ああ、楽しかった。
そろそろ寝るか~!となった時、何故かパタンとPCを閉じて、当たり前にそのままぱふんとベッドに横たわる義勇に目が点の錆兎。
嫌な予感に駆られながらも問いかけると、義勇の方は当たり前に持参していた自室のベッドの枕を錆兎の枕に並べて、そこに頭を預けて不思議そうに見あげてくる。
うん…そうだよな。
今まで結構雑魚寝してたよな……
そう考えれば、時間も時間だし、今日このバカンス地にある別荘にきたわけで、これまでなら確かにダラダラとおしゃべりをしながら雑魚寝をしていてもおかしくない状況だ。
それでも……こちらにいる間はお姫さんを満喫したいと言った錆兎の要望を叶えてくれようとしているのだろう。
寝る時ですらかぶったままのウィッグ。
さすがに化粧は落として少し濃いブルーのコンタクトは外しているものの、透明感のある素の青い瞳の色の方が、なんだか興奮すると言うか…胸が高鳴るというか……
(何か塗ってるわけでもないのに、なんでこんな唇ピンク色なんだよっ!!)
と、見慣れているはずの顔のパーツ一つ一つですら直視できない。
そこで少し視線を下に反らせたなら、今度は漆黒の絹糸のような髪が白く細い項を彩るのが目に焼き付いて、さらにその下、繊細なレースに埋もれる華奢な肩とか、胸元を飾るリボンをほどいたらそのまま見えてしまうであろう胸元とかを想像すると、なかなか危うい気分になるのは、前にも言った通り。
まずい…どちらにしても無理だと錆兎は思う。
視線を泳がせる錆兎に、義勇の方は何かおかしいと感じたようだ。
「…錆兎さん……?」
と、顔を覗き込んでくる。
ふわりと香る花の香り…。
どう考えても同性からする香りじゃない。
いや、同性とか同性じゃないとかこの際関係なくて、つまりは……恋人の香りにひどく欲を煽られた。
思わず身を引く錆兎に、義勇は一瞬驚いたように目をみはり…そして何かを察したように傷ついたような表情になった。
何を思われたのかは想像がつく。
だから慌てて、
「違ってっ!!嫌なわけじゃなくて、むしろその逆すぎてっ!!!」
と、首を横に振るが、いつものように頭を撫でたり抱きしめたりと、相手に触れる事ができない。
触れたら暴走を抑えられる自信がない。
だがそんな錆兎の態度に義勇は確信してしまったようだ。
「…ごめん……やっぱり…ネットと同じようにはいかないよな…。
ウィッグと服を変えたくらいじゃ、“ユウ”になれないどころか、リアル成人男がこんな格好しても気持ち悪いだけだよな…」
そう言って溢れかけた涙を見せまいとするかのように、少し俯き加減に身を起して、錆兎から離れてベッドから出ようとする。
ダメだ!!
と、ぎりぎり働いている脳が判断する。
ここで行かせたら終わる。
「違ってっ!!!」
と、その肩を抱き寄せた瞬間、ふわりと香る匂いや薄い肩、ふんわりと温かな体温に、錆兎の中の何かが決壊した。
──すまないっ!!本っ気で止められん!!!
脳内で響き渡る警報。
瓦解した理性の壁を飲み込むように雪崩込んでくる衝動。
それをとうとう抑えるきることが出来ずに、錆兎は雄の本能に飲み込まれた。
──…やってしまった……最悪だ……
錆兎のわずかばかりの理性が戻ったのは、朝の日差しが差し込み始めた頃である。
目の前には涙の跡の残る顔で意識を飛ばしている恋人。
頭を抱えたくなるような状況でも脳内は物理的にやるべき事を弾きだしていて、ぐちゃぐちゃになったシーツを取り替えて、とにかく身を清めてやらないとと、タオルと湯を用意すべく、洗面所へと走る。
出来れば風呂に入れてやりたいが、今は眠っているので、脱衣場に別途タオルと着替えだけ用意しておいて、湯を入れた洗面器とタオルを持って寝室に戻った…
………
………
………
……ら………
ベッドの上にはこんもりと盛り上がったブランケット。
中から聞こえる泣き声に、錆兎はとりあえず床に洗面器を置くと、そのまま土下座。
「すまないっ!!本当にいきなり悪かったっ!!!」
もう他に言葉もなく、そのまま土下座を継続していると、頭上のベッドのブランケットの中からくぐもった泣き声と言葉。
──…しかた…ないけど…っ…しかたない…けどっ……離れるのっ…やだっ……
と、その言葉を聞いて、錆兎は意味がわからなさ過ぎてぽかんとしながらも、そこで初めて顔をあげた。
「…義勇?」
と、立ち上がってベッド脇まで行くと、ぺろりとブランケットの端をめくる。
ウサギのように真っ赤なまんまるの目が、可哀想だが可愛らしい。
鼻も泣きすぎて真っ赤になっていて、なんだかあどけない泣き顔に、ひどく罪悪感を感じた。
「…なれるの……やだ……」
と、また繰り返される言葉が謎すぎて、錆兎は首をかしげる。
「…嫌なら離れなきゃ良いと思うんだけど……離れなきゃ我慢できないほど、怒ってるのか?」
いや、俺が全て悪いのはわかってる。
我慢がきかなくて急に襲った俺が悪いのはわかってるけどなっ?
と、それにそう付け足すと、
「…おれが…やでも……はなれてく…だろっ……」
と、また謎発言。
「誰が離れるって?」
「…さびとが…っ…」
「え??なんで???」
本当っに『なんで??』である。
なんで好きすぎて我慢ができなくてやらかした自分の方が好き好んで離れるって話になるんだ??
正直わけがわからなさすぎて、反応に困ってしまう。
それをそのまま一言で口にした『なんで?』という疑問に対する答えはさらに謎だった。
──…っ…だって…いやになった…だろ…っ…おれのこと……
「はあああ???」
嫌になった?え?ええ?!!
そんな発言は一切した覚えがないし、そう思われる可能性がある要因は…と、脳内さぐってみて、もしかして??と思って
「いきなり襲ってしまった事に関しては、単に俺の理性のなさが原因で、義勇のことを軽く見てるとかじゃないからな?
言い訳できる立場じゃないが……」
と、言うが、違ったらしい。
「…さびとがっ…おれのこと…やになったからっ……さっき…いなかった……」
と言われて、意味を考えて、あーーー!!!と思った。
「悪いっ!!
義勇の身体拭いたり、目を覚ましたら風呂に入れてやろうと思って色々支度してたんだ。
そうだよな。初めての朝くらいは、隣に居て欲しいよな。
本当にごめんな?もう、色々悪かった」
錆兎は物理的な事をついつい優先してしまうが、義勇は違ったらしい。
その後の話によると、いきなり襲った事は何故か問題ではなく、目が覚めた時に錆兎が居ない=やっぱり貧相な男の自分を目の当たりにした事でやはり無理だと実感して嫌になった=別れるための支度をしている…と、謎の論理展開が脳内で繰り広げられていたらしく、錆兎は驚きと安堵で脱力した。
「あの…な、義勇、良い事教えてやる…」
「……?」
「こういう事ってな、無理だと思ったら勃たないし、勃たないと出来ないんだぞ?
いまな、俺、そういう意味では無理じゃなさすぎて、夜が明けるまで抱きつぶしてしまって、義勇が激怒して三行半突きつけられるんじゃないかってすごく怯えながら、リカバリのために色々準備してたわけなんだが……」
そう言って、おそるおそるちらりと義勇を見ると、あちらもおそるおそるこちらを伺っている。
その様子が、巣穴からあたりを伺うリスかウサギのようで、可愛すぎて思い切り抱きしめたくなったが、そこは理性で堪えて、
「…本当は今日な、指輪見に宝石店に行って、指輪が用意でき次第、プロポーズ。
婚姻届はもうもらってきてて、俺の名前は書いてあるから、義勇の名前書いてもらって、出したいなぁ…とか、思ってたんだけど…だめか?」
もう昨日から色々予定が狂い過ぎなのだが、こうなったら予定が大きくずれないうちに、とにかくゴールはしておきたい。
そんな焦りもあって切りだすと、義勇はぴゅっとブランケットの中に引っ込んでしまった。
「…義勇?」
もしかして襲った事については怒ってないと言いつつ、呆れて愛想を尽かされたのか?と、ひどく不安な気分で名前を呼ぶと、ブランケットの中から最初の時と同様、泣き声まじりのくぐもった声で
──ダメなわけない…!……ばか……
と、返事が返って来て、錆兎は今度こそ、本当に安堵して肩の力を抜いたのだった。
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