とある白姫の誕生秘話48_お姫さんと俺1

恐ろしい…現在、錆兎は実に恐ろしい体験をしている。


錆兎in某ホテルのデザートビュッフェ。

甘い物は食べられなくはないがそれほど量は食べない。
一口もあればいい。
そんな錆兎がデザートビュッフェに来ているのである。

いや、デザートビュッフェと言ってもサンドウィッチなどの軽食もあるので、別に食べるものがないわけでもない。

実際、今も、腹の足しには少々足りないな…などと思いながらも、コーヒーを片手にサンドウィッチをつまんでいる。

恐ろしいと言うのはそんなことではなく……

──錆兎さん?味見します?

と、目の前の絶世の美少女が、たくさんケーキが並んだ皿から、おそらくわりあいと甘さは控えめなのだろうというチョコレートのケーキを一口分フォークに刺して、あ~ん、と言わんばかりに錆兎に向けて差し出している、今のこの状況だ。


──こんなに可愛い子が女の子のはずがないっ!

はるか昔、まだ学生時代に真菰が何かを見てそう言いきった時には、『なんだ、こいつ。頭おかしいんじゃないか?』と思ったものだが、今はそんな事を思った自分を殴り倒したい。

確かにそうだ。
こんなに可愛い子が女の子のはずがない。




義勇の家出事件の翌日のことである。

当日の夜はとりあえず戻ったのが遅かったので持ち出してしまった義勇の私物の整理は明日に回すことにして、とりあえず錆兎の部屋で並んで寝ることに。

とはいっても、錆兎の側は、寝たフリこそしても、一度消えられたのが怖くて一睡も出来ずに朝を迎えたわけだが……。

そうして物理的にはいつもの通りの朝を迎え、前夜に泣きすぎて疲れたのかすやすやと熟睡中の義勇を残して急いで朝食を作り、それを手に寝室へ戻った。

ベッドの上には、いったんはどちらかを諦めなければと思っていたユウと愛息子という大切な2人が1人になった相手が横たわっていて、思わず凝視してしまう。

絶対に一生逃がさないようにしないと…と、真顔で思い浮かぶその発想が我ながらやばいな、とは思うものの、もうこれは仕方ない。

世界で一番大切×2の存在なのだ。

(そのかわり、めちゃくちゃ大切にするからごめんな?)
と、小さくそのこめかみに口づけを落とすと、錆兎は朝食のセッティングを始めた。


こうしてセッティングが終わりかけた頃、起こすまでもなく焼いたベーコンの良い香りに釣られたらしい。
目を閉じたまま、義勇がまるでウサギのように鼻をひくひくさせる。

その愛らしさに小さく笑って、錆兎が

「お姫さん、朝だぞ」
と、声をかけると、どうやら目が覚めたらしい義勇は

「その呼び方やめてくれ。
さすがに恥ずかしいから」
と、赤い顔をして布団の中から睨みつけてくる。

そんな顔して睨んだって可愛いだけなんだけどな…と、錆兎はまるで少女漫画のようなことを思いながらも、それは了承できんな、と、その抗議をするっとスルーして

「飯食おう?
ほら、冷めるぞ。
今日はカリッカリのベーコンとパンケーキだぞ」
と、ちらりと皿の中身を見えるように傾けた。

一緒に暮らし始めて知ったことだが、義勇はこんな細いのにすごく食いしん坊だ。
だから美味しいごはんを前に意地を張り続けてなどいられないだろう。

そう思っていたら案の定で、布団の中からモソモソと出てきて、カトラリを手に料理の皿と錆兎の顔の間をちらちらと視線が往復する。

その様子はまるで飼い主の許可を待つ子犬のようで、なんとも言えず愛らしい。

「どうぞ、召し上がれ?」
と、笑いを堪えて錆兎が言うと、嬉しそうに食事を頬張り始めた。

その様子を見て、義勇を繋ぎとめ続けるには胃袋からだなぁ…などと内心思いながら、錆兎もカトラリを手に取る。


こうしてしばらく普通に食事をしていたが、ふと疑問が沸き起こって、錆兎は手を止めた。

そう…錆兎がユウのことを知ったと思いこんだ、一つの事象について……

もし義勇が本当にユウだとすると…いや、そんな嘘をついても仕方ないし、ユウのキャラ名なんて錆兎は教えていないのに知っているわけだから、本当のことなのだろうが…

クルクルと脳内の疑問を反復しつつ、錆兎は食事をする義勇に視線を向ける。

そして記憶を辿りつつ、まるでゲームのキャラメイクのように、目の前の義勇にパーツを足した図を想像して…想像して…想像力を働かせて…最終的に納得した。



納得したところでやることは一つだった。

そこで念のために確認を取る。

「なあ、義勇。
義勇がお姫さんだったってことはだ…俺の勘違いじゃなければ、入社する数日前、街でミアと一緒のところを助けたあの美少女って、義勇だったってことだよな?」

と、その質問は食事が終わった後の方が良かっただろうか…。

食事を口に運んでいた義勇の手がピタッと止まる。
そして硬直。


あまりに動かないので、

「…覚えてないか?」
と、もしや、すごい確率の偶然であの時のミアとユウというのは、名前が同じなだけでお姫さんとは無関係だったのか?と、思って聞くと、義勇はカトラリを置いてテーブルに突っ伏して、

「…覚えてる…忘れて欲しい……」
と、言った。


なるほど。
やっぱりそうだったか。

すげえな、化粧。

義勇の子猫のようなブルーアイがなきゃ、俺もそれでも信じられなかったかも?

そんな事を思いながら、錆兎は義勇の頭を撫でながら言う。

「いや…忘れたくないというか、ものは相談なんだがな?」
「…相談?」

つっぷしたまま、顔だけ錆兎の方へ向ける義勇。
そんな仕草も可愛いと思う。

2人が今後穏やかに暮らしていくために思いついた計画…それは存外に楽しいものになる気がしてきて、錆兎は話を進めた。

「俺な、北部の方の観光地に別荘持ってるんだ。
今回のバカンスはそこに義勇連れて行こうと思ってたんだけどな」

「…北部かぁ…暑いから避暑にはいいな」

暑いのが苦手だと以前話していた義勇は、涼しい避暑地に思いを巡らせたのか、ふにゃりと微笑む。

「だろう?
でな、ちょっと話はそれるけど…俺な、昨日も言った通り義勇に関してはかなり本気なんだ。
出来れば一生一緒にいたいと思ってる。
だから義勇さえ良ければ、デートを重ねて婚約して、最終的に籍を入れて家族になれればと思っていうんだが…」

嫌だとは言うまい…昨夜の反応からするとそう思うわけだが、さすがにドキドキする。

いや、諦める気は欠片もないので、断られたら同居人から関係を深めていくつもりではあるのだが、義勇の口から出た言葉は…

──やめた方が良くないか?
で、不覚にも泣きだしそうになった。

告白したのが初めてなので、当然振った事は数知れずだが振られた事は一度もない。

でも過去振った相手もこんな気持ちになったのかと思って、次にそういう事があれば少しでも傷が浅くなるよう言葉を吟味しようと錆兎は思った。


「…俺じゃ…だめか?」
と、たぶん自分が逆の立場なら答えにくい質問をしてるなぁと思いつつも、ついつい零すと、義勇はふるふると首を横に振る。

「いや…錆兎はダメじゃない。ダメなのは俺の方だ。
錆兎はすごくカッコ良くて仕事も出来てモテるし、俺なんかじゃ釣り合わないだろ。
絶対にあとで正気に返って後悔するから…」
と、その言葉に現金な事にしおしおとしぼんだ心はまた復活して、脳内が回転を始めた。

絶対にしないっ!
昨日も言ったけど、俺は27年間生きてきて、誰かを特別に好きだと思ったのがお姫さんと義勇だけなんだ。
そのどちらもお前だってなったら、勘違いとかなわけないだろうがっ!
俺の側の気持ちは絶対だ。
だから問題は義勇が嫌かどうかだけなんだが?」

ついつい力が入って身を乗り出す錆兎の目の前で、義勇はまた顔をテーブルに投げ出した手に埋めて

「錆兎が嫌な奴なんているわけないだろう。………ばか…」
と、顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染め上げた。

よしっ!!と、その答えに錆兎は心の中でガッツポーズ。

そしてつっぷした義勇に顔を寄せるように近づけて言う。

「じゃ、そういうことでだな、俺は世界中にお姫さんは俺のものだって叫びたいわけなんだが、義勇はどうだ?
言って良いなら言うし、公けにしたくないってんならしばらくは言わなくても良い」

突然降ってわいたリアルな話に、義勇はまたピタリと動かなくなった。
考え込んでいるらしい。

「…錆兎の…ファンのレディ達が怖いな……
相手が絶世の美女とかなら諦めもつくんだろうけど、俺みたいな貧相な男だとかわかったら、炎上しそうだ…」

少ししてやっぱりテーブルに顔をうずめたままぼそりと言う義勇の言葉に

「いや、義勇は納得の可愛さだけどな。
でも相手が誰であれ睨まれはするだろうし…隠しておきたいなら隠しておくか?」

と、錆兎は即、相手の評価に関しては否定しながらも、嫌がらせの可能性に関しては同意して小さな頭をくしゃくしゃと撫でる。


「んじゃ、義勇だって事は言わないけどな、俺に恋人がいる事は言っておきたいんだ。
相手がいるのにベタベタとされるの好きじゃないし。
そこで相談なんだけどな?」
と、話を持って行く。

趣味と実益を兼ねた非常に良い思いつきだと自分では思う。
笑顔で機嫌良く切りだす錆兎を、義勇は

「相談?」
と、疑う様子もなくあどけない表情で見あげた。

「そうだ。
俺は恋人以外にベタベタはしないし、されたくない。
で、幸いにして宇髄が、遠距離恋愛の恋人がいるって広めてくれたことだし?
しかも都合よくバカンスの時期だしな」

「…いいけど…」
「まじかっ?!!」

絶対に少し躊躇されると思っていたがあっさり了承されて、錆兎はテンション高く身を乗り出した。

しかしこの直後、まだ全てを聞かずに了承した義勇の認識が自分と全く違うことに、がっくりと脱力することになるのである。


恋人がいるのに他の女にベタベタされたくない。
でも義勇が自分が恋人だとばらされたくないということなら、そういう女避けにバカンスの間にしたい事がある。

そんな提案でちゃんと通じていると思った自分が馬鹿だった…。

──…いいけど……
という言葉に喜んだのもつかのま、続く

「錆兎が相手なら、一日だけ仮の関係でも女性は喜んで付いてくるだろうし…
で、真意が伝わってなさ過ぎて頭を抱えた。

「おい…俺の話聞いてたか?義勇。
俺はな、恋人がいるのに他の女にベタベタされるのがいやだって言わなかったか?」

そう言うと、義勇は、あ、そう言えば!と、言った感じに、きょとんと眼を見開いた。
そこをなんとか思いだしてもらえたらしいと認識して、錆兎は続ける。

「ようはな、バカンスの間に義勇とわからないように義勇とデートをしている写真とかを撮りたいわけだ。
で、こんなに可愛い恋人がいるからって言えれば、女避けになるだろ?」

な?と、わけがわからないとばかりにきょとんとしている顔を覗き込むと、

「えっと…どういうことだ?」
と、案の定な言葉が返ってくる。

心細げに揺れる青い瞳。
漆黒の長い睫毛がいつもよりもせわしなく上下する。

勉学や仕事に関しては実に優秀なだけでなく忍耐強くこなしていくのに、感情的な事に関しては本当に疎い。
プライベートになると途端に頼りなげな雰囲気になる大切な恋人の小さな頭を引き寄せると、錆兎はコツンと額を軽く彼の額にぶつけて言った。

「で、最初の話に戻るってわけだ」

「最初の?」
と、義勇の方は少し眉を寄せて考え込む。
だが答えは出てこないようだ。

「なんだったっけ?」
と、降参とばかりに見あげてくる視線に、錆兎はにこりと微笑む。

「俺が助けた美少女なお姫さんが義勇だったって話」

「…それが???」

「だから、旅先で“お姫さん”な格好をした義勇とのデート写真を撮ろうってこと」

「えええええーーーー!!!!!」



別に義勇のままの容姿も好きだし、もっと言えば、好きなのは容姿だけではないのだが、あの“お姫さん”は可愛すぎた。

本当に今思い出しても好みのど真ん中だ。


「無理っ!!無理だっ!!女装姿なんてバレたら、会社に居られなくなるっ!!!」
ぶんぶんと涙目で首を横に振る義勇に、錆兎はこちらもこちらで必死に

「大丈夫っ!!俺はお姫さんに会った2日後に義勇が入社してきても、同一人物だなんてぜんっぜんわかんなかったからっ!!!
なんでも奢るっ!!
絶対にありえないが、万が一会社の面々にバレたら責任取って養うから、専業主夫になってくれても良いし、別の仕事さがしても良いっ!!
というか…まあそうじゃなくても、家で俺の帰り待つ生活してくれても俺的には全然良いんだけどな」
と、最後は若干、自分の夢を盛り込んでみたりする。


そして、
──ミアだけ可愛い格好のお姫さんと出かけてるって、ちょっと嫉妬するんだが……
と、最後は拗ねて見せたら、義勇はため息をついた。


「あれは…一緒にデザートビュッフェに行っただけで……」

「俺もお姫さんと行きたい。
別荘の近くにリゾートホテルいっぱいあるしな。
ビュッフェ巡りしても良いと思うぞ?」
と言いながら、あと一押しとばかりに錆兎は大急ぎでスマホで検索。
趣向を凝らしたリゾート地のデザートビュッフェの情報をちらつかせる。

「…向こうに居る間だけだぞ?」

案の定、甘い物に目がない食いしん坊の義勇は折れた。

「どうせならビュッフェ制覇しようなっ」
と、その答えは微妙にお茶を濁しながら、錆兎は勝利の笑みを浮かべる。

こうしてそれから2日後には車に着替えその他を積み込んで、錆兎は出来たての恋人と楽しい楽しいバカンスへと出かけることになったのであった。


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