朗報なんだか悲報なんだか微妙なところだ。
有名人でも同性のパートナーを作る人間もいてだいぶ認知はされてきたものの、奇異の目で見られる事がないとは言えない。
まあ一般的にはとんでもない悲報なんだろう。
それを知った時、錆兎も一瞬呆然とした。
だがすぐに思いなおす。
大事なのは自分が相手の何が好きなのか、ということだと。
公園で見つけて家の中に連れてくるまで、お姫さんはわかりやすく追い詰められていたし、消えてしまいそうなくらい弱っていた。
しっかり掴まえていなければ、いつのまにか消えてどこかで儚くなってしまって、二度と会えない…そんな雰囲気をまとっていたので、付き合い始めてから初めてくらい、お姫さんの意志を確認せず、強引に自宅内に連れ込んだのである。
そう、自分が相手に求めるのが性別な場合は良いとして、そうではなかった場合、“今”とるべき行動を間違うと、おそらく二度と修復不可能どころか二度と会えない、取り返しはつかない、決して鈍くはない錆兎の勘がそう告げていた。
本当に…眼の前で泣いているお姫さんは、相変わらずこの世の誰よりもか弱くて儚くて、ふんわりと愛らしい。
とにかく追い詰めないように、守ってやらねば…と、ナチュラルに思った時点で、もう答えは決まっているように思うのだが、一応お姫さんが騙していたという事象について聞いてみることにした。
そうして分かった事。
事の発端は、天元に提案されて断れず困っていた双子の妹を助けてやるために妹のフリをした、ということらしい。
もうそれは責められない。
錆兎も弟のような存在の従兄弟がいるからわかる。
例え双子と言えども下の兄弟を助けてやりたいと言うのは、上の兄弟に染みついた習性のようなものだ。
不器用で怖がりで繊細で…というのは、元々の性格のようで、そんな自分の事ならちょっとした事でも絶対に怖がって泣くようなアオイ…いや、義勇か、が、妹のためだからと勇気を振り絞ってついた嘘を責められるわけがない。
むしろ責める奴がいたら自分が殴ってやりたいと思う。
そう思いながら、錆兎は可哀想で可愛くて…怯えている健気な義勇の頭をもうほとんど無意識に撫でてやっていた。
自分の側はたぶん義勇のこういう内面が好きなんだろう。
と、自分の脳内で一区切りついたのだが、問題は義勇の方の気持ちだ。
妹のためということで悪気はなかったのはわかった。
最初の質問で錆兎といるのが嫌なわけではないということも聞いている。
だが、嫌ではないと言う事と、能動的に一緒にいたいというのはまた別である。
そんな事を考えながら質問を続けるうちに辿りついた、
──何故カミングアウトしなかったのか?
という質問に返って来た返答…
──言ったら嫌われるのが目に見えていたから…
のあとに小さな小さな声で付けくわえられた
──…一緒に…いたかったから……──
の言葉…。
錆兎的にはもうそれで十分だった。
可愛い、抱え込みたい。
本当に一生腕の中に閉じ込めて愛でて過ごしたいくらい愛おしい。
怖くて不安で、でも逃げられない…
そんな追い詰められた時にいつもするように、義勇はぎゅっとスカートを握り締めて目を固くつぶり、唇を噛みしめる。
ふるふると小さく震える肩。
あまりにショックを与えたら死んでしまいそうなその様子に、庇護欲が溢れ出てきた。
大丈夫、お姫さんは悪くない。
むしろ聞きにくい事を聞いてごめんな?
そんな風になだめながら、自分の思いを伝えて、さらに義勇の側の話を聞く。
そうして年齢的に無理なのは承知で、もっと早く義勇を抱え込まなかったのを後悔する。
大切な大切な義勇がこんなにボロボロになるまで追い詰められてあまつさえ殴られまでして、死のうとまで思いつめてしまうような環境に放置していたなんて、知らなかったとはいえ自分の不甲斐なさに腹がたった。
その後…全てを話し終えて今、義勇はコトンと糸が切れたように錆兎の腕の中で眠ってしまった。
そう、心底安心しきったように眠ってしまったのだ。
本当にずっと気が張り詰めていたのだろう。
可哀想に、錆兎にもたれかかったまま眠っている義勇の頬には涙の跡が残っている。
『炭治郎?悪い、せっかく風呂に湯を張ってもらったけど、お姫さんちょっと眠っちまったから、もったいないからお前がはいってくれるか?』
と、炭治郎に断りをいれたあと、錆兎は眠った義勇を横抱きにして立ち上がった。
本当に…驚くほど軽い身体。華奢な手足。
本人が言うからには確かに男なんだろうが、こうして抱えていても信じられない。
そこらのアイドルも真っ青な可愛らしさだ。
あまりに可愛らしいので、本当は着替えさせてやった方がいいのかもしれないが、自分が服を脱がせるのはなんだか悪い気がして躊躇してしまう。
なので、仕方なしにそのままベッドに寝かせてやった。
さて、こうしてひと段落ついたわけだが、よくよく考えてみれば、世間一般ではとにかくとして、錆兎の環境、この家ではお姫さんが少年だったと言う事に関しては、まあ別に悲報でもなんでもないのではないだろうか。
なにしろ保護者兼同居人が、一応自分の付き合いに関してという前提ではあるが女性嫌いだ。
さらに男所帯である関係上、今は非常時であるとは言っても、男しかいない家に嫁入り前の少女を泊めると言うのは非常によろしくない。
将来的な事と考えてみても、子どもが出来ないという一点については覆しようがないが、錆兎の母方の家はそれなりに引き継ぐ物もある家だが、父方は普通の勤め人で、錆兎自身は父方の家の人間という事になっているので跡取りの問題はない。
第一異性同士結婚しても数組に一組くらいの割合で不妊で子どもができないらしいし、なまじ出来る可能性が大きいが出来ない、もしくは要らないと思って子どもがいない家庭で、周りからあれこれ言われるよりは、始めから出来ないとわかっている同性婚の方が気楽は気楽である。
そもそもが、あまり体が丈夫でないお姫さんのことだ。
もし女の子だったとしても、下手をすれば出産だって危険かもしれない。
義勇の子どもならいても可愛いかもしれないが、義勇の命と引き換えにしてでも欲しいわけではないので、つくれたとしてもつくらない可能性も大きい。
ということで、自分との関係諸々では問題がないとして……
世間の目、という事で言うなら、あかの他人なら、プライバシーに踏み込んでくるような輩はそいつの方がおかしいわけだしスルーで、叔父は当然その手の事に偏見はない。
炭治郎は…驚くかもしれないが、なまじ男所帯で育っているので、女性が家にいるよりは気楽だと、最終的には慣れてくれるだろう。
義勇が家で可愛い格好をするのには全く問題がないし、むしろ可愛い格好をしていて欲しい。
癒しは欲しい。
外では…まあ、大丈夫。
スカートを履いたら義勇ほど可愛い女の子は滅多にいない。
絶対に男だなんて思われない。
今まで妹の洋服を借りていたらしい義勇と何度もデートをしたが、周りの男の羨望の眼差しを一身に集めるくらいには、義勇は完璧な美少女だった。
うん、そっちも問題はないな。
そう思うと、実は自分との関係においては、メリットがデメリットを超えるのではないだろうか……
一番の難関は義勇の父親だが、“いなければ良かった”というくらいなら、欲しいと言う人間がいるのだから素直に引き渡して欲しいところだ。
そのあたり…どうなんだろうか……
まあとりあえず、どちらにしてもこの国(※)で籍をいれるには男女共に18歳にならないといけないので、錆兎はあと1年、義勇はあと2年待たねばならない。
それより当座の問題を片づけておこう。
一応この離れは錆兎のものとなっているが、その錆兎が来年成人するまでは叔父が保護者で責任者だ。
家の中で起こるイレギュラーについては報告しておくべきである。
錆兎がそう判断して、すでに帰宅しているらしい叔父に電話を入れて事情を話すと、叔父は錆兎が話し終わるまで黙って聞いていたが、話し終わると、
『事情はわかった。錆兎、少しきちんと話をしようか。そちらに行くからね』
と言って、通話を切った。
相変わらず淡々とした口調で、どう受け止められたのかはよくわからない。
叔父がもし反対の立場だったら?
叔父と対立した事はないので、若干の不安がよぎる。
が、やっぱりここは譲れない。
たとえ育ての親で尊敬すべき大人を相手にしても、錆兎は男として守らねばならないものがすでにあるのだ。
ちらりと視線を落とした先には錆兎を頼りきって安心しきって眠る義勇。
その安らかな眠りを守るためにも、自分は誰を相手にしても絶対に負けられない。
そう決意して、錆兎はそっと寝室を出て、叔父を迎えるべくリビングへと戻った。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿