もう今までの17年間、自分に恋人がいなかったのは彼女と出会うためだったんじゃないだろうか…そう思う勢いで彼女が可愛い。
背は女の子としては低い方ではないのだろうが、とにかく細くて華奢なので、実際よりも随分と小さく感じる。
錆兎の腕につかまりながら、どこか危なっかしい様子で半歩後ろをぴょこぴょこ歩く様子は、なんとなく小鳥の雛とか、小動物の子どもを連れて歩いている気分だ。
そのくせ、付き合うと決めてお茶を飲み終わって、せっかくだからと向かった水族館では、零れ落ちそうに大きな目をキラキラさせて、楽しげに色とりどりの魚に目を向けている。
本当に、何かバカバカしいほどベタなのだが、とにかくこの笑顔を守ってやりたい…と、そんな気持ちが溢れかえってきた。
人ごみでぶつからないように、危なくないように…気を配りながら歩くのは楽しい。
そう、これだっ!こういう風に恋人を気づかい守りながら歩くのが夢だったのだ。
決して隣の女が周りにガンをつけたり勢い余って喧嘩をふっかけたりする心配をしながら歩きたいわけでもなければ、特殊な趣味の女性陣の集まる某所の乙女○ードに周りから奇異とどこか期待に満ちた目で見られながら荷物持ちに連れだされたいわけでもない。
買い物に付き合うのは構わない。
でもその行き先は薄い本売り場ではなく、可愛らしい雑貨屋が良い。
ホモ同人誌に目をキラキラさせるのを見るよりは、ティディベアに目をキラキラさせる恋人が見たい。
(今まで俺の周りにいた女達がおかしかったんだよなっ!
そう、普通は女の子ってアオイみたいなもんだよなっ!)
そんな事を思いつつ、隣を歩く彼女をチラリと見下ろすと、視線に気づいたアオイはビクッと一瞬身を固くして、それから頬を真っ赤に染めた。
そう、女の子は普通、視線を向けられたからと言って決してニヤリと悪い視線を送ってきたりはしないものなのである。
そんな風にその日は水族館デートで、帰りは最寄り駅まで。
本当は家のそばまで送っていきたかったのだが、
──……天元とかに見られてからかわれたりすると恥ずかしいから…
と、小さな囁くような声で言われれば、なるほどはにかみ屋のアオイらしいなと、錆兎も納得した。
──錆兎、どうだったよ?嬢ちゃん、美人だっただろ?
初デートの翌日、学校へ行くと当たり前に天元が寄ってくる。
普段はもう少し遅く来る男なのだが、一応紹介者として気になっていたようで、今日は話を聞こうと早めに登校してきたようだ。
(美人…か…あ~~…どっちかっつ~と美人ってより可愛いタイプだよなぁ)
と、鞄を机に置いて席に着きつつそんな事を思うが、まあ感性は人それぞれ。
それよりもアオイが天元に色々言われるのが恥ずかしくて嫌らしいので、なるべく感情的な事、感性的な事、細かい事を避けながら、
「ああ、結局色々話し合って互いにそれが一番いいんじゃないかという結論に行きついて付き合う事にした」
と、色々を省いたら、どう聞いても恋愛関連とはとても思えない業務連絡のような報告になった気はしたが、天元は気にならないらしい。
それどころか
「あ~、錆兎とアオイの付き合いの始まりだとそんな感じになるよなぁ」
などと、1人で何か納得している。
まあ特に突っ込まれないなら、その方が良い。
「とにかく、身内に交際についてあれこれ根掘り葉掘り聞かれる事ほど気不味いことはないからな。
俺らは俺らで節度と良識を保ちながら交際して行くから、放置してくれ」
と、それでも念のため…と思って釘を刺すと、いつもなら食い下がるであろう天元だが今回は
「了解、了解。
まあお前もアオイも始めるまでが大変かなと思ってたけど、始まっちゃえば変に暴走するタイプでもないしな。
俺だってぶち壊したくて紹介したわけじゃないし、仲良くやってくれるなら、それが一番。
静観してるけど、何かあったら相談しろよ?」
と、あっさりひきさがった。
ということで、天元からの邪魔は入らなさそうだ。
彼に変なチャチャをいれられる事に関しては、自分よりはアオイの方が嫌がっていたので、一応付き合う事を報告はしたがそんな反応だったから心配しなくても大丈夫と、Lineで報告しておいてやると、『ありがとうございます』という文字が添えられた女の子がぺこりとお辞儀をしている可愛いスタンプが返って来た。
初デートの日、帰宅してからも少しLineのやりとりをしていたのだが、アオイが送ってくるものはとにかく愛らしい。
それまでが嘘のようにタイムラインが華やかに可愛らしくなった。
それを見ているだけでなんとなく癒される。
だいたい平日はLineと電話。
そして週末は可能な限り都合をつけて会うようにしている。
そうして知れば知るほど、彼女と自分は合っているのだと言う確信のようなものが深まった気がした。
年齢の割にかなり自立していて、自分で言うのもなんだが色々他人よりも出来る事が多くて、自分1人の身の面倒を見るには多分な能力があるのもあって、他の面倒を見たり守ったりしたい自分。
もちろん誰でも良いわけではない。
明らかにただ怠惰に依存したいとか言う相手ではなく、一生懸命生きているのに何か不足していて足りないような人間で、もちろん錆兎だってそこは聖人なわけではないので、自分の好みの容姿をしていてくれた方が良い。
アオイはまさにそんな条件にぴったりの相手だった。
怠惰なわけではない。
細やかで優しくて…でもとても自己肯定感が低くて気が弱い。
さらに付き合い始めたあとに知ったのだが、幼い頃から喘息持ちで、入退院を繰り返していたらしい。
そんな彼女を母親はとにかくとして、父親は手がかかると嫌ったらしい。
双子の兄は頭脳明晰スポーツ万能で、さらにしっかりとした性格だった事もあり、そんな兄と比べられて、ずいぶんと辛い思いもしたようだ。
だから、“出来ない”ということをあまり言いたがらない。
体調が悪くても疲れても、それを必死に押し隠して平気な振りをする。
そんな彼女が可哀想で愛おしくて、錆兎は出来うる限り彼女を甘やかす事にした。
だって、彼女に厳しくしすぎる人間は周り中にいるのだ。
自分くらい彼女が安心して甘える事ができる人間になっても良いはずだ。
そして、自分はそうやって手が必要な相手に手を貸し、守り、甘えさせる事を望んできたのだから、それは自分のためでもある。
幸いにして彼女の大きな丸い目は、言葉には出来ない彼女の気持ちを言葉以上に伝えて来てくれるので、そんな彼女の心情を言外から悟るのは難しい事ではない。
そうして守り、支え、慈しむうちに、臆病な子猫のような彼女も、少しずつ錆兎に慣れ、おずおずと自分からも手を伸ばしてきてくれるようになってきた。
本当に…何度も告白されても付き合う気が起きなくて断り続けていた自分が恋人を持たずにいたのも、街を連れ歩けば周りが振り返るレベルで可愛いアオイが今まで誰とも着き合った事がなかったのも、互いとこうして一緒にいるようになるために神様がそう取り計らっていたのかもしれない…
そんな風に感じるほどには、彼女は自分の心の不足分を驚くほどぴったりと埋めてくれるような、完璧すぎるほどに錆兎の好みに合致した恋人だった。
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