とある白姫の誕生秘話50_お姫さんと俺3

高速は流れが止まるほどではないがやや混んでいて、錆兎はたまに少し困ったように綺麗な形の宍色の眉を寄せている。

そうして12時を少し回った頃に辿りついた大きめのサービスエリア。
大きな駐車場はほぼ満員で、その中で空きの表示のある列に進んで車を止めた。

少し離れた所に見える大きな建物。
ガラスを多く取り入れた壁から中の照明がキラキラしているのが見えて、それだけで義勇は浮かれてしまった。

こんな風に車で遠出をしたことがないので、サービスエリアなんて入った事がない。

「バカンス旅行の最初の食事だから、時間があれば高速を一度降りてちゃんとしたレストランで飯にしてやりたかったんだけど、時間が押してるからこんなところで飯になって悪いな」

かりかりと頭を掻きながら錆兎は口を開いたが、

「ここで食事なのかっ?!」
と、眼を輝かせて振り返る義勇の言葉に、小さく吹きだす。

「そっか。義勇、車で個人旅行初めてだって言ってたもんな。
これも楽しくも珍しい経験か」

と、そこに気づくとホッとしたように

「じゃ、行こう!
どうせならショップも見たいだろう?」
と、ポンポンと義勇の肩を叩いてそううながした。





「すごいなっ!色々あるっ!!」

駐車位置から一番近い入口から入ればそこはフードコートだった。

錆兎としては一応恋人とのデートみたいなものなのだから少しでもちゃんとしたところで…と、こちらから見ると奥にあるレストランで食事をするつもりだったのだが、義勇があまりに嬉しそうに飲食スペースの向こうに立ち並ぶ店に釘づけになっているので、その提案を飲み込んで、

「とりあえずな、座席を確保してから買いに行こうな」
と、人でにぎわうスペースをざっと見渡して、たまたま空いていた窓際の座席をキープした。

そうして先に義勇に食事を買いに行かせつつ、楽しげに店を回って悩む義勇を眺めて楽しむ。

そう言えば家族で出かける機会がないような状況だとこういう場所も来る機会がなかったんだろうな…と、今更ながら気づいて、本当に道路が混んでいてたまたまだが、サービスエリアで食事を取ることになって良かったなとしみじみ思った。

自分自身に関して言うなら、食事なんてよほど不味かったり不衛生だったりしない限りはどこでも良い。

恋人が喜ぶ場所なら、そこが最高のレストランだ。




こうして食事を終えたあとも、少し売店を見て回る。

義勇は何もかもが珍しいといった風に目をキラキラさせて、楽しそうに笑みを浮かべていて、恋人様がそんな風に幸せそうなので、錆兎も幸せな気分になった。

本当は肩に手を回したり抱きしめたりしたいところなのだが、今それをしたら絶対に機嫌を損ねるだろうから、そうやってイチャイチャとするのは、現地についてから。
お姫さん”になってからだ…と、錆兎は今は我慢する事にする。

こうしてしばらく色々見て回って、最後にアイスを買ってやって、それを手に車に戻ると、ごきげんで苺のアイスを頬張る恋人様の可愛さを少しだけ堪能した後、錆兎は再度、別荘へ向けて車を走らせた。



「これ…課長補佐の……別荘なんですか……」

その日の夕方…とある北部の街の海辺の建物の敷地内に車が停まった瞬間…義勇は思わず呼び方と言葉が会社仕様にもどってしまうくらいには驚いた。

だって、海辺も海辺。
裏側のバルコニーから直接砂浜に出られてしまうような位置にあるその建物は、義勇と5歳ほどしか違わない人間が自宅の一軒家と今ではセカンドハウスとなった元自宅のマンションとは別に第3の家として所有しているにしては随分と立派な建物だったのだ。

「ああ。年に数回しか来ないけどな。
1カ月に2,3回はハウスキーパーに掃除してもらってるし、今回は特別に前日に掃除に入ってもらってるから、すぐ使える。
あと、義勇、言葉な。バカンスに来てまで課長補佐はやめろ。敬語もな」

錆兎は少し苦い顔をして呼び方と言葉使いに対して文句を言うと、まずは自分がさっさと降りてトランクや後部座席の荷物を家のドアの前まで運び、最後に義勇の座っている助手席のドアを開けた。

そうして車を完全に車庫に入れると、戻って来てドアを開け、荷物を玄関先に移すとドアを閉める。



外観からもなんとなく想像はついたが、中も広い。
2階建てで廊下を抜けると広い広いリビング。
奥には海へと抜けられるバルコニー。
左手にはカウンターキッチン。右手には寝室のある2階へ向かう螺旋階段がある。

だが、錆兎いわく
「今通って来た廊下の左側な、見てわかったと思うけど、エレベータがついてるから。
まあ俺は荷物とか運び込む用にしているんだが、義勇はここんとこ体調崩してるしな。
階段がきつい時は使えよ」
ということ。

確かにそれっぽいものはあったが、2階建ての個人宅、しかも別荘でそんなものまでついているとは思ってもみなかった。

ざっとリビング周りの説明だけ終えると、錆兎は着替えなどを運ぶためいったん玄関先に戻ってトランクをエレベータに運びこむ。

義勇はせっかくなので少しオシャレな螺旋階段を登って2階に行くことにした。


2階にはゲストルームを含む寝室が3つとプチリビング。
あとはミニキッチンとトイレ、そしてなんとバルコニーに出ると海を見渡せる露天風呂がある。
洗い場は室内。

ちなみに下の階にも当然バストイレはあるが、下のバスルームは室内だ。



「さ、これで大方家の中は案内し終わったな。
じゃあそう言う事でお姫さんと別荘で初撮影だ」

義勇がバルコニーではしゃいでいる間に荷物の整理を終えてくれたらしい。
錆兎が部屋の中で可愛らしいワンピースを持って手招きをする。

もちろん…義勇に拒否権はない。

部屋に戻るとドレッサーの上には何故かいつのまに買ったのか、ロングヘアのウィッグまで用意されていた。

──さあ、お姫さんに変身タイムだ!!

と実に楽しそうな顔で言う錆兎に不安しかないが、それでも全てを卒なくこなせる優秀な上司兼恋人だ。
きっと他にはバレないくらいの完成度の化粧なりなんなりを施してくれるのだろう。

義勇はそう思うと、諦めて渡された服を取って着替え始めた。




ふんわりと裾が広がったノースリーブの真っ白なワンピース。
胸元についているパットで出来るわずかな膨らみと、全体的に細く華奢な造りの身体が、どこか儚げで守ってやりたくなるような愛らしさを醸し出している。

撮影用に入れたカラーコンタクトは鮮やかなブルー。
印象を変えるため、ややハッキリめに入れたアイライナーと、明るい色のシャドー。
長い漆黒の睫毛は元々くるんと綺麗なカーブを描いているのでそのままで、綺麗な形の眉は女性のように剃るのもなんなので、睫毛と同色のウィッグの前髪で隠している。

元々愛らしい顔立ちではあるのだが、化粧とウィッグ、それにワンピースで、本当に印象が変わって、どこをどうみても絶世の美少女だ。

それも錆兎の好みのど真ん中、清楚なタイプの……



「…………やばい…」

支度を全て終えた“お姫さん”から少し距離を取ってマジマジと出来栄えを確認して、思わずぽつりと零れたその言葉に、義勇が

「…だから…成人男子が彼女のフリをするなんて無理があるって言ったじゃないか…」
と不安げな目を向けるので、錆兎は

「ちがうっ!逆だっ!!」
と、大きくかぶりを振った。


ガチで可愛すぎてやばいんだっ!!
ほんっきで世界で一番可愛いっ!!!
もうありえないだろう。
これ自分と同性とかほんっとありえんっ。
この世の全ての女が女やめた方が良いレベルで可愛いんだが…」

と、もう最後はブツブツと独りごとのようになっている。


とりあえずは写真だ。
こんなあり得ないレベルの可愛い彼女がいる男に迫ってくる身の程知らずはいないと錆兎は思う。

「お姫さんは自分の好きにしててくれ。
写真は俺が勝手に撮るから!」
やや興奮気味の錆兎にそう言われて、義勇は戸惑った様子を見せるが、そんな表情も可愛すぎて激写。

しかし相変わらず切られるシャッターに、諦めたようにため息をついて、

「これ…使いますよ?」
と、ベッドの上に畳んであった真っ白なエプロンを身につけると、

「とりあえずお茶淹れましょう」
と、ミニキッチンへと足を運んだ。


そこでエプロン姿だけ撮ったら撮影は一旦中断だ。

錆兎も義勇を追ってミニキッチンに行き、義勇が用意したティーポットと2客のティーカップを乗せたトレイを風呂があるのとは別のテラスに置かれたテーブルに運んだ。

──そのくらい運べるのに……
と、不思議そうな顔をする義勇に、

──お姫さんの時は力仕事は全部俺の仕事。大切に大切にかしずくべき恋人だからな
と言うと、とたんにまんまるの目が大きく見開いて、見る見る間に真っ赤に染まる頬。

なまじ優しくされ慣れていないため、ちょっとした事でそうやって赤くなって動揺してしまうあたりが、ああ、俺のユウなんだな…と、錆兎が知る少女キャラそのままに思えて、ついつい顔がほころんでしまう。

一時は義勇を守るために諦めかけたその少女も同時に自分の腕の中に抱え込めると思えば、幸せに目がくらみそうだ。

優雅な手つきで淹れる紅茶は味はもちろん絶品なのだが、その淹れる仕草も美しくて動画をこっそり撮りながらも、こんなに綺麗に紅茶を淹れる人間は世界中探してもこの子しかいないので、万が一そこからお姫さん愛息子が同一人物だとバレて危害が及んではいけない。

だからそれはアプリを利用して他からは見えないように非表示にしておく。


「…さん、…錆兎さんっ!!」

スマホを片手にニヤニヤしていると、目の前で義勇がぷくりと頬を膨らませて

「紅茶が冷めます!
せっかく淹れたんですから、美味しいうちに召し上がって下さい」
と、睨んでいる。

うん、可愛い。
そんな顔をしても世界で一番可愛いだけだ……が……

──お姫さん、なんでいきなり“さんづけ”に敬語?

どこか懐かしくもしっくりくる…が、先ほどまでとの変化に首をかしげる錆兎に、ユウは

──あら、私(ユウ)はいつも敬語でしたよ、ウサさん?
と、にこりと少しいたずらっぽい目で微笑む。

ああ…もう…確かにユウそのものだが、リアルに舞い降りたユウは、お姫さんであると同時にたいした小悪魔らしい。




ちょっとした事ですぐ真っ赤になるほど初心なのに、ふとした瞬間にいたずらな小悪魔に変身する。

確かに中身は可愛い部下と同じはずなのに、ドレスを着た瞬間、本当に少女の性質が溢れてくるのが、不思議だ。

今錆兎の前にいるのは確かに義勇ではなく、 “あの”ユウなのだ。


義勇が愛用しているティーセットを自宅から持ってきてそれを使っているのだが、着いたばかりで茶菓子は用意できなくて、その菓子皿に乗っているのは、行きがけにスーパーで買ったクッキー。

それを淡いピンクのマニキュアを塗った指先で一つつまんで、口元に運ぶ仕草に目が釘付けになる。

淡い色合いのリップを塗った唇から見える白い歯と、わずかに覗くピンクの舌先に、ごくりと喉がなった。



「錆兎さん?錆兎さんも食べますか?」
と、差し出される、義勇が齧った分だけわずかにかけたクッキー。

正直…27にもなって情けない話だが、鼻血が出そうになった。
ドクン、ドクンと心臓が脈打つ音が聞こえてきそうだ。

なにしろ何でも卒なくこなす男と言われていても、DTだ。

それが決してモテないからとかそんな理由じゃなくて、ストイックに相手にこだわり過ぎた結果だとしても、恋人居ない歴=年齢なのだ。

そのくせ、いざ恋人が出来たら色々失敗したくなくて、知識だけはしっかりとつけているので、想像力が人一倍あったりするのが、さらにやばい。



「これ飲んだら、夕食をとるレストランの予約の時間もあるし俺は荷ほどきするから、悪いけどお姫さん、カップとか片付けておいてくれるか?
下に運ぶのは危ないからエレベータ使えよ?」

自分の理性的な問題から、なるべく2人きりで差し向かいは避けた方が良いと判断して、錆兎は差し出されたクッキーを気合いと根性でなんでもないフリをして齧ると、一気に紅茶を飲みほした。

いつもなら美味しいはずの義勇が淹れた紅茶も、緊張のあまり味がよくわからない。
何故いきなりこんなに意識してしまったのが自分でもわからない。

それでもおそらく表面上は淡々とした態度が取れているようで、全く怪訝な様子も見せずに、

「夕食っ?!ごはんっ?!」
と、食いしん坊なのはいつもの義勇そのままに、目を輝かせて身を乗り出した。


(ほんっとに、可愛すぎだろうがっ!!)
と、それを見て、さきほどとは別の意味で内心悶える錆兎。

色々な意味で可愛くて愛おしくて、思わず腕に抱え込んで強く抱きしめたい衝動に駆られるが、今それをやるとさきほどのような邪心がまた沸き起こるとまずいので、ぐっと堪えた。



こうして少し遅めのお茶の時間が終わると、錆兎はノートPCとか、着替えとか、本宅から持って来たものをそれぞれ必要な場所まで運んで荷ほどきをし、その間に義勇は食器を片づけ終わると戻って来て、自分の使う寝室に本宅から連れて来たクマ達を並べながら、何やら語りかけている。

錆兎が使う事にしている寝室と義勇の寝室はちょうど通路を挟んだ向かい側で、荷物の出し入れがあるため双方開けっぱなしなのもあって、そんな光景が目に入ってくると、本当にずっとネットで一緒だったユウと旅行に来ている感じがした。

まあ、確かにユウの中の人であるのは間違いなくて、しかもユウそのものなのだが……


 Before <<<  >>> Next (7月29日公開)



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