とある白姫の誕生秘話49_お姫さんと俺2

バカンスに出かけることを決めてから出かけるまで中1日空いたのは何故かと言うと、錆兎のたっての希望で、選択の幅の多い都会で女装用の洋服を買うためである。


──だってな、これ逃したら早々にそんな機会ないだろうし、とびきりの格好をしたお姫さんとデートしたいだろう!

と言われて、普通なら即却下したいところではあったのだが、デキる男が子どものようにはしゃいでいるのを見ると、なんだか可愛らしく思えてしまって、拒否できなかった。


もちろん、こちらで買うと言う事は知人に目撃される可能性もあるので試着は却下。

飽くまで“彼女にプレゼントをする服を選ぶ課長補佐”につきあうというスタンスで同行するということで、ぎりぎり手を打った。



こうして翌日、上機嫌の錆兎に連れられてブティックに。

義勇なんかだと1人でレディースのブティックに入るなんて事はとてもとても出来ないわけなのだが、錆兎は全く臆することなく店に入って行く。

店内の女性陣がざわりとざわめく。

なにしろ錆兎はカッコいい。

スーツ姿もカッコ良いが、ワインレッドのインナーにグレーのサマージャケット、そして細身の黒のパンツ姿という私服で、店内でかけていた薄く色のついたサングラスを外して胸ポケットに入れれば、店中の女性の視線を独り占めだ。

「すまない。
相談に乗ってもらって良いか?」
と、当の錆兎が店員の1人に視線を向けて放った言葉で、完全に固まっていた空気が動き出した。
声をかけられた店員はやはりぼ~っと見惚れていた1人だが、言われて慌てて駆け寄って来る。



そうして楽しげに服を選ぶのは良いが。

「なあ、義勇。
これとか可愛いと思わないか?」
と、義勇に声をかけてくるのはやめてほしい。

当たり前だが一応普通に男の格好をしてきているので、店員も店の客もよもや義勇の服を選んでいるとは思わないだろうが、万が一にもバレたら羞恥で死ねる。

だから
彼女いない歴=年齢の俺に聞かないで下さい」
と、ことさらに不機嫌にそう返した。


それに対して錆兎が
「義勇の交友関係は俺が変な奴じゃないか確認してやるから、ちゃんと紹介しろよ?」
などと笑って言うから、店員が

「弟さんですか?」
などと微笑ましそうな笑顔でいう。
周りの女性陣の視線も同様な雰囲気だ。

錆兎はそれにも
「ああ、そんなもんだ」
と、笑って答えると、服選びに戻って行った。



こうして何回着替えするんだ?と思うくらい大量の服を選ぶ錆兎を所在なげに遠目に見ていると、

──あら、義勇君、こんなところでどうしたの?
と、いきなり声がかかって、義勇は思わず飛び上がった。


気づけばすぐそばに会社の美女トリオがいる。
どうやらショッピングの最中にレディースのブティックにいる義勇が目に入って、中に入ってきたらしい。

冷やり…と、内心焦るが、そこはポーカーフェイスも慣れたもので、

「こんにちは、レディ。
御覧の通りです。
今日は課長補佐と外で食事なんですけど、その前に課長補佐が恋人の女性に贈られる服を買うと言うので、待ってるんです」
と、笑顔で答える。

そう、義勇は笑顔。
だが、その言葉に女性陣の顔からは笑みが消えて、ざわりとざわめきが起こった。

そして義勇の視線の先を追って、その視線は錆兎へ。

そして次に彼女達の視線が義勇に戻った時には、その顔には口元は弧を描いているのに目は笑っていないという、どこか恐ろしげな笑顔が張り付いていた。



「錆兎さん、今年のバカンスは彼女さんと過ごすのかしら?」

ざわりざわりと3人で何か話し合ったあと、1人が代表としてといった感じで一歩前へと足を踏み出してきた。

美人なのに…いや、美人だからこそか…
迫力があって怖い。

これは錆兎と恋人になったと公けにしないで正解だったと義勇は内心ため息をついた。

そして心のうちの焦りは押し隠し、義勇はいかにも何もわかってませんといった感じで
「そうみたいです」
と、他人事のように答える。


その言葉にあとの2人も身を乗り出して来た。

「ありえないわよねっ!!
錆兎さんに愛息子を放置で自分と一緒にいるように言う女なんてっ!!
あたしだったら絶対に義勇君もって誘うのにっ!!!」

「…いえ、課長補佐がそう呼んでいるだけで、俺だって小さい子どもじゃないので…」
と、義勇は苦笑するが、女性陣は引かない。


「えーー!!だって義勇君だって錆兎さんと一緒にバカンス過ごしたいでしょっ?!」

「…カップルの間に入るとか、さすがにいたたまれなさ過ぎて遠慮したいです。
それに…俺は俺で夏は親戚の家で従兄弟達と過ごす予定なので…」

と、義勇はあらかじめ錆兎と打ち合わせしていたように、自分も自分で予定をいれていることを伝えると、

「みなさんみたいに素敵なレディは、やっぱりオシャレな場所で優雅にバカンスを過ごされるんですか?
俺は女性に縁遠いので、そういうのあまりわからないんですが…」
と、暗に相手の予定を聞く事で、話題を変えに走る。


「え、ええ、まあ。
今年は毎年女子会をしてる海辺のホテルがリニューアルオープンしたのもあって、3人でゆっくりしようと思ってるんだけど…」
と、答えが返ってきたのを幸いに、

「それは素晴らしい。
こんなに素敵なレディ達が寛いでいる空間を共有できる他の宿泊客が羨ましいです。
楽しんで来て下さいね」
と、無邪気さを前面に押し出した笑みでリップサービス。

次いで、
「じゃあ、今日はレジャーの時の洋服を選ぶためのショッピング中ですか?」
と、どんどん話を反らしていけば、完全にこちら側のバカンスから話題が移って、ホッとした。


こうしてしばらく女性陣の服のセンスをほめちぎりながらも、バカンス中にどんな服装のチョイスをするのかなどを聞いている間に、やっと錆兎の買い物が終わったらしい。

大量の服を手にした店員とキャッシャーに向かう錆兎の姿に、義勇は

「じゃ、そろそろ買い物終わってご飯に行けるみたいなんで、失礼しますっ!
良いバカンスをっ!!」
と、半ば強引に話を切りあげて、キャッシャーの方へと走り寄って行った。

女性陣も
「良ければ来年は義勇君も一緒に行きましょうっ!」
という言葉に

「お誘いとっても嬉しいですっ!
ぜひ課長補佐を説得して下さいっ!」
と、楽しげな子犬のような表情で大きく手を振る義勇の無邪気な様子に、にこやかに自身達の買い物へと戻って行った。

 もちろん…それは本当に誘われたら、もうあとは錆兎にお任せだと言う前提での義勇の言葉だと言う事はいうまでもない。




──いったい何日着させるつもりなんだ?

翌日…荷物をトランクに詰め込んだ車で別荘に出発。
その中にかなりの量の洋服が昨日買いこんだ時のまま積まれている。

義勇の認識だと一度女装でデザートビュッフェに行って、その時に写真を撮って終わりのつもりだったのだが、どう考えても何回か着替えをする前提としても一日で着る量ではない。

ちらりと後ろに呆れた目を向けながら、隣で運転している錆兎にそう声をかけると、

「ん?ほぼ毎日?」
と、楽しそうなトーンで返事が返ってくる。

毎日…つまり、1カ月近くか?

と、それ自体はあれからもミアこと梅之丞と何回か女装で出かけたりもしているので不本意ながら抵抗はなくなっているのだが、気になることはある…

「…女性が良いなら……」

錆兎はモテるのだから男の自分より寄ってくる綺麗な女性を選んだほうが?と続けようとした言葉は、その一言で察せられていたようだ。


す~っと静かに道の端に寄せられて停まる車。

そしてこちらに向けられる綺麗な藤色の目。
それは怒った色も焦ったような色も浮かべて居ない。
ただ静かに愛情を持って義勇に向けられている。

「言っただろう?
俺の人生の中で2大惚れこんだ相手が義勇お姫さんだって。
どちらかを選ばなければという時にすごく悩んで落ち込んだんだって。
その片方、義勇は地元に居る時も堪能できるけどな、お姫さんは地元で居る時はNGなんだろう?
だったら、地元に居ない時はお姫さんの方を堪能したい。
が良いわけじゃない。
お姫さんだから意味があるわけだ。
義勇お姫さんも両方こよなく愛しているぞ?」

顔が近づいて来て、ちゅっと軽く唇にキスが落とされる。
そして、錆兎はまた正面を向いて、車を発進させた。



(……ったく!この人はぁ~~~!!!!!)

そうして1人真っ赤な顔で動揺する義勇。


本当に…彼女いない歴=年齢なんて絶対に嘘だ。
そういうのは自分のような人間のことを言うのだ。

彼女いない歴=年齢の人間と言うのは、こんな恥ずかしい事を当たり前の顔をしてさらりと口に出来る人間では絶対にないはずだ。

そう思ってちらりと横目で見ると、上機嫌で鼻歌交じりで運転する錆兎。

優れたコミュ力は彼女いない歴など超えてしまうのだろうか……
そんな義勇の疑問や戸惑いも一緒に乗せて、車は一路北部のリゾート地へと向かうのであった。




そう言えば義勇は学校で全員が行く類のモノ以外、旅行というものに行った事がない。
今更ながらそれに気づいたのは、錆兎が出発してまず立ち寄ったのが、少し離れたマーケットだったことだ。

「何故マーケットに?」
と、首をかしげる義勇。

向こうで自炊をするとしても、食材は向こうで買わないと悪くなるだろう。
そう思っていると、錆兎は当たり前に義勇を車から降ろして、

「ん~とりあえず6時間ほど車走らせるしな?
その間つまむものとか欲しいだろう?
後部座席にクーラーボックスも積んであるし、冷たい物でも大丈夫だぞ」

と、当然のように買い物かごを片手に、──俺には眠気覚ましに飴やグミだな──と、ぽんぽんとブラックなんちゃらといった目覚まし系のものその中に放り込んでいく。

「飲み物に関してはタンブラーに氷だけ入れてあるから、その都度継ぎたせるようにパックじゃなくてペットボトルにしような。
あとは…高速が渋滞して飯時に店に辿りつかなかった時用に、日持ちはするけど若干腹もちの良い系の菓子とかも買っておこう」

と、慣れた様子の錆兎にうながされ、義勇はなんだか遠足前の子どものようにワクワクしながら菓子を選んで行った。

そうか…車で家族旅行ってこんな感じなのか……と、思わず呟くと、ぴたっと一瞬静止する錆兎。

綺麗な切れ長の藤色の目が義勇に向けられる。

それを義勇が見つめ返すと、大きな手が伸びてきて、いつものようにくしゃりと頭を撫でると

「まあこれから毎年のイベントになるとは思うけど、楽しもうな。
義勇の子どもの頃に行けなかった分も合わせて、これからはあちこち連れまわすからな」
と、錆兎は優しく笑って言った。


こうしてお菓子をいっぱい買って、飲み物も買い、とりあえずタンブラーに入れた分以外はクーラーボックスへ。

別に子どもじゃないのだからお菓子をたくさん買うくらいはできるのだが、旅行のためにたくさんお菓子を買うというのはなんとなく心が浮かれる。

「じゃ、出発するか~」
と、錆兎が車のエンジンをかけてスーパーの駐車場を出るのをいまかいまかと待って、義勇は菓子の袋を開けた。

なんのことはない、普通に売っているスナック菓子。
なのにそれは、旅行に行く車の中で口にすると、いつもより数倍美味しく感じる気がする。

それに穏やかな表情で少し目を細めて、

「俺には飴を一つ口に放り込んでくれ」
と、ア~ンと言うように開けた錆兎の口に、キャンディの包みから鮮やかな赤い丸い塊を一つ取り出して放り込むと、錆兎が

「なあんかな、旅行行く道々で食うものって、日常で普通に食ってるものでも美味く感じないか?」
と、まさに義勇が思っていたことと同じことを言うものだから、なんだか嬉しくなってしまって、笑顔を浮かべながら大きく頷いた。


本当に…さすが、社内屈指のデキる男として有名な鱗滝課長補佐だ…と、義勇は感心する。
だって、まだ街すら出ていないのに、義勇はたぶん今までの人生の中で一番楽しい気分になっている。

バカンスついでに女性避けに使う写真を撮るために女装…と、出発前は少し不安だったのだが、錆兎が選んだ服を着て錆兎にエスコートされるバカンスはきっと楽しいだろう。

そんな風にひどく浮かれた気分でパリリっとスナック菓子をかみ砕くと、義勇は流れていく景色を楽しみ始めた。


  Before <<<  >>> Next (7月28日公開)


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