清々しいほど晴れた休日の朝の事である。
男3人所帯なので食事当番は週替わり。
今週は自分の当番なのでキッチンに立っている炭治郎はかなり緊張しながら、家族3人プラス急きょ増えた客人1人、合わせて4人分の朝食を作っている。
昨夜、夜に急に玄関に向かっていたほとんど兄のような存在である年上の従兄弟錆兎から、恋人を連れてきて泊めるという報告を受けた。
その時点では普通に異性だと思っていたのだが、その後兄の離れに行って錆兎と話をして帰って来た叔父が言うには、相手は同性、男だと言う。
その時点でまず動揺した。
別に偏見があるわけではない。
今年高校に入学したタイミングで、叔父が女性が苦手な人間で恋愛相手としての女性を必要としないのだという話を聞いていたし、世間一般で恋愛は異性同士でする事が多かったとしても、自分が通うのは男子校で女性との出会いなどほぼない。
そうなると可能性があるのは錆兎くらいで、その錆兎も少々周りの女性陣に辟易としているように見えたので、自宅でそういう華やかな光景を見る事はないかもしれないと思っていた。
つまりは自宅に見知らぬ女性が足を踏み入れる事はない…そう思っていたわけで、そういう諸々を思えば、まあ…錆兎の恋人として女性を連れて来られても、全く女性に対して心の準備が出来ていない状態なので、それはそれで緊張するのだろう。
だが、だからと言って同性の恋人と言われると、正直どう対応して良いのかわからない。
普通の友人のように扱って良いのか、それとも??
『家族の同性の恋人との接し方』について誰かに尋ねる時間もなかったので、自身の対応についてどうしていいかわからぬまま、朝を迎え、そして食事を作っている。
頼りの叔父は、自宅で虐待されている疑いがあるらしい錆兎の恋人を保護すべく、昨日は遅くまで色々な方面に助力を頼んでいたらしく、自分で起きてくるまでは放置しておいてくれと言われているので、本当に1人でこの難関をクリアしなければならない。
錆兎の恋人は甘いモノが好きだと錆兎からメールが入っていたので朝食はメープルシロップたっぷりのパンケーキにしたのだが、良かっただろうか…。
亡くなった父親は近隣でも評判の美味しいパン屋の主で、炭治郎もその才能を継いでいるのか、料理の火加減には自信がある。
綺麗なキツネ色の美味しそうなパンケーキを山と焼いて、メープルシロップをセットし、念のためにとホイップクリームを泡立てた。
常人だとシャカシャカとなかなか大変な作業だが、炭治郎は元々体力はあるし、今は色々考え込むより手を動かして居たい。
そんな思いで泡立てていたら、思いのほか大量のホイップが出来てしまった。
…これは…少し作りすぎたか…
失敗した。甘い物が好きだと言っても限度があるだろう。
う~んと大量の生クリームを前にため息。
まあ、余ったら──確実に余るだろうが…──コーヒーにでも入れようか…
そんな事を思っているうち、ダイニングのドアが開いた。
「お~!今朝の飯はパンケーキか。美味そうだな!」
と、大変な状況の恋人を少しでも元気づけようとしてか、大きく明るい錆兎の声
その声に炭治郎は顔をあげてそちらに目を向け……固まった。
兄の後ろに隠れるようにして、きょん!と顔だけ出しているのは、まるで小動物のような印象の少女。
真っ白な肌に漆黒の髪。
同色の睫毛も驚くほど長くて綺麗なカーブを描き、キラキラとしたそれに縁取られた零れ落ちそうに大きな澄んだ青い目は、なんだかリスやウサギを連想させる。
なんて可愛い!!
と、それが第一印象。
自分は昨日叔父から相手は同性だと聞いた気がしたのだが、聞き間違いだったのだろう…
しかし、さすがなんでも人並み以上に出来る従兄弟だ。
ずっと恋人を作らないので恋愛などに時間を取られるのが嫌なのかと思えば、単に妥協をせず、このレベルの今時珍しいくらい清楚で愛らしい、まさに深窓の姫君のような雰囲気を持つ完璧な乙女を探していたのか…
もちろん、そんな風にそれなりの相手を得ようと思えば、男の方も兄のように何でも出来て、きちんと相手を守れる人間でなければならない。
そういう意味では本当にお似合いで羨ましいと思う。
弟分の口から言うのも面映ゆいが、錆兎は非常に優れた容姿をしていて、幼い頃によく読んだおとぎ話で言えば、自分がそのあたりに普通にいる下級の兵士なら、錆兎は周りの期待を一身に背負った勇者、まさに知性と体力に溢れて、高等な剣技を身につけた将軍様だ。
そんな兄貴分の横に、頼もしい騎士に守られる深窓の姫君然とした美少女が寄りそうように立っている図は、一枚の美しい絵画のようだ。
そんな事を思いながら思わず見惚れる炭治郎だったが、次の瞬間、兄の口から出た、
「炭治郎、俺の大事な恋人、義勇だ。
これからうちにいる時間も増えると思うし、仲良くしてやってくれ」
という言葉に、固まった。
…は?…今、錆兎はなんと言った??
「…錆兎…今“義勇”……って言った?」
聞き違いかもしれない。
そう思って聞き返してみると、従兄弟はきょとんとする。
「ああ、言ったぞ?まさかの知り合いとかか?」
「いや…そうではなくて……」
直接的に聞いてしまっていいものだろうか…
しかし聞くしかないだろう。
「それは…一般的には“男性名”じゃないのか?」
もし本人が男のような名を気にしていたらどうしようか…と思いながら聞いた炭治郎に、従兄弟はまたあっけらかんと
「そうだが?あれ?男って叔父さんに聞かなかったか?」
と、答えてくる。
聞いていた。
ああ確かに聞いていたとも。
でも従兄弟の口から再度それを聞いてもなお、炭治郎の脳内は絶賛混乱中だ。
だって、可愛い。
こんなに愛らしい女性は見た事がないと断言できるレベルで可愛い。
「聞いていた…聞いていたんだが……」
と、炭治郎は頭を抱えた。
「そのつもりでいたんだが……」
「?」
「俺はここまで可憐な女性を見た事がないから」
そう、未だに信じられない。
目の前の少女が女性じゃないなら、いったい自分の周りにいる女性と言うのは何なんだろうか……
そんな思いを込めて言うと、従兄弟はぷはっと楽しげに笑う。
「だろう?なにしろ俺が一目惚れしたくらいだ。
まあ、あれだな。
お姫さんに出会って、俺は初めて真菰が言ってたアレを実感した」
「……『こんな可愛い子が女の子のはずがない』……というやつか」
「そうそう、それだ!炭治郎も思うだろ?」
「うん…」
納得がいかない。
いや…確かに別に実害があるわけではなく、見目麗しく癒される容姿なのは実に好ましい事ではあるのだが……
(…本当に錆兎や俺と同じ性別……なのか?)
その一点が実に納得がいかない。
こんなに愛らしい少年が現実にこの世に存在して良いものなのだろうか…
そして宗教画の天使じゃあるまいし…と、脳内で続けた瞬間、──ああ、そうか──と、ストンと納得した。
宗教画の天使達だって、霊体で人間とは違うので厳密に言えば性別はないのかもしれないが、一応体的には女性ではなく男性体なのにあれだけ愛らしい容姿をしているではないか。
あれと似たようなものと思えば良い。
そう、女性ではない。
一応体の機能的には自分と同じ男性体ではあるが、根本的に何かが違う存在なのだ。
錆兎が“お姫さん”と呼んでいるように、男でも女でもなく、きっと“お姫さん”という人種だと思うのが正解なのだ。
炭治郎は自分の中で目の前の“お姫さん”の性別についての壮絶な違和感をそう納得させたが、それから新たな問題に頭を悩ませる事になる。
それはつまり……“姫君の扱い方”を早急に学ばねばならない、と、その一点についてであった。
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