とある白姫の誕生秘話55_Mの悲劇再び1

──村田、村田~!!!

と、今日もいつものように当たり前に呼び付けられる。
入社して数カ月後、バカンスの期間が終わると日常が戻ってきた。

バカンスと言ってもまあ、実家に帰っても親は夫婦で遊びに行っていて、妹も友だちと旅行。

リア充…と言うほど華やかでもない家族だが、それなりにパートナーがいる。
だから自分が帰っても誰もいないし、それなら交通費ももったいないしと、帰省もしない。


そうなるといつもより空いた時間は、ダラダラと過ごすために過ぎていく。
朝は思い切り寝坊して、基本コンビニ弁当、たまに自炊。
漫画を読んでネットを見て、借りて来たDVDや、撮りためていたドラマだって見てしまう。
華やかさの欠片もないだらけた長期休暇だが、何もしないというのもまた贅沢なもんだと、自堕落な生活を満喫する。

そしてたいして何をしたとも言えないままバカンスが終わって出社すると、いつものようにせわしない様子で自分の名を呼ぶ上司の要求に応えるべく、

「はい。今日はどこにお供します?」
と、村田はデスクに鞄を置くのも惜しんで、即出かけられるように預けられている社用車の鍵を取り出した。



その日はどうやら今回のコラボの相手、村田が最初に“薔薇を愛でる会”に随行した時からずっと同会に出席している、ローズコーポレーションの会長の親族のお嬢さん、鳴女との会合らしかった。

いつものレストランのいつもの個室。
違うのはいつもと違い3人きりなので、部屋がやけに広く感じること。

それでもここを使うのは、真菰いわく
──みんな慣れてるから来やすいし融通も効くし、なにより予約が取りやすいから
ということだ。


真菰だけではなく、薔薇を愛でる会のメンバーはいつも会以外にも何かあるとこの部屋を使用するため、自身も愛でる会のメンバーの一人であるオーナーは、ここは他の客には解放せずにキープしているとのことである。

まあそんな事情はおいておいて、真菰と鳴女は互いに持参したノートPCやタブレットを開いて、宣伝効果や世間の評判、売り上げなどの情報を交換しつつ話し合っている。


そんな中で出てくる会話。

「錆兎さんと義勇君、すごく評判になってます…。
ポスターのもう一人が梅ちゃんなので、ロズプリ俳優でもないのに、うちの裏交流掲示板、別名『腐女子と貴腐人の園』で、すごい話題になっていらっしゃいますわ…。
みなさん各方面に非常に影響力ある方々なので、商品も勝手にあちこちに宣伝して下さいますし、第二弾だそうか…と、うちではそんな話にもなってるんです…」

「第二弾っ!?
モデルは一緒で?」

「ええ。次回は、綺麗&可愛いで中性的な感じのものと、可愛い&カッコいいで対比を強調した感じのものの2パターンを作ったらいいのではないかと、企画の子と話しとる最中なんですが…
梅ちゃんはロズプリの家の子なので私生活はある程度カットできるんですが、錆兎さんと義勇君も売りだしてくれそうなあたりの好み考えて、少し私生活を気をつけて頂けると、うちとしても次を作る場合にありがたいかと…
当分この企画をシリーズ化して売っていきたいと思っているので…」

「変な女とか作るなって感じのことね?」

「まあそういうことですね。
素人さんですしプライベート管理しろとは申しませんが、あんまり大げさにして欲しくはないなと…」

「わかったわ。気をつけとく。
まあ奴は義勇君べったりで、言いよってくる女とかも蹴散らしてるから大丈夫だとは思うけど…義勇君はわからないしね。
そのあたりの監視役は……」

蛇に睨まれた蛙…

にこりと微笑む権力者の女性2人を前に、村田は蒼褪めた。


──村田、やってくれるよね?

そして宣告。



美人だが…いや、美人だからこそ迫力のある上司。
今ここで首を横に振ったら、自分は生きてこの部屋から出られないんじゃないだろうか…
そんな風に思えてしまうくらいには、圧がすごい。


だが…だけど……でも……村田はしっかり覚えている。

──ああ、そうだ。仏の顔は三度までとか言う言葉があるらしいが…俺なら二度だな。二度やられたらたぶん粉々に粉砕する気がする…

義勇の家出を手伝った時の課長補佐のあの言葉は、紛れもなく本気の警告だった。
次義勇関係で何かをやらかせば、自分は消される。

前門の真菰主任、後門の鱗滝課長補佐。

ああ、村田の運命やいかに……



結局村田は目先の恐怖に負けた。
そして、村田がコクコクと首を縦に振ると、上司は満足げに頷いて、鳴女と商談に入っていった。

鳴女の側で企画書のたたき台はすでにできていたらしく、それを元に色々を話し合っていく2人。

新人の村田は話に入ることも出来ずボ~っとしていたが、白熱する話し合いは随分と続いて、途中で少し早い時間ではあるが当たり前に運ばれてくるランチ。
もちろん村田の分もだ。
そこでこれが午前中だけではなく終日の話し合いになる事を知る。

いつもはディナーなので、今日はランチと言う事で少し軽めではあるが、相変わらず美味しい。
これだけは役得だといつも思う。

添えられたワインに、一瞬、車であることを思いだしてちらりと真菰に視線を向けると、非常に気配に敏感な彼女は

「ああ、大丈夫。今日は帰るの夕方から夜になるから、それまでにはさめるわよ。
飲んでいいわよ」
と、言われて遠慮なく頂いた。

なるほど。直帰コースだったのか…と、その言葉で察して、荷物を会社に置いてきたのを少しだけ後悔したのは秘密だ。


それからしばらくは平和だった。
何かメモでも取るかきいたのだが、まだそこまでの段階ではないから自分で取ると真菰に言われたので、やることもなく若干手持無沙汰だったくらいである。

夕方までやることもないので、白熱している打ち合わせを横目にスマホで電子版の小説を読み、時折り進展がありそうな感じを受けた部分だけ、それでもスマホでメモを取った。

そうしてどうやら一通り話し合いが終わったのが午後17時過ぎ。

真菰は直帰するし村田も直帰して良いと言うが、村田は直帰のつもりではなく荷物を会社に置いたままなので、真菰と鳴女をそれぞれ送ったあとに、会社へと戻った。

そして…衝撃の事実を知る。

鱗滝課長補佐が結婚していた!!!



真菰は村田と同様、朝から出ていたので、おそらくこのことを知らないだろう。
村田は今日の鳴女と真菰の話し合いを思いだして、これは要報告案件だろうと、真菰に連絡を入れることにした。

微妙に…鱗滝課長補佐と関わるのは避けたいところなのだが、しかたがない。


大号泣の女性社員達と大騒ぎの男性社員達。
どちらも興奮冷めやらない感じだが、とりあえずまだ冷静な情報を得られそうな男性社員達の方に話を聞く。

どうやら休み明けの今日、鱗滝課長補佐が左手の薬指に指輪をしてきたらしい。
そこから本人に凸した面々。
すると、課長補佐の口からバカンスの間に入籍したという言葉が出たとのことだ。

さらに聞いた話によると、スマホにはバカンスを一緒に過ごした時に撮ったらしい奥さんの写真が多数。
見た人間によると、儚げな雰囲気の、この世のものとは思えないほど愛らしい女性だったということで、どうやらデマではないらしい。

本当は情報を確実にするのに本人に話を聞きたいところなのだが、鱗滝課長補佐は怖い。
なので同居人である義勇なら知っているだろうとその姿を探したわけなのだが、あいにくすでに帰社していた。

となると、情報収集はこれが限界だろう。

そう言えば上司の真菰は鱗滝課長補佐の従姉妹らしいので、これ以上の事は本人に直接きいてもらおう。

そう思って、村田は真菰にメールを入れた。


返事はすぐに来た…というか、即携帯が鳴った。

──どういうこと?!
と、普通なら言われそうなところだが、

『村田、あんたは義勇君に電話で確認を取りなさい。
あたしは錆兎に電話するからっ!!』
と、だけ言って切れる。

村田が持っている情報はすでに送った事、それ以上村田に聞いても何も出てこないであろうことを即理解して、指示をして余分な事を言わずに切る。
そんなところはさすがに真菰だ…と、感心した。

まあ感心している場合ではない。

新人の部下としては、当然上司の指示は速やかに実行しなければならない。

…というわけで義勇に電話をかけたのが、村田の不幸の始まりであった。



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