とある白姫の誕生秘話54_秘密結婚


翌日…疲れ過ぎて眠る義勇を昼過ぎまで待って起こすと、ゆっくりと昼食を摂り、その後に宝飾店へ。

そしてお揃いの指輪を注文。

2週間後に受け取って最初に食事をしたレストランでそれを互いの指にはめて、婚姻届に名を記入。
役所に提出するのは帰ってからということで、そのまま残りのバカンスを楽しんだ。

そうして半月後、バカンス終了1日前に書類を役所に提出して、正式に入籍。

まあ元々一緒に暮らしていたので、生活自体が何か変わる事は特になかったりするのだが……



こうして完全にバカンス終了後、会社に戻ると、ちょうどその頃に正式に例の化粧品の宣伝と販売が始まって、色々大騒ぎだ。

錆兎は元々社内では有名人ではあったが、さらに有名になって社内だけではなく街中でも騒がれるようになったし、義勇にいたってはそれまでは知っているのは一部の人間だけだったのだが、街中でもだが、特に社内で女性に追われる身となった。

そんな状況だから、同性婚してますとは視線が怖すぎて義勇にはよけいに言えない。
なので義勇は普段は指輪をチェーンに通して首から下げているが、錆兎は堂々と左手の薬指につけていた。

もちろんそんな錆兎の指輪に他が気づかないはずもなく、女性陣がすごい勢いで聞いてくるのに、錆兎は当たり前に

『おう。バカンス中にな、籍入れたんだ。
でも今ほら、例の化粧品のポスターで色々騒がれてるし、巻き込みたくないから当分嫁さんは同居せずに遠距離のまま。
写真?いいぞ?今回のバカンス中の彼女な』
と、スマホの写真を自慢げに見せて回る。

照れ顔、笑顔、すまし顔。
そこにはどんな表情をしていても可愛らしい、どこか儚げで透明感のある絶世の美少女が映っている。

悲鳴をあげる女性陣に、歓声をあげる男性陣。

さらさらの漆黒の髪にいずれも清楚な雰囲気の淡い色合いのワンピースを身につけて映るその美少女が義勇だと気づく者はいない。

そのことに義勇はホッとした。


…ショックでへたりこんだり頭を抱えたり、とにかく気落ちする女性陣とは対照的に、尊敬する上司、気の良い同僚であるイケメンの錆兎が彼に相応しい美少女と結婚したことを、美男美女でお似合いだと祝福する男性陣。

そんな男性陣がぽつりと漏らす。

「結婚式とかは?あげなかったんすか?」


それは素朴な質問だった。

が、その一言が、自分で望んだ事とは言え、これが皆に祝福されて成立した関係ではなく、ひっそりと秘密にしなければならない結婚なのだ…と、義勇の心にぽつんと影を落とす。

そしてわずかに曇る義勇の表情を、錆兎が見逃すはなかった…が、即対応を取れるわけもなく、手をこまねいているうちにそれは起こったのだった。



──結婚式は?あげなかったんすか?

それは本当に他意のない、単なる素朴な疑問と言うやつだった。
口にした男性社員だって深く考えて言った言葉ではないだろう。

でもそれは義勇にとって、“この関係はおおやけに出来ない関係”であるという事を再認識させる言葉だった。

籍を入れてまだ一月も経っていない。
いわゆる新婚家庭だ。

普通なら、友人知人に囲まれて祝福されながら神の前で永遠の愛を誓って、2人で手を繋ぎながら買い物に行ったり、デートをしたり、時にはそんな光景を知人に見られて冷やかされたりと、そんな感じなのだろう。

でも自分達は社内では休憩中でも普通に上司と部下。
もちろん外でも親しい同居人ではあっても、その関係は崩さない。

一歩家に入れば錆兎は良き恋人で良き伴侶で、とても優しく甘く大切にしてはくれるが、それは自宅の中だけで、むしろその空間だけが特殊な空間となっている。

世界の大部分の空間では自分達はおおやけにできない、隠さなければならない祝福されない夫婦なのだ…。

それは本当なら皆に自慢できるような素晴らしい女性を妻とする事も出来たであろう錆兎にとても申し訳ない気がしたし、素晴らしいとまでは行かなくても普通に他人に紹介できるような伴侶にはなれない自分が、とても惨めで悲しく思えた。

もういっそのこと別れてあげた方が錆兎のためなんじゃないだろうか…そんな考えも脳裏をよぎる。
そのくらいなら最初から籍を入れなければ、錆兎の戸籍を汚さずに済んだのに…と、さらに落ち込んで、自室に閉じこもってお気に入りのティディを抱きしめて泣いた。

どうしよう…どうすればいい?

錆兎は優しいから義勇の事が迷惑だとか言えるはずがない。
なら、錆兎が安心して自分を見放せるようにしてあげるのが、彼の輝かしい人生に自分みたいな人間と入籍してしまったと言う汚点をつけてしまった自分にできる唯一の罪滅ぼしだ…

そう思っても、さてどうすればいいのだろうか……

前回家出した時もそうだったが、自分には実家がない。
となると…どうしようか…


とりあえず今日はまだ良い考えも思いつかず、もう役所が開いている時間ではないので、書類は後日整えよう、と、そう思って手紙だけ書く。


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