられた。

義勇もそちらを見てみると、視線の先には綺麗な女性。

外ハネボブの小柄で可愛らしい女性…
明るく笑う、きらきらとした……


ドラマみたいだ……と、義勇は思った。
ドラマみたいにお似合いの美男美女。

息が詰まって泣きそうで…でもまだ2人の関係性はわからないから…と、心の中で自分でもみっともないくらい諦めの悪い言い訳をして、気づかれないように2人の跡をつけてみれば、街中を仲睦まじく談笑しながら歩いて向かったのは宝石店。

もうここまで来たならば…と、ショーウィンドウ越しに2人の様子を窺えば、並んでショーケースの前に立つ2人に品の良いスーツを着た女性店員が出してきたのはケースに入ったペアの指輪。

…決定だ。


しばらく2人で指輪を見た後、彼女は別に何かを出してきてもらってそれを見ている。

幸せそうな2人…

自分自身に引導を渡すため、少しでも可能性にすがって錆兎の幸せを邪魔したりしないように…と、義勇はその2人の様子をしばらく見ていた。

そうして確認が終わって包装するのか、店員が指輪を持って下がって行ったのを確認して、もういい…大丈夫…と思ってそこを離れる。

誰が追ってくるわけでもない。
いつもなら追って来てくれるであろう錆兎は、義勇が居る事も知らないままだし、そもそもが指輪を贈るような女性と一緒なのだから、彼女を放ってくるわけがない。

なのに何かに追われているような気持になって、義勇は人ごみをかきわけて走った。


錆兎に恋人がいた…
別に悪いわけではない。

だって義勇との関係は“錆兎に本当に好きな相手が出来るまで”という約束だ。

強いて文句を言うなら、その相手が出来たなら早く言えば良いのに…ということだが、慎重な錆兎の事だ。
ちゃんと正式に指輪を交わしてから…と言うことだったのだろう。

悪くはない。
錆兎は全然悪くはない。

ただ、義勇が少し……悲しいだけだ……。


今まであまりに居心地が良かったから、期間限定の立場だという覚悟をしていなかった自分が悪い。

でも……

………
………
………

嫌だ…と、思った。

これから帰ればきっと錆兎がお揃いの指輪をした彼女を連れて来て、紹介するのだろう。
義勇の事はどう言っているのだろうか?

単に家庭の事情で一時的に預かっている子どもだといっているか…それとも本当の事を言っているか…。

錆兎だったら後者かな、と、思う。
そして錆兎の彼女も、錆兎が選ぶような相手だから心が広くて、『そういう大変な事情があって自宅に帰れないなら、私が居ても気にしないでここにいてくれてもいいのよ』くらいは言いそうな気がする。

そんな中で自分だけ暗い顔をして嫌な空気を作るわけにはいかないが、明るく応じる自信がない。

錆兎の彼女と笑顔で話すなんて事は出来そうにない。

だから消えたい。
そして消えるなら今だ…と思う。

錆兎の彼女を紹介されてからだと、あるいはそのせいで…とか錆兎や彼女に責任を感じられそうだし、錆兎の彼女の事を知ったと知られていない今なら、誰のせいとも思われず消えられる。


どんなに急いで離れたくても義勇は体力がなくて、5分ほど走って、メインの通りを抜けて人通りのない裏通りまで来ると、はぁ…と、通りに面したマンションの壁にもたれかかった。

と、その時だった…

目の前に止まる、どこかで見たことのあるような車。

キキ~!!とタイヤをきしませて止まると、いきなりドアが開き、出て来た男に殴られた。

壁に叩きつけられてぐわんぐわんと揺れる頭。
呆然としている間に両手をまとめてグルグルとガムテープで拘束され、そこでようやく我に返って悲鳴をあげようとする口もガムテープでふさがれた。

男はサングラスにマスクをしていて終始無言。
そしてそのまま車のトランクに押し込まれる。

再度タイヤを鳴らして発進する車。

ここまでが義勇からするとあっという間の出来事で、一体何が起こっているのか理解できない。

誘拐?何故自分が?

多額の身代金を取れるほど実家は裕福ではないし、身代金目的じゃないとしたら?と考えてみたって、要人でもなんでもない。

売り飛ばすにしたって女装の男じゃ価値はなさそうだ。
ああ、でも女の子と間違われてのことなら、男だとバレたら殺されるのだろうか…

混乱した頭でそんな事を考えつつ思う。

これは渡りに船なのではないだろうか…。
と。

正直、錆兎の前から消えると言っても実家に帰る事の出来ない義勇には行く場所などない。
かと言って1人で生きていくような気概もなければ体力もないのだ。

それならいっそここで誘拐犯に殺されると言うのも悪い選択ではない。
それこそ錆兎のせいでも錆兎の恋人のせいでもなければ、義勇のせいでもなく、ただたまたま誘拐されて運が悪かったということですむ。
誰も傷つけずにすむ…

そう思うし、死ぬこと自体、それほど拒否感もなければ恐怖もない。
なのに不思議な事に、今車を運転しているのだろう誘拐犯の事は何故か怖い。
怖いのだ。

触れられた瞬間、恐ろしさに気が狂いそうになった。
何故だろう…いきなり殴られたからか?

いや、そういう物理的な事ではない気がする。
とても…ひどく生理的に恐怖心を感じる何かがあったのだ。

死ぬのは良くても、あの男に殺されると思えばひどく恐ろしくて、ガムテープでぐるぐる巻きにされた手首の先、指先がひどく冷たくなってくる。

いっそ今このまま呼吸が止まってくれた方が嬉しい。

男は終始無言だったが、そう言えば殴られて半分気を失いかけた一瞬、一言だけ喋った気がする。

ひどくしわがれた低い声…まるで血の底から這いずり出て来た亡者のような声で、一言…

──お前だけは…逃がさない…

と…



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