ツインズ!錆義_13_義勇視点-待ち人は王子さま

前回のアオイとのデートでは早く駅につけば良いと思っていたが、今回は逆に着きたくない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう……


前回は電車内は満員で義勇の容姿にさほど注目をされる余裕もなく、その満員電車から駅に降り立った時には隣には宍色の髪に藤色の目の、名前もきけないままだったので義勇が秘かに“王子さま”と命名した、目の覚めるような美形がいた。

だからおそらくそちらのカッコよさに全ての通行人の視線は行っていたようで、──大げさではなく確かにそんなレベルのカッコよさだった──誰にも注目される事なくアオイと合流できたわけだが、今回は周りの人間達の視線が痛い。

痛すぎて泣きそうだ。

別に義勇に用があるわけでもない通りがかりの人間の目ですらこれだけ痛いのに、一対一で対峙して誰かと話すなんて、本当に怖すぎて死にそうだ。

そもそも義勇自身、あまり人づきあいが得意な方ではない。

アオイは自分は当たり障りのない言い方が出来ないから…という理由で義勇に振ったわけだが、今にして思えば、

すっかり付き合う気になっている相手との交際を断る
という時点で、当たり障りのない展開を求めるのが間違っている。

そこはもう修羅場を覚悟して、いかにきっぱりはっきり突き放すかなんじゃないだろうか…。

そう言うことなら、むしろ義勇よりアオイの得意分野だ。
…と、思ったところで全てはあとのまつりだ。
もう約束の時間の10分前なのだから……



前回は王子さまの腕につかまって、どこか守られながら歩いた改札までの道のりを、今日は無遠慮な人の目と恐怖に晒されながら、1人でたどる。

震える手…力の入らない足…

まるで貧血を起こした時のように、まるで水の中でも歩いているように、何か見えない力に邪魔されるように、身体が重い。

もういっそ倒れてしまおうか…そうしたら行かないですむ…

そんな事も思ってはみるが、考えてみれば倒れて介抱でもされた日には、女装がばれてしまう。
その方が恥ずかしい。

もう気合いと根性で、意地でも女装とバレないように頑張るしかない。

義勇は蒼褪めながらも唇を噛みしめて、ぎゅっと手を握り締めて、力の入らない足で床を踏みしめて…まるで戦地に赴く特攻兵のような心境で改札に辿りついて、ピっとSuicaをかざして改札を通りすぎた。

…と、その時である。

「お?今日は1人なのか?」

と、どこかで聞いたことのある声が耳に届いて、力が抜けすぎて今にも倒れそうになったのは…

それは本当に全身から力が抜けてしまいそうになるくらい、ホッとする声だった。

──まさか…まさか…まさか??!!

あまりのタイミングのよさに思わず顔をあげると、走り寄ってくるイケメン。

黒のジャケットの下には白のシャツ。
そして黒のジーンズ。

シンプルでいて、でも地味さはない。
前回の制服姿もカッコ良かったが、今日の私服はクールな印象の容姿の彼によく似合っている。

そう、彼は一見、顔立ちが完璧に良すぎてとっつきにくそうだ。
なのに、意識的にか無意識にか、目が合うとニコリと微笑みかけてくれて、それがとても温かく感じる。

誰かと違い、いつでも誰にでもヘラヘラ笑っているわけではなく、相手の姿を認め、笑みを浮かべるまでにある一瞬の間が、確かに自分と認識して特別に笑いかけてくれている感があって、なんとなくその善意や好意を信用出来る気がした。

しかもこのタイミングだっ!
この絶体絶命のピンチなタイミングで駆けつけてくるなんて……

──王子様ならぬ勇者様かっ!!!

いやいや、別に義勇を助けるため駈けつけてきたわけではないだろうが、思わず叫びそうになった。

だって、なんかホッとする。
別に偶然再会しただけなわけだが、なんかこう…救ってもらえる感がひしひしとしてしまう。

物語だったら絶対にそんな流れだ。
存在自体がどことなく頼もしい。


そして実際に優しいという点に関しては思い込みではない。

「…え…王子さま………」
と、口に出てしまったのは安心しすぎたことによる無意識のことだった。

が、言ってからハッとする。

いきなり王子様呼びはないと自分でも思う。
そんなことを口走ったら我ながら変な人間な気がした。

慌てて口を押さえる義勇。
だが、その言葉はしっかりと彼に届いていて、

「へ?なんだ、それ?
王子さまって…まさか俺のこと??」
と、目を丸くする青年。

それに対して
「ご、ごめんなさいっ!!名前、聞いてなかったからっ!!」
と、言い訳にもならない言い訳をして、義勇は思わずぎゅっと目を閉じて縮こまった。

ああ、もうダメだ…嫌われる……

せっかく優しい人だったのに…また会えてうれしかったのに…
悲しくて悲しくて、目からじわりと涙が溢れかけたが、意外な事に聞こえて来たのは嫌悪の声ではなく、楽しげな笑い声だった。

「ああ、そうだったよな。
俺は錆兎。
お姫さんは…アオイって兄貴が呼んでたよな?」

と言う柔らかな声と、

「ここ、通行の邪魔になるから、ちょっと寄ろうな?」
と、背にそっと温かな手が触れて、往来の邪魔にならない壁際に優しく誘導される。

まるで小さな子どもにでも接する大人のような、圧倒的な保護者、お兄さんオーラーに、安堵感が広がっていく。

ああ…本当にこんな兄がいたなら…
きっと今回の諸々だって兄とは言え妹にすら諸々負けている双子の兄の自分と違って、全て余裕で対応してくれるだろうに……

そんな事を考えて、少々凝視しすぎたらしい。
視線に気づいた彼、錆兎は、お?というように瞬き一回。

それからわずかに身をかがめて義勇に視線を合わせると、
「……?どうした?
何か俺で出来る事があるか?お姫さん?」
と聞いてきてくれた。


倒れるかと思った…。

本当に…本当に追い詰められていた義勇には、それは喉から手が出るほど欲しい言葉だった。

でも…いくらなんでもたまたま出会って二回目。
今日初めて名前を知った相手にそんな個人的な事を頼むなんて、あまりに図々しいんじゃないだろうか…

そんな常識が脳裏を横切る。

頼りたい…でも……

グルグると色々が葛藤して、どうして良いかわからなくなったそんな気持ちが涙となって溢れていった。

すると彼は少し苦笑して、前回と同様、ハンカチを出すと義勇の涙を拭いてくれる。
そしてやっぱり優しい口調で、

「あ~、なんか困ってる事があるなら、遠慮せずに言ってみろ。
俺で出来る事なら助けてやるから」
なんて義勇が何より欲しい言葉を与えてくれるのだ。

それでも拒めるなんて心の強さは義勇は持ち合わせてはいなかった。

「…っ…ご…ごめんなさ……でもっ…い…ですか……?」
と、みっともなく泣きながら訴える様子は、高校生にもなった人間がやるには見苦しく映っただろう。

でも錆兎は嫌な顔一つせずに
「良くなかったら、自分から言ったりはしない。
ほら、俺に何が出来る?言ってみろよ?」
と、本当に子どもにするように頭を撫でながら、優しく促してくれた。

正直驚いた。

だって年上の男性と言う存在は父親を筆頭に義勇にとって決して優しい人種ではなかった。

いつだって彼らは義勇に“男らしく”他人に頼らず自分の足だけで立つようにうながしてきたし、“双子の妹のアオイはあんなにしっかりしているのに”とか、彼女のようになるべきだ、と、言われ続けて来た。

義勇が義勇らしくある事は、彼らには好ましいことではないらしい。
だから義勇は“彼らが形成する世界”の住人としてふさわしい自分であろうと日々あがき続けては失敗を繰り返している。

“上手く適応できない自分”をなるべく見せないようにするため、他人…特に年上の同性と近い距離に居る事を自然に避けるようになった。
常にコンプレックスを抱えているため人づきあいも苦手で、パーソナルスペースがとてつもなく広い。

だから本来ならほぼ見知らぬと言っていい相手に助力を願うなど、とんでもない事なのだ。
なのに、そんな義勇が思わず縋ってしまいたくなるほどに、錆兎は善意と頼もしさに満ちていた。

もちろん全てを口にするわけにはいかないので、自分がアオイの身がわりと言う事は避けて、ただ、恋人を作らない事を心配する幼馴染に強引に男性を紹介されてしまったのだが断りたいのだ…とだけ言うと、錆兎は目を丸くした。

そして改めて義勇をチェックするように上から下までサっと視線を走らせて…

出て来た言葉は、

──特徴は…ロングヘア、背は165cm、白いコートに白いワンピース、足元は白いフェークファーのショートブーツ…で、お姫さん、中学では風紀委員長、高校では生徒会会計を務めている学年トップで、名字はもしかして冨岡だったりするか?──

で、今度は義勇がポカンと呆けた。

アオイのとは言え、何故か知られている個人情報。
つまり…つまり???

え?ええっ?!王子様が…えっとこれなんて読むのかな…うろこ…たきさん…?

そう言っておそるおそる見あげると、錆兎は彼自身も少し困惑したように眉尻をさげて笑いかけて来た。

「あ~、うろこたきじゃなくてうろこだき、な」

なるほど。
相手の情報を知ったのは天元からアオイに送られてきたメールだったので、正確なところがわからずにいた。
まあ、そんな瑣末な事はどうでも良いのだ。

重要なのは

腐れ縁の幼馴染に無理やり約束をさせられたデートの相手が、先日助けてくれた憧れの相手だった!!

ということである。


さきほどまでの憂鬱すぎるくらい憂鬱で泣きたいような気持は、一転して幸せすぎて泣きそうな気分へと変わった。

本当に…本当に、今回ばかりは天元に感謝してやらないでもないと、アオイの事もあり天元には色々思うところのある義勇が珍しくそんな事を思った。

義勇が感動にグルグるとしている間も話は進んでいく。

「あ~…とりあえず、お互いに待ち人が来たわけだし、場所変えるか。
緊張して立ちっぱで、お姫さん疲れただろう?」
と、事態を把握した錆兎はそう言って、前回のように腕を差し出してくれた。

こうして義勇は前回と同じく錆兎に守られるように、休日の駅の雑踏へと足を踏み入れたのである。




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